21話 独壇場
オースティンがロブ村の山奥の家に帰宅したとき、玄関に「休業中」という貼り紙があり、家全体にはレティシアの施したと思われる結界が張られていた。
レティシアに何かあったのかと、オースティンはすぐに結界を解き、中に入った。しかし、彼女の姿は見当たらず、自分の部屋の机に手紙が置かれているのを見つけた。
レティシアの字で書かれたその手紙を読み終えると、オースティンは即座に王宮へと向かった。
王宮に到着し、パーティーが開かれているらしい会場に足を踏み入れた瞬間――目の前に広がる光景に眉を上げた。
騎士や獣の亡骸が何体も横たわっており、激しい戦闘があったのは明らかだった。
異様な雰囲気の中、貴族たちの視線の先に、男たちに拘束されたレティシアの姿があった。
彼女の髪と瞳は本来の色に戻っている。普段なら滅多に色彩魔法を解かないくせに、どういう風の吹き回しだ――と考えたが、すぐに一時的に魔力を使い果たしているのだと判断した。それでなければ、レティシアが男数人に大人しく捕まるはずがない。
おそらく、時間魔法でも使ったのだろう。状況はまったく掴めないが、ひとまず貴族たちに拘束されたレティシアを救い出した。
「アンディ様を助けてください!」
泣き出しそうな表情を浮かべているレティシアを見て、オースティンは眉をひそめた。周囲を見渡し、胸を負傷し大量の血を流しているアンドレアスへと視線を向けた。
「アンディとはあのガキか?」
「はい……」
オースティンはレティシアを下ろして立たせると、アンドレアスの元へと近づいた。その顔を見てつぶやく。
「アンディ……アンドレアス王子か。レティ、お前が手紙に残していたのは、確かこの王子の呪いを俺に解いてほしいって話じゃなかったのか? なぜ胸を刺され死にかけている?」
「それが……いきなりそこの気を失っている騎士が私を狙い、それをアンディ様が庇って……師匠、アンディ様を助けてください!」
「……」
オースティンは、アンドレアスの処置を行っていた医者とセレーナに離れるよう言い、左手を彼の胸にかざした。次の瞬間、明るい光がパアッとアンドレアスを包み込んだ。
すると、みるみるうちに傷が塞がっていく。周囲の者たちはその光景に驚き、医者が「おお……」と感嘆の声を上げた。
「……とりあえずこれで大丈夫だ。明日にも目を覚ますだろう」
強大な魔力を使ったはずなのに、オースティンはケロリとしていた。
レティシアはアンドレアスの元へと近付き、その顔を覗き込んだ。先ほどまでとは違い、呼吸が落ち着いていた。
「……師匠、ありがとうございます……」
レティシアは、あふれそうな涙を堪えながら言った。
「魔導士オースティン」
シャーロットが歩み寄った。
「……女王か」
「ああ、お初にお目にかかる。……我が息子、アンドレアスを救ってくれて誠に感謝する」
そう、彼女は深々と礼をした。
「……弟子を庇ったというから治してやっただけだ。普段なら王家のガキが何人死のうが俺には関係ない」
「し、師匠……!」
なぜそんな言い方をするのかと、レティシアは青ざめた。シャーロットも息を飲み、黙り込んだ。
周囲の貴族たちも困惑した表情を浮かべている。
「……で? レティ、どうやらこの王子は呪いにはかかってないようだが。どうなっている?」
オースティンはアンドレアスへと視線を向け、静かに尋ねた。
「……はい、そこにいらっしゃる聖女セレーナ様が、アン……王太子殿下の呪いを解かれました」
「はじめまして、オースティン様。セレーナ・ワグナーと申します。魔法使いの端くれとしてお会いできて光栄ですわ」
セレーナは立ち上がり、美しい礼をした。その姿を見て、オースティンは一瞬眉を寄せた。
「……君が王家の呪いを? 大したものだな」
「はい、ありがとうございます」
オースティンはそれ以上興味を示すこともなく、レティシアに視線を戻した。
「……呪いが解けているならもういいだろう。帰るぞ、レティ」
そう言って、オースティンはレティシアの腕を取り、会場を後にしようとした。
「え、師匠……!」
「魔導士オースティン、待て!! レティシアにはカトレア森の紫魔女の疑いがかけられている! 勝手に連れて行くな!」
ジーニー侯爵が叫ぶ。
「カトレア森? ……ああ、あれか」
オースティンはジーニー侯爵に視線をやると、つまらなそうにつぶやいた。
「認めるのか! そうだ、昔お前の住処があったカトレア森だ。三年前の惨劇はレティシアが引き起こし、お前が庇って逃げたのだろう!」
「認めるも何も、あれはあのバカ貴族の自業自得だ。我が弟子に何の瑕疵もない」
オースティンは吐き捨てるように言った。
「何だとぉ……!!」
「待て、オースティン! ジーニー侯爵! ここで争っていても仕方あるまい。とにかくオースティンのおかげでアンドレアスの命は助かった。母として女王として礼を尽くしたい。……どうだろう、ここは酷い有様だ。別室に案内したいのだが、よろしいか?」
シャーロットは二人を制するように言った。
「……確かに酷い有様だな。なぜ、王宮にこのような獣たちの死体がある?」
オースティンは会場内を見渡した。
「……白々しいな、オースティン! 貴様の仕業だろう! 貴様が、魔獣巌の封印を解いたのだ!」
ジーニー侯爵が叫んだ。その言葉に、周囲の貴族たちもざわめき始めた。
「……? 魔獣巌の封印を俺が……?」
オースティンは意味がわからないとばかりに、眉をひそめた。
レティシアはそうだ、と思い出した。
「……師匠、もしかして誰かが魔獣巌の封印を解き、魔界の穴が空いたのかもしれません」
オースティンの封印術式を解ける者がいるとは思えないが、それ以外の可能性が考えられなかった。
「ここまで来るとき……王都の街は、どうなっていましたか……?」
レティシアは恐る恐る尋ねた。どのような惨状になっているのか、考えたくもない。
オースティンはその質問には答えず、周囲に斃れている魔獣たちを見渡し、何かを思案するように黙り込んだ。
そのとき、先ほどシャーロット女王から王都の状況を確認するように命じられた騎士たちが帰ってきた。
「女王陛下……! 王都を確認しましたが、街は何の変哲もなく……魔獣巌の封印も解かれていませんでした!」
「何だと……? ではこの魔獣たちは一体どこから現れたのだ?」
シャーロットは目を見開いた。
「……そうか! オースティン、貴様は魔獣たちを連れ出したあと、また魔獣巌を封印し直したのだな!」
「あぁ……?」
ジーニー侯爵の言葉に、オースティンは眉根を寄せた。そして、チッと舌打ちをしたあと、冷静に言った。
「この獣たちは、何者かに肉体改造を施され、凶暴化した動物だ。戦闘力は魔獣に匹敵するかもしれないが……魔界の生物ではない」
その言葉に、場の空気が一瞬静まり返った。
「魔獣ではない、だと……?」
シャーロット女王がつぶやく。
「そうだ。魔獣は息絶えれば消滅する。死体が残っているということは、魔獣ではない証だ」
レティシアもまたその事実を知らず、思わず息を呑んだ。
「でも、師匠、改造された動物……とのことですが、一体誰がそんなことを? 動物を改造し、凶暴化させるなんて、人間に可能なのでしょうか?」
「……さぁ。でもまぁ、確かに人間の仕業ではないかもな。……微かに魔の臭いがする」
「魔……?」
「ごちゃごちゃとうるさいぞ、オースティン!! 改造された動物だから何だと言うのだ!! 貴様がそれを行っていないとは言い切れないだろう!」
ジーニー侯爵が顔を真っ赤にし、喚いた。
「うるさいな……。一体さっきから何だお前は」
オースティンは苛立った表情を見せると、ジーニー侯爵の口を魔法で塞ぎ、喋れないようにした。
「……っ? ~~ーーー!!」
「こ、侯爵大丈夫ですか!?」
ジーニー侯爵の取り巻きたちが声をかけた。
そのとき、アンドレアスが担架に乗せられ、王宮医と王宮看護師に連れられていくところだった。おそらく病室へと移動するのだろう。レティシアはそちらに視線を向けたあと、オースティンの様子をうかがうようにちらりと見た。
「……レティ、あの王子が気になるなら行けばいい」
続けて、オースティンはレティシアの肩に手を置くと、耳元で何かをささやいた。
「……はい、師匠」
レティシアは頭を下げると、王宮医たちの後を追った。
「あの、オースティン様……」
背後からの声にオースティンは振り返った。
「……マデリーンか。久しいな」
彼の目の前に立っていたのは、顔面を蒼白にしたマデリーンだった。
「あ、あの……レティシアの髪と瞳が……」
マデリーンは、改造動物たちがパーティー会場を襲ったとき、すぐに避難をしていた。王宮騎士たちの活躍によりすべて討伐できた、という声を聞いて、おそるおそる会場へと戻ったのだ。
そのとき彼女の目に入ってきたのは、久々に見たオースティンと、紫色の髪と瞳の女――レティシアの姿だった。
瞬間、マデリーンは震えた。
――三年前の、あの森の光景が脳裏をよぎる。
「ああ。レティの本当の姿はあれだ。……怖くなったか?」
オースティンは、かつてレティシアとマデリーンが親しくしていたことを知っている。マデリーンの怯えた様子を見て、複雑な表情を浮かべた。
「……そ、そうではありません!」
「……?」
意を決し、マデリーンは口を開いた。
「オースティン様……三年前のカトレア森の件で……教えていただきたいことがあります」
レティシアは病室で、アンドレアスのことをじっと見守っていた。王宮医たちはすでに引き上げており、二人だけの静かな空間が広がっていた。
(アンディ様……死ななくて良かった)
アンドレアスの顔を見つめ、ほっと息を吐いた。
本当なら、パーティーが終わったあとに自分の本当の姿を打ち明けるつもりだった。そして、アンドレアスが受け入れてくれたなら、婚姻を……。
レティシアは自分の浅はかさに打ちのめされた。ぽたぽたと瞳から零れ落ちた涙が、手の甲を濡らしていく。
今日、ジーニー侯爵に限らず、会場の貴族たちは皆、レティシアに対し不気味なものを見るかのような視線を注いでいた。
――これが、普通の反応なのだろう。昨日の街でも同じだった。自分の本当の姿など、誰にも受け入れられない。クレアやオースティンが特異なだけで、レティシアの存在は異端でしかないのだと、思い知らされた。
そんな存在が王家に嫁ぐなど、夢のまた夢だ。
「レティシア」
シャーロットが入ってきた。レティシアは勢いよく立ち上がり、涙を拭くと、頭を下げた。
「……陛下。この度は申し訳ありませんでした。殿下は私を庇い、こんな目に……」
「いや、結局命は取り留めたのだから問題ない。しかし我が息子ながらよく死にかけるやつだ」
シャーロットは薄く笑みを浮かべた。
「アンドレアスを刺した騎士だが、あの後目を覚ましたので尋問を行った。その騎士によると、怪我を負ったあと意識が朦朧として、気がついたら刺していた、と証言した」
「……そうなのですか」
確かに、あの騎士は正気ではなかった。何者かに操られていたのかもしれない。
「尋問の席にオースティンもいたのだが、騎士から魔の臭いがした、と言う」
オースティンは改造された動物にも同じことを言っていた。アンドレアスを刺した騎士と何らかの繋がりがあるのだろうか。
「レティシア。……カトレア森の件だが」
レティシアはギクリとし、シャーロットの顔を見た。
「貴族相手の殺人事件だ……このまま有耶無耶にすることはできない」
「……はい」
「今日は疲れているだろう。また明日詳しく話を聞かせてくれないか」
「……わかりました。お心遣いありがとうございます」
シャーロットが部屋を出ていくのを、レティシアは黙って見送った。
――しかし、この日の晩、レティシアはオースティンと共に王宮から姿を消した。
そしてあろうことか、王宮の外の路地で、聖女セレーナが全身傷だらけの瀕死の状態で見つかったのだ。
彼女の従者、スコルは泣きながら訴えた。
「レティシア……あの魔女にやられた!」と――
次回より新章です。
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