Don’t say “lazy”/放課後ティータイム
昨晩、4人が俺の部屋から帰る時に、動画サイトのURLをメッセージアプリに送りつけられていた。
課題曲のMVだったらしく、リンクを開くと軽快な楽曲と共に、映し出されたのは作業服を着た外国人の男性だった。
コメディとも取れるような、妙にわざとらしい芝居のドラマチックな映像に引き込まれてしまい、観る度に楽曲への集中が途切れてしまう。
おそらく海外CMのオマージュであろう内容なのだが、観終わった後に温かい気持ちになるのが不思議である。
映像ばかりが印象に残ってしまい、不安で仕方なかったが、休憩中に鼻歌を歌っているコトに気付いて、反復で動画を観るのも無意味ではないと思った。
「あ、末野SV! 勝手に曲決めちゃってゴメンね? これ、スコアのコピー取っておいたから。練習しといてね?」
休憩室の椅子にもたれて、ぼんやりと鼻歌まじりでくつろいでいたところ、突然現れた椛島優子に渡されたコピー用紙の中を確認すると、当然ながら楽譜である。
読めん……
自慢じゃないが、小中高校と音楽の授業などまともに受けたコトが無い。
「あ……椛島さん!」
スコアを渡すだけ渡して、そそくさと立ち去ろうとする椛島優子を呼び止めると、振り返って小首を傾げる。
「あの、椛島さん……何でバンドなんすか?」
サクラ達のように、オリジナル楽曲を定期的にライブハウスでバリバリ演奏するでもなく、売れたいとか音楽で稼ぎたいとか、そういった野心的なモノも感じられないのが不思議だったのだ。
「ん? なんでバンドやってるかって? あー……ワタシがイイ歳してコピバンなんてやってるの、不思議だよね?」
「いやいやいや! 違いますって!! そうじゃなくて……単純に、何でバンドやってるのかな、って」
確かに、椛島優子本人が苦笑いで言ったコトも気になっていないワケではないが……
「休憩時間は……まだ全然残ってる、か。んー、ワタシ、自分のコト話すのって苦手なんだよなぁ……でも、昨日は末野SVから色々聞いちゃったし……」
椛島優子は腕組みしながら、腕時計に目をやったり、ブツブツと独り言を言いながら、俺をチラリと見る。
「うん! わかった。これさ、ワタシもあんまり言い触らされたくないんだけど……」
前日に俺がそう言ったコトをトレースするかのような導入で、意を決して椛島優子が語り始めた。
「ワタシね……中学生の頃から10年以上、アイドルやってまして」
趣味で盆栽やってまして……ぐらいの温度感で、サラっと物凄い過去を暴露され、つい聞き返そうと身を乗り出してしまったが、椛島優子はそれを手で制す。
「まぁアイドルって言っても、地下で活動してたから、ほとんど知られていないんだけどね?」
活動拠点は主に地下でした! →あぁなるほどね!! ってならないから。普通。情報量多そうだが、ついていけるだろうか?
地下って言ったら、プロレスか奴隷市のようなオークションしかイメージ出来ない自分が悔しい。
「中学生で始めた頃は、一番年下で可愛がられてたんだけど……受験だとか、彼氏が出来たとか、現実に直面したとか、一人辞めては一人入ってみたいなコト繰り返しててね」
なんだか、前にサクラから聞いたメンバーが辞めていく時の理由みたいだと思った。
「んで、気付いたら最年長で20代半ばじゃん? もう取り返しつかないって焦ったよね……同級生には結婚して子どもいるコも居たし、辞めてったメンバーは大学行ったり就職したり」
その手の劣等感には覚えがあったから、椛島優子が遠い目をして笑いながら話すのを、俺はただ黙って聞くコトしか出来なかった。
「それで、ワタシのグループって、ちゃんとしたマネージャーが居たワケじゃないから、ライブハウスにフライヤー届けたりチケット取りに行ったりするんだけど、そこで出会っちゃったんだよねー」
「出会っちゃった? 誰に……です?」
続きが気になる話し方だったから、つい口を挟んでしまった。
「あのさ、夕方のライブハウスって、オープン前にリハとかやってるんだけど、当時のワタシより全然歳上のお姉さん達が、PAに注文して音決めたり、照明の演出お願いしてたり……もう、とにかく格好良かったのよ!!」
椛島優子もサクラみたいな人達に出会って、人生が変わったのだろうか。
「リハだったのにしばらく見入ってたら、そのバンドの人が声掛けてくれてね……一緒にイベントとかやるようになって、そっからは地下アイドルよりもバンドやりたくなっちゃって」
最近はアイドルがバンドやってるみたいだけど、それの走りみたいな感じだろうか?
「何でまたベースなんすか? ギターとかヴォーカルじゃなくて」
ライブでミチヨを観た時、ベースも格好良かったのは確かだが、俺がギターを始めたのは、何となく一人でも出来る楽器に思えたからだった。
「ワタシが仲良くしてもらってた
banana tears
ってバンドのベースがマミさんて人だったんだけど、その人の影響かな? ベースってさ、歌とかギターと違って、バンドでこそ活きる楽器なんだよ! アイドルで成し得なかった集団でやる意味っていうか、その達成感っていうか、だからバンドに拘ってるっていうか……」
椛島優子はさっきよりも腕組みに一段と力を入れて、うんうん唸っている。
「あ、何か難しい質問でスミマセン……」
「いやいや、全然イイんだけどね? 改めて説明すると難しいなぁ」
この人も、理屈じゃなく、感じたままに生きてるんだろうな、というコトは理解出来た。
「ところで……スタジオ、入るんすよね? いつぐらいの予定です? 俺、バンドとか初めてなんで」
あぁ! と、納得した顔でスマートフォンを取り出した椛島優子は、スケジュールを確認していた。
「んー、じゃあ再来週のこの辺りとかどう? 月跨いでるから、ワタシとシフト同じにしてくれれば一緒に行けるし」
誰かと同じシフト予定にするなんて、数年働いているが初めてのコトだ。
そうか、そうやってみんな遊びに行ったりするんだよな……普通は。
「あ、了解っす……っていうか、何で俺なんすか? 他にもギター弾ける人ぐらい居たでしょう?」
「……まぁ末野SVに声掛けたのは、誰でもイイってワケじゃないから、かな? 知らない人とセックスしたくないとかあるじゃん? ワタシ、ちゃんと知ってる人と話して、理解した上でヤりたいから」
職場の休憩室で『セックス』とか『ヤりたい』とか平気で言わないでよ! 誤解されるでしょうが!!
「ちょ! ちょっと椛島さん、大声でそういうのは……」
「ユウコでイイよ。椛島さん、って呼びづらくない? ワタシも末野くんて呼ぶから……あ、職場ではSVって付けるけどね?」
呼び方の問題じゃないってば……
「あとさ、ウチのメンバーってワタシがアイドルやってた頃のお客さんなんだけど、ちなみに末野くんより歳上のオジサンだからね?」
「えぇ!! そうなんすか?」
勝手に女性のメンバーだと思い込んでたが……まぁそういうコトもあるだろう。不安だけど。
「何? 女の子だと思った? 残念ねー」
ケラケラと笑う彼女を見て思ったのは、コピバンだろうが何だろうが、ガッカリさせないように頑張らなきゃなぁ、というコトだった。