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脱出と見えない未来

「…エマ様、お下がりください」


…これで何度目でしょうか。王妃様の部屋に近づくたびに兵の数が増えていきます。私は天井から様子を伺い、もう何度目かになる床穴を静かに閉じました。


「リオ、これリーマンの時みたいにお母様のお部屋の下には行けないの?」


エマ様はため息をこぼされておっしゃいました。


「王の寝室には続いているようですが、さすがに王妃のお部屋にこのようなものが続いているのはさすがにまずいと思いますよ」


ふくれっ面になるエマ様。一応先ほど調べ回ったのですが、やはりエマ様やエド様のお部屋、さらにメイドの部屋には続いてはいないようでした。どうやらこの隠し通路、ある一部分にしか通じていないようで、もちろん出口にも通じておりませんでした。隠れるにはもってこいの場所ではありましたが、逃げるためには作られていないようです。


「降りる所には敵がいて、目的地には見張り。これじゃあ、八方ふさがりじゃ……ないわね」


何やら考えるようなしぐさをされるエマ様。何か良い考えが…?


「そうよ! 降りる場所ならあるじゃない!! お父様のお部屋が!」


エマ様が思いつかれたことはなんとまあ、怖いもの知らずなものでした。私は思わず吹き出してしまいました。


「エッ、エマ様!? 正気ですか!!! 勝手に王のお部屋に入るなど、お叱りを受けるだけではすみませんよ!?」


「何よ。じゃあ、リオは他に考えがあるっていうの?」


うっ…。それを言われてしまうと…。確かに王の部屋から王妃の部屋までが最短ルート。さすがに王族個人が使用している部屋を勝手に荒らすなどと言うことは、ナノエもしないでしょう。…と言いますか、恐ろしくてできないでしょうね。王の部屋もフィルマン様の部屋に劣らず何か仕掛けなどしてありそうですし…。


「ないでしょ? ならそうと決まれば行くわよ」


「おっ、お待ちくださいエマ様!!」


私が反論できないと分かると姫様は元に戻り、王の部屋の下まで行かれます。私は慌ててその後ろを追いかけ、フィルマン様の次は王の部屋と一日で何という無謀な冒険をするのだろうと頭を抱えました。


 「……いませんね。お部屋も荒らされた形跡はないようです」


私は覗き穴を見て様子を伺いますが、どうやらエマ様の言う通り王の部屋から王妃様の部屋に向かった方がよさそうです。エマ様を見ますと、得意げな顔をされていました。…まさかまたあの経験をする羽目になろうとは…。見えない恐怖は一度経験すれば十分です。私は恐る恐る飛び降り、辺りの様子を伺いますと王の部屋の周りはどうやら兵はいないようです。私はそっとドアを閉め、エマ様を降ろしてから、床穴をそっと消し去りました。


「……ここがお父様のお部屋……何もないわね」


エマ様がきょろきょろと辺りを見渡しました。確かに王の寝室はベッドと衣装ダンスだけ。豪華なマットなどは引いてあるため、豪華な部屋なことは間違いないのですが、なにしろあまりここは使われていないようです。掃除はしてあるようなのですが、なにしろ綺麗すぎます。


「……さて、お父上様とはいえどもあまり人の部屋をじろじろ見るものではありませんよエマ様。そろそろ参りましょう。アヒム様ももういらっしゃっているかもしれませんから」


私はエマ様にそう声をかけましたが、エマ様は何故かピクリとも動かれません。私はエマ様に近づき、そのお顔を窺いました。


「エマ様?」


エマ様は険しい顔をされておりました。そしてはっと私を見ると、腕を引っ張られ顔を近づかれました。


「やっぱり気のせいじゃなかったわリオ! 誰か来る! それもたくさん!」


エマ様のそのお言葉に私はぎょっとして慌てて辺りを見渡しました。ここで焦って隠し通路を開けてしまったら、この後の動きに支障がでてしまいます。では、やはりこの部屋のどこかに隠れるしかありません。こうしている間に私にも大勢の足音が聞こえてきました。私は定番の衣装ダンスかベッドの下のどちらかで迷いましたが、ベッドの下の方がいくらか余裕があったので、そこにエマ様と共に滑り込みました。


「ここでございますテフィアット王子。きっと王子の探し物もここにありましょう」


間一髪でした。部屋の扉は開かれ、外からは何人もの兵士たちが入ってきました。私たちの位置からは足しか見えませんけれども。なんとまあ、王族の…しかもアレクサンドロス王のお部屋に堂々と入られるだなんてなんと恐れ知らずな。私は彼らに呆れという感情しか出てきませんでした。しかしここで第二王子本人が登場ですか…。私は額に汗がにじむのが分かりました。気づかれては終わりです。アヒム様やフィルマン様のお話では、中々のやり手だと聞きます。私は息を押し殺しました。


「ところで、いまだ行方知らずのハウヴァーのお姫様ですが、西の門辺りで姿が見られたと報告が入りました。とうとうしびれを切らしたようです」


その言葉に私はエマ様と顔を見合わせました。西の門なんて行っておりませんよね?するとここでとある方の姿が頭の中で浮かび上がりました。アヒム様です。きっとナノエの目をくらませるために様々なことをしてくださったのでしょう。


「…まだ確認されていないのは、エマリア王女とそのお付きのメイド、そしてあの『死牛』アヒム・ヘーゲルでございます。『死牛』がいて何の策もなしに我らに姿をみせるはずはありますまい。王子どうかお気を付けを」


第二王子の護衛をしている兵士の一人がそう第二王子に言われました。こんなにまで警戒されるだなんて…アヒム様ってやはりすごい方なのだと改めて感じさせられました。第二王子と思われる足はしばらく王の部屋を動き回り、何かを探しているようでしたが、こつこつと床を鳴らされてから部屋から立ち去られました。エマ様がほっとして動かれようとされましたが、私は慌ててその手を掴みまだいるようにと合図をしました。まだいるかもしれませんから。それから様子を伺っておりましたが、どうやらもう大丈夫のようです。私はほっとしてベッドの下から出ようとしました。


「ねぇ、リオ。これ…」


しかし今度はエマ様に止められてしまいました。エマ様は不思議そうに壁の方を指さされております。私がその指先の方を見ますと、思わず首を傾げてしまいました。


「何かの…紋章でしょうか?」


それは剣を逆さにしたような…なんとも変な紋でした。ハウヴァーの紋は確か鷹だったはず。これは…なんというか剣がむき出しの状態で地面に刺さっているのを表現している…のでしょうか?…そのまんまでしたね。そういえば、紋章には何かしらの意味があるとフィルマン様がおっしゃっていました。よほどの物でない限り紋章で表さないはずなのですが…。そのようなものがなぜベッドの下の壁なんかに??


「…これ、勇者の紋よ。勇者が現れた時に出る印…みたいなものね。でもなぜここにそれが…」


私はエマ様の言葉にドキッとしました。…勇者の紋?それが本当ならば、今ここに勇者がいる…ということでしょうか。私のような偽物ではなく…本物の勇者が。


「……とりあえず勇者の件は置いておきましょう。まずは私たちがやるべきことをしなければ」


「そうね」


エマ様は意外にもあっさりとそう返事なされました。私はほっとしながらベッドの下から出ました。そしてエマ様を起こすと、ドアの外を確認いたしました。辺りはしんっと静まり前っており、私はエマ様と共に部屋から出ました。


「…誰もいないわね」


エマ様がそう呟かれたのも無理はありません。王の寝室から王妃様のお部屋へと向かう通路まで…と言いますか、辺りには人一人としていないのです。先ほどまでこの辺りにはナノエの兵士がうようよといましたのに…。私たちはただまっすぐマリア様のお部屋まで向かうだけでした。


「…ねぇ、リオ。さっき西の門に私がいたって言っていたけど、あれってアヒムかしら?」


エマ様のその問いかけに私はおそらく…と頷きました。


「アヒムが『死牛』って呼び名があっただなんて知らなかったわ。あんな動物に例えられるなんて、それを付けた人はよほどアヒムのことを恐ろしいと思ったのね」


肩をすぼめながらエマ様はおっしゃいました。


「そんなにも怖い動物なのですか?」


「一匹存在するだけで、この世界の生き物をすべて食い殺してしまう動物だったと言われているわ。見た目は牛によく似ているのだけれど、性格は獰猛で食欲旺盛。三日で豊かな土地を死の土地に変えたと言われているわ。故に『死牛』。死を招く動物だと昔から恐れられているのよ」


私は顔が引きつるのが分かりました。たった三日で生き物の住めない死の土地に…。なんという動物なのでしょう。


「まぁ、死牛は竜と同じく想像上の世界の動物だけれどね。どの書物にも彼らの存在を確認できた冒険者はいなかったわ」


がくっと私は崩れそうになりました。まぁ、確かにそんな動物がいたらとっくに人間なんて絶滅していますよね。


「あら、もう着いたわ。拍子抜けね」


エマ様は息を一つ吐かれ、


「お母様、エマリアでございます。入ってもよろしいですか?」


とおっしゃいました。すると中からドアが開けられ、王妃様お付きのメイドが深々と頭を下げられました。エマ様の後に続き、私も頭を下げながら部屋の中へと入りました。


「…来ましたか。ご苦労様でした。あなたにもこの現状が分かるでしょう。王が不在のまま、ハウヴァーはナノエ帝国に乗っ取られてしまいました。これからも高貴なるハウヴァーの姫としてふさわしいふるまいをいたしなさい」


「…はい。分かっておりますわお母様」


マリア様は一度もエマ様を見られることはなく、話は以上だと言うように再び窓の方へ向かれました。エマ様は静かにマリア様から遠くにあるソファーへと座られ、私の方に目線を送られました。


「…ここ座って」


…はい?私はエマ様を見ました。メイドを隣に座らせるだなんて聞いたことありません。その証拠にマリア様お付きのメイドのお偉いさまが私のことを不可解な目でみております。普通、王族のお部屋ではメイドは端の方で控えておかなければならないのです。私のようにちょろちょろと動き回るのは…完全にアウトです。王がこの場におりましたら、今頃私の首は床にあることでしょう。…自分で想像してぞっとしました。


「…アヒムが来るまで手握ってて」


しかし、上目づかいで、しかも私の手をぎゅっと握られるエマ様が、あまりにも…あまりにも可愛らしくて…私はそのご命令に従うほかありませんでした。…くっ!!


「…お疲れになりましたか?」


もうこの際、緊急事態ということで大目に見てもらいましょう。マリア様がちらりとこちらを見られたような気がしましたが、私が見た時にはマリア様は相変わらず窓の外を眺めておりました。


「全然」


と言われながらも、私の肩にコテンっと頭を乗せられるエマ様。…今日は明け方からフル活動でしたから、さすがにお疲れになったのでしょう。そのまますやすやと寝息をたててお休みになられました。なるほど…私は枕代わりと…そういうことでしたか。決して…少々心細かったなどということではなかったようです。私は苦笑いをしながら、エマ様を見つめました。


「……王妃様。アヒムでございます」


それから数十分後くらいでしょうか。ノック音が聞こえ、うたたねをしていた私ははっと目を覚ましました。開かれた扉からは、アヒム様が入って来られました。私たちの姿を見られたアヒム様は、ほっとしたような顔をされました。


「状況はどうでしたか?」


「はっ。ナノエは行方知らずのエマリア姫様一行を探しており、外につながる抜け道はすべて封鎖されております。…やはり最初申し上げた方法がよろしいかと」


最初の方法?私はマリア様とアヒム様の会話に耳を傾けながら、エマ様を落とさぬように全神経を使っておりました。すると、マリア様がこちらをふと向かれました。


「リオ、その子をこちらへ。そなたも聞きなさい」


「は、はい!」


私はエマ様をそっと抱きかかえ、マリア様のベッドへ寝かせました。エマ様はすやすやと熟睡しておられ、起きる様子はありません。一瞬、エマ様の寝顔を見られるマリア様のお顔が優しくなられたような気がいたしました。


「…このような危険な目に姫様や王妃様に合わせてしまい、大変申し訳なく思っております。不甲斐ないこの老いぼれをお許しくださいませ…」


「…そなたのせいではありません。この国が大国となったときから、このようなことも覚悟しておりました」


普段と変わらぬ様子で話されるマリア様でしたが、口元はきゅっと閉まっておりました。あまりこの国に興味がないような素振りを見せているようで、マリア様なりにこの国に思うことがあるのでしょう。私はスカートの裾をぎゅっと握りしめました。


「……それでうまくいったのですか?」


「はい。地下牢には闘志を絶やしておらぬハウヴァーの兵がおります。彼らに牢のカギを渡しました。おそらくナノエの王子は当分離れの塔にとどまり、こちらへの注意が疎かになります。その時、隙を見て思いっきり暴れよと命じました」


「そう。では、彼らはひきつけ役ということですか。…脱出ルートは?」


「地下の兵を鎮めるために一番近い食糧庫の警備が手薄になるはずです。そこから参りましょう」


どんどん話が進んでいきます。私はただ会話を聞いていることしかできませんでした。不意にマリア様がこちらを向かれました。私は緊張で体がこわばるのを感じました。


「リオ、そなたは勇者だと王からお聞きしました。勇者はこの世界の運命を担う者。そなたが我が城に入ったのも偶然ではないのでしょう。そなたはそなたの道をお行きなさい」


マリア様が私にそうおっしゃいました。私は心が沈んでいくのが分かり、それを悟られぬよう下を向きお辞儀をいたしました。


「……はい。お心遣い感謝いたします王妃様」


私は唇を噛みしめました。マリア様に言われ、勇者という存在がどんなものであるのか…実感したのです。勇者とは人々に勇気を与える人のこと。魔王を倒し、世界を平和にする英雄のことを人々はそう呼ぶのです。私と言ったら…魔族を象徴する黒色を持つ無力な出来そこない。人間でもなく、魔族でもなく、さらには人々を幸せにするどころか私に居場所を与えてくれた方々を勇者だと偽って欺く始末。…そうです。私は今…マリア様やアヒム様を欺いているのです。胸が締め付けられる思いでいっぱいでした。もういっそ…自分は勇者ではないと言おうか…。そんな思いが私の頭を占めました。


「では、そろそろ向かいましょう」


マリア様の声ではっと私は顔を上げました。いけない、エマ様を起こさなければ…。私はエマ様の元に向かいました。…そのことはことが終わった後、アヒム様にこっそり言いましょう。アヒム様だけに伝えるならば…リーマン様もお許しくださることでしょう。


「エマ様…エマ様…」


何度かゆすると、エマ様は起き上がられ、そして眠い目をこすりながら私を見ました。


「おやすみ中すみません。そろそろこの城から脱出されるようです」


「…分かったわ…」


今度は控えめに欠伸をされ、エマ様はベッドから起き上がれました。その後ろ姿を見ながら、アヒム様に真実をお伝えした後のことをつい想像してしまいました。たとえ上の命令だろうと、私が王を欺いたことは事実。おそらく私はもう二度とこの国に足を踏み入れることはないのでしょう。そうなればもう…エマ様やエド様のおそばで彼らの成長を見守ることなどできなくなりますね。


「リオ? いくわよ」


エマ様が振り向かれ私におっしゃられました。私はその考えを頭の隅に追いやりました。エマ様のお隣にいれなくなるのは大変悲しいことですが、でしたら成長する彼らの未来を守ることが…私の最期の仕事となるのでしょう。


「ただいま参ります」


私の顔はきちんと微笑むことができていたでしょうか。

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