サムライ/沢田研二
エレベーターが地上階に到着して雑居ビルの表に出ると、来た時よりも渋谷の街は人通りが増えていた。
そりゃ20時前のゴールデンタイムなのだから、行き交う人々は仕事終わりで同僚と飲みに行ったり、デートしたりと楽しい時間を過ごすハズである。
そんな中、こんなにも惨めな思いで駅に向かっているのは、きっと俺ぐらいのモノだろう。
きらびやかなネオンや雑踏が、俺のコトを嘲り笑っているような気がして、足元だけを見つめて自宅を目指す。
帰ったら、きっとL☆Dのみんながスタジオの感想を訊いてくるに違いないのだが、俺はどうやって誤魔化そうかというコトしか考えていなかった。
『いやぁ全然合わなかったわ。みんなスゲェ上手くてさぁ……邪魔ばっかしてて気まずかったよ』
『やっぱL☆Dのみんなと練習してたから、レベルが低くて合わせ辛かったわ。普通のバンドじゃ楽しめない身体になっちゃったんだけど……ホントどうしてくれんの?』
精一杯強がってみせられるような言い訳を考えてみるが、想像すればするほど気持ちが悪い。
アルコールなど一滴も摂取していないが、吐き気と胃痛で立っていられないほどだった。
乗り換えた五反田駅の、混み合うホームで電車を一本見送り、座席を確保して固く目を閉じる。
このギターに出会ってしまったせいで、こんなにも辛い気持ちにさせられたのかと思うと、触れているコトさえ不快に感じ、わざと電車内に置き忘れてしまおうかなどと、良からぬ考えが頭を過った。
渋谷の喧騒と対照的に、木造の池上駅は閑散としており、少しだけ俺の気持ちを落ち着かせてくれた。
冷房の効いた電車から降りると、真夏の生温い夜風が際立ち、右手に食い込んだギターのハードケースと同様に足取りも重く、数十メートルも進むと汗がじっとりと全身を覆った。
自宅に近付くにつれて、このまま帰るコトが心苦しく感じ、ヤケ酒に逃げ込めるほどの度胸も無いが、道すがらのコンビニで大量の発泡酒を買い込む。
もしもL☆Dにスタジオのコトを訊かれたら、酒でも飲ませてうやむやにしてやろうと、下衆な考えしか閃かなかったからだ。
右手にギター左手に安酒を持ち、唇から言い訳を漏らしながら、トボトボと肩を落として住宅街の緩やかな坂道を上る。
渋谷からの帰り道は、いつも惨めな気持ちになるなぁ……
自宅アパートの曲がり角に差し掛かると、誰かの騒がしい声が聞こえてきたが、この辺りで騒がしいヤツらといったら、どんなに察しが悪くても彼女達しかおるまいという結論に辿り着いた。
一度立ち止まり、落ち込んだ気持ちを吐き出すように、溜め息混じりの深呼吸をして再び歩き出す。
アパートを目前とした瞬間、チカチカと眩い光とともに、噎せ返るような煙が立ち込めていた。
「あ、マツノさんお帰りー! 早かったですね?」
一階にあるサクラの部屋の窓の前は、砂利敷きの駐車スペースになっており、そこにバケツを置いて4人は花火に興じていた。
部屋の窓から、身体を半分だけ出したサクラとエリカは線香花火を、ミチヨとマキは勢いよく火花を撒き散らしている手持ち花火をブンブンと振り回し、目の奥に光の残像が焼き付いた。
「近所迷惑になるぞ? 酒買ってきたから、さっさと中に入りなさいな」
「おぉ、さすがアミオさん! 気が利くねぇ」
「わーい! ゴチになりまーす♪」
直前まであれこれ悩んでいたコトが馬鹿馬鹿しくなるほど、彼女達は天真爛漫で助かる。
底抜けに明るく騒がしい声を聞いていると、沈んだ気持ちが掻き消されるような気分だった。
燃え尽きた花火を4人がバケツの水に差し入れると、ジュッという短い音とともに、煙だけを残して辺りをいつもの暗闇に戻す。
外に出ていた、マキとミチヨの同級生コンビが手際よく片付けを終えると、窓から漏れる部屋の明かりが消えて、サクラとエリカが表に出てきたので、やはり俺の部屋に来るってコトなのかと階段を上った。
左腕に重いレジ袋を引っ掛けて、部屋の鍵を開けた途端に4人が雪崩れ込んできた。
擦れ違いざまミチヨにレジ袋を引っ手繰られており、俺が靴を脱いで室内に入った時には、既に各々が発泡酒の缶を手にしていた。
「アミオさん早く! えー、では、アミオさんの初めてのバンド練習を祝って乾杯!!」
これ、10日ほど前にも行われたような気がするんだが……しかも結果的に祝われるようなコトはしていないんだよなぁ。
数時間前に渋谷のスタジオで繰り広げられていた惨劇を考えると、彼女達からの祝福を、両手放しで素直に受け止められるような心持ちでは無かった。
今日までの数週間、いや、ギターを初めて手にした数ヶ月前のあの日から受けた厚意を、ユウコのバンドメンバー達による汚い嫉妬で台無しにされたなどとは、口が裂けても言えない。
俺は喉まで出掛かっている泣き言に蓋をするように、発泡酒で一気にそれを腹の底まで流し込んだ。
「マツノさんがバンド加入するコトになって、ホントに嬉しいです! まぁ……あんな始まり方だったけど」
「そうそう。アミオ君、最初はジャーンて一回ずつコード弾いただけでドヤ顔してたからね? それをさぁ、ちゃんとしたストロークで弾けるようにしたボクの苦労が実って良かったよ」
サクラもマキも、我が事のように俺の成長を喜んでくれていたが、口々に発せられる褒め言葉や労いの言葉を聞く度、気持ちが反比例して沈んでゆくのを感じていた。
「ホントは何かあったんじゃない?」
作り笑いで頷くコトしか出来ずにいた俺に気付いたのか、隣に座っていたエリカが、盛り上がっているみんなには聞こえない程度のボリュームで、こちらも見ずにそう言った。
「ん? いや、そんなコトも無いっていうか、そうだと言われればそうかもしれないけど……まぁ今後の俺の努力次第ってトコじゃないかな? これからこれから!」
空元気もここまでくると痛々しいが、彼女達に心配を掛けまいと、核心には触れず、俺なりに精一杯強がってみる。
「そう? それならイイのだけど……バンドって人間関係だけは努力じゃどうにもならないのよ? 私達、その辺はアミオより経験値高いんだから」
すべてを見透かされているような気がしたが、今この状況ですべてを吐露出来る勇気は無く、返事をする代わりに発泡酒をグイと一気に飲み干した。
「アミオさん! やっぱ今日みたいな日は、秘蔵の焼酎もイっちゃってイイんじゃないっすかね?」
落ち込む隙を与えてくれないミチヨには、こんな時だからこそ助けられるモンだと思った。
「はいはい。どうぞ好きなだけやっちゃって頂戴」
ミチヨは歓喜の声とともに部屋を飛び出し、キッチンの棚から一升瓶を抱えて戻ってくると、氷の入った人数分のグラスを用意して並々と注いで回る。
一人で落ち込むぐらいなら、こうやって騒がしくしてもらえたのは気楽で良かったのだろう。なんだかホッとしたら急激に睡魔が襲ってきた。
「アミオさん! 米炊いちゃってイイっすかね?」
「あー、もう、金とかモノとか盗まなきゃ好きにしてイイよ。あと近所迷惑にならないように……オジサン、ちょっと、横になるから……」
都会の雑踏と違った騒がしさではあるが、不思議と落ち着く感じがして、余計なコトを考えずに眠りに落ちて行けた。
ユウコのバンドメンバーに加えて、中学時代に俺を不登校に追いやったヤツらが登場したイヤな夢で目が覚めると、出勤時間の1時間ほど前だった。
既に部屋の中にはL☆Dの姿は無かったが、ある程度片付けられていた宴の残骸の中に、引きちぎられたノートの切れ端に殴り書きされたメッセージが残されていた。
『今晩、スタジオSENSATIONAL WINDにて待つ!!』
寝惚けながらも、一応ユウコとの練習には行ったのだから、事前のスタジオ特訓は終わったんじゃなかったっけ? と、しばらく昨日の出来事を考える。
正直なところ、もうバンドは懲り懲りだという気持ちではあるが、待つと言われてしまったら行くしかなさそうだ。
もうユウコとのバンド練習に行くコトなどないのに……




