最終話 紫の髪と瞳
【sideマデリーン②】
「マデリーン。そのことなんだけど……。ちょっと相談したいことがあって」
レティシアは畏まった様子で、マデリーンを見つめた。
「マデリーンは婚約者がいるわよね」
「うん」
「親が決めた婚約者じゃないでしょう」
「そうよ。知っているでしょう。私が最初カトレア森でオースティン様へ依頼したのもそれだったじゃない」
マデリーンは、幼馴染で豪商の息子を好きだった。
彼とは互いに好意を寄せ合っていたが、子爵令嬢である自分と、金持ちと言えど平民の彼との関係は、父に難色を示された。そして、無理やり父が決めた婚約者を用意されそうになっていた。
そんな状況に心を悩ませたマデリーンは、思い切ってオースティンの元を訪れることにした。彼ならどんな願いも叶えてくれる、と聞いたからだ。
オースティンの答えは『駆け落ちでもしろ』とのことだった。
『そ、そんな……もっと父の心を変える魔法とかそういうのはないのですか?!』
マデリーンは憤慨し、抗議した。
『できないことはないが、俺はそういう魔法はやらん。良いか、お前が今良い生活をしているのはお前の父親のおかげだ。生活を維持したい。でも勝手なことはしたい。これは筋が通らない』
『でも……』
『……お前の父親にとって、お前がどんな婿をとっても問題ない、とそう思われる存在になることだ。どうせなら、親の許可を貰って楽しく暮らせ』
『……! で、ではオースティン様。依頼を変えます!』
そこでマデリーンは、最近エイミス家が手を出そうか検討していた鉱山開発について、貴金属が採掘しやすい穴場の山脈の情報をオースティンに尋ねた。それを元にマデリーンが開発事業を指揮し、エイミス家はさらに莫大な富を手に入れることができた。そして開発を始めるにあたって、幼馴染の家も出資者として参加することになった。
こうして、成功に喜んだマデリーンの父は、マデリーンと幼馴染の婚約を認めてくれたのだった。そういういきさつがあった。
「そう、そうよね……結婚には、親類の承諾が必要よね」
レティシアは神妙な面持ちで言った。
「まあそのほうがわだかまりがなくて良いわよね。……え? ってことは、やっぱりアンドレアス殿下と……?! キャー!! ねえちょっともう、早く言ってよねえ!」
マデリーンは一気に興奮し、目を輝かせた。
「……あ、まさか、レティシア、侯爵様に結婚の許可をもらうってこと?」
「え?」レティシアはきょとんとした。
「レティシアがそうしたいなら構わないけど……それ必要かしら?」
わざわざレティシアに酷い扱いをした父親の許可を取る必要がある?と、マデリーンは眉を寄せた。
「ああ、うん、えーとね……」
「何? 煮え切らないわね」
「ねえ。マデリーン、私が一番、結婚の許可をいただきたい人はね……」
【sideオースティン②】
「師匠は……私のことをどう思っていますか?」
「はあ?」
「お、教えてください。師匠は昔からずっと、私に一際優しく接してくれました。私のことを……弟子以上に思ってくださっているのではないですか?」
そう言うと、レティシアはぎゅっと目を瞑った。
レティシアはヌマイでアンドレアスから告白された。あの時は返事ができなかったが、いろいろな出来事が起き、片付いた今、彼と結婚したいと強く思った。
そうなってくると、オースティンのことが気になった。彼は命の恩人であり、ずっと一緒に暮らしてきた。レティシアにとって、一番結婚を祝福してもらいたいのはオースティンだと思ったのだ。
しかし、そこで不安がよぎった。ただの弟子が結婚の許可をいただきたいと言ってくる状況。これはオースティンにとってどうなのだろうか。
違う、レティシアは自分がオースティンにとってただの弟子であってほしくないのだ。無意識のうちにスカートを握る手に力が入った。
目の前のオースティンがため息を吐いた。
「レティ。……俺はお前のことを、ずっと」
「……はい」
「ただの弟子ではない。……娘か、妹のように思ってきた、誰よりも大事な存在だ」
「……師匠」
レティシアの瞳から涙がこぼれた。
悲しみの涙ではなく、嬉しさに溢れた涙だった。そして、彼女はオースティンの逞しい体に抱きついた。
「わ、私も……ずっと、師匠のことを、お父様やお兄様のようだと思っていました」
「……ああ、分かっている」
幼い頃に父に捨てられたレティシアは、男性への家族愛をずっとオースティンに向けていた。
オースティンは優しく彼女の背中を撫でた。
「私、アンディ様のことが好きです。結婚の許可をくれますか? 師匠」
「……ああ」
「ありがとうございます」
「……泣かされたらいつでも戻ってこい、レティ」
そう言ってオースティンは笑った。その笑顔には、レティシアへの深い愛情と、彼女の幸せを願う気持ちが込められていた。
【sideアンドレアス②】
レティシアは、マデリーンやオースティンとのやりとりを一生懸命に説明した。
アンドレアスは唖然とした表情を浮かべていた。
そして、彼は自分の軽率さを反省した。この世には、人を思う心は恋愛感情だけではない。
レティシアがオースティンを強く慕っているのは事実であり、それについて複雑な感情を抱いていることは正直なところだったが、それもまたレティシアの一部なのだと理解した。
脱力しているアンドレアスの様子を見て、レティシアはさらに追撃を仕掛けた。
「……抱き締められたり、キスをして心臓が張り裂けそうなほど痛くなるのは、アンディ様だけです」
「……!」
アンドレアスの目が驚きに見開かれた。
「好きです、アンディ様。ずっと前から」
レティシアは、やっと言えたことに安堵した。恋心を自覚したのは、自分を庇って父を叱咤したときからだったが、今思い返すと、それより以前から彼女は無自覚にアンドレアスに懸想していた。
抱き締めてきたアンドレアスの胸の中で、彼女は微笑んだ。
「レティシア、王家のことで迷惑をかけた。必ず幸せにするから」
「……私が貴方を幸せにします」
アンドレアスは、レティシアの顎を優しくつかみ、彼女の唇に口付けた。
彼女は自然と彼の背中に手を回し、その温もりを受け入れる。二人の心が一つになり、幸せの感情が胸に溢れ出した。
♢♢♢♢♢
それから一年後、ユハディーア王国の王太子に妃が迎えられた。王太子妃は絶世の美女として評判で、婚姻式には他国からも多数の貴族たちが訪れた。
紫の髪と瞳……少し前まで忌み嫌われた象徴であった容姿を持つ妃は、今や民から歓迎され、祝福の声に包まれた。
妃の師匠や友人、その他周囲の祝いの中で、彼女は幸せそうに微笑み、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。彼女の心には、過去の苦難を乗り越えたからこそ得られたこの瞬間が、何よりも大切なものであることが深く刻まれていた。
その光景を、空高く舞う大きな白龍が、静かに見守っていた――
END.
完結しました。
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