23話 病気
グレン視点
「殺したつもり、とは……? レティシア、君がやったのか?」
アンドレアスの声は微かに震えていた。その後ろにいるグレンもまた、衝撃を受けていた。
グレンは、レティシアに対して常に尊大な態度を取ってしまう傾向がある。それは、最初にレティシアのことをどこの馬の骨だと侮ってしまったことや、身分を考えろといった見当違いの忠告をしたことへの恥ずかしさから来るものだった。先程もああは言ったが、本当にレティシアが聖女を攻撃したとは思っていなかった。何か誤解が重なったのだろうと考えていたのだ。だから、彼女には否定してほしかったのに。
「はい。私がやりました」
とレティシアはあっさりと答えた。
「何故だ……? レティシア……」
「……」
レティシアは答えない。
「ゴホッ、レティシアさん……また二十人以上も発症者が出たよ……。早く来て!」
住人の一人がレティシアを呼びにきた。その呼びにきた者も健康そうには見えず、やつれた表情で咳をしている。
「はい、今行きます。……殿下、グレン様、投降はします。ただ、数日だけ待ってください」
そう言うと、彼女は家屋の中に急いで入っていった。
「数日……? レティシア嬢、何を考えているんだ……」
グレンが呟くのを他所に、アンドレアスはレティシアに続いて家屋に入っていく。グレンも慌ててその後を追った。
レティシアは付いてきたアンドレアスとグレンをちらりと一瞥する。
そして、二人に何やら魔法をかけた。すると、二人の体は膜のようなオーラに包まれ、その後、馴染んでそのオーラは見えなくなった。
「これは……?」
「体を外部から守る結界……バリアみたいなものです。効果は一日程度ですが、これでウイルスから体を守れます」
(ウイルス……?)
グレンは、何やら大袈裟なその言い方を怪訝に思った。そんな大層な病気がこのヌマイで蔓延しているということなのか。
家屋は広い平家で、数十のベッドが並べられていた。そのベッドはすべて病人たちで埋まっており、床にもまた何十人もの人々が寝かされている。新しく運び込まれた者たちも、空いている床のスペースへと置かれていた。誰一人として健康そうな者はいなかった。
レティシアは「大丈夫ですか?」と、新しく運び込まれた病人に声をかける。そして、病人の一人に何やら魔法をかけると、薄汚れていた身体や服が瞬時に綺麗になった。彼女は棚に置いてある薬のようなものを二つ取り、病人に飲ませる。咳をして苦しんでいた病人は、少しだけ楽になったようだ。
「レティシア、私も手伝う」と、アンドレアスが声をかけた。
「……ちょっ、殿下!?」
一国の王太子がこんな場所で何をするというのか。グレンは青ざめた。レティシアも同じ気持ちだったのか、困惑した表情を浮かべた。新しい病人たちが恐ろしいほどの咳をしている。レティシアはその者たちに視線を向け、思案した後、こう言った。
「私が簡易魔法で、この者たちを綺麗にしていきます。殿下たちはこの棚にある魔法薬を二種ずつ、飲ませてください」
おそらく治癒薬であろう。レティシアの指示通り、アンドレアスとグレンは病人たちに魔法薬を飲ませていく。そうこうしているうちに、全員に飲ませることができた。
「レティシアさん、お水をください、熱くてしょうがありません」
「私も」
「はい」
レティシアは水を欲しがる病人に、樽に入っている水を汲み、飲ませた。そして、水を冷感魔法で凍らせて氷枕を病人の額にかけ、少しでも落ち着かせる。アンドレアスとグレンも作業を手伝い、次々と病人たちのケアを行った。
一通り看病が終わると、レティシアは安堵の息を吐いた。
「お二人とも、ありがとうございます」
とレティシアは礼をした。
「……レティシア嬢、一体この者達は何の病にかかっているのだ?」
グレンはさっきから疑問に思っていたことを口に出した。症状的にはひどい風邪程度のようにも見える。
「……さぁ」
とレティシアは無表情で答える。その態度にまたグレンが口を開こうとすると。
グウウ……と朝から何も食べていないグレンの腹が鳴り、沈黙が訪れた。
辺りはすっかり夕方になっている。グレンは気まずくなりコホンと咳をした。
「……フフ、何か作りますね。お二人ともこちらにどうぞ」
と、レティシアが言う。グレンは多少戸惑ったが、アンドレアスが頷くので自分もそれに続いた。
家屋の隣に立っている家にアンドレアスとグレンは案内され、中に入った。この家は、あのロブ村の山奥のオースティンの家と外観も中の間取りもよく似ていた。(おそらく、オースティンが簡易的に建てた家なのだろう)
念の為、手洗いうがいをしっかりにやるよう言われ、指示に従った後、居間に案内された。
「ご飯を作ってきます」と言い、レティシアはキッチンの方へ消えた。
「……殿下。どうするのですか? レティシア嬢は数日経ったら投降すると言ってますが、信頼できるかどうか……強引に王宮に連れて帰るべきでは? 聖女のことやカトレア森のこと、早く解決するべきです。陛下も待っています」
こっそりとグレンはアンドレアスに話しかけた。
「……いや、恐らくレティシアはこのヌマイの病人達を放っておけないのだろう」
とアンドレアスが答える。
「……ですが、このヌマイで何の病気が流行っているのか知りませんが、数日でカタがつくものなのですか? 見たところ患者数もかなり多いようですが」
「そうだな。グレン、君は食事を終えたら王宮に戻り、ヌマイでなんらかの病が流行っていることを陛下に伝え、指示を仰いでくれるか? ……私はこのまま残り、レティシアを見張る」
「……! いやそれは……!」
罪人の疑いがある者の家に、王子一人残して良いわけがない。王宮に戻り、またここに来るまで往復で三日はかかる。グレンは焦って抵抗しようとしたが、有無を言わせないアンドレアスの視線を向けられ、黙り込んだ。
「……危険を感じたらすぐに逃げてくださいよ」
「分かっている」
そうは言ったものの、本音を言うとグレンは、レティシアがアンドレアスに何か危害を加えることはない、と確信めいたものを抱いていた。彼はパーティーで、レティシアが死にかけたアンドレアスを必死になって助けようとしている姿を思い浮かべた。レティシアがアンドレアスのことを特別に想っているのは明らかだった。
やがて、レティシアが作った料理――卵しか入っていない雑炊――が出され、グレンはそれを食べた。味は薄いが、悪くはない。温かさが心を和ませ、少しだけ疲れた体を癒してくれるようだった。
「……魔導士オースティンはここに居ないのか?」
グレンが聞く。
レティシアはオースティンと共に王宮を去ったはずだが、ここにはオースティンの気配はない。
「はい、師匠は今出かけております」
「何処に?」
アンドレアスが聞いた。
「……隣国のリンズベルです」
「リンズベル……?」
予想外の返答だったので、アンドレアスもグレンもポカンとしてしまった。オースティンに放浪癖があることは有名だが、こんなところに弟子一人置いて何をやっているのか。
――そもそも、何故オースティンとレティシアはこのヌマイに訪れたのか。
分からないことだらけだ。
「いつ戻るのだ?」
「おそらく明日には戻るはずです」
とレティシアは答えた。
その返答にグレンは不安を覚える。
先日、初めて目撃したオースティンは、どう見ても王家を快く思っていなかった。――もしアンドレアスと対峙して、おかしなことにならないと良いのだが。
グレンから見て、オースティンはレティシアの事を特別可愛がっているように見えた。
オースティンがレティシアの意思を無視してアンドレアスに無体を働くようなことはしないとは思いたいが、やはり心配なものは心配だ。
グレンは食事を終えると、準備を整えて家の玄関先でアンドレアスに敬礼した。
「殿下、迅速に王宮へ行き、陛下に現状をお伝えし、戻って参ります!」
「ああ、気をつけてくれ」
そうして、グレンは王宮への帰路を急いだ。




