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見せしめにされた11本の柱

「あ……」


私は力が入らない足を何とか立たせ、壁に手をつきました。何度息を吸っても酸素が入ってこず、自然に息が荒くなるその音さえも遠く感じ…。私は口元から手を離しました。喉が異常に渇くのが分かり、なんとか唾を飲み込み、そして私はその状況を頭で認識しようとしました。困惑と怯えの表情を浮かべながら群がる人々、彼らは全員ある一点を見つめ、嘆き悲しみ、そして誰もがこの状況に絶望していました。…ここにいる私もその例外ではなく…。何故なら…私を含め彼らもまた希望を抱いていたからでしょう。アレクサンドロス王がその側近たちと共にこの国を救う…という希望を。しかし…その希望は目の前の光景によって木っ端微塵に粉砕されてしまいました。私の目に映るのは、複数ある磔台。そのうち、何も手を触れられていないもの、ナノエの鎧を身に着けているもの、鎖を巻かれているものなどありますが、私はそこにどのような意味があるのか考えることもできませんでした。磔台には三人の人が磔にされていました。私はその中の一人に目を離すことができず、そしてその方との最後の会話が頭に浮かびました。


『戦帰りの俺は食うからな。覚悟しておけよ』


私が昔作ったぷりんの色とそっくりだとおっしゃられたその髪色が、今は赤黒く染まっており、体には力が入っているとは思えません。私はその姿から恐ろしい疑問が浮かびました。…まさか…アヒム様の時の様に……。私は思わずその方の名前を叫びそうになりました。ジーニアス様!!…と。


「…どうだ? いたか?」


しかし、それは思いとどまりました。ナノエの兵士が姿を現したからです。彼らがいるということは…これは罠と考えるのがいいでしょう…。私は唇を強く噛み締めました。怒りで体が震え、切れた唇から血の味がします。彼らの一人がジーニアス様に近づき、そして体を鞘で軽く小突きました。


「こいつまだ息があるのか?」


「あれだけ、拷問を受けた後に馬車で引きずり回されてたからな。死んでるかもな」


「別に死んでいても構わないが……賭けてみるか?」


彼らはそれぞれジーニアス様が生きているのかを言い合い、そして思いっきりジーニアス様のお腹を鞘で殴りつけました。


「………ちっ、生きてやがった」


ジーニアス様はぐったりしていた体に力を入れ、血が混じった咳を何度かしました。私はその姿に少し安堵しながらも、その上げられたジーニアス様のお顔を見て、力がまた抜けるのが分かりました。何度も何度も痛めつけられたような痣、頬につけられた化膿しかけている切り傷、そして…ジーニアス様が奥方様と同じ色だと自慢げにおっしゃっていた右目には無数の傷があり…あれでは…もう…


「……リオ」


崩れ落ちる私の体を支えたのは、ナノエ兵の様子を窺いに行っていたベルンでした。ベルンは目線をジーニアス様方から離さず、言いました。それは怒りを押さえ込んだ…今まで聞いたことのない低い声でした。


「………行くぞ」


そして私を引っ張りあげようとします。私はベルンが何を言っているのか分からず、彼の顔を見ました。あそこにいるナノエの兵士は数人…私とあなたなら倒せない人数では……。しかし、ベルンは私の肩を摑み、静かに首を振りました。肩にベルンの力が入り、少しの痛みが走ります。私は後ろを振り返りました。ジーニアス様は地面に血を吐きながら、他に磔にされているものをいたぶっているナノエの兵士に向かって口を開いていました。


「お前ら…こんな餌吊り下げて……誰が引っかかると思う?」


「は? まだしゃべれんのかよこいつ」


「揃いも揃って…馬鹿…ばっかりだ。獲物は来ねぇぞ。俺たちは…そんなチンケな教え方…してねぇ…げほっ!!!」


「餌ごときが何言ってんだ!! この死に損ないが!!!」


手負いのジーニアス様を殴るナノエ兵。私はベルンを見ました。ベルンは奥歯が折れるくらいに噛み締めていました。彼を制止させたのはジーニアス様の言葉と、そしてハウヴァーのことでしょう。ここで私たちが見つかれば、エド様方にも危険が及びます。それは分かっているんです!でも…ジーニアス様をこのまま見捨てろというんですか!


「嫌…です。絶対に嫌。アヒム様みたいに…もう…失うのは……嫌なんです…」


私はやり場のない思いを口に出しました。しかし、その思いはか細く、そして消えてしまう。私はまたあのような思いをして…無力な自分を悔いて呪わなければならないのでしょうか…。……いいえ。ナノエの兵はまだベルンたちの存在に気づいていないはずです。気づかれているのは私。でしたら、私が出れば、私を拷問して情報を聞きだすことに専念するはずなので、ジーニアス様もあれ以上傷つけられることも無い。女神探しの命がありますが、申し訳ありませんが、ベルンたちにやってもらって………。そう考えをまとめていると、突然私は顔を上げさせられ、無理やりベルンの方を向かされました。


「お前、また馬鹿なことを考えているのではないだろうな!」


そのベルンの顔を見て、私は言葉に詰まりました。そして、両の頬を叩かれたことのことが頭を過ぎりました。……じゃあ、どうすればいいのか教えてください。あなただって、このままここを立ち去るなんてしたくないでしょう…?私は嫌なんです。私の存在を確かめさせてくれる人たちが…消え去ってしまうのが。だから…私は…


「何者だ!?」


突如、慌しく聞こえたナノエの兵の叫び。私は体を引き寄せられ、ベルンと共に陰に身を潜めました。ベルンのおかげで身動きも取れないので、唯一周りの状況を知れるのは耳から拾う音だけでした。音は、逃げ惑う人々によって聞き取り辛いものとなりましたが、辛うじてその突然現れた人物は男だということが分かりました。ナノエの兵士の武器よりもはるかに大きいと思われる武器が、彼らを薙ぎ払う音がしたからです。そして、極めつけはこの声。


「…おいおい。この国のもんは国のために戦った英雄どもを助けもせずに見捨てんのかよ。…落ちたもんだなぁ」


それは逃げた民に言った言葉でしょうが、私はどきりとしました。それはベルンも同じだったようで、力が緩んだのが分かりました。あたりにはもう民もおらず、ナノエの兵士も地面に伏しています。その中で唯一立っていた男は、大きな剣を振り回し、磔台を一振りで全て壊しました。磔にされていた三人は地面に落ち、うめき声を上げます。私は堪らず走り出しました。


「待て!!」


後ろでベルンが私の手を摑もうとしますが、私は構わず立ち上がろうとされているジーニアス様を支えました。


「……ねぇちゃん、そいつと知り合いか?」


別の磔にされていた一人を抱えながら、その方がそう私に問いかけました。私は頷くと、戸惑いを向けているジーニアス様を支えました。


「……お前さんもかい?」


気づけばベルンも最後のおひとりを支えて、立ち上がっていました。そして、あたりの様子を鋭い目で窺いながら、


「…近くに小屋がある。そこまで彼らを運ぶのを手伝ってくれ」


と言うと、そちらに歩き始めました。私もそちらに体を向けると、すぐ隣からお前もか…という声が聞こえました。


「ったく……お師匠殿。俺たちの教え方……少々…問題があったようですな」


久々に聞いたようなジーニアス様の軽口。私は唇を噛み締めて、一歩一歩を急ぎました。いつ他の兵士が来るか分かりません。


「すま…んな。なにぶん…左足の…感覚が……」


自分がこんな状態でも、私のことを案じた言葉をかけてくれるジーニアス様。私は彼に首を何度も振り、彼の体を支え続けます。段々、ジーニアス様の体が重くなっていくのを感じ、私は恐怖からジーニアス様を見ました。力が入らなくなっているようです。


「くく……もう少しで……師匠殿の……元に行ける…ようだ…な」


「そんなこと……言わないでください。まだアヒム様は、あなた様を迎えになんて来ませ………っ!?」


ジーニアス様の言葉で動揺した私は、急に倒れこまれたその体を支えきることができませんでした。慌てて自分の方にジーニアス様の体を戻そうとはしましたが、そこから私は踏ん張ることができず……


「ねぇちゃん、無理はするな。代わりにこれ持ってろ」


後ろにいたはずの男が私に自分の剣を渡すと、私の代わりにジーニアス様を支え始めました。ジーニアス様が何かを呟かれました。


「……いいってことよ。あの時の約束を果たしに来たってだけだからな」


…約束?どうやら、ジーニアス様と知り合いの方のようです。私はその男性に付き添って、ベルンが入っていった小屋に入っていきました。





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