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男の欲望

_________


「……あっけないものだな」


つまらなそうにつぶやくその男は、頬ひじをつきながら落城された王座に腰かけていた。男がその城に足を踏み入れてから三度目の日が昇るのを待つことなく、その城は掌握されていたのだった。行方知らずだった姫は見つかり、男の予期していなかった探し物もまた見つかった。この城の命運を握るのは、もはやこの男以外にありえないことであった。しかし、男はつまらなそうに再び口を開いた。


「あまりにもあっけない。拍子抜けだ。こうもことが上手くいきすぎると、本当にここが最強の名を欲しいままにした国だとは到底思えんな」


その男の言葉に一人の従者が恭しくお辞儀をし口を開こうとしたが、男はそれを制した。お世辞などの言葉は聞きたくないようだ。そして、代わりに隅の方にいる従者の方に目をやった。その従者はため息をつくと、けだるそうに口を開いた。


「…しかし、あちらではこうはいかなかったようです我らが主よ。リアリーの呪歌守(じゅかもり)と呼ばれるあの場所に向かった同胞達は全滅し、また敵方に捕らえられたと聞いております」


その言葉に辺りはざわめいた。男が手を上げると、しんっと静まり返ったが、誰も彼も困惑した顔で男を見つめていた。


「敵方は思ったよりできる者が多いようだタオゼント。しかしまさか、ユラシアスやグリートまでも殺られるとはな。ハウヴァーの強さを見くびっていたということか。ユズ」


男の呼び声に突如姿を現したのは一人の少年だった。彼は華奢な体には不釣り合いなハウヴァーの鎧をうっとおしそうに脱ぎ捨てた。


「おっしゃるとおりです我らが主よ。特に上位にいる者の個々の強さは尋常ではありませんでした。最初に死んだのはグリート・イスエラ。怒りに任せて、いらぬことを口走った挙句、怒りに任せての攻撃。相手の力量を図らずやけを起こした結果、首を飛ばされ死亡。無様な結果でした」


ユズと呼ばれる少年は冷たい声でそう言った。男は特に反応も示さず、話の先を促した。


「そしてユラシアス・グリア。彼は自分の役目を全うしようとしましたが…意外にもハウヴァーに、彼を凌ぐ実力を持つ者がおりましたもので。その実力者によって負わされた傷で彼もまた死亡しました。ついでに不要種(ジャンク・スピィシー)によって攻撃を受けましたが…さすがと言いましょうか。手傷を負いながらもそれを躱し、ハウヴァーの王太子を他のものと離すことに成功いたしました。まあ、すぐに奪還されてしまいましたが。彼もまた志半ばで女神共の手に渡ってしまったということです」


「そうか。ユラシアスまでも失ってしまったのは大きな痛手だな。それでお前はハウヴァーの王太子をどう思った?」


「弱々しく、部下に守られてばかり。あれは王の器ではありませんね。特に才があるわけでもなく、この数か月間の観察から見て期待以下…と言ってよいでしょう。しかし…彼には何かあるように感じられました。ユラシスが死亡したのも、王太子が彼の攻撃に反応して部下をその攻撃から守り、その結果ユラシアス・グリアは敵方に傷を負わせることができなかったからでして…」


少年のその言葉に、男は初めて興味を示した。


「ほう…。ユラシアスの攻撃に反応したと。剣もろくに振るえぬ子供風情でか。なるほど。血は争えん…ということか」


そして少々考え込むような様子を見せて、別の質問を投げかけた。


「グリートの首を飛ばした、ハウヴァーの者の名は何という?」


「アレクサンドロス王側近十一人衆が一人、ベルンフリート・ヘーゲルでございます我が主よ」


その名を口に出した瞬間、先ほどとくらべものにならないほど辺りはざわめきに包まれた。


「ヘーゲル!? あの『死牛』の息子か!!!」


「それならばこの結果も納得ができる。若き日の『死牛』は一人で一国を攻め落としたというぞ」


「いや待て。『死牛』に子供はいないと聞いたが…」


ざわめきが絶頂に達したとき、扉が静かに開かれた。胸をやけに強調したメイド服に身を包んだ使用人が恭しくお辞儀をし、その人物を中へと招き入れた。その人物は面白そうに口角を上げ、そして口を開いた。


「ベルンフリート卿は、アヒム殿の兄君であるラギム殿のお孫君であられますからな」


ぴたっとざわめく声は止み、その人物に視線が集中した。ハウヴァーの鎧を悠々と着こなしたその裏切り者は新たな主となる男を見て、歩き出した。


「幼き頃に両親と死に別れ、天涯孤独となったベルンフリート卿をアヒム殿が引き取られたのです。兄君の最期の願いでしたからな。ベルンフリート卿の亡き父君、ジーザン卿は破門された身の上だったため、他に頼るあてもありませんでした。王宮に仕えていたアヒム殿であったならベルンフリート卿を引き取ることも可能だろうと思われたのでしょう。引き取られるとアヒム殿は、徹底的にベルンフリート卿を鍛え上げられました。その結果、最強無欠『ハウヴァーの黒騎士殿』が誕生したというわけです」


「…イッシュバリュート卿」


男が名前を呼ぶと、流暢に語っていたその裏切り者は深々とお辞儀をした。


「貴殿の活躍は見事であった。しかし、敵はまだ我らに歯向かう力は残っている。そこで、貴殿にはさらに敵の戦力を削るという役目を与える。従ってくれるな?」


「もちろんでございます。ハウヴァーの連中を戦えないほど壊滅的な被害にしてくれましょう」


男は裏切り者の言葉に頷くと、そして再び気だるげな従者の方を向いた。


「では、そろそろ客人の支度といこうかタオゼント。お前のその頬を赤く染めさせた客人だ。大事な俺の雨狐(うこ)となる者だ。丁重にもてなせ」


「かしこまりました、我が主よ」


従者はそういうと、まっすぐに部屋から立ち去った。その後ろ姿をちらりと見た男は、聞き慣れない単語に怪訝そうな顔をする裏切り者を真正面から見つめた。


「イッシュバリュート卿。貴殿に問いたいのはただ一つだ。ハウヴァー王国王太子、エドワール・カナンについて、知っていることを話してもらおう」


男は貪欲だった。そして、欲しいものを手にするためであったら手段を選ぶことはなかった。先ほどまでつまらなそうにしていた男の目は、今やその赤目をぎらぎらと光らせていた。


_________



「まったく。リオの言う通りに部屋を訪れたのに、当の本人がまさか遊んでいただなんて」


エマ様は呆れたようにため息をつかれました。その前では私とベルンが仲良く二人並んで正座をし、反省の気持ちを表現しておりました。エマ様に恥ずかしいところを見られてしまい、私は穴があったら入りたい気持ちでした。主人を戒めるためにいるメイドが…逆に戒められてどうするんですか!?穴の中に入ってそのまま埋めて欲しいくらいです…。……これもそう、すべてベルンのせいです。これだから脳みそ筋肉野郎は嫌なんです!!私は思いっきり非難の目をベルンに向けました。


「俺のせいにするな。そもそもお前から吹っかけてきた喧嘩だろうが」


悪びれもせずに言い放つこの脳みそ筋肉。かちんときた私は言い返しました。


「あなたが仮にも女性の部屋に無断で侵入してくるのが悪いんじゃないですか!! この変態筋肉!!」


「へんた…仕方がないだろう! お前の部屋に張り込んでいた方が接触できる可能性が高い。それに見回りも極端に少なかったから、まさにこの部屋は絶好の場…」


「緊急事態ということで変態行為を正当化なさるおつもりですか! ハーン! 天下の黒騎士、ベルンフリート・ヘーゲル卿も落ちるに落ちたものです。罪を正当化なさるだなんて」


「お前な! そもそもお前の部屋なんぞ興味も欠片もないわ! このような状況でなければ誰がお前の部屋なぞに行くか!」


「はっ! どの口が申すのやら。仕事から戻って来たら、勝手に中に入ってベッドで寝ていた方の言うセリフではありませんね!! ほんっと、あの時は窓から放り投げようかと思いました!!」


「だ、だいぶ昔の話を持ち出すな! 言っただろう! あの時は戦明けで疲労が溜まっておって……」


「でしたら、私の部屋を訪れずに、ご自分の部屋に直行なさったらよかったのです! 次の日も仕事がたくさんありましたのに、結局朝までベッドを占領なさって…食事をひっくり返してお姉様どころか、ジュリーにまで怒られてしまったのですよ!!」


「お前が注意力散漫なのはそれに限った話ではないだろう。俺のせいにするな」


「はぁん!? ろくに体も綺麗にせずにシーツを台無しにした方が……」


「二人共、まだ反省したりないの?」


エマ様の一声で私は言葉を切りました。エマ様を見ますと、にっこりとこちらに微笑みかけておられ、そしてその手にはどこから取り出してきたのか重りが。今私たちの膝に乗っているのはせいぜい一キロ辺り。そしてそれはどうみても三キロはありそうです。私は姿勢を正し、首を大きく横に振りました。ベルンを見ると、さすがにそれは勘弁してほしそうな顔をしておりました。…ベルンには三キロとは言わず十キロの重りを膝に乗せ、その筋肉脳を少しはましにしていただきたいものですね。


「…話を戻すわよ。それで、お父様はこの近くにいるのねベルンフリート」


「おっしゃる通りです。殿下もご無事でいらっしゃいますので、ご安心を」


ベルンとエマ様の会話を聞きながら、私はエマ様が私の言葉をきちんと理解されていたことにほっと安堵しておりました。実はエマ様と私の部屋はちょうどこの壁を抜けたところにあるのです。エマ様の部屋から廊下を歩き、かつ幾度も曲がったので、ナノエの方々もそれには気づいていなかったようです。最初にそれに気づいたのはエマ様で、さっそく私の部屋とご自分の部屋をフィルマン様に頼んでつないで貰った…とまあこういうことです。当初は頻繁に使用していましたが、最近ではそのような機会はあまりありませんでした。ですから思い出されたようでほっとしましたよ。本当に。


 「そう。だったら早くここから脱出した方がよさそうね。短気なお父様が、いつまでも捕らわれの身であるお母様をそのままにされるわけがないもの」


エマ様のお言葉に私ははっとなりました。確かに…マリア様をこんな状況にさせたナノエをアレクサンドロス王が何もしないわけがありません。もし…あの方が今襲撃されたら……私たちも危ないですね。私はあの方の怒りをあらわにされた顔を想像して、身震いをしました。鬼や悪魔であってもびびって逃げ出してしまいそうです。


「じゃあ、はいリオ」


ふとエマ様が何か手渡されてこられました。それはなにやら色々詰め込んだような袋でした。私はきょとんとして彼女を見ました。エマ様はそんな私にかなり呆れた顔を向けます。


「アヒムから貰った物よリオ。城から脱出するとなれば多くの準備が必要でしょう? 剣と一緒にもらった物よ。昨日の今日でもう忘れたの? 歳?」


「あっ!? って違いますから!!」


私はエマ様の言葉にハッとなりました。そうです。私は武器を持っていたではありませんか!!やはり慣れないものを持つのは……あれ?


「どうしたの?」


懐を探っていた私の手が止まるのを見て、エマ様は不思議そうに私に聞かれました。


「……ありません」


ま…まさかあの騒動で落とした?嘘!?私は慌てて探しましたが、剣を見つけることはできませんでした。


「…まさかとは思うけど、ナノエの手に渡ってしまったのかしら。そんな素振り全くみせなかったから、気づかなかったけど…」


そうです。その可能性もあるのです。それならば脱出する前になんとしてでもアヒム様からいただいた品々を取り返さなくては……。私がそう燃えていると


「剣? それならばここにあるものか?」


ベルンが私のベッドの上を指さしながら言いました。少々膝立ちになりながらやっとベッドの上を見ますと、なんとそこにはあの剣がそこにあるではないですか!


「あ…あった!! よかった…」


「でもリオ。一緒にあるこれって……」


エマ様の言葉に私も首を傾げました。剣の隣に置かれていたのはエマ様の手にすっぽり収まるくらいの球体でした。黒っぽいそれを私はどこかで見たことがあるような……


「それは…叔父上特製の手煙弾ではないか」


ベルンの言葉で私は再びハッとなりました。もしや……アヒム様が…。そうです。あの方はそんな方です。おそらくここまで見通された上で……エマ様を守るためにこれが必要になるだろうとナノエの手からこれを取り返してくれたのです。私は鼻の奥がツーンとなるのが分かりました。


「…最後までアヒム様にご心配をおかけしてしまったようですね」


「……そうね。アヒムや命を懸けて戦ってくれた兵士たちのためにも、私は…いえ私たちはここから生き延びなければならないのよ。くよくよしている暇なんてないわ」


エマ様の言葉に私は喧嘩していたことも忘れてベルンと顔を見合わせました。我らが主は短期間でずいぶん成長されたようです。ベルンは床にこぶしをつき、敬礼の姿勢を取りました。


「はっ!! このベルンフリート、エマリア姫様に何人たりとも近づけさせぬことをお誓いいたします。殿下と姫様を外敵からお守りすること…それが叔父アヒムから言いつかったことであります故!」


私はそれを聞き、ゆっくりと両手を床につき、お辞儀をしました。メイドには敬礼のポーズなんてないので、前世でやっていた人たちの見様見真似なのですが。


「そうですね。エマ様の言う通りです。アヒム様や彼らのためにもハウヴァーに再び平和を訪れさせなくては。それまで私程度の者がお役に立てるかどうか分かりませんが、そのお手伝いができればと思います」


「ええ! 期待しているわよ二人共!」


「はい!」

「はっ! もったいないお言葉でございます」


エマ様は私たちの言葉に満足そうに微笑まれました。それは思わず見惚れてしまうほどきれいでいらっしゃいました。


「さっ、じゃあとりあえず必要なものを……」


私が重りを除けようと手を伸ばした時でした。トントントン。突然三回ノック音がされ、私はびくっと叩かれたドアを見ました。


「…リオ様? 殿下のご命令でそろそろ晩餐会の準備を……お着替えのお手伝いに参りました……リオ様?」


「は、はい! 少々おまちくだ…」


もうそんな時間…。私は慌てて声を上げました。思わず重りがあるのも忘れ立とうとしたため、私は見事に前に倒れてしまいました。その時、大きな音がし私は心臓が止まるかと思いました。しかし


「リオ様?? おやすみですか? リオ様??」


どうやら彼女たちにこちらの声が聞こえていない様子。私は慌ててベルンを見ました。ベルンといいますと窓の外を見て、見回りの兵士がいないかどうか確かめておりました。


「ベルンフリート、行くわよ」


エマ様が窓に足をかけられそうおっしゃいました。そして小声で早口で私におっしゃられました。


「私の部屋は朝まで誰も入らないように言っておいたから、私がいないことはしばらく誰も気付かないはずよ。リオはその晩餐会を誰にも気づかれないように抜け出して。増援を送るわ。くれぐれもハウヴァーの兵士たちと接触は避けるようにね」


そう言うと、ベルンと共に下へと下りられました。私はぽかんとその様子を眺めておりましたが、先ほどよりも激しく叩かれるドアに我に返り、私はドアノブに手をかけました。


「ああ…よろしゅうございました。おやすみになられていたのですね。では、失礼いたします」


ナノエのメイド服はこちらとは違い、かなり露出が多い服装でした。私が呆然としている間にせっせと私の髪の毛をセットしたり、服を着せたりなどあっという間でした。


「……え?」


気づいた時には私はメイド服から淡いピンク色のドレスに着せ替えられておりました。化粧も施されており、鏡に映る私はまさに誰状態。と言いますか、敵国の一メイドに着せる服装ではないですよね!?


「あ…あのっ……」


「よくお似合いです。では、十分後に大広間に参られてくださいませ。私共はこれで失礼いたします」


それだけ言うと、さっさとその場からいなくなるナノエのメイドさんたち。私は途端に不安になりました。こんなに豪華な服…前世でも着た事がありません。晩餐会?礼儀作法もわかりませんとも。無礼な行動をしたら首が飛んでしまいそうな予感がし、私は自分を落ち着かせるためにひとまずベッドに腰かけました。


 「いたっ!?」


ベッドに座ったはずなのに、何か硬いものにあたり、私は慌てて腰を上げました。掛け布団の下に隠されてあったのは剣でした。よく調べるとベッドの下にはエマ様が持って来られた大きな荷物もあります。エマ様あの一瞬でここまでなさったのですね…。私はナノエのメイドたちが現れたあの時慌てることしかできなかったというのに…本当にしっかりとした主君様です。


「って、こうしちゃいられない。私も準備しなきゃ。あと十分しかない!」


私は慌てて鞘にぶら下がっている袋に必需品を詰め込み始めるのでした。


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