無くなった存在・後
名鑑・六
制限の式
何らかの現象を制限する式。
範囲、速度、温度など、様々な要素を制限する出来る。
ただし、この式のみでは機能せず、他の式と組み合わせて使う必要がある。
インパクトオルガンは、音が響く範囲を制限し、制限範囲内に何らかの物体が侵入した際に音の衝撃波をぶつける。
五指登録の上の壱は、一定以上の速度を持つ物体が範囲内に侵入しないように、触れた点のみを高硬度の破壊の式で弾き返す。
応用が効くため、多くの発展的な幻術に使用されている。
データと実際に起こる現象の間に乖離が起こらないようにするため、幻想科学の研究者が配布している世界共通のサンプルデータの使用が推奨されている。
破壊、強化、転移、治癒、複製と並び、幻術の基本式とされる。
絵里は夫を亡くした。
共に歩んだ時間は短く、奪われた未来は長かった。
「こんなの!ひどすぎる!まだあんなに若かったのに!これから、これからだったのにっ!」
絵里は夫の詳しい死因を知らない。
事故から三日経つが、まだ説明が無い。
説明責任を果たしていないのに、世間もメディアも批判すらしない。
おかしい。
「なんで何も教えてもらえないんですか!遺族には知る権利があるでしょ!」
怒りが机を叩く。
夫の勤務先に殴り込んだが、この件の担当者は、説明出来ないの一点張りだ。
「残念ですが、機密事項が含まれるため説明出来ません」
「私が機密事項を言いふらすとでも!?むしろ言いふらされても仕方ないでしょそんな態度じゃ!夫の最期を詳しく教えてくれたら何も言わないから!ねぇ!」
詰め寄られて縮こまる担当の男。
しかし、譲る気は無いようだ。
「、、、もし、あなたがその世界の事を知ってしまえば、彼らを呼ばなければならなくなってしまいます。彼らは手段を選びません。お願いですからここは引いて下さい」
「彼らって誰!人の死より怖い物がまだあるの!?」
「ええ。天才しか知る事が出来ない怖い世界が」
「せめて、子供でもいればね」
絵里は追い出されたが、それからどうやって、どこを、どれだけ歩いたのか覚えていなかった。
「子供が何人欲しいかだって、話したよね、、、」
俯いたまま歩いていると、肩が建物の壁にぶつかってしまった。
弾かれるように下がると、そこが幼児用英語教室だという事に気付く。
中には楽しそうに学ぶ子供達と講師が。
「あるはずだった、けど無くなった幸せ」
また歩き出す。
独りでブツブツ呟きながら。
「短く見積ってもあと四十年。長ければ七十年くらいかも」
大きな川、大きな橋。
「まだ三日前なのに、もう待ちきれない」
いつの間にか降っていた雨で淀んだ水の流れは、ひどく共感出来た。
「来世ではもっと長く、永く」
脚の感覚は無い。
あるのは一瞬の風と、水の冷たさと、期待感。
「一緒に生きたい」
視界はゼロ。
聴覚も機能しない。
もちろん嗅覚も味覚も意味をなさない。
痛みはそろそろ無くなる。
「ハッピーエンドで終わりたかった」




