第1章 「おめでとう」の代わりに返ってきた言葉
テーブルの上に並んだ色鮮やかな料理が、今の私には最高の祝福に見えていた。
結婚三年目。ようやく、本当にようやく、この日が来た。
両家の親を招いた、賑やかな食事会。
会話に花が咲き、笑い声が絶えない空間で、私は胸の高鳴りを抑えきれなかった。隣に座る夫の航平さんの、穏やかな横顔を見る。彼もきっと、私の報告を聞けば、この上ない喜びに浸ってくれるはずだ。
私は、緊張で少し震える手をテーブルの下で握りしめ、意を決して口を開いた。
「赤ちゃんができたの。みんなに、どうしても直接報告したくて……」
幸せな絶叫が起きるだろうと思っていた。驚き、喜び、そして温かいお祝いの言葉が降り注ぐ。そう信じて疑わなかった。
けれど。
その瞬間、場の空気が凍りついた。
喧騒は嘘のように消え、耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。
私が困惑して隣を向くと、そこには想像していた笑顔など微塵もない、険しく、冷酷な航平さんの顔があった。彼は私を、まるで汚物を見るかのような目で睨みつけていた。
「誰の子だよ。俺の子じゃないことくらい、わかってるんだぞ」
あまりに突拍子もない言葉に、私は呼吸を忘れた。聞き間違いだと思った。耳を疑い、呆然と彼を見つめる。
「え……? どうしてそんなこと言うの? あなたの子だよ?」
私の問いかけに、航平さんは鼻で笑い、突き放すように言い放った。
「大学生の時におたふく風邪にかかって、三日間も高熱で寝込んだことがある。そのせいで、俺は不妊になったんだよ」
心臓が跳ねた。不妊? そんな話、一度も聞いたことがない。結婚前にも、結婚してからの三年間、一度だって彼からそんな言葉が出たことはなかった。
「そんな……どうして……」
言葉にならない私の声を、航平さんの怒鳴り声が塗りつぶした。
「俺は子供ができない体なんだよ! 不倫した挙げ句、托卵まで企んでるのか!」
激しい言葉が、鋭い刃となって私に突き刺さる。
混乱する私の視界に、義両親の姿が映った。驚くはずの義父・和弘さんは、怒りに顔を赤くしてテーブルを叩いた。
「うちの息子を馬鹿にするな!」
義母の晶子さんも、冷徹な視線で私を射抜いている。彼女は、私がまるで卑劣な犯罪でも犯したかのような口調で断定した。
「信じられない。他人の子を産んで、うちの家系に入り込もうというのね。なんて浅ましい女なの」
頭が真っ白になった。冗談だと思って、助けを求めるように実の両親を見た。けれど、そこに救いはなかった。
父の誠一さんは、絶望したように頭を抱え、私を叱責した。
「お前をそんな娘に育てた覚えはない」
そして、母の恵子さんは――。
いつも私を一番に愛してくれていたはずの母が、震える指で私を指さした。その瞳にあるのは、深い嫌悪感だった。
「結衣! お母さん、あなたがそんな汚らわしい娘だったなんて……!」
視界がぐにゃりと歪んだ。
目の前にいるのは、私の親であり、家族であるはずの人たちだ。なのに、その全員が私を「不倫女」として断罪している。
「違う! 不倫なんてしてない! 赤ちゃんは、間違いなく航平さんの子だよ! 必要なら、どんな検査だって受けるから!」
必死に、叫ぶように訴えた。涙が溢れて、視界が滲む。お願いだから誰か、私の言葉を聞いて。信じて。
「お母さんまで……? お願い、私の話を聞いてよ!」
しかし、私の声は誰にも届かなかった。
私が何かを言い出そうとするたびに、誰かが怒鳴り声を上げて私の言葉を遮った。
「言い訳をするな!」
「恥を知れ!」
祝福されるはずだった食事会は、いつの間にか、一人の妊婦を五人で吊るし上げる断罪の場へと変貌していた。
航平さんは冷淡な声で、私に最後通告を突きつけた。
今すぐここで謝罪し、そして、その腹の中の子供を消せ、と。
私はただ、呆然と座っていた。
お腹の中に宿った小さな命。この子だけが、私の真実を知っている。
けれど、この世界で私の味方はもう誰もいなかった。




