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2.あなたはけして、わるくない。


 隣で眠る愛しい人に、身を寄せる。

 痛む胸、喉をおさえ、咳き込みそうになるのを無理矢理とどめた。

 だって、起こしてしまうだろう。


「陛下」


 あたしを必要だと言ってくれた、王様。

 この、雪に閉ざされていながら大陸一の繁栄を築くこの国で、大陸で、最も尊い人。


 こんなあたしを、こんなところまでつれてきてくれた人。

 あぁ、なのにあたしは。


 いつか、この人をおいていくのだ。

 陛下の胸に、存在を深く深く刻み付けて。


 きっと、この人は嘆くだろう。この世の終わりのように。そういう人だ。

 子どものように泣きわめいて、涙が涸れるまで泣き続けて。


 そうして、終わらない世界に絶望すれば良い。そうすればきっと忘れない。この人はあたしを忘れない。

 空から降る雪を見るたび。

 日が落ちて、赤く染まった森を見るたび。

 温かな暖炉の火に手をかざしたとき。


 夜、眠る時。


 朝、起きる時。


 この、愛しいあたしだけの王様は、その度にあたしの不在に深く深く傷つけば良い。


 だって、あたしは何も求めなかった。

 周囲の全てから諦められていたし、あたしもあたしを諦めていた。なのに、あなたが悪い。


 あなたが、あたしに望みを抱かせたからいけない。


 愛なんて、知りたいと思ったこともなかったのに。


「あなたが教えたんじゃないか」


 ぽつりと呟く。声は暗闇に、飲み込まれた。


 迫りくる死のとばりへと吸い込まれていった。






大陸歴 1510年



「セレス領フェンディス伯爵が第三子、エレオリア・アジェンヌ・フェンディス、と申します。」


 初めて婚約者に会ったのは、五歳の誕生日だった。

 年の終わり。ちょうど、寒さが一段とましてくる季節。その時季、常についてまわる咳をしながら、エレオリアはあの人に会った。


「初めましてエレオリア。僕は、エリオローウェン」


 神聖ニルヴァニア王国、第一王位継承者。五歳年上の、この国で最も尊い人。

 いずれ、王太子の座に、そして果てには、この国の王様になると定められていた、その人。当時五歳になったばかりであったエレオリアが、そんなことわかっているわけもなく。十歳のエリオローウェンに手を取られ微笑みかけられたのに、少女ははにかんで、母親の衣裳の陰に隠れた。

 それでも、金髪に深い藍の瞳を持ったエレオリアは、十分愛らしい顔立ちで、たくさんの者から愛されていた。

 エリオローウェンも、彼女を愛した。そのはずだった。


 彼の目が、どこか遠いところを見ていると気づいたのは、いつだっただろう。

 エレオリア自身、同じところを見ているのだと自覚したのは。


 二人は、仲睦まじく共に成長した。

 エレオリアと、エリオローウェン。二人の名前は、いずれ結ばれるものと定められていた為、揃いの響きになるようつけられた名前だった。

 産まれたその瞬間から、この人の為に生きよと、育てられた。幼い頃から身体が弱く、寝込みがちではあったが、それも成長するにつれ丈夫になるだろう、心配ない、と言われ続けた。


 けれど病は、確かにエレオリアの身体を蝕んでいったのだ。








「エリオ様」


 ニルヴァニア王城の春先の庭園で、エレオリアはエリオローウェンと向かい合っていた。

 出会ってから十年。エリオローウェンは先日、無事に王太子として立った。エレオリアも、王太子妃として正式に隣に立つ日が目前とされていた、そんな折だった。

 笑顔で言えるだろうか。


 エレオリアは、これからエリオローウェンに謝罪しなければならない。


 ごめんなさい、といくら謝っても足りないほどの、できごと。

 だれにも、どうにもできなかった。それでも、その責はエレオリアにしかないのだと思えてならなかった。


「やはり、無理のようだ」

「リア」


 自ら告げたいと医師に、王に、申し出たのは、エレオリア自身であったが、やはりどうしても虚しかった。情けなさに、目が熱くなる。

 自然と、彼女の手が下腹部に添えられた。


「どうしても、この身体、長く持たぬらしい。子も、宿せるかどうかわからない。宿せたとしても、死産となるか、あたし自身が命を落とす」


 子を育てられぬ王妃とわかって、迎えることはできぬ。


 王が、そういって何度も頭を下げた。

 何度も、何度も、繰り返す謝罪。そのうち声に涙が混じるのを、止めることもできなかった。大事にしてくれた。知っている。王は、よく考えろと言っていた。エレオリアに、エリオローウェンに、よく考えろ、と。国が、臣が、王が決めた婚姻であっても、その上で、選択できることを知るべきだ、と、

 だから、エレオリアは選んだのだ。遥か遠くを見つめ、まだ見ぬ誰かを求めている、風変わりだけれど優しい王子様を、解き放たなければならない。


「あたしは、王太子妃にはなれない」


 エリオローウェンは、エレオリアに子が産めないという事実を知ったとしても、ただうなずいて微笑むだけだろう。彼の方からエレオリアの手を離すことは、絶対にない。そして、エレオリアが見捨てないでと泣いて縋ればきっと応えてくれる。

 それが、わかるほどに二人は側にいた。

 親愛は、確かに持てた。そしてエレオリアは、そんな優しい王子様を拘束したくないと思った。


 だからどうか、婚約を、解消して。


 嗚咽が漏れる。次の瞬間には、エリオローウェンは病的に細いエレオリアの身体を抱きしめていた。


「そんなの、関係ない」


 言葉を吐き出したあとの、息を吸うべき喉は聞いてわかるほど震えていた。今にも泣き出しそうな、そんな表情が、見ていなくとも思い浮かべる。



「そう、言えたら良かった」


 ごめん、すまない、とエリオローウェンは繰り返す。どうして。エレオリアは心の中で叫んだ。

 謝るべきはあたしだ。このような出来損ないの身体で生まれついた、あたしのせいだ。


「君を、愛してあげれたら良かった」


 知っている。


「あたしこそ、エリオ様を愛せたら、良かったのに」


 二人はお互いに恋心を抱かなかった。


「君に愛されるような僕であれば、良かった」


 外聞も義務も何もかも捨て去れるほど、愛し合えていたなら良かったのに。

 親に認められていながら、唇を交わすこともなく、ましてや身体を重ねることもなかった。ただ、人々から取り残された寒空の下で、身を寄せ合って、暖をとって。


「ありがとう、殿下」


 いないよりはましだった。いてくれてよかった。

 兄のように、慕った人だった。



 婚約者同士であったのに、恋する相手として見れなかった二人は、こうして、婚約を解消することとなった。







 病弱で、子どもも産めぬ。産めたとしても育てることができぬ、先が長くないといわれた、そんなエレオリアに、嫁の行くあてなどなく。


 エレオリアは療養と称して、ヴェニエール帝国の片田舎にある別荘へと居を移した。

 エレオリアは、ここを終の住処と定めたのだった。





 読んでいただきありがとうございました!

 少しずつ更新していきたいと思います。よろしくお願いします。




 エリオローウェンは、ウィリアローナのお父様です。この話の基準となる人。1500年1月生まれ。

 ウィリアローナのお母さん、プリマヴェルに出会うのは、まだちょっと先ですね。


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