圧倒
「我が主に不貞を為す者共よ、良く聞くがよい。」
海水浴の駐車場に設置された自衛隊のテントと所狭しと詰め込む様に並んだ軍用車両群の上空五十メートルほどの高さから聞こえる、良く通る女性の声に隊員達が空を見上げる。
そこには狐の姿をした九つの尻尾をゆらゆらと揺らす本来の姿の九尾の狐がいた。
「いま直ぐに妾の主と猫を放せば良し、放さねば痛い目を見て貰わねばならぬ。 返答は如何かの。」
テント内で話し合っていた俺たちにも聞こえ、補佐官がテントの外に出て状況を確認して戻って来た。
「直上五十メートルに狐が居ます! ただし人ではなく狐の姿をしており、全長十メートルと推測します。」
「総員戦闘態勢! ただし攻撃はするな!」
現地に派遣されていた地上部隊が大急ぎで車両に乗り込んだり、物陰に身を隠しながら狐を狙撃できる体勢を整える。
上空からそれを見ていた狐も、大乱の世で見た戦の中で人々が何をするのかを見続けていた事で、これくらいの反応は当然と受け止めている。
あとはここの大将が出て来て話し合う事になるくらいは分かっている。
「私がここの指揮官だ! お前の言う主とはこの男の事か?」
テントから出た指揮官の後に着いて外に出た。当然猫は腕にしがみついている。
「そうじゃ、それともうひとり猫も放せば何もしはせん。」
指揮官の男は俺に主なのかと訊ねてくるが、もちろんそんな事はない。
「お前の主ではないと言っているが?」
「その様な戯れ言で誤魔化されはせぬよ。 妾が大人しくておる内に早う我が主を解き放つが良い。」
そこへテントから巫女が出て来て余計な一言を言い放つ。
「誰が貴方なんかに渡すもんですか! 私がこの男の子を産んであなたを討滅してやるから待ってなさい!」
「おまえ! そんな事言ってないだろうが!」
「あら、そうだったかしら?」
巫女がいるだろう事は分かっていたが、あの中でそんな話を進めていたのかと、自衛隊は巫女に与する者達と認識した狐。
「おのれ! 我が主を奪う者は許せぬ! 来るが良い! 炎及物共よ!」
呼び出されたのはさっきの『火乃物共』よりも大きな象サイズの炎達だった。
「総員攻撃開始ー!」
炎は瞬く間に一帯を蹂躙し装甲車両すら燃え上がらせる。
「ふはははは! 妾に刃向かう者には相応しい姿よ。 さあ、我が主を返すがいい。」
炎に追われながらも隊員達は上空の狐に射撃を繰り返すが弾がすり抜けてしまい全く当たらない。時限信管グレネードによる攻撃も全く通じない。
そこへ要請を受けた先程の兵員輸送ヘリがやって来て、機内格納している機銃を外に出して狐を狙う。
この機銃は近距離向けであり地上部隊展開または回収の際に支援する目的で使われるのだが、敵部隊に近接する可能性を考慮し近中距離に於いて比類の無い火力を持つ、それこそ暴力の中の暴力と言える代物だ。
更に先刻とは異なり、こちらは実弾が装填されている。
その機銃が火を吹くと、狐は一瞬だけヘリを見てから揺らぎ、崩れる様に地に落ちた。
隊員達は弾がすり抜けてはいても、ヘリの機銃で撃てばその弾数の多さからダメージが蓄積されたのだろうと考えて拳を振り上げ喜び叫んでいる。
しかしその狐に対し、確信を持って身構えている巫女。
「来るわよ。」
静かに直ぐ近くの者にしか聞こえない小さな声で警戒を呼び掛ける。
狐は駐車場からは直接見えない壁の向こう側の砂浜に落ちたが、銃弾がすり抜けた様に、落ちた時にも砂埃が舞い上がったり、その巨体に見合うだけの地響きもなく、ただ横たわっていた。
自衛隊は上官の指示通りに少しずつ隊員を砂浜へ向かわせ狐を扇状に取り囲む。
隊長と思われる男が声を上げる。
「まだやるかね。」
ヘリは地上部隊を支援する位置で狐に狙いをつけていた。




