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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第1話 死んだら、神にガチャを渡された

 終電を逃したのは、たぶん今月で十回目だった。

 経費精算の差し戻し、明日の朝イチで出すと言ってしまった見積もり、上司が「ついでに」と置いていった三件のチェック。会社を出たときには空が白みかけていて、俺は自分が何曜日に生きているのかよく分からなくなっていた。横断歩道の信号が青に変わって、足を出した。それだけは覚えている。

 あとは、ヘッドライトの白がやけに大きく見えて、ブレーキの音もしなかったな、とどこか他人事みたいに思ったところで、もう何も続かなかった。

 痛みは、なかった。あったのかもしれないけど、覚えていない。気づいたら、俺は真っ白な場所に立っていた。

 床なのか、そもそも床があるのかも分からない。足の裏の感覚はあるのに、見下ろしても自分のスニーカーの下に何も見えない。壁もない。天井もない。白が、ただどこまでも続いている。

「いやいや」

 声に出してみたけど、その声すらどこにも響かない。

「嘘だろ。俺、死んだのか?」

『そう、お前は死んだ』

 返ってきた。

 俺の声じゃない。かといって、耳から入ってきた感じでもなかった。考えごとが頭の中で勝手に言葉になるみたいに、その声は内側から聞こえた。男なのか女なのかも分からない。落ち着いていて、ただ事実を読み上げるような調子だった。

 声の方を、というか声がしたと感じた方を見ると、白の中にぼんやりとした人の形があった。輪郭がうまく結ばない。見ようとするほど、目がそこを素通りしてしまう。

「……あんた、誰だ」

『お前に問われても、答えられることは多くない』

「ここはどこなんだ。なんで俺が死んで、なんでこんなとこにいる」

『それも、言えることはない』

 心臓が早くなっていくのが分かった。死んだはずなのに心臓があるのも変な話だけど、とにかく胸の中で何かがどくどく言っていて、手が冷たくなっていた。

 夢だと思いたかった。けど、夢にしては寒すぎる。終電のあとの路上で感じた、あの足の裏から這い上がってくる冷えと同じやつだ。あれは過労の体が出す本物の冷えだった。今のこれも、本物だった。

『ひとつだけ、お前に渡せるものがある』

 相手は、俺の質問を全部置き去りにして、そう言った。

「渡せるもの?」

『力だ』

 その瞬間、何かが体の中に流れ込んできた。注射みたいにどこか一点が痛むんじゃなくて、頭のてっぺんから足先まで、ぬるい水を一気に通されたような感じだった。思わず自分の両手を見た。何も変わっていない。ただ、体の奥のどこかに、さっきまでなかった重さが居座っている。それだけは確かだった。

「待ってくれ、力って何だよ。説明、説明してくれよ」

『使えば分かる』

 それが最後だった。

 白がぐにゃりと歪んで、足の裏の感覚が消えた。落ちる、と思う間もなかった。


 目を開けたら、空があった。

 知らない空だった。青いことは青いんだけど、雲の形が、なんというか妙に立体的で、見たことのない種類の青さだった。頬に当たっているのは草で、土の匂いがして、近くで虫が鳴いている。

 俺は仰向けに倒れていた。

 ゆっくり体を起こす。痛むところはない。スーツのジャケットも、皺だらけのワイシャツも、革靴も、死んだときのままだ。ポケットを探ると、スマホも財布もちゃんとあった。スマホの画面を点けてみる。圏外、というより、電波のアンテナそのものが灰色のまま動かない。財布の中の千円札と小銭を見て、ここでこれにどれだけ意味があるのか、なんとも言えない気持ちになった。

 目の前は、草の生えた斜面だった。少し下ったところに、踏み固められた土の道が一本走っている。馬車でも通りそうな道幅だ。道の向こう、だいぶ離れたところに、城壁みたいな灰色の塊と、そこから煙が何本も上がっているのが見える。たぶん、街だ。そして俺の背中側は、こんもりとした森になっていた。

 異世界、というやつだろうか。

 認めたくはないけど、状況証拠はそろっている。死んで、わけの分からない奴に「力」とやらを押し付けられて、知らない空の下に放り出された。これでただの寝ぼけでしたとはならないだろう。

 その「力」が何なのか、確かめてみるしかない。

 体の奥に居座っている重さに、意識を向けてみる。使えば分かる、と言われた。じゃあ使い方は、と考えたところで、目の前にすっと文字が浮かんだ。

 俺以外には絶対に見えていないと、なぜか直感で分かる文字だった。半透明の小さな枠が、視界の右下あたりに勝手に立ち上がっている。スキルの名前らしきものと、その横に書かれた数字。そして一番下に、こうあった。

『引ける回数:3』

 引ける。

 その単語を見た瞬間、俺の頭は勝手に一つの答えにたどり着いていた。

「……ガチャか、これ」

 誰がどう見てもガチャだ。回数があって、引けと言わんばかりの作りで、引いたら中から何か出てくる。スマホで散々課金してきた人間の本能が、そう告げていた。

 とりあえず一回引いてみるか。そう念じると、頭の中で何かがぱきっと弾けた。

『言語理解 Lv1(R)』

 言語理解。

 うーん、と俺は唸った。便利だ。便利なのは間違いない。異世界に来ていきなり言葉が通じませんでした、では話にならないし、これがあるなら少なくとも詰みは避けられる。

 名前の横に、括弧でくくって『R』とある。レアリティ、ってやつだろう。ソシャゲで散々見てきた表記だ。あの手のゲームなら、低いほうからN、R、その上にSR、SSRと続くのが相場だった。ここのが同じ並びだとすれば、このRは下から二番目――一番下のNの、ひとつ上ってあたりか。飛び抜けて上ってわけじゃないが、底でもない。

 ただ、正直に言えば、もうちょっと「戦えるやつ」が欲しかった。剣を振れるとか、炎を出せるとか、そういう派手なやつだ。今この瞬間、森から何か出てきたら、俺は言葉を理解しながら食われることになる。

 まあ、文句を言っても始まらない。回数はまだ二回ある。

 続けて引く。ぱきっ、とまた弾けた。

『鋭敏感覚 Lv1(N)』

 鋭敏感覚。Nだから、レアでいえば一番下だ。名前からして、感覚が鋭くなる系だろう。耳がよく聞こえるとか、目がよく利くとか、気配に気づきやすくなるとか、そのあたりか。

 こんな右も左も分からない場所で、何かが近づいてきたのを先に察知できる。さっき、森から何か出てきたら言葉を理解しながら食われる、なんて本気で考えたばかりだ。先に気づけるなら、それだけでだいぶ違う。

 ただ、欲を言えば、最後の一回はやっぱり「戦えるやつ」が欲しい。気配に気づけたところで、追い払う手段がなけりゃ、結局は逃げ回るしかないんだから。

 頼む、と念じながら引いた。

『火球 Lv1(R)』

 火球。

 俺は思わず声が出た。「お、これは」

 火の球。火球だ。読んで字のごとくなら、火の玉を飛ばすやつだろう。Rランク。さっきまで「戦えるやつをくれ」と心の中で文句を言っていた、まさにそれが出た。

 試したくなる。さっそく手のひらを森の方へ向けて、火球、と念じてみた。

 手のひらの前に、ぼっ、と小さな火の塊が生まれた。野球ボールよりひと回り小さいくらいの、オレンジ色の火だ。熱い。手のひらが軽く炙られている。それが、ひゅっと前に飛んで、数メートル先の地面に当たって、ぱっと弾けて消えた。焦げた草の匂いが鼻に届く。

 効きそうだ、これは。

 ただ、撃った直後、手のひらの奥がじんと痺れていた。腕全体がだるい。たった一発で、軽く全力疾走した後みたいに息が上がっている。連発できる感じじゃない。なるほど、タダで使えるわけじゃないってことか。

 それでも、火を飛ばせるという事実は大きかった。素手の社会人が、いきなり丸腰で異世界に放り出されたわけじゃない。それだけで、胸の冷えが少しだけマシになった。

 もう一回引くか、と枠を見て、気づいた。

『引ける回数:0』

 ゼロになっている。

 三回引いたんだから、まあ、そうなるか。けど、どうすれば回数が戻るのかは、どこにも書いていない。念じても増えない。少し叩いてみても変わらない。

 まいったな、と思った、その時だった。

 背中の森の方で、草が動いた。

 いや、正確には、動く前に分かった。鋭敏感覚、と頭の片隅で名前が浮かぶ。さっき引いたばかりのやつだ。それが、俺が振り向くより先に、左後ろの低い茂みに何かがいると教えてくれていた。低く、地面すれすれを這うように近づいてくる、生き物の気配。

 振り向くと、茂みの陰から、それが出てきた。

 犬みたいだった。でも犬じゃない。狼だ。中型犬くらいの大きさの、毛の薄汚れた狼が一頭、低く身を伏せて、こっちを見ている。目が黄色く濁っていて、口の端から涎が垂れていた。喉の奥で、ぐるる、と低い音が鳴っている。

 まずい。

 頭より先に体が引いていた。火球、と念じる。手のひらの前に火の塊が生まれる――けど、生まれるのが遅い。一拍、待たされる感覚があった。さっき一発撃った反動が、まだ腕に残っている。

 その一拍の間に、狼が地面を蹴った。

 思っていたより速い。火球を撃った。当たった。狼の右の肩口に火が弾けて、毛が焦げて、ぎゃん、と短く鳴く。でも、止まらない。倒れない。火傷を負っただけだ。怯んで横っ飛びに距離を取った狼が、また低く構え直す。さっきより、目つきが鋭くなっていた。怒っている。

「効くだろ、なんで止まらないんだよ」

 息が荒い。二発目を出そうとしたけど、手のひらの火が、さっきより明らかに小さい。腕がだるくて、思うように熱が集まらない。あと何発撃てるのか、自分でも分からない。

 狼がまた来た。今度は真正面から、低く、速く。

 もう距離がない。逃げても背中を食われる。俺は半分やけくそで、迫ってくる狼の鼻先めがけて、できる限り近くまで引きつけてから火球を放った。

 顔面で、火が弾けた。

 ぎゃっ、という鳴き声と、肉と毛の焦げる匂いが、まともに俺の鼻を突いた。狼は俺の足元すれすれで横に倒れ込んで、二度三度、痙攣して、それから動かなくなった。

 焦げた匂いが、まだ残っている。

 俺はその場にへたり込んだ。膝が笑っていて、立っていられなかった。心臓が痛いくらい鳴っている。手のひらはまだ熱を持っていて、指が小刻みに震えていた。

 胃の奥から、何かがせり上がってくる。生き物を、焼いて殺した。さっきまで生きて、息をして、俺を食おうとしていたものが、目の前で焦げて動かなくなっている。やったのは俺だ。それが、頭でなく、体の方で分かってきて、しばらく動けなかった。

 でも、と思う。

 あいつが先に来た。俺が撃たなければ、今へたり込んでいるのは狼の方で、俺は食われていた。それだけは間違いない。

 深く息を吸って、吐いた。何度か繰り返すと、震えが少しずつおさまってきた。

 助かった。引いたばかりの、火球で。さっき「戦えるやつをくれ」と文句を言ったあの一回が、たった今、俺の命を拾った。気配を先に教えてくれたのは、鋭敏感覚だ。三回引いた、その三回が、全部、ここで効いた。

 俺は、視界の隅に浮かんだままの枠を、もう一度見た。

 言語理解、鋭敏感覚、火球。さっきまで何も持っていなかった俺の中に、今は三つの力がある。引けば、増える。出てくるものは選べないけど、増えることだけは確かだ。

 引ける回数は、今はゼロだ。

 でも、戻らないとは書いていない。神は使えば分かるとしか言わなかった。なら、また引ける日が来るのかもしれない。

 次は何が出る。どこまで増やせる。

 焦げた草の匂いの中で、俺は震える手のひらを握ったり開いたりしながら、知らない空の下で、その続きが知りたくてたまらなくなっていた。


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