Hard to say I'm sorry/Chicago
一旦は提出してしまったシフト変更のため、俺は社員のデスクがひしめき合う営業部のドアの前に居た。
ついでに、と、ユウコから手渡された、訂正済みのシフト表も併せて再提出するハメになっているのだが……
スタジオの都合は彼女の申し出なのに、まとめて俺がやらされているコトに、多少の不条理を感じている。
まぁオペレーターのシフトに関しては、SVが取り纏めるのがルールなので、それはそれで仕方ないけれど……正直面倒臭い。
ドアをノックすると、普段なら一番聞きたい声が返ってきたが、出来れば今はご勘弁願いたいというのが率直な意見である。
「はーい……あ、先輩! なんか久々って感じがしますね? もう一年半ぐらい会ってないような……忘れられたのかと思ってましたよぉ」
そうね、忘れてたワケじゃないんだけどね。現に君のコトは常にと言って良いほど考えてたワケだし。
「いや、そんなコトない……です。はい。あの、シフト変更でご相談が」
俺のシフト表を渡し、やや間を開けてユウコのシフト表を提出する。
「はぁ~い……って、あれ? 二人で休み合わせてるんですか? もしかしてデート……とか?」
「いやいやいや、全然! ユウ……じゃない、椛島さんとデートなんて、俺がするワケないじゃないっすか!! たまたまですってば、たまたま……」
「へぇ~そうですか。かしこまりでーす。じゃあ処理しときますね?」
怖い……女の勘ってヤツなのか? スゲェ怖いんだけど……コレは気のせいではないような気がする。
「あの……なんか怒って、ます?」
シフト表を確認しながらPCのExcelを打ち直しているのを邪魔しないように、華奢な背中に小声でお伺いを立てると、強めにエンターキーを叩いて、佐向亜依子はくるりと椅子ごとコチラを向いた。
「いいえ? ぜ~んぜん!」
満面の笑みで、振り返りざまにそう言う彼女の顔を、俺は直視し続けられなかった。
『…………っていうか、ヒロイン不在で話進める? マジあり得ないんだけど』
「あ、え? ごめんなさい。最後の方よく聞こえなかったんですけど……」
「はい? 何も言ってませんよ?」
相変わらずニコニコとしているが、目の奥は笑っていない……しかも後半のボリュームが小さすぎて聞き取れなかった部分は、もし聞こえてしまっていたら絶対にヤバいという雰囲気は察した。
「そ、そうですか……では、シフト変更お手数お掛けしました」
「はーい……あ、先輩? そう言えば、ご飯連れてってもらってないんですけど、覚えてます?」
忘れてないから困ってるんじゃないの……デート的なコトとは縁遠いのに、それに輪を掛けて他の案件が降ってくるっていうここ数ヵ月。
俺の日常って、もっと何もなかったはずなのに。
「覚えてるに決まってるじゃないですか! 最高のディナーにしたいんで、色々と考えていてですね……」
「いやぁ、そんなに悩ませちゃうのも申し訳ないんで……私が行きたいところに連れてってください! いつがイイかとか、何がイイか、とか、一回だけ私のお願い聞いてくださいね?」
言い方は悪いが、正直なところ、主導権を握られている方が圧倒的に楽ではある……が、小樽の寿司が喰いたいとか、下関のフグが、などと言われた日には……ワンチャン泊まりもアリか。
「は、はい! 是非どこまででもご一緒します!!」
鼻息荒くてやや気持ち悪かったのではないか、という不安はあったが、ここは俺の心意気を見せるところだろう。
「あは♪ 気合い入りすぎですよ先輩。じゃあ……約束、覚悟しててくださいね?」
そう言っていたずらっぽく笑う佐向亜依子に、鼓動が早くなるのを感じた。
雨降って地固まるというヤツだろう。結果的に、佐向亜依子との距離が縮まった気がして、俺はスキップでオペレーションルームに戻る。
余計な妄想でその日の業務は上の空だったが、帰宅時に一つ手前の駅で下車するコトだけは忘れていないのが、俺の良いところだと思う。
言われた通り、改札口でサクラにメッセージを送ると、すぐに返信でスマートフォンが震えた。
『お疲れ様です。改札出て踏切渡ったら、右手の線路沿いにしばらく歩くと、左側にアジア料理屋があるんですけど、隣にある
SENSATIONAL WIND
ってスタジオの看板がある入口から、二階に上がって来てください♪』
スタジオ? ……って言われても、写真撮影やテレビ番組の収録をするような場所しか想像出来ないが、バンド練習を行う音楽スタジオのコトだろう。
こんなトコ、と言っては失礼だが、そこまで商店街も派手ではない住宅街に、音楽スタジオがあるコトが不思議でならない。
メッセージ通りの順路に進むと、左側に赤いテント看板のアジア料理屋が見える。
二階にはスタジオと空手道場もあるらしく、外壁に看板がひしめいている印象を受けた。
ライブハウスと違い、範馬刃牙の家のような落書きも見当たらず、またステッカーが貼り乱れた様子もないので、半信半疑で階段を上がってゆくと確かに音楽スタジオが存在していた。
ガラス扉の奥を覗くと、細い廊下に設置されたベンチにマキとミチヨが座っているのが見えたので、ここで間違いなさそうである。
恐る恐る扉を開き、顔だけ差し込んで中を見回すと、死角にエリカも居たので、メッセージを送ったサクラと合わせて全員集合しているのだろうと思った。
「お! アミオさん、意外と早かったね? 今ちょうどお客さん帰ったトコだから」
俺に気付いたミチヨが声を掛けてくれたが、音楽スタジオと言われても、どんな場所かわからないので不安で仕方がない。
これから一体、俺は何をされるのだろうか?




