序章 誕生
今から語るのはかつて誰もが夢見た「正義の味方」の物語。しかし、これは絶望の果てに生まれた、最も冷酷で、最も苛烈な、新たなる「強欲」の英雄譚。
世界が魔王軍の脅威に怯えていた時代、あるド田舎の村に、誰からも愛される純粋な少年がいた。少年の夢は、絵本に出てくる「正義の英雄」になること。困っている人を助け、悪を挫き、世界に笑顔を取り戻す。それが彼のすべてだった。
しかし、運命はあまりにも残酷にその夢を打ち砕いた。ある夜、突如として現れた魔王軍の圧倒的な暴力。燃え盛る故郷。耳を突き刺す悲鳴。彼を庇って倒れていく村人たち。「英雄様、助けて……っ!」少年は涙を流し、血を吐きながら世界の中心に向かって叫び続けた。だが、少年がどれだけ祈っても、憧れた英雄が彼らのもとへ現れることはなかった。少年が生き埋めになった瓦礫から這い出たとき、そこには灰と骸しか残っていなかった。その瞬間、彼の胸の中で「パキリ」と何かが割れる音がした。優しさ、他者への信頼、純粋な光——心の大事な部分を、彼はその戦火の中に落としてしまった。「、、、英雄なんて、どこにもいないんだ、、」
炎が、すべてを舐め尽くしていた。
昼間まで優しく微笑んでいた隣人のおばさんも、一緒にかけっこをした友達も、今はただの物言わぬ肉塊となって転がっている。
「う、あ……あ、あ……」瓦礫の下から這い出た少年の指先は、爪が剥がれ、血と泥に塗れていた。叫び、祈り、乞い願った。
絵本に描かれた、黄金の鎧を纏う「英雄」が来てくれることを。しかし、夜空を焦がす炎の中に、奇跡の光が差し込むことはついになかった。
あったのは、下卑た笑い声をあげる魔族の残党たちの影だけだ。
「英雄なんて、どこにもいない」その瞬間、少年の胸の奥で、パキリと冷たい音がした。
恐怖が消えた。涙が止まった。人として生きるための、最も美しく大事な「心の一片」が、燃え盛る故郷の灰の中に落ちて消えた。
代わりに溢れ出したのは、世界のすべてを焼き尽くさんばかりの、漆黒の「憎悪」。
『……力が、欲しいか。少年』脳裏に響いたのは、奈落の底から湧き上がるような、禍々しい声。
少年の足元、崩れた神殿の亀裂から、一振りの錆びついた魔剣が姿を現す。
「ああ、よこせ。あの肉塊どもを、一匹残らず切り刻む力を……!」少年がその柄を掴んだ瞬間、世界が反転した。【強欲ノ剣】の覚醒。
そして、周囲の生命力を根こそぎ奪い取る【吸収の加護】が発動する。「な、何だ、あのガキは……がはっ!?」魔族たちが気づいた時には遅かった。少年は獣のように地を這い、魔剣を振るった。
斬れば斬るほど、魔剣から他者の生得の生命力が少年の肉体へと逆流し、傷を癒し、疲労を消し去る。「ヒヒッ、アハハハハ!」狂ったように笑いながら、少年はただの復讐鬼へと変貌を映していった。夜が明ける頃には、村を襲った魔族は一匹残らず、生気を吸い尽くされた干からびた死体へと変わっていた。




