番外編:リドリー殿下は回想する
色々とアウトなリドリー殿下の思い出話。コメディー要素なしです。
初めてクリスタと出会ったのは、私達が6歳の時だったかな。
父親に連れられて登城したクリスタと会う事になっていたけど、その時は特にクリスタに興味はなかったんだよね。侯爵家の令嬢で高魔力持ち、と私の婚約者候補の筆頭ではあったんだけど。どうせ彼女本人はつまらないんだろうなって。
だからクリスタに初めて会った時は本当に驚いたんだ。
「は、はじめ、まして!リドリーでんか。わ、わたくし、エルドニー侯爵家の、クリスタと、もうします!」
緊張で噛みまくって詰まりまくりながら、必死にぎこちないカーテシーをする彼女。
冬の湖のように薄い青の髪がサラサラ流れる。人形のように整った白いかんばせに浮かぶのはアメジストが如き二つの宝玉。
これまで会った誰よりも美しい少女は、これまで会ったどの婚約者候補よりも緊張している様子で。大きな瞳は涙で潤み、今にも逃げ出してしまいそう。
まるで小動物みたいな子だね。
少し離れた所で私達を見ている侯爵は『駄目だこれは』と言いたげに苦笑いしてるだけだし。
しょうがないなぁ……。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。ね?」
あまり淑女にする行為として褒められる行動じゃないけど、その小さな頭を撫でてあげる。
最初キョトンとしていた彼女は───突然、蕾がゆっくり開くように笑ったんだ。
───この時、私は魂が彼女に引き寄せられるような気がした。───
「……初めまして、僕はリドリー。君の婚約者だよ。」
「は、初めましてリドリーさま!」
本当はこの時はまだ、婚約どころか婚約者候補に挙がってただけだったんだけど。
(いいよね?だって僕が婚約者にしたいのはこの子なんだし。)
婚約者候補に挙がるくらいだから問題なし。
そう判断した私は、向こうで蒼褪めてる侯爵は見ないフリをしてクリスタの手を握る。そういえば侯爵は娘を溺愛してるんだっけ?
小さくて温かい。軽く握ってやるとクリスタも握り返して「エヘ…」と照れながら笑っている。
可愛いな。
笑った顔はもちろん、涙で目を潤ませ怯える姿も可愛かったし。
(もっと僕だけに感情を向けて欲しいな。どうしたら彼女が逃げないよう、僕に縛り付けられるかな?)
ニコニコと彼女と笑い合いながら、私はそんな事を考えていた。
そして10歳の時、思いがけない形でそれは叶った。
私の骨を折ってしまったクリスタ。別に骨なんてすぐ治るから大丈夫だと笑って言ったら、彼女の私を見る目が一気に変わった。
これまでだって努力の甲斐あって好かれてたけど、淡い恋心程度だったクリスタの心が一気に近づいた……まるで聖人君子でも見るかのように目が輝いてる。周りからは腹黒いから黒王子と密かに言われてる私にね。
ちょっと考えて、それを利用することにした。
クリスタをしょっちゅう抱き締め、飛び切り甘く優しい言葉をかけて『例え痛い想いをしようと私は君が大好きだよ』と刷り込むことで。
人って不思議だよね。好意を示されると、同じだけの好意を返したくなるらしいよ。
クリスタはどんどん私に心を傾けていって、私の抱擁につい誘われるまま応えてしまっては嘆いていたのが可愛かったなぁ…。
うっかり骨を折ってしまっても、その罪悪感すらクリスタを縛る鎖となる。
まぁこれは行き過ぎちゃって反省したよ。今回みたいに罪悪感が勝って「殿下の為に」と婚約解消を申し入れられたら堪らない。
あんまり私の怪我で泣くクリスタが可愛かったから、ついね。
だから本当は教えたくなかったけど、魔力を封じる魔道具の事をクリスタに教えてあげた。お詫びにね。これはクリスタが絶対に欲しがると思ったから一応研究してたもので、あと少しで完成する。
クリスタを縛るのは全て私でありたいから、魔道具なんかでクリスタの魔力を縛りたくないんだけど…。
仕方ないよね。まぁ頑張れば近日中には渡せるか。
魔道具のことを話した時のクリスタの喜びようといったら。やっぱりクリスタは可愛いよねぇ。
怪力を怖がり近づかなかった男共もそれが平気となると近寄ってくるだろうし、色々と注意しておかないと……。
───クリスタを連れて国を出るほうがよっぽど安心なんだけどなぁ。
「ねぇクリスタ。私と一緒にどこか遠くへ逃げてみない?」
「ど、どうしたんですか、殿下!?そんな事したら民が、国が滅んでしまいます!」
「ごめんごめん、冗談だよ。」
やっぱり駄目か。
クリスタは真面目で優しいからなぁ。そこも可愛いんだけどね。
まぁ次にクリスタを私から取り上げようとしたらクリスタを連れて隣国へ亡命する、と大臣を脅しておいたし、私が本気な事も伝わっているから大丈夫かな。
とりあえず今すぐ出来ることは……。
「きゃあ!?」
ひょい、とクリスタを抱き上げると可愛らしい悲鳴があがる。驚いた周囲の目が私達に集まるが、無視してさっさと移動を開始する。腕の中でクリスタが暴れるけど、伊達に騎士団の訓練に参加してないからね。
「殿下!?なんですか一体!ここはあの学園の廊下でですね……っ!?」
「うん、人目が多くて好都合だね。こうして見せつければ誰かの入る隙もないくらい、私達の仲が良好だと皆に伝わるでしょう?」
「伝わるかもしれませんが、羞恥心でわたくしが死にますーっ!!」
───クリスタの叫びもむなしく。その日、リドリーは教室からカフェテラスまでの道程をそのままで移動し、更に学園や城で度々同じような光景が目撃されるようになった。
そのおかげなのか他に手を回したか、横恋慕を仕掛ける兵はその後現れることはなかったという───