カ田中フリークのスタートダッシュ
「そうは言ってもなあ、俺もここに置いたとしか聞いてないからなあ」
ウェインは壁にもたれたまま首を捻る。
「あ、その奥の棚だがな、こないだ見たときと違って中身が崩れてる。もしかしたらなんかを無理矢理積んで崩れたのかも知れねえ。そこに紛れてないか?」
ウェインの指差す先では崩れた農具が山積みになっていた。何度か見た限りそこには農具しかなかった筈だが『何かを見落とした』かもしれない。
逸る気持ちを落ち着けながら竜司は改めて農具の前に立ち、何本か持ち上げてみる。
果たして。
その下に埋もれていたのは色々な意味で見覚えのある武器の柄だった。
深い藍色の柄糸が巻かれており意匠の凝らされた鍔も目に映る。刀身は流石に剥き出しにはなっていないが朱塗りの鞘が鮮やかだった。どう見ても、間違いなく、疑いなく、刀だ。
「見つけた、見つけたよ」
万感の思いを込めて刀を手に取る。初期装備選択はもちろんイエスの一択だ。
鞘から抜き放てば美しい刃紋が冴えざえとした光を放っていた。
「さすがカ田中さん、信じてたよ」
深い満足感に満たされながら竜司は刀を鞘に納める。
その視界の隅にお知らせウインドウが点滅しているのが見えた。視線を合わせウインドウを開く。
それは運営からの通知だった。
『全プレイヤー中最速で隠し武器、初期装備:刀が解放されました。初回ボーナスとして蓬来刀(真)、初期防具セット:蓬来が選択可能になります』
「マジか! 最高のスタートダッシュじゃね?」
確かに竜司はサービス開始と同時にログイン、全速力でここまでやって来た。他の十六、いや、十七か、その武器カテゴリーに関しては説明文すら読まなかった。
チュートリアルとしての回想シーンもごく短いものだったし実際時間がかかったのはウェインとの会話がリアルだった部分くらいだろう。
視界端のリアル時計は6時17分を表示していた。
「うお、めっちゃ時間かかった気がしてたのにまだ20分経ってないのか!」
まあ、ゲーム自体はまだチュートリアルが始まったばかりである。ゲームの進行度合いとしてはまだ初期装備が決まっただけだ。これだけに一時間も二時間もかかるようではゲームとしては失格だろう。全武器の試し振りにじっくり時間をかければその限りではないが。
ちなみに竜司は刀の試し振りすらしていない。考えるより早くイエスを押すあたり刀にかける情熱はきっとカ田中氏と同レベルなのだろう。隠しルートを見つけ出す嗅覚も同類ならではと言えようか。
「そいつがあんたの得物か。それで何が出来るんだい?」
ウェインの問いかけと同時にチュートリアルが一段階展開する。
武器の決定に伴い武器カテゴリーに付随する初期スキル選択ウインドウが立ち上がったのだ。ウェインは再びフリーズしたようだ。
『基本技術を二つ選択してください』
選択できる基本技術はスキルそのものと言うよりもスキルカテゴリーと言った方が正確だろうか。
『剣術』『重剣術』『飛剣術』『居合術』『捕手術』『瞬動術』『気功術』『隠身術』
以上八つのカテゴリーが用意されていた。
前半の四つが基本戦闘法で後半四つが体さばき、もしくは補助戦闘法といったところか。さすがの竜司もここはそれぞれの説明文に目を通した。
『剣術』は本当に基本となる刀の扱い方をサポートするスキルといった体裁で取り立てて目立った要素はない。熟練度が上がれば剣速が増したりダメージが増したりと基礎能力が向上するようだがすべてが平均的に上がっていくようだ。
必殺技といった特殊な効果を持った技、つまりはアーツも攻防そつなく一通り揃っている。とにかく可もなく不可もなく、といった感じで本当に尖ったところの無いスキルカテゴリーだった。
逆に『重剣術』は一撃のダメージとか破壊力に特化した尖りきったスキルカテゴリーになっていた。アーツにしても『溜め』といったダメージ増強を目的としたものや、刀を使う技でありながら岩砕きと言うか無機物破壊に特化したものも並んでいる。
『飛剣術』は特殊なアーツが揃っていた。斬撃を飛ばすとか刀を投げるとか、読んで字のごとく遠距離攻撃がサポートされているらしい。手裏剣術まで内包されているため隠密剣士とか忍者とかを目指すなら必須のスキルカテゴリーと言えるだろう。
『居合術』は説明文を読み込まなくても大体想像できるところだ。少し特殊なところでは気配感知や先読みなどの補助スキルが充実しているくらいだろうか。一見サポートスキルのように見えるが、だがカ田中氏のこと、もしかしたら一番ロマンの隠されたスキルカテゴリーかも知れなかった。いや、むしろそうでない方がおかしいとさえ竜司には思えるほどだ。
大雑把な戦闘法の方向性が提示された四つ。
そして残りの四つだ。
『捕手術』と書かれてすぐに内容が想像できるプレイヤーがどれ程いるだろうか、と竜司は苦笑を禁じ得なかった。竜司のようなカ田中フリークや時代小説に馴染みがないとなかなか触れる機会の少ない言葉だろう。
捕手術とは誤解を恐れずざっくり言えば柔術のことであり、刀を使った体捌きや刀を振るう動きをそのまま応用した無手の技などが含まれる。まあ、剣士としての基本の体捌きを指すと考えて問題はないだろう。
「しかしなんでわざわざ捕手術かな。いや、太刀廻術とかいうよりはマシか」
ぶつぶつとよりマニアックなことを呟きながら竜司は説明を読み進んでいく。
『瞬動術』は移動に特化した体捌きのスキルだった。回避の技術や踏み込みに跳躍、相手との間合いを重視したスキルカテゴリーのようだ。熟練したその先にはいろんな意味で有名な「縮地」があるらしくこれはこれでロマンスキルの香りが漂っていた。
自己強化アーツが並ぶ『気功術』と、相手の感覚を惑わせる『隠身術』は一言でまとめるならばバフとデバフと言える。
基本の体捌きと特化した体捌き、バフとデバフの四種類が補助スキルとして揃っており、よほど尖ったキャラメイクをしない限り大まかな需要は満たせそうだった。
中でもカ田中氏のロマンが込められただろうスキルは恐らく居合術と瞬動術の組み合わせだ。それは同時に竜司のロマンとも重なっている。
「よし、そんなに悩むこともないな。居合と瞬動で間違いはないだろ」
言葉通り迷いなくスキルを選択した竜司は、だが、いざ決定ボタンにタップする寸前で手を止めていた。
「いや、待てよ。なんか引っ掛かる」
一旦スキル選択を解除した竜司は8つのスキルを目の前に並べてもう一度悩み始める。
「8つから2つ選ぶ……、そうか、これ、怪しいわ」
ポンポンと竜司はスキルを選択してみた。問題なく認定され決定ボタンが押せるようになる。
竜司が試しに選択したスキルは瞬動術と隠身術。移動に特化したまさに忍者的ビルドだが攻撃的なスキルやアーツはほとんど見当たらない。
「攻撃スキルと補助スキル一つずつと思ってたけど、違うな、これ。攻撃2つでも補助2つでもいいんだ」
キャラクターは基本設定としてある程度の戦闘能力が保証されている。それは試し振りをしたときの剣の鋭さを見ても明らかだった。技術の底上げや直接的なアーツがなくても充分に戦えると言って良いだろう。もちろん相手にもよるが。
「だとしたら戦闘法自体も後から得られるかもしれないなあ。特殊な戦闘スキルとか、それこそ独自流派とか隠されてたりして」
我ながら疑い深いな、と思わなくもないが竜司にやめる気もなかった。ここまで疑われるのもある意味で田中秀次プロデューサーの人徳と言えるだろうか。
まあこれまでのゲームがゲーム、隠し要素を仕込みすぎたのだ。田中氏の自業自得と言ってしまえばそれまでだった。
「よし、補助で固めよう。戦闘力はバフで補えるだろ」
改めて竜司が選択したスキルは瞬動術と気功術。今度こそ決定ボタンを押し込む。
無事にスキル選択モードは終了した。
だが、ウェインに動きはない。
「ん、ウェイン、どうした?」
「あ、ああ、すまね、ちっと寝てたか」
「いや、そんな待たせた訳じゃない筈だろ?」
「いやあ、悪い悪い。しかし立派な武器だな、頼もしいじゃないか」
「誉めても何も出ないぞ」
軽口を返しながら、ふと竜司はいずまいを正す。
というのもウェインがやたら真剣な表情を向けてきたからだ。
「あんたの得物をちゃんと返せて良かったよ。まあこいつでチャラになるとか思ってる訳じゃないんだが」
「まあ、そうかもな」
竜司に実感はないものの今のところ彼は一方的な被害者と言える。武器を返すのも当たり前の話で貸し借りの介在する余地はないだろう。
「それでも、虫のいい話だと分かっちゃいるんだが頼みを聞いてもらえんだろうか」
「なんだ、盗賊退治か?」
「っ!」
キャラクターの設定が済めばチュートリアルの次の段階は戦闘動作あたりではないだろうか。そもそも盗賊の襲撃絡みで捕まった設定なのだからと先読みして竜司が問うと、ウェインは観念したかのように唇を噛む。
「すまねえ」
「まあ、取り敢えず話だけは聞くさ」
「うちの村が鬼を祀っているのは知っているか?」
「いや、初耳だが」
「盗賊どもはどうも鬼神の加護を狙ってやって来たらしくてな。俺たちの目があんたに集中した隙に巫女を拐って祠に立て籠ったんだ」
「そいつらを追っ払えと?」
「……巫女は俺の妹なんだ」
「……なるほど」
ふむ、と竜司は納得していた。妹を助けるために形振り構わず余所者の力も借りたい、と。なるほど、その熱意があれば巻き込まれるのも随分と自然に感じられる。
「村にはもうまともに戦える奴はいねえ。あんたに……すがるしか……ないんだ……」
「む、ウェイン?」
それまで壁にもたれて立っていたウェインが、まるで立てなくなったかのようにずるずると滑り落ち、床に座り込む。その背が滑った壁には赤黒い染みがくっきりと残されていた。
「お前、その背中!」
「はは……面目ねえ。俺もここまでらしいや。……頼む……妹を……」
徐々に力がなくなっていく声と共に、震える手でウェインが何かを差し出してくる。
受け取ってみれば、それはハサミのような小さなトングのような道具だった。
「そいつでスタンスパイダーの背中を挟むんだ。本当に……済まなかった」
「って、おい、こら! これが遺品かよ! 冗談じゃないぞ!」
なんと言う巻き込まれ型スタートか。ちょっと仲良くなった相手との死別スタートとか後味が悪すぎるだろう。これで妹を助けに行かないとか確かに心情的に有り得ないのではなかろうか。
「いや、待てよ、このまま看取るだけが能じゃないぞ」
ぐったりとしたウェインを揺する手にリアルな肉体の感触を感じつつ竜司はメニューを開きステータスを確認していく。目指す項目はスキルとアーツだ。
「ウェインめ、そう簡単に死ねると思うなよ?」
応急処置程度では確かに手の施しようがないほどにざっくり切り裂かれた背中を見ながら、竜司は急いでコマンドを実行したのだった。




