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脱出の糸口

 薄暗い廊下を私は無言で歩き続けました。私の歩幅に合わせながら、常に一定の距離を歩く兵士たちに私は気持ち悪さを感じました。精気のない表情で、ただ一定のリズムで歩く彼らはまるでブリキの人形たち。一人の兵士がこちらを見ました。その暗い瞳には何も映してはおらず、私はぞっとしました。ナノエの兵士たちは全員こうなのでしょうか…。ハウヴァーの兵士たちはもっと生き生きとした表情をしていたように思います。私は彼から目を逸らして、ただひたすら歩みを進めました。そんな中、私の隣を歩くタオゼントが口を開きました。


「……痛みませんか?」


私は一瞬彼が誰の傷を案じているのか分からず、ぽかんとしておりました。しかし、彼の目が私を映していることに気づき、私は軽く頭を下げました。しかし、言葉を交わす気になれずそれからも私は無言を貫き、自分の部屋にたどり着きました。


 「…これを」


兵士たちが開けたドアから部屋に入ると、タオゼントが私に何かを手渡してきました。私は黙ってそれを受け取ると、手の中のそれを見ました。それは白い布に包まれた緑色の植物でした。


「これは…?」


「腫れによく聞く草です。それを頬にあて、しばらく痛みが引くまでそうしておいてください」


タオゼントは自分の頬を指しながら言いました。先ほどから痛むのかと聞いてきたのはこれだったようです…。しかし……。私は彼の頬に目を戻しました。タオゼントの頬は赤くなっており、それは見てて痛々しいほど……。当たり前です。私が思いっきり彼の頬を叩いたのですから。私は少々気まずい思いをしながら、彼から目線を逸らしました。


「あぁ、これですか。お気になさらないで下さい」


どうやら私のその様子を見て、私が敵である兵士を気遣った……と思われたようです。気遣ってなどおりませんし、ましてちょっとやりすぎたかな…とも思ってなどおりませんよ。


「あなたに言われずとも、気になどしておりません。あなたは姫様の元に行こうとするのを邪魔されたわけですし。それに異性の手を掴むだなんて失礼にもほどがあります。…そうですよ。私に非はありませんから、謝罪などいたしませんよ」


「なら、そんなに言い訳じみた言い方をされなくともよろしいのでは?」


「してません!!」


私は墓穴を掘ってしまったような気がし、そっぽを向きました。不意に、誰かの笑い声が聞こえたような気がしました。…くっ!馬鹿にされている。


 「では、夕時にまた伺いますので」


タオゼントの口から出たその言葉に私は慌てました。無駄な時間を使いました。さてはこれも敵の作戦でしょうか。何か有力なことを聞き出さなければエマ様に顔向けできません。私を部屋へと押し込めようとするタオゼントを押しとどめ、私は彼に問いました。


「夕時? 食事をわざわざ運んでくださるということですか?」


ですから私はわざととぼけた聞き方をしました。この人ではなく部下に運ばせるというニュアンスなのは分かっていましたが、なるべく会話を引き延ばしたかったのです。しかし、返って来た返事は私の想像するものとは違うものでした。


「いいえ。あなたを夕食に招待せよと我が主の言いつけがありますので、あなたには正装をしていただきます。用意はこちらでしますので、あなたはただそれらを身にまとい夕食へ出て下さればいいのです」


「はぁ? あの…は? 私はメイドですよ?」


「承知の上ですが?」


メイドを…夕食に招待??ナノエにそんな習慣があるとでもいうのでしょうか。それとも…これも戦略のうち?そういえば…引っぱたく前にタオゼントが何か言っていたような…。頭が混乱してきた私にタオゼントはお辞儀をしました。


「では俺はこの辺で。見張りがいるとくつろげないかと思いますので引き払うように言っておきます。しかし先に申し上げておきますが、この部屋には外に出られないよう魔法をかけてあるようです。ですから、無駄なことはせずゆっくりとお休みください」


話がよく分からない展開となってしまい、あたふたしていると私を置いてさっさと話を切り上げられてしまいました。私は慌てて頭を働かせました。話を切り上げられてしまった以上、おそらく質問できるのは一つだけ。私が今すべきなのは…


「最後に一つだけ。王妃様のことです。あの方は今どこに…」


そうです。アヒム様と一緒におられたマリア様の安否です。ナノエのこの落ち着きようから、マリア様は早くにも見つけられ、エマ様と同じく自室におられるのだと思います。しかし、それを本人たちの口から聞かねば安心できません。タオゼントはドアを閉めようとしていた手を止め、私を見ました。


「朝同様、お部屋におられます。あのあとご自分から姿を現され、抵抗もされなかったようです。王妃自身には傷一つ見当たらなかったのですが、お付きのメイドが一人抵抗して殺されております。現在王妃の元にはお付きの者一人だけとなっています」


その言葉を聞き、私はどうしてか、その殺されたメイドがあのとき私たちを突き落としたお姉様だと分かりました。タオゼントはそれだけ言うと扉を閉めて、早足で去ってしまいました。足音がだんだんと遠ざかると辺りは静けさに包まれ、私はこの場に一人なのだと実感しました。


 「………はぁ」


私はどっとくる疲労感からその場に座り込みました。ナノエがここに侵入して来てから、まだ一日半しか経っていないというのに…あの平和だった日々はずいぶん前の出来事のような気がします。あの伝書鳥は無事フィルマン様の元にたどり着いたでしょうか。もしたどり着いていなければ、今までのことが無駄となります。…今は信じましょう。アレクサンドロス王が来られるまで、どんな手を使ってもエマ様だけでもお守りしなければなりません。マリア様の安否といらっしゃる場所も分かりましたし…どうにかしてお会いしたいところなのですが、タオゼントの言葉が本当ならば私はこの場から動けませんし…。私はドアに体を預け、上を見ました。


 「……アヒム様…」


一人になった私が思うことはただアヒム様の冥福をお祈りすることでした。ですが…何よりもこの国を愛する方だからこそ生きていて欲しかった…そう思うのは私だけではないはずです。私を拾い上げてくれたあの大きな腕や私の頭を優しく撫でてくれたあの温かい手をもう感じることは叶わない。


「……アヒム様…なんで…」


なぜ私に言わせてくれなかったのでしょう。私が勇者だと知らせれば…今よりももっとましな状況になっていたはずです。私ごときが勇者などと信じてもらえるか分かりませんが、時間稼ぎ位はなったはずなのに…。恩返しする最後のチャンスだったのに…。


『愛しの我が娘よ』


アヒム様の言葉が頭に響きました。娘……。私は…アヒム様にとってそんな存在だったのだと自惚れてもいいのでしょうか。私は唇を噛みしめました。顔を下に向けると目に髪かかり、私はその髪を手に取りました。黒い…真っ黒な髪。この世界では忌み嫌われる色です。どんなに話し方を変えても、どんなに態度を変えても、どんなに…努力をしても、この色を体に持つだけですべてが無駄になるんです。私よりも後に入ったお姉様が重要な仕事を任せられるのに、私は今だ新人のメイドがする洗濯やその他の重労働の雑用ばかり。エマ様やマリア様のおそばで仕事ができるようになったのは、アヒム様が口添えをしてくださったおかげなのであって、私だけの力で得たものでは決してない。


「こんな醜い私を…娘と呼んでくださるのですね…」


なんてずるい方なのでしょう。私には何も言わせてくれず…何もさせてもくれず…一人で逝ってしまわれた。もっと話したかった。もっと一緒にいたかった。でも…もうそれは叶いません。どれだけ思おうと…あの笑顔に触れることは不可能なのです。心に重くのしかかり、私は息を吸うことすら苦しく思いました。近しい人の死は…どんな時でもつらく、悲しいですね。…自分も死にたくなるくらいに。ですが…


「…私はエマ様やエド様をお守りし、支えなければなりません。それを考えるのはきちんと成し遂げてからです」


でないと、あちらに行ったときにアヒム様からお叱りを受けてしまいますから。…転生者の私が彼と同じところに行けるのかどうかは怪しいところですが。


 「よし!! 気分を切り替えていこう!!」


私は勢いよく背伸びをしました。これをすると腰が伸びるのを感じるとともに、気分も変わるようなきがするのです。


「…い…いったぁ……」


しかしあまりにも勢いがすぎたようです。ドアノブに勢いよく手をぶつけてしまいました。あまりの痛さに私は悶絶し、手を抑えて声にならない叫びを上げました。痛い…すごく痛い。私は赤くなった手を見て、ふーふーととりあえず息を吹きかけました。こうすれば、痛くなくなるような気がするって誰かから言って…。


「あ…」


『ほら! もうこれで大丈夫だ。痛くない。偉いぞリオ』


小さな手で擦りむいた膝を撫で、幼い彼は言いました。正直、思いのほか痛かったので触らず…また息も吹きかけないで欲しかったのですが、彼があまりにも誇らしげに笑うので私も引きつった顔でお礼を言ったような気がします。あの小さく華奢で可愛らしかったあの姿から数年後。あんなにも大きくなり華奢でもなんでもなくなり、仏頂面で面白いくらい切れ目で、可愛くもなくなってしまったあのベルンへと変貌してしまうと誰が想像したでしょうか。…あのころのベルンは可愛かった。エマ様やエド様ほどではありませんでしたけど。


 「……みんな無事かな」


ベルンのせいで、今まで考えないようにしてきたことをつい口に出してしまいました。ここまで周到に計画されたものであるならば、あちらの戦場もどうなっているか分かったものではありません。初陣であるというのに、エド様は無事その場を切り抜けておいででしょうか。フィルマン様は敵がうようよいる中で無事アレクサンドロス王と出会えたでしょうか。ジーニアス様は?アレクサンドロス王は?…ベルンは?夢の中の光景が頭を過り、私はそれを振り払いました。昨日の彼らの会話が…あれが最後だったら…なんて考えるだけで胸がはち切れそうになるのです。


「あー! ダメダメダメ! 今は後ろ向きになる時じゃない。彼らの強さは私が一番よく分かっているはず!!!」


私はそう自分に言い聞かせ、自分で自分を励ますというなんとも奇妙なことをしておりました。ですが……こうでもしておかないとくじけてしまいそうで怖かったのです。初めて見る敵兵に久々に経験する死の恐怖は、私を不安でどうしようもなくさせるのには十分な材料でした。エマ様の前ならばどうにかしてそれを押さえ付けるのですが…どうも一人だとそれが難しく、何かしていないと泣いてしまいそうなのです。


「大丈夫…大丈夫…だいじょうぶ……」


…そう言えば、こんな風に感じるのはいつぶりでしょうか…。私がこの王宮に拾われてからはずっと隣には誰かがいましたし、一人になることがあまりなかったような気がしますから…やはり森にいたとき以来ですか。 と言いますか、一人になりたくてもなぜかそんな時に限ってベルンが部屋に来たりして……


「だいじょうぶ……。そっか。ダメになりそうなとき、いっつもベルンがいたんだ」


穢れの者と蔑まれても…境遇からメイドのお姉様方にいじめられても…大丈夫になったのは、心配そうな顔して抱きしめてくれたベルンがいたから…ですか。黒が好きだと言ってくれて、だから心配ないと笑ってくれて…。大きくなって、偉くなってもあの頃と変わらない態度で、いてくれたから。


「………会いたいなぁ」


でも私は変わってしまいました。大きくなって周りの目を気にしてばかり。自分のせいでベルンに迷惑をかけたくない…それも本心。でも…大きくなって感じるのは自分とベルンの大きな隔たりでした。それに気づいてしまってから、私は臆病になってしまいました。まだここに来たときは、自分は異世界人で何か特別な存在なのだと思っていました。王宮に来たのも偶然ではなく、何か異世界人らしい運命が待ち受けているのだと…前世で読んだ小説みたいにとてつもないシンデレラストーリーがまっているのだと。でもそれは大きな間違いなのだと気づきます。成長した私は平々凡々。あの主人公のような誰も彼も振り向く美貌も、誰からも尊敬される特技もありません。ただの不純な魔族として扱われるだけ。


「………思い出したくないこと思い出したじゃん。……ベルンの馬鹿、筋肉、あほ、切れ目、デリカシーない、空気読めない、名前長い、仏頂面、髪切ればいいのに切らないナルシストめ。きっとあれでしょう。髪が長い方がモテるから伸ばしているんでしょう。女好きめ。いちいち突っかかって来るところがめんどくさいんですよ。それもしょうもないことばっか。あんなのがいいだなんて世の中はおかしいんじゃないですか? 小さい頃はあんなにも泣き虫で寂しがりで怖がりで……闘いなんて出来ない弱虫だったのに」


八つ当たり同然でベルンの悪口を一通り言いましたが、溢れる言葉には不安が付きまとうばかり。怖くて怖くて仕方がない。……本当、嫌になります。ほんとに…なんで私はいつも……  


 ドンドンドン…ドンドンドン!


「………??」


しばらくドアの前で体操座りをしていた私でしたが、ふと何かの音が聞こえ顔を上げました。そして、それは窓のガラスを叩く音なのだと気づき、私は慌てて窓を開けました。あのフクロウが戻って来たのでしょうか………


「遅い!!! お前は部屋に入ってから窓も開けんのか!」


私を押しのけて入って来られた方を見て、私は目を丸くしました。いつもはきちんと結ってあるその青銀の髪はぼさぼさでところどころ土汚れがついておりますが、その姿は昨日出発された姿となんら変わりはなく怪我もされていないご様子。いつもの鎧は外しておられるところを見ると、偵察に来られた…ということでしょうか。その方は窓のふちに座り窓を閉めながら、呆ける私を見ました。その顔には多少眉間にしわが寄っているものの、深い海の色を思わせるような青色の瞳が相変わらず力強く輝いていました。



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