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民の苦悩と追っ手

それは突然起こったと言います。リアリー戦争終着を告げるように、すさまじい閃光と地鳴りが同時に起こり、そして気が付けばハウヴァーの兵士たちは一人残らず地に伏していたのだと。アレクサンドロス王の行方は分からず、しかし最後にお見かけした姿は、怒りで荒々しくナノエの兵士たちをなぎ払いながら、王宮の中へと猛進されているところだったと言います。そのお姿から、あの方が負けるなどということは微塵たりとも想像できなかったそうです。


「……これからどうすればいいのでしょう…。供給だって段々回数が減っているし、雨をしのぐ家もない。子供たちだっているのに…」


こらえきれず泣かれる女性。それにつられて、周りにいらっしゃる方々もボロボロのハンカチで口元を押さえます。


 ここは供給待ちの人々が集まっているところ。私たちは供給の順番を待っている振りをして、彼らの話を伺っている最中。しかし、彼らの状況は思っていた以上に酷いものでした。ここは、比較的住宅地が密集していたところのようなのですが…その綺麗な町並みは跡形もなくボロボロに崩れており、それでもなんとか家の形をしているだろう場所には、賑わいを見せていたはずの人々が誰もが世に絶望した顔をしてひざを抱え座っています。…無理もありません。今のハウヴァーでは、当たり前だと思われていた明日を迎えることも困難でしょうから…。住んでいた家も、大切な人も、安泰な生活も奪われ、さらにハウヴァーの民として生きることすら今奪われそうになっている…。私は胸が締め付けられる思いがし、焼け落ちた家で必死に物を漁っている子供たちから目を逸らしました。

 

「…そうですか…。私たちも同じようなものです。私たちは近辺の村々から来たのですが、ナノエの兵士がはびこっているため私たちが食べる分がなくなってしまい…貯蓄してあったものも全て取られてしまって…」


カルファがうっと目元を手で覆い隠しました。私も慌てて同じような素振りをしました。カルファに全て任せておりますが、なんと言えばよいのでしょうか…。彼はこのようなこと慣れているようで、近くにいた女性に話しかけたと思えば、波を打ったように周りに広がり、さらにはその話の流れを彼が操っているのです。彼の言葉を誰も疑っていないようですし…。カルファの手際のよさに私は頷くしかできません。


「そうかい…。ここだけじゃなく、ナノエは本気でハウヴァーを侵略しようとしているんだね…」


周りにいた誰かが呟くようにそう言いました。それはあまりにも悲観的であり、そして同時に諦めも感じられました。私は彼らを見ることができず、フードを深く被りました。…私は彼らに何もすることができません。


「……でも、ハウヴァーは最も広い領土を誇っている国ですわ。その全域まで侵攻するとなれば、時間もかかるのではないですか? それまでに、他国の動きを期待すれば…」


「無駄な期待は止めなお嬢さん」


そのカルファの言葉を遮ったのは、私たちを監視していたナノエの兵士の一人でした。私は思わず体を強張らせました。兵は下卑た笑みを浮かべて、こちらへと歩いてきます。彼の周りには道ができ、民からは憎悪の目を向けられていましたが、彼は気にする様子もなく言葉を続けました。


「その点についてはすでに対策済みさ。殿下はさっそく各場所に関所を建てるように命じられた。俺が知っているだけでも、すでに三箇所にな」


その言葉にカルファの目が一瞬光りました。しかし、すぐに不安そうな年相応の少女の顔をし、か弱しい声で呟きました。


「すでに三箇所も…」


ナノエの兵士は乱暴にカルファのフードをめくり、顔をじっくりと眺めました。私はゆっくりとエマ様と共に民衆の影に隠れました。…カルファは顔が知れていないとはいえ、大丈夫でしょうか…。いざとなったら、カルファを引き連れてここを立ち去る覚悟はできております。


「そんなことが聞きたいなら、あっちでゆっくり聞かせてやるよ。どうだ? 今なら、欲しい物だってくれてやるが?」


ナノエの兵士たちはお互いに顔を見合わせて笑いました。私はその下卑た顔を叩きたくなる衝動を必死で抑えるために、数回深呼吸をしました。カルファの邪魔をしてはいけないと言い聞かせながら。


「ちょうど見張りにも飽きてきたところだったんだ。こんな上玉がまだ手付かずなんて、まだまだここも捨てたもんじゃねぇな」


兵士がカルファを無理やり立たせ、そしてその腰に手を回しました。もう我慢なりません!私がこのロリコンどもをどう成敗してやろうか考えていると、今までだんまりだったカルファがちらりとこちらを見ました。かすかに口が動いています。


「………その場に…いろ…?」


彼はそれだけ私たちに伝えると、二人の兵士たちと一緒に路地裏の奥へと消えてしまいました。私は慌てて彼らの後を追おうとしましたが、エマ様によってそれは止められました。エマ様は私の服の裾を引っ張ると、このまま座っているように指示されました。


「た、大変だ! あのお嬢ちゃんが……助けに行かないと…」


最初に話しかけた女性が慌てて私たちの方を見ましたが、その肩を男性が掴みました。


「馬鹿言うな! あいつらに何かしてみろ! 俺たちだっていつ見せしめに合うか分かったもんじゃねぇんだぞ! …悪いことは言わん。今あったことは忘れるんだ。あのお嬢ちゃんのことは運が悪かったと思って諦めろ」


「そんな……あんなに健気でいい子だったのに……。私が……私がいけないのよ。あんな話…こんなところでするべきじゃなかった!」


自責の念に耐え切れなくなったのか、その女性は声をあげて泣き崩れました。私はどう声をかければよいのか分かりませんでした。何を言っても、怪しまれそうな気がしたのです。


「……リオ、あいつが来たわ。真後ろの方向よ」


「え?」


エマ様が聞こえるか聞こえないかの音量でそう私に注意され、私はあいつが誰か分からず、後ろをそっと振り返りました。


「……なにもあなた様直々に来られずとも、我々に命じてくださればよろしかったのでは? 殿下があなた様を探しておられなければよいのですが…。ここになんの用がおありで? タオゼント様」


私は息が詰まり、慌てて顔を元の位置に戻しました。ここから直ちに離れなければならなくなりました。私はエマ様の手を握り、カルファと最初にいた路地裏へ向かおうと……ん?


「気をしっかり持って。あなたがしっかりしなければ、誰が子供たちを守るというの? ほら涙を拭いて」


「ちょっ!?」


なんとエマ様が泣いていた女性の涙を拭き、そしてその手をしっかりと握っていらっしゃるではないですか。私は慌てて、引き剥がそうとしました。なぜなら、その位置では彼女からはっきりとエマ様のお顔がはっきりと見えるではないですか!!しかし、もう時はすでに遅し。女性は泣き顔から戸惑いの表情へと変え、そして


「あ……あなた様は…まさか……」


と口走りそうになっています。私は顔から血の気が引きましたが、エマ様はしっかりと彼女の手を握ったまま口を開かれました。


「苦労するのはいつもあなた方民です。すみません。…しばし辛抱をしてください。我々は必ずまた戻ります。それまでは…死なないで」


エマ様の瞳から一筋の涙が流れました。一瞬、タオゼントがこちらを見たような気がしました。エマ様が彼女の手を離し、私の手を掴むとすぐにこの建物の影に隠れました。そして、すぐにその場を離れました。置いてきたカルファが気がかりですが、顔が知れている私たちのほうが今や危険な状況です。


「…ごめんなさいリオ。あんなに言われたのに…」


私に手を引かれながらエマ様は沈んだ声でそう言われました。私は首を振りました。流石にヒヤリとしましたが、エマ様のあの行動を咎める気はさらさらありません。


「いいえ、ご立派でした。エマ様のあのお言葉で、きっと彼女も救われたでしょう」


「…そうであることを祈りたいわ」


そして、最初にカルファといた路地裏にたどり着きましたが、……やはりカルファの姿はありません。


「……?」


私は突然ある異変に気づきました。先ほどまで供給に来ていた人々の声が聞こえていたのに、今辺りは静かなのです。私はそっと辺りの様子を伺おうと身を乗り出しました。


「っ!?」


突然口を塞がれ、奥へ奥へと引きずられます。まさかナノエの兵士に見つかった!?


「しー。…お二人とも無事っすね」


しかし、それはカルファでした。私はホッと胸を撫で下ろしました。どうやら傷どころか汚れ一つないカルファは、無事彼らをあしらえたようです。その証拠にカルファは頷きながら、


「必要な情報は手に入れました。フィルマン様方はすでに落ち合い場所に向かっているようですから、俺らも向かいましょう」


と私たちに言いました。私はタオゼントのことを彼に言おうとしました。ここから早く離れないといけないのは分かるのですが、見つかっては元も子もありません。しかし、カルファはすでに知っていたようです。さらに、第二王子の側近であるタオゼントがなぜあんな場所にいたのかも知っていました。


「どうやら、あの近くで魔物を飼っている小屋があるみたいで…。あいつはその魔物に用があったみたいなんすよね。」


「…わざわざハウヴァーで魔物をただの愛玩物にしているわけないわよね。…嫌な予感しかしないわね。急いでエドたちと落ち合うわよ」


私とカルファはエマ様の言葉に頷き、そして慎重に奥へと進みました。エド様方は上手くやったのでしょうか?カルファが何も言わないところから、大丈夫だとは思うのですが…。私は大きくため息をつくと、エマ様が私の手を強く握られました。


「今はこっちに集中よリオ! あの不届き者が魔物を使って何をするかなんて……杞憂だということを祈るわ」


エマ様がため息をつきおっしゃられました。……魔物を使って何をするか…ですか?そんなの魔物の力を使いたいからで………。私の脳裏にふとある考えが過ぎり、思わず生唾を飲み込みました。……確かに…杞憂であってほしいですね。そのとき、カルファの足が止まりました。それはすぐに動き出すものだと思っていましたが、しばらく待っても動き出す気配はありません。私はそっと様子を伺いました。そして思わず、声がでそうになりました。


「………くそっ…早速使ってきたっすね…」


そこにいたのは、あの時の大きな虫の魔物でした。その魔物は二本の触覚を動かして、何かを探しているようでした。私は気分が悪くなり、その魔物から目を逸らしました。


「…他の道はないんですか?」


私はカルファに尋ねましたが、彼は首を振ります。どうやらここを通る以外に方法はなさそうです。…どうやら杞憂は杞憂ではなかったようですね。前に、私がハウヴァーを脱出した際、ナノエが魔物に私の服を発信機代わりにして追跡していたことを思い出したのです。……あの巨大に虫に追いかけられるなんて死んでもお断りしたいものですね。…あぁ、考えないようにしていたのにまた気分が悪くなってきました。


「……本当にこの土地に王太子一行がいるのですか?」


その言葉が聞こえ、私たちは思わずさらに奥に下がりました。まさか…ばれて…


「…いや、敵地に王族を行かせるとは考えにくい。単独で王都を訪れているか、または誰かと行動を共にしているかのどちらかだろう。…まぁ、どちらにせよ。何かしらの目的を持って、リオ殿がここにいることは間違いない」


私はその声を聞いて、顔を歪ませました。その声はタオゼントのものだったからです。私はエマ様と目を合わせました。…どうやらまだ、こちらの情報は行っていないようです。しかし……なぜ私がここにいるとバレたのでしょう?


「…………近いな……この辺りにいるぞ」


……それを考えるのは後です。私はエマ様と繋いでいた手をカルファに差し出しました。カルファはすぐ私が何を求めているのか分かったようです。それを受け取るかどうか、悩むような素振りを見せました。エマ様は私の服の裾を掴み、首を何度も横に振られます。…これしかないんです。王族であるエマ様や落ち合う場所を知るカルファが捕まるわけには行かないでしょう?…カルファ、エマ様をお願いしますね。私は無理やりカルファの手をエマ様と繋がせました。そして、フードを深く被ると、供給に行く民に紛れてやりすごそうとしました。巨大な虫の魔物と、兵士がひとり…そこにはタオゼントの姿は見えません。今がチャンスです!一歩…一歩と不自然に思われないような速度で歩き、その差は縮まっていきます。私は虫の魔物をなるべく見ないように、顔を下に向けました。大きな影の前を通り過ぎましたが、何もありません。私がホッとした…そのときでした。


「お久しぶりです、リオ殿。お元気そうでなによりです」


いないと思って油断しきっていたタオゼントの声が後ろから聞こえてきました。私は反射的に走り出しました。心臓がどくどくといっているのが分かります。ばれた…。今まで順調だったものが、私のせいで足を引っ張ってしまいました。


「逃げたぞ! 追え!! あの女を絶対に捕らえろ!」


兵士がそう叫ぶと、何人もの兵士が現れ私を追いかけ始めました。しかし、彼らの甲冑は重く、走るのには適さないことを思い出しました。このまま路地裏で巻いて……


「えっ!? なにこれ!?」


私が左へ曲がり、路地裏に入り込もうとすると、なにやら白いものが封鎖していて入れません。私は別の路地裏に入ろうとしましたが、そこにも同じものが。私は諦めて再び走り始めました。


「なに…あれ……糸?」


そのときハッとしました。これ、まさかあの魔物の……。あの二本の触覚が頭を過ぎり、私は寒気がしましたが、恐らくそうと考えて良いでしょう。…根回しが早すぎる…。まるで私の考えがあらかじめ伝わっていたかのようです。


「考えていることは…お見通しってこと…ですか…」


上等です。私はそう簡単に捕まりませんよ。といいますか、捕まってたまるもんですか!!私は崩れかけている塀の上を走りました。


「諦めろ! そちらに逃げ場などないぞ!! 」


後ろの兵士の言葉なんか気にしません!そっちは行き止まりなんて見れば分かりますから!塀はどんどん上がっていきます。私はある程度の高さを確認して、思いっきり足に力を込めました。まあまあ高いので魔力も込めておかないと危ないですね。そして、飛び上がりました。例えるなら、高飛びのようにですかね。この場合、棒はあの気持ち悪い糸です。絶対に触れたくない…そういう私の強い思いが力に表れたのか、糸に一切触れることなく、糸の向こう側へと無事に着地させます。


「な…」


兵士たちが呆然としている今がチャンスです!私は路地裏を走りぬけました。このままハウヴァーの外に出ましょう。そうすれば、ギルの能力を使って私を見つけてくれるはずです。しかし、突如足に違和感があり、私の足は止まってしまいました。


「……ひっ」


そして私は体を強張らせます。私の足には先ほど、絶対に触れたくないと思っていたものが思いっきりついていたからです。つまり、考えられることは一つ。


「少々手荒い方法を取らせていただきました」


上からタオゼントの声が聞こえましたが、私の頭はこのねばねばをどうするかに占められていました。動けば動くたび絡まり、さらに嫌なことにぐちょぐちょと音がするのです。触感も音も悪寒がするほど嫌です。肌にネバネバがまとわり付いてきて…あ…無理…泣きそう…。全身に鳥肌が立ってきた時、私の我慢は限界に達してしまいました。目の前に、あの巨大虫魔物が音も無く現れたのです。


「い…いやぁぁぁぁぁ!!! 虫に食べられる最後だけは嫌ぁぁぁぁ!!」


我慢していた叫びを一回解き放ってしまうと、もうとめ方は自分でも分かりません。私はバタバタと手足を動かし、そしてネバネバを思い出して、再び叫ぶということを繰り返しました。無様です。無様すぎです。エマ様方には決して見られたくない姿です。しかし、それほどまでに私はパニック状態に陥ってしまい、糸を体に巻きついていることなどお構いなしに逃げようともがき続けました


「……落ち着いてください、リオ殿。いまはずしますので……」


「ひぃっ!!!?」


体が急に軽くなり、私は思いっきり走り出しました。両手は手錠のように糸が絡み付いていて、私の顔はもうすでにぐちゃぐちゃになっていることでしょう。


「な…なんで虫の魔物なんているのよぉ!!」


虫なんてこの世から滅びればいいんです!全速力で走り続けているうちに、頭に冷静さが戻ってきました。私は思いきって後ろを振り返りました。頼む…追いかけてきているのはタオゼントであってくれ…と。しかし、


「ひっ! なんであんな巨体で走れるのですか!!」


追いかけてきているのはどう見ても大きな虫。しかも、二本の足を使って追いかけてきてます。正直、動くたびに他の足がピクッと動いているのはかなり気持ちが悪く……


「なんでタオゼントが……追いかけてくれないのですか!! サボって…ない…で自分で…捕まえに来なさい!!」


もう誰に話しているか分からなくなってきましたが、これだけは言えます。私の体力はもう限界です。頭に酸素が回っていかなくなっているのが分かります。…いい人生でした。最後に文句を言うとするなら、あんな最後を用意した神様にですかね…。私は意を決して、剣を取り出しました。ただでなんてやられたりはしません!死ぬなら道連れです!!足を止め、後ろを振り向きました。虫の姿はありませんが、もうすぐ姿を現すでしょう。私は息を大きく吸い込んで、足に力を……


「むぐっ!?」


入れそこないました。私は気づけば、再び誰かに口を押さえられ、路地裏の奥に引きずり込まれました。私の脳内では、虫が私の体内に入ろうとする光景が浮かびました。ひっ!やっぱり、そんな最後は嫌だ!!


「っ!?」


私は必死で手足を駆使して抵抗しました。嫌…嫌だ…!体内から食べられるくらいなら、このまま爆弾かなにかで木っ端微塵に……


「静かにしろ! あいつが来るぞ!」


しかし、無理やり手足を封じ込められ、私は窒息させられるかと思うくらいに何かに押し付けられました。懐かしい香りが私の鼻にいっぱい入ってきて、私は今度は別の意味で慌てました。しかし、動かそうにも自分の体ではないように動かず……私はどんどん自分が熱を帯びていくのが分かりました。


「………………行ったか…。しかし、追跡する能力もあるのか……。お前は本当に運がない…リオ?」


やっとその重い筋肉だらけの体をどけてくれ、私はやっとまともに息ができました。


「し…死ぬかと思いました…」


「そうだろうな。昆虫型の魔物なんて俺も初めて見た。まさに虫嫌いのお前にとって天敵というわけだな」


ふむと頷くベルン。違います。私はあなたにあやうく殺されかけるところだったと言いたかったのです。私はため息をつき、立ち上がろうとしました。しかし、


「……ひっ」


まだ自分の腕にあのおぞましい糸が絡まっていることを思い出し、顔を歪ませました。


「と…取ってください。早く…一生のお願いです」


両手が塞がっているため、自分ではどうしようもありません。噛み切ってはずすなんて、絶対にしたくありませんので、私は必死にベルンに頼みました。


「動くなよ」


私の必死さが伝わったのでしょう。ベルンはすぐに糸を切ってくれました。手が自由になるのを感じ、私はやっと安堵できるのでした。


「エマリア姫様とカルファは、無事殿下と合流しておる。…よくやったなリオ。お前の手柄だ」


ベルンがそんな私に微笑み、そして頭にはあの心地よい重さが。私は途端に涙が出そうになり、慌てて下を向きました。そして、二三度深呼吸をすると、段々落ち着いてきました。


「手柄だなんて大げさです。私はエマ様のメイドとして当たり前のことをしたまでですよ。さぁ、ベルン。私を主人のところに案内してください」


そんな私の強がりを見透かしたのか、ベルンは呆れたような、しかし少々の笑みを浮かべ、頷きます。


「了解したリオ。あの魔物に会わない道順で我らの主の下へ向かうとしよう」

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