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煌びやかなシャンデリア。
色とりどりの華やかなドレス。
上品に盛り付けられた料理の数々――。
目にするもの、耳にするもの、その全てがマリエールには初めてで。祝賀会の会場に足を踏み入れた瞬間から、マリエールは言葉をなくしていた。
「……大丈夫か?」
すぐ隣から、アルノルトが気遣うように尋ねてくる。
マリエールはなんとか笑顔を取り繕った。
「はい。このような場所は来たことがなかったので、緊張してしまって。失礼がないよう、気をつけますね」
アルノルトがそばにいるからだろう。周りの視線で、それとなく気にされているのがわかった。
アルノルトは申し訳なさそうにマリエールを見やる。
「……無理を言ってすまない。父に挨拶をしたら、すぐに下がってもらって構わないから」
「はい、ありがとうございます」
小さく礼を返せば、アルノルトはやっと目元を和らげてくれた。
国王が主催するその夜会には、大勢の賓客が招かれていた。
優に三桁は超えているだろうその参加人数に圧倒されながらも、マリエールは、エリオの助言通りに背筋を伸ばす。
(顎を引いて、前を向いて、話しかけられるまでは、話しかけない)
エスコートは――あろうことか王子本人、アルノルトが名乗りを上げてくれた。
そもそも声をかけたのは王族の都合で、貴族であるエリオは他の客に捕まる可能性が高いこと、今回の功労者のひとりであるマリエールを王に紹介するのには、自分が適任だからとのことだった。
「父が落ち着いたら挨拶に行こう」
夜会城の奥まったところに、国王はいるらしかった。
マリエールは頷き、手渡されたグラスを受け取る。
琥珀色の飲み物が中程まで注がれていた。
「酒は?」
「少しなら」
「では、先に乾杯しよう」
会場の片隅。ふたりで立ったままグラスを合わせる。
王子さまとこうしてお酒を飲み交わしているだなんて、ほんとうに夢を見ているみたいだった。
夜会のルールは基本を教えてもらっただけだけれど、こうした場では、身分の差が明確で、上の者から話しかけない限り、下の者から話しかけることは許されないのだという。
つまり、王子であるアルノルトに声をかけられる人物はこの場では王さまのみというわけらしかった。
おかげで、マリエールは少しばかり周りを見渡す余裕ができた。
「すごいですね、村のお祭りとは全然違う」
「そんなものを想像していたの?」
「はい。お祝いだって聞いていましたから」
マリエールが言えば、アルノルトはおかしそうに微笑った。
そんな彼に、マリエールは改めて礼を言う。
「殿下。素敵なドレスをありがとうございます。着る物がなかったので助かりました」
「こちらこそ。ウベロを助けてくれて、ほんとうにありがとう――よく似合ってる」
じっと見つめられて、マリエールは急に恥ずかしくなった。
夜会に出るためのドレスは、いつの間にかアルノルトが手配してくれていた。
ドレスだけではない、踵のある銀色の靴も、耳と胸元を飾る真珠のアクセサリーも、全て彼に贈られた者だった。
夜空のような深い青色のドレスに、銀糸の刺繍が星のように散っている。
洗練されたそのデザインに、マリエールは一目で魅力された。自分に似合っているかは、わからないけれど。
「好みを聞く時間がなくてすまない。気に入ってくれていると良いんだが」
「とんでもないです。どれもとても素敵で……宝物にします」
城を降りても――。
言外にそう込めた瞬間だった。
「おお、アルノルト! そちらが例のお嬢さんか」
朗らかな声がして、ふたりして振り返る。
数名の従者と護衛を連れた国王がこちらに歩み寄ってくるところだった。
「待たせたな」
「いえ」
そばで立ち止まった王に、アルノルトが短く応える。
白髪を後ろに流し、皺の寄った目元を鷹揚に細める高身長の男性。
彼こそが、この国の王でありアルノルトとルシアンの父親なのだった。
「して、この娘がそうなのか」
「はっ。ノクティアにて薬師をしておりますマリエール・フェルナーと申す娘です。此度は寝ずの治療にもあたり、新薬の考案も――」
「ああ、いい。いい。全て聞き及んでおる。先ほど、フィガー医師からも散々説明されたからな」
言って、国王はマリエールを見つめ直した。
「大層腕の立つ、可愛らしい薬師殿。ルシアンを救ったこと、父として誠感謝する。今宵はな、直接謝辞を伝えたかったのだ」
にこりと微笑まれて、マリエールはスカートの裾をつまみ、膝を軽く折った。
「もったいないお言葉です。ルシアンさまがご回復されたこと、わたくしも心よりお喜び申し上げます」
「ああ――何か困ったことがあれば言いなさい。力になると約束しよう」
最後に、夜を存分に楽しむようにと言われて、王はマリエールとアルノルトの前から立ち去った。
その際、国王のそばに控えていた美しい貴婦人と目があい、マリエールは息を呑む。
真っ赤な髪に、赤い瞳。
体の線を強調するような金色のドレス。
間違いなく、初めて会った人だった。
それなのに、女性はマリエールをまるで獲物を値踏みするような瞳で睨んできた。
「――フィオリアさま、参りましょう」
「……ええ」
従者らしき騎士服の男性に促され、女性――フィオリアは国王の後に続く。
そっとアルノルトに耳打ちされた。
「気にしなくていい。あの人は父の愛妾で、とても嫉妬深い人なんだ。決して関わらないように」
「愛妾さま……」
「きみが気にかけることじゃない。それより、これからどうする? 部屋に戻るなら送るし、食事をしたいなら付き合う」
言われてマリエールは、これは『最後』のチャンスだと思った。
奇病の治癒。
その大仕事を終えたマリエールは、新薬の生産方法を整えた後、ノクティアに戻る予定だった。
そうなったら、アルノルトとはもう会えなくなるだろう。
会えたとしても、こんなにゆっくりと話す機会はないに違いない。
確かめるなら、今だ。
思って、無礼を承知でアルノルトに向き直る。
違うのなら、違っていていい。
縁者という可能性もある。
面影のありすぎる笑顔や、話し方、子供の頃の肖像画。端々から見える真実を、マリエールは見極めたかった。
「アルノルト殿下」
「何?」
「おうかがいしたいことがございます」
「――――何」
こくりと唾を飲む。
意を決し、マリエールは切り出した。
心臓の音が聞こえてくるようだった。
「ユリシスという者を知りませんか? 子供の頃、私が生き別れになった友人です。ずっと彼を探していて、でも、見つけられなくて。恐れながら、殿下は彼にとても――」
「マリエール」
腕をそっと掴まれ、マリエールは言葉を封じられた。
静かな眼差しから、目を逸らせなくなる。
「場所を変えよう。僕も――話したいことがある」




