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遠い希望

私たちが王妃様の部屋を出るのと同時に、どこからか爆発音と騒ぎ声が聞こえました。


「…始まりましたな」


アヒム様が先頭を、私は王妃様とエマ様の後ろを行きました。全神経を研ぎ澄ませて、敵の姿がないか確認いたしました。マリア様お付きのメイドの方々の一人が、私の方をちらりと見られました。…おそらく先ほどのお話から私が勇者だと知られ、何か思われることがあるのでしょう。私は黙ってその好奇心溢れた視線を無視いたしました。


「……お止まりくださいませ」


アヒム様が急に停止を求められ、私たちは壁に張り付くように身を隠しました。アヒム様の視線の先には目的地の場所がありました。


「…これは…」


目的地はもうすぐだというのに、その周りでナノエの兵士たちとハウヴァーの兵士たちが闘っているのです。私は唖然と致しました。予定では確か、ここは事態を収拾させるためにナノエの兵士たちは地下へと向かい、誰もいなくなっているはず…。


「アヒム様…」


「…うむ。おそらくよほど優秀な指揮官がいるようじゃな」


…つまり…我らの行動が読まれていると…。アヒム様の表情からは何も読み取ることができず、私はこぶしを握りしめました。すると、突然私の耳に最悪の音が聞こえてきたのです。私はアヒム様を見ました。アヒム様も気付かれたようです。


「……我らが来た方から敵が来たということですか…」


マリア様がぼそっと言われました。これは完全に罠にはまった…ということでしょうか。私は必死で頭を働かせました。私たちは今、挟み撃ち状態。前に進んでも後ろに戻ってもナノエの兵士に見つかるのは避けることのできない事実。でしたら…この場合前に進む方が希望は見えるでしょう。それならば、私が先陣を切り、扉の前にいる兵士たちを薙ぎ払って…


「ふむ。この足音からして後ろはせいぜい十程度か。わしらも舐められたものじゃの」


「え?」


アヒム様の余裕と思われるその言葉で私の思考は停止いたしました。アヒム様のお顔には笑みが浮かんでおり、どこか期待外れ…というようにも見て取れます。

「もうよかろう。やられた分をしっかりと返してやれ」


「はっ!!」


アヒム様のその言葉に突然壁という壁から何十人ものの兵士たちが姿を現されました。そしてそれぞれ前と後ろに分かれ、ナノエの兵士たちを次々と倒されていきます。それから数分も経たずにあっという間に場を鎮圧し、この絶望的な状況を打破してしまいました。


「罠で我々を負かそうなど…ナノエの兵士たちはよほど普段の鍛錬をしていないとみえるの」


ほっほっほっと笑われるアヒム様に私は口が開きっぱなしです。え?えっと…ん?つまり…相手の指揮官よりもアヒム様の方が上手だったということですか。


「…隠し通路にこんな使い方があるなんてね。さすが死牛ね」


エマ様が呟かれた言葉にアヒム様は照れくさそうに顔をかかれました。


「これはこれは。久しくその名で呼ばれましたな。いやいや…お恥ずかしい限りでございます。若い頃、小さな戦でちとはしゃぎすぎましてな。自分としてはそのことはあまり思い出したくないので、その名は返上したところだったのですが…。まだ呼ぶ輩がいたとは…。その名はお忘れくださいまし」


私はエマ様と顔を見合わせました。はしゃぎすぎた?一体どうはしゃいだら『死牛』だなんて物騒な名をつけられるというのでしょう…。もう少し詳しく聞いてみたいところですが…アヒム様はマリア様とエマ様を見られ、微笑まれました。


「それでは、参りましょうか。無駄な時間を使ってしまい申し訳ありません。しかしながら、これで裏切り者を全員あぶりだすことができました」


歩き出されるアヒム様の表情は後ろからは分かりかねるものでしたが、言葉には明らかに怒りが含まれておりました。私はその裏切り者が誰なのか…知りたいような知りたくないような複雑な心境でした。襲撃前まで仲間だと思っていた方々が、この現状を引き起こしただなんて…。普段から裏切りの仮面をつけていたのでしょうか。死人も多く出たことでしょう。その方はそれを見てもなんとも思われないのでしょうか。


大きな扉が音を立てて開き、私たちは食物庫へと入りました。天井は高く、物品が上まで棚に積まれております。しかしこんなところに隠し通路があっただなんて驚きですね。ほとんど毎日ここを使用していたというのに…。


「師匠殿。私共はこのまま奴らに報復しようと思います。どうか…王妃様や姫様を…」


「うむ。くれぐれも無理はするでないぞ。死ぬのはまだ先でよい。他の者にもそう伝えよ。お主たちはここで死んでよい人間ではないぞとな」


「はっ!」


その場にいらっしゃったハウヴァーの兵士たちが一斉に片膝をつかれたまま、敬礼をなさいました。その光景はとても圧巻するもので…私は裏切り者に今度は同情いたしました。この国以上に恵まれているところなど存在しないことでしょう。何よりも彼らのこの国の忠誠心は素晴らしいものです。裏切りという背徳行為をしたと言え武人には変わりないはず。きっと裏切り者はご自身がした行為に一生悩まされ続けることでしょう。ナノエの兵士にもなれず、ハウヴァーの兵士として戦うこともできずに。中途半端の裏切り者としてしかもう存在できないのですから。扉はゆっくりと閉じられ、敬礼をする兵士たちの姿は見えなくなりました。


「では行きましょう」


アヒム様が床の石をずらされました。すると高い天井が動き、上の方に通路が出てきました。少々高さはありますが、なるほど。ずいぶん高い天井だと思っていましたが、これが理由でしたか。


「このような仕掛けがあっただなんて…気づきませんでした」


「緊急時以外の使用は禁じられているからの。この城に長くおる者でもこれを使用したことはあまりないじゃろう」


アヒム様は身軽に登られマリア様に手を差し出されました。下ではメイドの方々がマリア様を支えられております。多少ひやひやいたしましたが、さすがアヒム様です。この通路でこの城から逃れ、王と合流すればエマ様方の安全は確保されたも同然でしょう。……そうすれば私もお役御免ですね。


「リオ、安堵するのはまだ早いわ。あの不届きものが何をしてくるのか読めないのよ」


私は慌てて、顔を引き締めました。確かにそうです。いけませんね。主よりも先に気が緩んでしまうだなんて。王と合流するまで気が抜けないのです。何事もこのような緊張感のある顔で…


「変顔している場合でもないわ」


「してないです!!」


私の精一杯の顔を変顔とばっさりと切られてしまい、がっくりとうなだれてしまいました。なんで私ってこう…


「さ、姫様も」


「ええ。リオ、先に行くわよ」


お姉様の一人が手を差し出され、隣にいたエマ様が歩き出されようとした…その時です。大きな爆発音がし、固く閉じられた扉から煙が入ってきました。まさか…爆弾!?ここに王族がいるというのにですか!


「エマ様! 失礼いたします」


私は立ち上がり、エマ様を抱きかかえました。ナノエもまさか私たちがここを突破するとは考えてもいなかったのでしょう。爆弾を使ったところを見て、もはや手段は択ばないといったところでしょう。


「あなたなんということを…」


お姉様が何かおっしゃいますが、今はそういう場合ではありません。私はエマ様をなるべく高く上げ、アヒム様の手までの距離を縮めました。エマ様は私の急な行動にも何もおっしゃられず、ただひたすら手を伸ばされアヒム様の手に捕まられました。途端にアヒム様が力強くエマ様を引き上げられ、私は今度はメイドのお姉様方に手を伸ばしました。


「さあ! お姉様方も早く! エマ様、お母様と共に少々下がられてください!」


お姉様方は互いに顔を見合わせ、躊躇していらっしゃるようでしたが、扉の方から再び大きな衝撃音がし、慌てて私の手を掴まれました。


「リオっ!!」


そのとき、アヒム様の叫び声ではっといたしました。固く閉ざしたはずの扉は強引にこじられており、外から煙が多く入り込んできました。


「ひっ!!」


慌てて私が一人目をアヒム様の手まで届け終わった時、お姉様の一人が小さく…必死で恐怖を抑え込んでいるような悲鳴をあげられました。


「ぐるるるる…」


扉からゆっくりと入って来たのは大きな、異形の形をした生物でした。右腕は熊のもの、左手は槍などの物騒な武器が刺さっています。顔はところどころ何かの生き物の一部がつぎはぎでつながれており、それからは殺気を感じました。私はそれを見て、一瞬で危険だと判断しました。


「お二人共…はや…」


「ぐぎゃあああ!!」


それは私の言葉をかき消し、一直線にこちらへと来ました。アヒム様は今二人目のお姉様を上にあげていらっしゃいます。…まさかこんなにも早く出番があるとは…。私は剣を取りだし、向かってくる異形のそれに走り出しました。


「リオっ!!!」


エマ様の呼ばれる声を聞きながら私は高く積み上がっている棚を次々に前へと倒していきました。棚は勢いよく異形のものに倒れ、押しつぶしていきます。


「大丈夫です! エマ様はそのままそこにいらっしゃってください!! できれば後ろにお下がりください!」


…おそらくまだこれは生きています。これはいわば足止め。簡単に倒されないようにだいぶ丈夫なものを投入しているはずです。


「………本当に勇者だったのね」


後ろでお姉様がぼそっと呟かれました。私ははっとしてその方を見ました、なぜまだここに!?アヒム様の方を見ますとどうやらまだ二人目を上げるのに苦労されているようです。これの出現で混乱していらっしゃるのでしょう。


「あなたみたいのがなぜこの城の滞在を許されているのか、不思議だったけど…そういうことだったのね」


「あの…今は無駄話をしている暇は…」


「…私に指図? ずいぶん偉くなったものね」


私をにらみつけるお姉さま。その顔を見て私は察しました。この方も混乱していらっしゃるのです。無理もありません。普通のメイドは魔物など見る機会はほとんどなく、さらにこの状況です。今の彼女はいわゆるパニック状態。下手に刺激するとこの異形のものより厄介なものになります。


「もうしわけございません。しかし、今王妃様方の安全を考えて…え…」


「…は? なに…ぎゃああああああ!!!」


目の前の血だらけのお姉様の叫び声は部屋中にこだましました。私は異形の物を見ました。しまった…。異形ものがいた場所から一本の尖ったものが伸びていて、それがお姉様の腹部を貫いたのです。それはお姉様の腹部から身を離し、今度は私の方へと狙いを定めました。私はそれを避け、剣でそれを切り捨てました。


「くっ…」


そしてその場に倒れそうになったお姉様を抱きかかえ、急いでアヒム様の方へ走りました。まだ二人目のお姉様は登られていませんでした。涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔でアヒム様の腕を握りしめ、片方の手で必死に何かに捕まっております。…これでは上げることも降ろすこともできないではないですか。


「リオ! すまん!」


アヒム様が私たちがこちらに来るのを見られ、そう叫ばれました。そして痛そうな顔をされました。実質お姉様の体重を右手一本で支えておられているのです。さらに暴れられているので、かなりその負担はかなり大きいはず。


「痛い…痛い…あの化け物っ…なんで私がこんな目に…」


…こちらのお姉様は傷が深く出血もひどい。内臓が傷ついていないといいのですが…。


「いやあああ!! 死ぬのはいや!!!」


暴れられているお姉様の元へ行き、叫びました。


「そこで暴れても死ぬだけです! 嫌なら、上に登ってください!!」


そして足を思いっきり引っ張りました。お姉様はこれには堪えたようです。叫び声を上げながら上へと上って行かれました。


「早くリオ!! うしろのあれ、起き上がって来たわ!!」


エマ様の言葉と同時に、がしゃがしゃと音を立てる音が聞こえました。


「こいリオ!!」


アヒム様が私に手を伸ばされました。私は壁のごつごつしたところを蹴り上げ、それに捕まると、アヒム様はお姉様と共に上に引き上げてくださいました。アヒム様は狂ったように鳴く、異形のものに向かって何かを投げつけたかと思うと、大きな破裂音がして、それは再びがれきの下敷きになってしまいます。


「ようやった! 通路を塞ぐぞ!」


「はい!」


私はお姉様の腹部を止血しました。…腹部から血が溢れ出てきます。早めに設備の整ったところに診せないと危険ですね。医療措置など簡単な止血くらいしかできない私は、自分を歯がゆく思いました。


「あともう少しです。気を確かに!」


「う……あなたのせいで…なんで私が…勇者のくせに…」


脂汗をかかれるお姉様は私の手を払いのけ、ご自分でお立ちになりました。…強い方です。私は後ろを振り返りました。私たちが入って来た入り口が静かに閉じられようとしています。私はそれをみて多少ほっとして、よろめくお姉様を支え、一緒に歩き出そうとしました。


「そうよ…私は…私だけは…助かるのよ!!」


………え?


顔を上げた瞬間、突然力強い力で押されたかと思うと私の体は宙に浮いておりました。目の前にはさきほどパニックになって暴れられたお姉様が歪んだ笑顔を浮かべて、立っておりました


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