第三話
その日、私はいつも通りの時間に出社した。午前7時30分、始業時間の30分前だ。正門の前で立哨に立っている警備要員に軽く挨拶し、自動ドアを抜け二階の自分の部署へ向かう。人事総務課と書かれたドアを抜け、タイムカードを押してからデスクに座り、PCを起動させつつ一服着ける。ヴォーグ。祖国を出てからもずっと吸い続けている銘柄だ。半分ほど吸い終わると起動し終え画面が出てくる。なんとも遅い起動だがPCを買い換えようにも経理担当から中々予算が下りない。中小企業の悲しいところだ。各班の活動記録に目を通していると負傷者一名と記されている班を見つける。
「警察からの委託業務中に襲撃・・・腹部貫通銃創・・・防弾衣未着装・・・保険下りないわねコレ。」
一人ごちてから画面の印刷を選択。一応、契約保険会社に提出するがおそらく受理されないだろう。会社負担だ。
負傷した社員は国防陸軍上がりのベテラン社員であったが、このような社員に限って受傷防止装備の装着を疎かにする傾向がある。今後は更に装着を徹底させねばなるまい。職務従事中に死亡した場合に支払われる弔慰金は、世間的に見れば端金であっても我が社のような中小企業にとっては痛い損失なのだ。そして何よりこの業界における社員の経験や技術は何物にも代え難い。
日々の日課である事務処理をいくつかこなしているうちにぼちぼちと他の社員も出勤してくる。掛けられる挨拶に応えつつ私は今日、面接に訪れるはずの学生の履歴書に目を通そうと思い、記録フォルダを画面から呼び出し開く。悠木昌義 18歳 平均成績評定3.5、取得資格 柔道二段 漢字検定三級 英語検定4級、自己アピール・・・・ここはいい。履歴書のあとにメール添付で送られてきた部顧問からの評価はそれなりにはいいようだし、同じく添付されてきた体力検定表のデータもこの国の同年代男性よりも高い水準にある。第一種警備部にに配属するのが適当であろう。3ヶ月間の基本研修で最低限使えるようにはなる・・・
そう考えていると私は一つのことに気がついた。私の脳内ではこの少年を採用する前提で思考が巡っている。
いやそれも仕方ないことかもしれない。私は不意に笑ってしまった。第一、第二、第三と区分される認警業務の中では第一種警備業務が最も職務内容が単純で常に需要があるが要員の入れ替わりが激しい。我が社のような小さな企業でも年間を通じて人手を欲しているような部門だ。とにかく人より多少体力があれば頭の出来や人格はそこまで問わない。普通にコミュニケーションがとれればそれでいい。その程度の採用基準だ。
「この業界ってある意味、社会の受け皿よね・・・・」
再び独り言を呟いてしまう。自分でも卑屈ではあるとは思うが私、ナスターシャ・カミンスキー元ロシア空挺軍中尉はそう思わざるを得なかった。