追っ手から逃れる二人
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「くそっ…どこに行った…」
ハウヴァーのとある野路裏。数人のナノエ兵が女の行方を追っていた。女は何かに恐怖し、奇声を上げて逃走していた。そのため、路地裏に入ることを苦戦していた兵たちにも女の大体の位置を特定することは容易だった。しかし、今ではその声はピタリと止み、女の行方も分からない。この辺り一帯、ナノエ兵によって規制されているのにも関わらずだ。まるで、女が突如戦慣れした兵士になったように、ナノエ兵の手からすり抜けてしまった。あとから来たナノエ兵と共に、あたりをくまなく探したが、やはり女は煙にでもなったように痕跡すらなかった。
「まだこの辺りにいるはずだ! 手分けして探せ!」
上官がそう兵に命じ、そして自分よりはるか上の位にいるタオゼント・ヴルムに頭を下げた。
「申し訳ございませんタオゼント様。しかし、みすみす逃しはしません。たかが女一人…時間の問題でしょう」
上官はそう言うと兵の元に戻った。その後姿を見て、タオゼントは苦虫を噛み潰したような顔で上着を羽織った。
「…本当に彼女がひとりならな…」
そして、ふと自分の左手をじっと見つめた。女を捕まえたときのことが頭を過ぎったからだ。しかし、すぐ下ろすと、彼は後ろに控えていた部下に告げた。
「行くぞ」
「…どちらへ?」
部下の問いにタオゼントは答えた。彼の言葉には、確信めいたものがあった。女はまだハウヴァーを離れないだろうと。何故なら、女はまだあの場を訪れていないからだ。
「我らが主様の雨狐殿が向かわれる場所に、だ」
そして、部下に兵を集めろと命じ、早足でタオゼント・ヴルムは確信めいた場所へと向かった。
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「………巻きました?」
私はフードを被りなおしながら、ベルンに問いかけました。ベルンは頷きながら、フードを頭から被ります。ようやく兵士たちの包囲網から出られたようです。私はふーっと息を吐きました。そんな私を見て、ベルンはちらりと路地裏の外を見ました。その様子は緊張感があるもので、私は彼が口を開くのを待ちました。
「とりあえず…と言うところだな。だが、ここからだ」
重々しく言う彼に私は首を傾げました。あの虫の魔物から逃げる以外に大変なことがあるのですか?しかし、次の彼の言葉に納得せざるを得ませんでした。
「今からここを抜ける」
ベルンが指差したのは、人通りの多い道。……確かにそれは中々困難を極めますね…。フードを隠せば紛れる私ならともかく、ベルンは何しろ体格が良すぎるのです。それこそ、一般の民衆ではないことくらい一目で分かります。
「絶対無理です。あなた様が剣を持たない民だなんて誰も思いません」
私は首を振りました。しかし、他に方法も考え付きませんし…どうしましょう?フィルマン様がいてくだされば、幻術やら錯乱の術やらで何かしらの策はありそうなものですが…んー…
「誰が民衆に紛れるといった。見てみろ」
ベルンが指差した方向を見ると、民の他にも何人か明らかに普通の人ではない人たちがいました。あるものは片手に酒瓶を持ち、あるものは何束も重なっている紙を持っていたりとしています。この方たちは一体…
「ナノエの賞金稼ぎたちだ。恐らく兵に賄賂でも渡して入ってきたのだろう」
…なるほど。つまり、今から私たちは彼らに成りすましてここを抜けるということですか。それについては納得しました。それならばだいぶ勝算もあるでしょう。しかし、一体彼らは何故このようなところにお金を使ってまできているのでしょう?
「奴らは情報を集めるためにいるのだ。奴らにとって戦争とは、上等なお得意様が増えるいい商売だからな」
ベルンが言うには、戦争で兵士の手が借りられないときは、捕虜が逃げ出したときには彼らに依頼するのだと。それで、賞金稼ぎの人たちは誰も彼もガラが悪そうなんですね。
「…行くぞ。そろそろナノエの兵が奴らにお前のことを依頼しかねないからな」
ぞっとしながら私は頷きました。そしてベルンの後ろをピッタリくっついて路地裏を出ました。
「…人が多くなってきた。もう少しくっつくように歩け」
私はボソボソと小声で話すベルンの言葉通り、彼に寄り添うように歩きました。その道中は順調だったように思います。ただ前から来る民を避け、そしてフードがめくれないように気をつけるだけです。私は緊張から乱れる息を落ち着けました。
「…大丈夫か?」
そんな私を見てベルンはそう問いかけました。私は頷き、ベルンを見上げました。彼は普通にしているように見えて、鋭く周りに注意を向けていました。……その上、私の心配までしていたら身が持たないでしょうに…。
「……ありがとうございます」
「……お前が素直に礼を言うだなんて、珍しいこともあるものだな。しかし、その礼は別の機会にでも取っておけ」
私は彼の言葉に肩をすくめるだけにしておき、彼の腕を摑みました。…歩くのが早くて、フードがとれそうになるんですよ。そう伝えるために私は彼の腕を軽く引っ張ると、ようやく察してくれたようです。少しスピードを落としてくれました。しかし、ベルンが早々にこの場所を抜けたいのも分からないではありません。先ほどから突き刺さる視線は、明らかに私たちに向けられています。
「……すまん。別行動にすればよかったな」
ベルンが申し訳なさそうに言います。どんな凄腕の賞金稼ぎでもさすがにベルンのような体格の人はいないようで、興味の視線がベルンに降り注いでいるのです。
「いえ。元々は私の不始末で起きたことですから…ほら、あそこ人を避けられる通りがあります。もうすこしの辛抱……」
私はそういいかけ、言葉が詰まりました。突然ベルンの肩を誰かが掴んだからです。それは先ほど鋭い目で様子を伺っていた賞金稼ぎのひとりでした。彼はとても酒臭く、その手にはやはりたっぷりのお酒が握られていました。
「おい、お前ら見かけない顔だな。どこのものだ?」
私は震える体を必死で押さえ、顔を隠しました。ベルンは立ち止まり、顔を若干隠しながら答えました。
「…とある貴族の賞金稼ぎだ。ここには先ほど着たばかりでな。見かけないのはそのためだろう」
ベルンのとっさの言葉に、賞金稼ぎは顔を歪ませると、舌打ちをしました。
「けっ! 客持ちか。しかも貴族様とはなぁ。さぞ稼ぎも多いんだろうな」
いちゃもんをつけ始める賞金稼ぎ。ベルンは軽く頭を下げ、その場を立ち去ろうとしました。私もそれに続こうとしましたが、強引にその賞金稼ぎは私とベルンの間に割り込みました。彼は酒臭い顔をこちらに近づけようとします。私はその臭いの嫌悪感から一歩後ろに下がりました。
「待てよ。こいつはお前の相方か? さぞいい女なんだろうなぁ? 同業者のよしみで顔くらい見せてくれてもいいんじゃないか?」
そして、私のほうに手を伸ばします。私は慌ててフードを掴みますが、強引に上げられたりでもしたら一環の終わり…。フードから手が放せない今…。私はいざとなったら彼のあごを思いっきり蹴り上げようと、左足を後ろに引きました。男が私のフードを摑むまで後ほんの数十センチ……あごが下がりかけた…ここです!
「触らないで……」
しかし、その賞金稼ぎは私の足が出る前に、その場に固まってしまってしまいました。顔もこちらに向いていなかったので、私は不思議に思い顔を上げました。そこには、鬼のような顔をしたベルンが彼の腕をつかんでいました。…確かに…これは身の危険を感じる顔ですね…。ベルンはその鬼のような形相で口を開きました。すると、今度は私が鬼のようになる番でした。この場合、節分の時の鬼の様に真っ赤に染められたというほうが正しいのですが。ベルンはこう言い放ちました。
「俺の女だ。それに触れるならば、同様の覚悟をお前してもらうことになる」
ベルンが男の手を掴み、睨み付けます。さらに恐ろしくなるベルンに、あまりのその恐ろしさから男は一気に酔いが冷めたようです。小さく悲鳴を漏らすと、その場に座り込んでしまいました。ベルンは構わず私の手を摑むと、強引に人の波を押し分けて行きます。
「………………あ…」
手を引かれながら、私は頭が真っ白でした。それでも必死でフードは押さえ、髪が現れないようにしていた自分を褒めてあげたいです。
「もうすぐ、落ち合い場所に着く」
しかし、ベルンは先ほど発言したことについて、何とも思っていないようでした。私は慌てました。胸がバクバクと破裂しそうになり、私は溢れ出そうになるものを必死で堪えました。…落ち着け…落ち着け…。ベルンは怪しまれないようにあの場限りの言葉を口にしただけなのです。それに、今はそんなことで心が乱されるわけにはいかないでしょう!!私は大きく何度も深呼吸を繰り返しました。
「いったぁ!?」
そうしていたので、ベルンが立ち止まったことなど気づくわけも無く、私は彼の背中に思いっきり鼻先をぶつけてしまいました。
「……お前、こんな時にもぼんやりとしておったのか?」
ベルンが私の隣に並び、ため息をつくのが聞こえました。
「…すみませんでした」
私は鼻先を押さえながら、向こう側の通りにいたナノエ兵をちらりと見ました。…いい具合で頭が冷えましたね。私はフードを深く被りなおしました。ベルンは私の手を引いたまま、路地の陰に身を潜めました。
「…何やら兵たちの動きがおかしいな…」
ベルンの言葉に私も彼らの様子を伺いました。ベルンの言っていることが私にも分かります。彼らは道を封鎖するわけでもなく、慌しい様子でどこかに向かっているようなのです。
「……少し様子を見てくる。お前はここにおれ」
繋いでいた手を離し、表の人混みにまぎれるベルン。繋がれていた手に風が通り、熱を逃がしてくれます。私はその手を握り締め、そして壁に背中をつけました。
「……本当、いつも突然なんですから。…あの天然たらしめ」
そして零れ出るため息を惜しみも無く吐き出すと、表の方に兵士の姿を見つけたので、少し奥へと進みました。
「……女はいたか?」
「いや、ここら辺りは色んな奴らの溜り場になっているからなぁ。見つけるのに時間はかかりそうだ」
「タオゼント様がこの辺りにいるとおっしゃっているんだ。必ず見つかるさ」
タオゼント…。私はその名前に辺りを警戒しました。先ほどもこのような路地裏で追い詰められましたね…。タオゼントと一緒に行動していたあの魔物…もうできれば二度とお目にかかりたくないものです。私が鳥肌が立ちそうになっているとき、不意に反対側の表の通りがやけに騒がしくなったことに気づきました。
「……ん? なんでしょう?」
あまりここを離れるのは得策ではないですし、でもこれがもしナノエの策でついに道を封鎖し始めたのだとしたら……。私は意を決して偵察をすることに決めました。…まあ、こっそり見るだけだったらベルンが来たとき分かるでしょう。そうと決まれば、膳は急げ。私はそちらに歩き始めました。段々暗いところに慣れ始めていた目を光が刺激し、そしてそっと覗き込む私に真っ先に飛び込んできたこれは………何の臭いでしょう?
「……うっ…」
その正体に気づいた私は思わず叫びそうになる口を手で押さえ込みました。
「……嘘…嘘………なんで……」
視界が涙でにじみ、私は力を失いその場に座り込みました。




