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37話 決着

 


 立っていたのはアンドレアスだった。気配を消して忍び寄り、その愛剣でスコルを真っ二つに切り裂いていた。


 スコルは地面に崩れ落ち、苦しげに息を吐きながらギッとアンドレアスを睨む。


「ゲホッ……魔力を持たない王子が……何故私を攻撃できる……」


 悪魔に攻撃を与えられるのは、魔力を操る魔法使いだけのはずだった。スコルの疑念が渦巻く中、アンドレアスはその問いには答えず、「オースティン殿、悪魔は心臓を刺せば死ぬのでしょうか?」と冷静に尋ねる。


「そうだ」


「! やめっ……」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、アンドレアスはスコルの心臓に剣を突き刺した。


 スコルは「ぎゃあ!」と叫びながら、黒い煙となってゆっくりと消えていく。


「キャアア!! スコル!!」


 エレノアは彼がいた場所に駆け寄り、必死に手を伸ばすが、スコルの形は消え去り、彼女の手は虚しく擦り抜けていく。


「ひどい、ひどいわ……」


 エレノアは両手で顔を覆い、涙を流しながらしくしくと泣き始めた。


「……エレノア。其方にも同情できるところはある。そもそも其方が道を踏み外すきっかけを作ったのは、私の高祖父に当たるリック王だ。マチルダを冤罪で処刑した罪も、これから王家が償って行かなければならない……しかし、其方はやりすぎた。自分の欲望のために一体何人殺したんだ?」


「……ひどいわ。リックと同じ顔で私を責めて……」


 エレノアは顔から手を放し、アンドレアスを見上げる。

 その瞬間、スコルが死んだことで彼女の体からセレーナの皮膚がバリバリと剥がれ落ち、本来のエレノアが姿を現した。皺だらけの老婆のような容姿が露わになり、彼女の表情は一変する。


「……どうして、スコルを殺せたの? 殿下が魔力持ちなんて話、聞いたことないわ」


 先程までの涼やかな声とは全く違い、地を這うようなしわがれた声でエレノアが問う。彼女の目には、恐怖と疑念が宿っていた。


「レティシアが、私の剣に魔力を込めてくれたのだ」


 アンドレアスは冷静に答える。先程、レティシアは痛みで息も絶え絶えの中、彼の剣に魔力を施してくれたのだ。彼女の力がなければ、今の状況は訪れなかっただろう。



「オースティン殿、レティシアが今、苦しんでいます! 魔力は戻りましたか? 早くレティシアに麻酔魔法を……!」


 アンドレアスはオースティンの足元に燃え盛る火を消し、彼を木から下ろした。


「無理よ……改造動物の魔力切れの効果は、朝日が登るまで続くの。そもそも、仮にオースティンが麻酔をかけられたとしても、レティシアはここで死ぬ運命にあるわ」


「……?! どういうことだ……?」


「王家の呪いには、それぞれ決まった死期があるの。時間魔法で止めていた日数を逆算すると……今、レティシアにかけられている呪いは、今日が最終日なの。スコルがそう言っていたわ」


「……ッ?!」


 アンドレアスとオースティンは、驚愕の表情で目を見開いた。


「……エレノア。どうしてそこまで残酷になれる? レティシアは……お前の子孫にあたる存在だろう?」


「ハッ……私から子供を奪ったフローレス家の者の命がどうなろうと、知ったことではないわ」


 エレノアは冷たく吐き捨てた。


「……アンドレアス。早くエレノアを殺せ。呪いの解除条件は、悪魔と依頼主を両方消すことだ」


「分かりました」


 アンドレアスは、ざっとエレノアに近づいた。



「……私、転移魔法が得意なの」


 エレノアは札のようなものを取り出した。


「……?」


「! アンドレアス……その札を奪え!」


「え? はい……!」


 オースティンの指示に従い、アンドレアスはエレノアの持っている札を奪おうとしたが、その一瞬先に札が光り始めた。


「スコルがダメなら、他の悪魔を呼び出すだけよ。あの悪魔辞典は私の手元にあるし……。じゃあね、殿下、オースティン。この代が駄目なら、また何十年、何百年と潜って王妃になるチャンスを待つわ」


 札の光がエレノアの体を包み込む。


「……待っ!」


 その瞬間、真っ暗な夜がまるで昼間のように明るくなった。そして、途方もなく大きな白龍が空に現れた。その龍は、紫の瞳と紫の髭を持っていた。


「え……?」


 あっけに取られたエレノアの体に、白龍の髭が巻き付く。エレノアは札を落とし、転移魔法の光が消え去った。


(あの龍は……)


 痛みに悶えながら、レティシアはその龍を視界に入れた。

 龍はグレンが抱えているレティシアに目を留めると、ふっと優しい息を吹きかけた。その瞬間、呻いていたレティシアは、痛みが消えていくのを感じた。


「レティシア、大丈夫か?」


 アンドレアスは心配そうにレティシアに近づいた。龍に何かされたのではないかと、彼は不安に思っていた。


「だ、大丈夫です……」


「何なのだ、あの龍は突然……」


(あの白龍は……)


「……アンディ様、あの白龍は、以前お話しした私の師匠の昔馴染みです」


「……! あれが……」


 アンドレアスが驚愕する。



「何、何なの、あんた……!」


 龍の髭で拘束されたエレノアは恐怖に身を震わせた。その目は驚きと恐れで大きく見開かれている。

 しかし、紫の瞳が彼女をじっと見つめると、何かに引き寄せられるように彼女の抵抗が次第に弱まっていった。


「…………お、お姉さま……?!」


 レティシアとアンドレアスは、その言葉に驚き、思わずお互いを見つめ合った。


 龍はエレノアの拘束を優雅に解き、彼女の目の前に立ちはだかる。その威厳に満ちた姿に、エレノアは身体を震わせ、涙が頬をつたった。


「……お、お姉さま……。ごめんなさい、私のせいで……」


 彼女は心の奥底から湧き上がる後悔を口にした。ずっと謝りたかった。エレノアは龍の顔に抱きつき、その温もりを求めるようにすがりついた。


「火炙りは、痛かったでしょう……? うっ、うっ、ごめんなさい……」


 龍は、彼女の後悔を理解するかのように、優しくその身体を髭で包み込んだ。まるで、彼女の心の傷を癒すかのように。


 そして、龍は近くにいたオースティンに目を向け、彼に向かって優しい息を吹きかけた。彼の傷は次第に癒されていく。


『苦労をかけたね、オースティン。後は私が始末をつけるよ』


 龍が静かに、しかし響き渡るような声でオースティンに告げた。


「ああ……分かった」


 オースティンが神妙な表情で頷く。


 龍はエレノアを背に乗せたまま、ゆっくりとその場を飛び去って行く。すると、再び辺りは暗くなった。

 皆は、このあっという間の出来事に呆然としていた。


「い、今のは……?」


 避難していたシャーロットが、恐る恐る近寄ってきて問いかけた。


「あの龍は……マチルダの生まれ変わりだ。自分の妹の不始末にケリをつけに来たんだ」


 オースティンが静かに答えると、周囲がざわめき立った。


「……マチルダだと!?」


「九十五年前のホルルン村での龍害事件……あの時、村人を襲っていたのはマチルダだ。とは言え、生まれ変わったばかりでまだ幼い龍だったマチルダは、悪知恵を働いた魔法使いに洗脳され、利用されていただけだった。俺はマチルダをその魔法使いから救い出し、その時に彼女も前世の記憶を取り戻したんだ」


「……なんと……!」


 レティシアは驚愕の表情を浮かべた。あの龍がマチルダだなんて、信じられないことだった。


「! ……?」


 胸に違和感を感じたレティシアは、自分の襟に手をかける。


「……レティシア?」


「……痣が無くなっています」


「……!」


 それは、つまりエレノアが死んだ、ということを意味していた。

 オースティンが頷く。


「悪いな、女王。本来ならきちんと裁判をやり、エレノアを処罰するべきだったと思うが……。レティの命には代えられない」


「何を……そもそも裁判もせず冤罪でマチルダを処刑してしまったのが王家の大罪だ。感謝する」


 シャーロットは深々と頭を下げた。夜明けが訪れ、辺りは徐々に明るさを取り戻していく。しかし、その光の中には、多くの犠牲者の影が色濃く残っていた。生き残った者たちの心には、悲しみと疲労が漂っている。

 シャーロットは、王家が引き起こした過ちと、この惨劇に気落ちし、いつも気丈で国民を導く彼女にしては珍しく、かける言葉を迷っていた。


 その静寂を破るように、アンドレアスが前に立ち上がった。


「皆の者! 我が王家を呪った真の犯人は今、死んだ! これでこの国に真の平和が訪れるだろう。諸君らの働きに心から感謝する!!」


 その言葉が響き渡ると、兵士たちの顔に少しずつ活力が戻っていく。彼らの心に希望の光が灯り始めた。


「万歳! ユハディーア王国万歳! 女王陛下万歳! 王太子殿下万歳!!」


 一人の兵が高らかに叫ぶと、それはまるで波のように広がり、兵士たちが次々と声を上げていった。その声は、夜明けの光の中で一つの調和を生み出し、希望の息吹が再びこの国に満ちていくようであった。




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