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恋に宿る  作者: koma
【二章】
30/30

15

 空は晴れ渡り、柔らかな午後の日差しが森を照らしている。


「マリエール、そろそろだよ」


 こじんまりとした馬車の中。

 隣からアルノルトに囁かれ、マリエールは窓の外に目を向けた。

 広がる懐かしい風景に、心は知らず童心へとかえる。


 ――小さな古井戸。

 ――素朴な木造りの家。

 ――囲いに覆われた畑たち。


 そのどれもこれもが、おかえりと呼びかけてくれるかのようだった。

 通いなれた道は、記憶のそれよりずいぶんと整備されていたけれど、それは全て、父の後を継ぎ、村長になったティティの手腕だと聞いている。


「ここでいい」


 適当な場所で、アルノルトが御者を止める。

 あまり目立ってはいけないから、アルノルトたちは村の外れで馬車を降りた。

 踵の低い靴で大地を踏み締め、マリエールは胸いっぱい空気を吸い込む。草花の匂いがした。



 ――アルノルトと結婚して五年後。

 その日マリエールは、お忍びで故郷へ里帰りをしていた。

 妃としてはまだまだ勉強中の身だけれど、アルノルトを含め、エリオたちも支えてくれているおかげで、なんとかことなきを得ている。それに昨年は、新しい喜びも増えた。


「おかえり」


 と、背後から、抑揚に欠けた声がかかる。

 彼との再会は実に八年ぶりだった。

 だから、普段から落ち着きを払っている流石の彼も、もっと劇的に、感情を露わにするかと思ったのに。

 人はそう変わらないのかもしれない。


 マリエールは声の方――実家を振り向いた。

 銀髪に碧い瞳。ほっそりとした長身の男性が眠たそうに立っている。


「ただいま、ヘルさん」


 いつもの調子で呼び掛ければ、ヘルは小さく口の端を上げた。


「久しぶり。元気そうだな」

「はい」


 言ったマリエールに続くように、アルノルトも歩み寄る。


「……ご無沙汰しています。ヘルさん」

「ああ」


 手紙で、ことの経緯は伝えていたから、今更驚くことはなかったようだ。

 ヘルは軽く返事をすると、「まあ、中に入れ」と家の方へきびすを返す。

 マリエールとアルノルトも、その後に続いた。



「しかしまあ、王子さまだったとはな。あ、今は王さまか」

「……命の恩人に無礼な真似を。挨拶もなく出て行ったこと、ほんとうに申し訳ありませんでした」


 食卓テーブルに腰掛けたアルノルトは、深々と謝罪する。

 ヘルは向かいで腕を組んだまま、ややあって口を開いた。


「おまえたちが元気そうなら、それでいいよ。ただ――」


 そこで一度言葉を切って、ヘルはアルノルトの隣、マリエールに顔を向けた。


「――心配はした」


 五年前、マリエールが毒殺されかけた時のことを言っているのだろう。

 なにがあったかは、アルノルトが手紙で報せてくれていた。その際、ヘルから戻ってきた返事はやはり淡々としたもので、〝無事でよかった〟という一言と、新薬の精製についてのアドバイスが何点か記されているだけだった。

 しかし実際は、とても心配してくれていたのだろう。

 まっすぐに見つめられて、マリエールは膝上に置いた手を握りしめた。


「はい。……ありがとう、ヘルさん」


 いつもいつも、見守ってくれて。

 やっぱりヘルさんは、私の神さまだ。


 マリエールは感謝でいっぱいになりながら微笑む。

 背筋を今一度正したアルノルトは、かたい声で宣言した。


「マリエールは、必ず僕が守ります。決して泣かせはしません」

「言ったな」


 ヘルが珍しく、どこか挑発するように顔を傾けた。


「しっかりな――アルノルト」


 その時だった。

 家の外から、子供の泣き声が響いてくる。

 マリエールは反射的に立ち上がっていた。


「ボービク!」


 そうして外へ出て行ったマリエールは、やがて腕の中に小さな子供を抱えてもどってきた。

 ヘルは目を丸くする。


「その子は……」

「昨年産まれました。僕とマリエールの子供です」


 立ったまま赤子をあやすマリエールを見て、ヘルは気が抜けたように息を吐いた。


「子供が生まれたってのは聞いてたけど……実際に見るといっきに老けたような気がするな」

「ヘルさんは、びっくりするくらい変わってないと思うけど」


 言ったマリエールに、ヘルはゆっくりと歩み寄る。赤子は、不思議そうにヘルを見上げていた。


「変わってないわけないだろ。目も見ずらくなったし腰も毎朝痛い。もうすぐ爺さんだよ。なあ?」


 やさしくマリエールたちの子供に話しかける。たしかにその姿は、初孫を喜ぶ老爺のようにも見えた。人差し指を赤子に掴ませながら、ヘルはふと顔をあげる。


「しかし、こんな場所に王子さまを連れてきてよかったのか? フェゴールの王室はシェノアより派閥争いがひどいと聞いているが……」

「大丈夫です。うまくごまかしてくれる味方も増えましたし、頼りになる護衛もついてきてくれましたから」


 家の外にはウベロとシャルマ――誰よりも腕の立つ騎士が平民の成りで身構えてくれている。

 ヘルは、アルノルトの安心しきったような顔に「そうか」とやわらかく微笑んだ。


「いい国になるんだろうな。フェゴールは」

 

 ――その昔、シェノアの王宮にいたヘルは、足の引っ張り合いに辟易し、若くして城を降りた。

 きっと彼は、マリエールより辛い目に遭っていたに違いない。

 けれど、それでもヘルは、疲れ切った瞳をしていても、マリエールを救いあげてくれた。根が、やさしすぎるのだ。だから王宮にはいられなかった。


 マリエールは味方が大勢いる環境に心から感謝する。

 それは決して、当たり前ではないのだから。



 他愛ない話に花を咲かせ、夕刻、マリエールたちは村をあとにした。

 もっと話したいことはあったけれど、今の自分たちには責務がある。次の帰郷を糧に、マリエールは後ろ髪を引かれる思いでヘルと別れの挨拶をした。



「ヘルさん、相変わらずだったね」

「ええ」


 揺れる馬車の中、アルノルトが膝上に置いたマリエールの手に手を重ねた。

 マリエールは、アルノルトの肩に顔を寄せ両目を瞑る。マリエールの心を見抜いたかのように、アルノルトは言った。


「また会いにこよう。きみと僕と、ボービクもいっしょに」

「うん……」

 

 その頃には、ボービクも話せるようになっているかもしれない。もう一台の馬車に乗せた我が子を思いながら、ふたりはさみしさを埋めるように、身を寄せ合った。


 ――ヘルさんが元気そうで、ほんとうによかった。


 心地よい温度に身を任せながら、想う。


 ――城に戻ったら、また手紙を書こう。呆れるくらいたくさんの問題が起こるお城で、私は、幸せに暮らしていますと伝えるために。


「……アルノルト」


 彼の手を攫い、五指を絡める。


「私ね、あなたと結婚できてよかった。幸せなお嫁さんにしてくれて、ありがとう」


 大好き、と思いを込める。

 アルノルトはますます身を寄せて「僕のほうこそ」とマリエールの髪や目元、頬にもキスをしてきた。

 だんだんと熱がこもる、くすぐったくて身をよじるも、狭い馬車の中、逃げ場はない。


 窓際に追い詰められ、ふと視線が絡み合った。


 アルノルトの両頬に手を添え、マリエールは引き寄せるように唇を重ねる。


 幸せに、満たされていた。




 fin


最後までお付き合いくださり、ほんとうにありがとうございました!

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


次回新作は、悪い男とお嬢様の王道溺愛ものも書けたらいいなと思っています。

またお会いできますように^^

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