嵐の素顔/工藤静香
敗残兵のように、ユウコとのスタジオ練習から帰ってきて早々、部屋でL☆Dが騒いでいたので風呂にも入れていなかったコトを思い出し、早く目覚めた出勤前に、朝から優雅にシャワーを浴びる余裕があった。
身支度を整えながら部屋を見回すと、書き置きが残された代わりにギターが無くなっているコトに気付いた。
見る度辛い気持ちになりそうだったので、持ち去られていたのは良かったが、恐らくこれは仕事終わりでスタジオに直行しろという、彼女達からのメッセージを強調しているのだろう。
職場でユウコと顔を合わせるのは気まずいと思ったが、プライベートを仕事に持ち込んで会社を休むなど、社会人としての意識が低過ぎるのだと、自分を奮い起たせて勤務先に向かった。
「おはよう! 昨日はお疲れ!!」
こちらが勝手に気まずいと思っていただけで、実情を知らないユウコは普段と変わらぬ様子で挨拶をしてきた。
「お、おはようございます……あの、昨日はスミマセン。そうだ! スタジオ代を」
トートバッグから財布を取り出そうとすると、ユウコから手首を掴まれ、強引にそれを制止される。
「いや、それは次でイイよ。ほら、こういう約束すると、相手との関係が継続されるでしょ? お姉さんのコミュニケーション技術を参考にしてくれたまえ!」
ユウコの男気溢れる返しに、昨晩のコトが杞憂に過ぎなかったのではとも思ったが、継続される関係って言ったって、もう関わらない方がお互いの為だろうし、そもそも次……無いんだよなぁ。
「あー、そのコトなんすけど……俺、やっぱりユウコさんのバンドには……」
「え? あぁ、うん。その話なら大丈夫! 準備が出来たらお知らせするよ。さぁて、仕事仕事」
俺に何も語らせまいとするユウコの態度に不安を感じたが、とりあえず職場でも、付かず離れずの関係性を心掛けときゃ問題無かろう。
極力、昨晩のツラい出来事は考えないようにして、大人しく業務に就いた。
休憩時間にユウコと同席しないように、俺はタバコも吸えないのに喫煙所へ逃げ込む。
「あ、スェーノさんお疲れっす! 例の件、その後どうなってます? 進捗報告してもらってイイっすかね?」
そうだ、喫煙所にはコイツが居るんだった……しかし、よくもまぁ業務上の管理者である俺に対して、上司みたいな口が利けるモノだ。
「あー、オオノ君。前にも言ったけど、職場の恋愛事情は俺の業務範疇外なのだよ。だいたい俺、今それどころじゃないっていうか、個人的に色々と立て込んでてね」
そんなコト、オオノに言ったところでどうなるモノでもないのは分かっていたが、面倒事を回避する程度の言い訳にでもなればと、淡い期待を抱いた。
「お! いよいよアイちゃんに告白っすか? やるなぁ……ちなみに男の玉砕覚悟の告白って、意外と迷惑行為らしいっすよ? 職場に居づらくさせる”告ハラ”とかって、前にネットニュースになってましたから」
イヤなコト言うなぁ……っつっても、別に告白なんてするつもりも無いけど、そんな話聞いたらこの先アプローチなんて出来ないじゃないか。
「いや、佐向さんは関係無いよ。っつーか、どうしてソコに結び付けるかね? 俺が他に何も無いヤツみたいじゃないか!」
とはいえ、大して他に何も無いのも事実ではあるのだが、彼女のコトを四六時中考えているワケでもない。
「え? じゃあ椛島さんにターゲット変更したんすか?」
「あーもう! 誰かと恋仲になりてぇって悩みじゃねぇよ! お前と一緒にするな」
ユウコの名前が出てきたコトで、一瞬ドキっとしたが、何も色恋沙汰だけがこの世の悩みではないのだ。
「えー? そうなんすか? でも、最近スェーノさんと椛島さんが仲良いってみんな言ってますよ?」
「変な噂しないでくれよ……ユウコさんに迷惑掛かるだろ?」
この閉鎖的な職場の噂話が、ユウコのバンドメンバーに知られるとは思えなかったが、さすがに昨日の今日でそんな話が上がっているというのも困る。
「スェーノさん、自分のコトばっかじゃなくて、俺の恋も実らせてくださいよ! あぁ、アズサちゃん……マスクで顔が隠れてるけど、あの憂いのある目元が最高に可愛いんすよね」
妹尾さんの顔半分見えてないのに恋に落ちるなんて、コイツ、ホントは身近な女の子なら誰でもイイんじゃねぇか?
「盛り上がってるトコ申し訳ないんだけど、俺が力になってあげられるコトなんて無いよ? まぁ何かあったら報告はしてやるけど……」
そうは言っても、恐らくその『何か』があるコトなど無いのだろうが。
「じゃあ、一個だけ訊いて欲しいんすけど……有料でマスク取りますか? って」
「ただのライブチャット課金ユーザーじゃねぇか! そんなヤツには絶対協力しねぇからな!!」
「ウソっす! ウソっす! どんな情報でも欲しいっす!! メッセージアプリでもSNSでもイイんで」
俺との連絡手段を確保しようと思ったのか、オオノはスマートフォンを取り出した。
「電話番号だけ言ってくれればイイよ」
自局番号など普段気にしていないのか、設定画面から調べて伝えてくるオオノの電話番号を、俺は自分のスマートフォンに打ち込みながら、人に自分から連絡先聞く行為って初めてなんじゃないか? と気付く。
「じゃあ俺も登録するんでワン切りしてください」
「いや、それはイイわ……俺だけ知ってれば連絡出来るし、無駄に電話されても迷惑だから」
オオノがスマートフォンを手にしたまま、驚きの表情を浮かべている。
「そんな! 冷たいじゃないっすか!!」
「そうだよ。俺は冷たいヤツなんだよ! 冷たい奴と書いて冷奴だよ」
面倒事には、出来る限り首を突っ込まないようにしたいモノだ。
「ホントに連絡してくださいよ? 俺、本気なんすから!」
「焦ったって上手くいかないよ? 『急いては事を仕損じる』って言うじゃない。じゃあそろそろ休憩終わるから、午後の業務もしっかり頼むよ」
ユウコと鉢合わせるコト無く、意外と時間が潰せたのは良かったが、仕事終わりでスタジオに行かなきゃならないのは気が重い。
午後はぼんやりと業務をこなしているウチに、あっという間に退社時間になってしまった。
正直、バンドなどやる気が起きないのだが、約束を破って自宅に直行するほどの度胸も持ち合わせていないので、律儀に最寄りの一つ前の駅で下車して、スタジオに向かってしまうのが悲しいトコである。
「お疲れさん。書き置き見て来たんだけど、俺もうバンドは……しばらくやらなくてイイかと思ってて」
スタジオに入るなり、細長い廊下のベンチに座っているL☆Dのメンバーに断りを入れた。
「あー……アミオさん、その話なら大丈夫だから。準備が出来たらちゃんと教えますんで」
デジャヴか? ミチヨに言われたコトと同じような話を朝されたような気がするんだが……そんな偶然があり得るだろうか?
「あれ? もしかして君たち……ユウコさんと繋がってたりする?」
これは当然その線を疑うべきだろうが、いつ、どんなタイミングで連絡を取れるんだ?そもそも面識なんて無いだろうし。
「アハハ! アミオさん、そんな焦らなくてもイイじゃん。ほら、よく言うでしょ? 『急いては事を子孫汁』って」
「言わねぇよ! 何の汁だよ!!」
「あれ? 『急いて再従兄弟の子孫汁』だっけ? 『性器! 再従兄弟の子孫汁』……どっちだっけ?」
どっちでもねぇよ……後のヤツ怪談話のタイトルみたいだし、そもそも親戚が謎の液体にまみれてるじゃねぇか。
「まぁそんなのどっちだってイイから、当分の間アミオさんは、アタシ達とキッチリ練習するからね?」
ミチヨとの頭の悪い会話で、L☆Dとユウコの関係性はわからないまま、俺はまたしばらくスタジオに通うコトになりそうだ。




