『一条山開墾記』 閑話:一条結 〜最強の相棒〜
【前書き】
※本エピソードは『Bar風花』本編の設定をベースにしたスピンオフ(IFストーリー)です。
※本編との時期・時系列に一部独自のアレンジを含みますが、作品の空気感としてお楽しみいただければ幸いです。
※歩くスパコンパラリーガル・一条結と、超敏腕弁護士・橘栞が出会う「最強コンビ誕生」の裏側を描いた閑話となります。
京都の冷たい雨を逃れ、辿り着いた風花町のあたたかな陽だまり。
櫻庭家の縁側で過ごす穏やかな日々、そして此花神社の境内で運命のように出会った、小さな家族・カモくん。
身も心も満たされた結が次に目指したのは、自分の足で立ち、この街へ恩を返すための「仕事」でした。
一方その頃——あまりの処理速度の速さに誰もついて来れず、一人頭を抱えていた敏腕弁護士がいて……。
「歩くスパコン」一条結と、論理の鉄壁・橘栞。
風花町史上、そして日本法曹界史上最強のコンビが生まれる瞬間の物語を、どうぞごゆっくりお楽しみください。
第一幕:櫻庭家での居候と、満たされていく心
雨の夜に『Bar風花』の重厚な扉を開け、千草の温かいお出汁と美和・天の優しさに救われた結は、しばらくの間、此花山の麓にある櫻庭家の平屋に身を寄せることとなった。
櫻庭家での暮らしは、京都の実家で「冷たい計算の道具」として扱われていた結にとって、まるで夢のような時間だった。
朝、目を覚ませば、千草が丁寧に取った鰹と昆布の澄んだ出汁の香りが家中に満ちていた。
「結ちゃん、昨夜はよく眠れたかしら?」
美和は毎朝、妹を愛しむように結の頭を優しく撫でてくれた。
「甘いものを食べると脳が元気になるからね」
天はルポライターの仕事の合間に、風花町の老舗和菓子屋『風花堂』で買ってきたばかりのみたらし団子や、香ばしい『福餅』をそっと手渡してくれた。
そんな温かな日常のなかで、運命的な出会いもあった。
ある晴れた日の午後、此花神社の境内を静かに散歩していた結の足元へ、草むらから小さな影がひょっこりと飛び出してきたのだ。くりくりとした丸い目をした、一匹のフェレット。人懐っこく結の裾にすり寄ってきたその小さな命を、結はそっと両手で抱き上げた。どこから迷い込んできたのか、首輪もないその子を「カモくん」と名付け、櫻庭夫妻の温かな承諾のもと、共に暮らす家族として迎え入れたのだった。
「……ふふっ……天様、美和様、千草さん。私、こんなに美味しいご飯と甘味をいただいて、カモくんとも出会えて……本当に幸せどすえ〜♪」
日当たりの良い縁側で、膝の上にカモくんを乗せ、その柔らかな毛並みを愛おしそうに撫でながら、温かいお茶の湯気にタレ目を細める結。
かつて冷たい雨の中で凍りついていた彼女の心と身体は、櫻庭家の温かな陽だまりのなかで、本来の「ふんわりおっとりとした癒やし系お姉さん」の穏やかな笑顔を取り戻していった。
だが、結の脳内スパコンは、その安らぎの陰で静かに、けれど正確に次の演算を巡らせてもいた。
(いつまでも櫻庭様のご好意に甘えているわけにはいきませんのや。私自身の足で立ち、しっかり収入を得て、この街に恩返しをするための『仕事』を見つけなければ……)
第二幕:橘栞弁護士の苦悩と、櫻庭夫妻の紹介
その頃、風花町の麓に事務所を構える『橘法律事務所』では、わずか20代にして年収1.5億円超を弾き出す敏腕弁護士・橘栞が、頭を抱えていた。
「……はぁ……また辞めてしまいましたわ。私の処理速度についてこられる事務員が、どうしてこうも地球上に存在しないのかしら……!」
判例の超高速検索、複雑な登記データの整理、分単位で詰まった過密なスケジューリング。栞の超人的な仕事のテンポと一切の妥協を許さない要求水準に耐えかね、採用した事務員やパラリーガルたちが次々と悲鳴を上げて辞めてしまっていたのだ。
愛犬のコーギー(ぷりんとちび)を膝に乗せて撫でながら、栞は深い溜息をついた。
そんなある夜、栞は疲弊した脳を休めるため、『Bar風花』の重厚なオーク材の扉を開けた。
「こんばんは、美和様、天さん。……今日も美味しいモクテルをいただかないと、私の脳が疲労でパンクしてしまいそうですわ」
アンバー色の照明が満ちるカウンターで肩を落とす栞に、美和はバカラの美しいクリスタルグラスへ手際よく仕立てた色鮮やかなモクテル(ノンアルコールカクテル)を静かに差し出し、ふんわりと微笑んだ。
「お疲れ様、栞さん。……ねえ、栞さん。信頼できる、飛び切り優秀な右腕を探しているのだったかしら?」
「ええ……。私の出す指示を正確に理解し、先回りしてデータを揃えてくれるような優秀な方がいれば、年収1,000万円でも2,000万円でも喜んでお支払いしますのに……」
すると、カウンターの端でルポの原稿を書いていた天が、眼鏡の奥の目を優しく細めて声をかけた。
「それならね、栞さん。いま僕たちの家に、まさに栞さんの完璧な相棒になれる素晴らしい女性が居るんだ。明日、一度事務所で会ってみないかい?」
第三幕:0.1秒の衝撃と、最強コンビの誕生
翌朝。橘法律事務所の扉を叩いたのは、上品なネイビーの服を身に纏い、ふんわりとした柔らかい笑顔を浮かべた結だった。
「初めまして、橘先生。櫻庭様のご紹介で伺いました、一条結と申しますえ〜♪」
栞は眼鏡をくいっと持ち上げ、おっとりとした京言葉を話す結を少し疑わしそうに見つめた。
「……初めまして、一条さん。天さんと美和様のご紹介とはいえ、私の事務所の業務は極めてハードですわよ? 最高裁の複雑な判例の検索から、土地境界の膨大な地籍図の照合まで……」
「あ、橘先生。栞先生が現在進行形で頭を抱えていらっしゃる、あの『土地境界確定請求事件』の件ですねぇ?」
結はふんわりと微笑んだまま、間髪入れずに言葉を継いだ。
「該当する条文は民法第229条および不動産登記法第123条。判決主文の要旨、および関連する高裁判例3件の番号と要約データ、それから風花町役場から抽出した過去30年分の該当領域の地籍図照合結果……はい、こちらに全てまとめましたえ〜♪」
トトン、と結は鞄から綺麗にインデックス化された資料を取り出し、手際よくデスクの上に置いた。
栞の問いかけから資料提示までの反応速度、わずか0.1秒。
事務所の扉を叩く前に、栞が抱える課題と必要な判例、脳の疲労度までを完全計算し、すべてを完璧に準備して持参していたのだ。
「〜〜〜〜〜っっ!?????」
栞の目が、大きく見開かれた。
完璧な判例暗唱。光回線の検索エンジンすら遥かに置き去りにする情報抽出速度。そして、自分が「次に何を要求するか」を完璧に予見した先回りの資料作成。
「あ、それから栞先生。脳の糖分が不足しているようでしたので、風花堂さんの焼きたて『福餅』と温かいお茶も用意しておきましたよぉ〜♪」
結はそう言うと、鞄からマイボトルと竹紙に包まれた温かい福餅をそっとデスクの端に添えた。
「……あ……貴女、何者ですの……!?」
栞の手から高級万年筆が滑り落ちそうになる。
これまで出会ってきたどんな優秀な法曹関係者やパラリーガルとも次元が違う、文字通り「歩くスーパーコンピュータ」の存在。
「ふふっ、ただの事務員ですよぉ。……栞先生、私を先生の右腕として使っていただけますか?」
結が可愛らしくタレ目を緩めて深々とお辞儀をすると、栞はハッと我に返り、唇の端を歓喜に震わせて笑った。
「……使っていただけますか、ではありませんわ! 貴女のような方を逃したら、私は一生後悔します! 今すぐ最高額の報酬で契約を結びなさい、結さん……!!」
こうして、美和と天の引き合わせにより、「橘栞(1.5億円の論理の鉄壁)」×「一条結(歩くスパコン&ジークンドーの絶対防壁)」という、風花町どころか日本法曹界史上最強の弁護士&VIPパラリーガルコンビが誕生したのだった。
【あとがき】
いつも『Bar風花』ならびに外伝『一条山開墾記』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
今回は、結さんが風花町で大切な居場所を見つけ、そして橘栞先生という一生の相棒と巡り合うまでを描いた閑話をお届けいたしました。
櫻庭家で丁寧にとられた出汁の香りに包まれ、縁側でお茶を飲みながら少しずつ心を取り戻していく結さんの表情。
そして、境内からひょっこり現れたカモくんとの愛おしい出会い。
そんな和やかな暮らしの陰で、持ち前の超並列演算脳を静かにフル稼働させ、面接の瞬間に0.1秒で完璧な資料と福餅、さらには温かいお茶まで差し出す結さんの無敵ぶりは、書いていてもスカッとする大好きな場面です。
妥協を許さない栞先生が万年筆を落としそうになり、「今すぐ最高額の報酬で契約を結びなさい!」と叫ぶシーンは、まさにこの最強コンビの華々しい出発点。
お互いの圧倒的な実力を認め合い、一瞬で絶対の信頼関係を結んだふたりの絆を感じていただけたら幸いです。
もし「このふたりの出会いにスカッとした」「カモくんとの縁側にほっこりした」と感じていただけましたら、作品ページ下部の【★で評価】やブックマーク、温かい感想などを残していただけますと、次の執筆への大きな原動力になります!
これからも結社長や三人娘、そして風花町のあたたかな仲間たちの歩みを、優しく見守っていただければ嬉しいです。
天照(Bar風花)




