「不思議な少女」
気を取り直して公園に行くと、子供たちが野球をして遊んでいた。
「あ、アホ兄ちゃんだ!」
そのうちの一人が僕に気がついて声をかけてきた。
「ホントだ、アホ兄ちゃん、こんにちは!」
「あのね、何度も言うけどお兄ちゃんはアホでもバカでもないからね? アオだからね?」
まったくこの子達はどうしてこう記憶力がないかなぁ。
「アホ兄ちゃん、今日はいっしょに野球してくれるのか?」
「いや、一人だけ歳の違う僕がはいっちゃうとワンサイドゲームになっちゃって面白くなくなるでしょ?」
力のセーブなんて器用なまねはできないしなぁ。
せめてあと一人僕がいればいいんだけど……。
「そうだな、兄ちゃんの入ったチーム負けるもんね……」
「いや、流石に君たちには負けないよ……」
多分ね……。
あのまま小学生達と話しているのもどうかと思ったから、少し離れたベンチに座って休むことに。
「しかし、今日もたくさん人がいるなぁ」
夏休みを迎えた子供たちをはじめ、いつもいるおじいちゃん達。
犬の散歩に来ている女の人や、ランニングをしているマッチョでスキンヘッドの男の人(かなりハァハァいってる)。
あたりを見渡すと、どこもかしこも賑わっている。
ただ、今日は見たことのない子がいた。
「あの子一人で何してるんだろう」
この賑やかな公園で一人だけ、こうポツンと浮いているような雰囲気の女の子がいた。
アスレチックの横にあるベンチに一人で座って、辺りを見ているようだ。
僕はその様子を見ているとどうしても気になって、女の子に声をかけた。
ナンパじゃないからねっ!?
「君、どうしたの?」
女の子は振り向かずに視線だけをわずかにこっちに移す。
初雪のような印象を抱かせるまだ幼さの残った顔立ちだ。
紅玉のように真っ赤な瞳と青空のような髪の毛という物珍しい見た目。
それなのに、なぜか違和感を感じさせず景色に同化していて、僕にはそれがかえって違和感に思えた。
「……? 誰?」
平坦静かな声で女の子が答えてくれる。
「え、僕? 僕はこの近くに住んでいる賢いお兄ちゃんだよ」
「……賢い?」
あれ、どうして今会ったばかりなのにそこに疑問をもつの?
「……何か用?」
超どうでもいい感じの口調で女の子が尋ねてくる
「いやぁ、一人で何してるのかなーって思って。もしかして誰かと一緒にここで遊ぶ約束とかしてるの?」
夏にそのまま公園で待ち合わせは地獄だよね。主に待たされるほうが。
「……違う、……誰かと一緒にいると、疲れるから」
人間づきあいに疲れるって、この子いったいどれほどの人生を歩んできたんだ!?
……諦観してるのか?
「確かにそういうこともあるかもしれないけど、何かするなら一人よりも大勢でしたほうが楽しいと思うけどなぁ」
「大勢で……本当にそう思うの?」
「そうだよ。君はそうは思わないの?」
「……歩調を合わせるのは、めんどう、だから」
とんでもなくマイペースなんだね……。
「……ね」
「何?」
そんなマイペースな少女の方から話しかけられて、つい声が弾んでしまう。
「僕って何?」
「え? ??」
「さっき言ってた」
そりゃ言うよ!? 一人称大切だもん!
「ってそういえば君はさっきから一人称的なものを何も使ってないけど……」
「一人称……?」
「俺とか僕とか私とかうちとかワシとか、自分の事を自分で呼ぶときに使う言葉だよ」
「……あんまり意識した事ない」
そんなバカな……一体今までどうやって会話してきたっていうんだ!?
―ービッ!
女の子が親指で自分の顔を指差す。
「って、まさか今までそれで自己主張してきたの!?」
逆にすごいよ! はっきり言って今までの人生で一番尊敬できる人かもしれない。
「ってそうじゃなくて、ちゃんと言葉で自分を示す事ができないと不便でしょ」
「……じゃ、えっと、オレ?」
自分の事を指差して首を傾げる少女のずれた言動に、僕はどうすればいいのか少し迷う。そして
「あのね、それは男が使う一人称だから……」
やんわりと伝えてあげた。
あれ、いやでも待てよ……俺っ娘需要を考えると、別に使っても問題ない?
いやぁ、でもやっぱりこんな小さい子が自分の事を俺っていうのは……。
「……そう。んー、じゃ、ボク?」
「うん、最高」
親指を立ててとびっきりの笑顔を作る。
ボクっ娘。なんて素晴らしいんだ。はい、そうです、私めはボクっ娘派でございます! 一人称決定権なんて滅多に貰えるものじゃないからね、うん。一人称バージン、ゲットだぜ!
「……もう一つ聞きたい」
「何?」
再びの質問。さぁ、この箱入りを通り超える無垢な少女は次に何を聞いてくるんだ!
「名前」
短くそういって僕の事を指差す。あぁ、そういえば自己紹介してなかったかぁ。
「僕は孔弌っていうんだよ、君は?」
「そう……えっと……ボク? は天后の位」
何それ? 名前? 子供たちの間で流行ってる何かか?
「天后? ……マジシャン?」
「それしか名前みたいなのはないの」
おっと、本日二人目の電波。もしや一人称はその場で決めるって設定だったり?
ふぅ今日はなんだか不思議な人によく出会うね僕。
「そっか……まぁじゃ、君の事はテンちゃん(仮名)って呼んでいいかな?」
痛ネームじゃ呼びにくいし。むしろ呼ばなきゃいけない辛いしめんどくさい!
「……ボクは何て呼べばいい?」
僕の質問に答えないってことは了承したってことでいいんだよね?
「そうだね、近所の子供たちはアホ兄ちゃんなんて呼ぶけど、君は普通に阿保兄ちゃんか、孔弌兄ちゃんか……。あ、兄ちゃんはなくてもいいか」
無意識に兄ちゃんを強要するなんて、僕はシスコンか!
「……孔弌」
最低さんづけぐらいだと思ったら、呼び捨てだよ……。
ボクは小さい子にまで格下or同格だと思われてるのか。
「……? ……ボクのほうが孔弌より年上だと思う」
「え?」
嘘!? その見た目で? どんな童顔だよ、ていうか何歳よ。
「……たぶん700歳ぐらい」
「あ、そうなんだ……素敵な設定だね……」
もうどうでもいいや……。
「……孔弌、ここで何してるの?」
「ん? 僕はすることがないから、なんとなくこの辺を散歩しているだけだよ」
公園を適当に散歩して、ベンチで寝たりしてると嘘出勤してるリストラおじ様の気分を味わえる。
「……そう」
「テンちゃん(仮)は何してたの?」
最初にスルーされた質問をもう一度すると
「悪いことをしようとしていたの」
「悪いこと?」
なんだろう悪い事って……いたずら好きなのかなぁ。
「……外に出たら人に迷惑をかけないといけないから」
「外? 君は普段はお外にお出かけはしないの?」
果たして引き籠もりなのか箱入りなのか。
「うん、ボクはずっと外に出ることができなかったから」
箱入りのほうだった。なんかホッとしたよ、うん。
悪いことが……とか言ってたから、もしかしたら家出でもしたのかもしれない
あ、ひょっとしたらそういう閉鎖空間に閉じ込められていたせいでちょっと変わった子になっちゃったのかも……?
「それで家には全く帰る気ないの?」
「……ボクには家なんてないから」
何だと、そこまで固い決意で家を飛び出してきたのか……。
「その……僕でよかったらジュースぐらいおごるよ……」
普段はあんまりお金持ち歩かないから、自販機のジュースを奢るのが限界なんだ。
それでも、今の僕にできる彼女へのせいいっぱいの応援だ。
「ジュース?」
「そうか箱入りだからジュースとか知らないんだね」
きっと家では紅茶とかそういう上品なものしか飲んでないんだろうな。
普段はお嬢様特有の異次元お茶トーク(銘柄や温度、ミルクの量等について語る)とかしてるに違いない!
「まぁついてきてよ」
近くの自販機まで来たところで
「どれがいい?」
120円を投入し、尋ねると
「…………?」
「うん、わからないんだね。それじゃとりあえずこれでも」
勝手にオレンジジュースをセレクトして、缶を開けて彼女に渡す。
「飲んでみなよ」
「……おいしい」
それはよかった。
「……ありがと」
テンちゃんが少しはにかんだようにお礼を言う。
「どういたしまして」
というと同時に
――ナデナデ
無意識に頭を撫でてしまった。
「ん……」
「あ、ごめん。つい」
つい可愛かったから撫でてしまった……。
ってうわぁ……僕はなんてだめなやつなんだぁぁあ。
煩悩退散、煩悩退散!
「いい、ありがと」
よかった、テンちゃんは別に怒ってないみたいだ……。
「よかったら少し一緒に遊ぶ?」
「……孔弌がそうしたいなら。たまには誰かと一緒なのもいいかも」
なんだか年下の友達が増えていくな僕……。
いや、別に同級生と遊んでないって意味じゃなくてね。