箒で空を飛ぶ馬鹿 ~ちょっぴり先の話~
パトロール中に、地上を爆走する一台の流れ星を見つけた。暴走族よろしくぶんぶんぶんぶん嘶いている。お一人様だけど。
「おやぁ、アレは目測……ふむ、百四十ってところだな」
黄色い街灯に照らされる幹線道路を、ぶっ飛ばす赤いバイク。
「モナコモンテカルロじゃないんだから」
長い髪を指でかき背中側に追いやる。姿勢を低く、箒の先端を沈ませる。
蒼のマントがバタつき、柄を握る革手袋がきゅっと音を鳴らす。わたしもわたしで箒で空をぶっ飛ばし、進路上に先回りして高度を下げた。
車が来ないのを確認して、隣の車線で待ち構える。ぶぅぅんという甲高い音が、徐々に、徐々に近づいてくる。頭の中でレースフラッグをイメージして、3,2,1,GO! と急加速。
「ふへへ、ちょっと驚かせてあげよっと」
左手を掲げて、光の魔法で赤いランプを作り出す。最初は光量控えめにして……よし出来た。
そんなことをしていると気づいていないのか、人がいるはずがないと現実逃避しているのか、バイクは真横を通過していく。
一気に光量を上げる。赤いランプをくるくる回す。「うーうー」とサイレンの声真似をしてみる。これは聞こえてるはずもないけど、わーわーやりながら、バイクのお尻を追いかけた。
「そこのバイク止まりなさーい、逮捕しちゃうぞ☆」
するとそのライダーさんはバックミラーをちらっと確認して、減速するどころかむしろ加速を始めた。ぎゅるるるとエンジンが猛烈に吹け上がり、無人の幹線道路が爆音に包まれた。
あやつめ逃げるつもりか。そうはいかのなんとやら。
身体を低く、前傾姿勢になって、ターボエンジンでもついてるみたいにこちらも猛加速。体感三百キロでゴーストレート。負けじとライダーさんも加速を続ける。
しかし空を飛ぶこちらに地の利があったようで、やがて追いついて並走する形になった。
口元に手を当てて
「こんばんはー、お急ぎですかー?」
風圧に負けじと呼びかけた。
ライダーさんはちらっと様子をうかがって、すぐに視線を戻して、けれども身体を直立させたかと思うと、またこっちを見た。うわ完璧な二度見。
ヘルメットの中で、両目がまんまるに見開かれている。
魔法で止めようか、と思ったら、遠くに見える信号が赤に変わって、ライダーさんは急ブレーキをかけた。きぃーと鳴らして、少し後輪を滑らせながら停止線をややオーバーしてバイクは止まった。
ライダーさん、その真面目そうなお兄さんは、わたしを見て目をパチパチさせていた。
「こらー、いくら夜中だからってあんなに飛ばしてたら危ないよ」
お兄さんはなぜかヘルメットを脱いだ。唖然とした表情のまま、口が動く。
そして
「……夢か」
とつぶやいた。
「残念、夢じゃなくて現実ですからー。かわいい魔女っ子じゃなくて、本物のおまわりさんだったら免許証無くなってたよ? てかさ、それどころか命だって危ないんだから」
お説教してあげてるのに、お兄さんはぼーっとしている。信号が青になっても、発進しようとしない。
「え……あ、マジ? 俺に会いに来てくれた感じ?」
「は?」
なにを言ってるんだろうかと思う。お兄さんは頭を掻きながら、こんなことを言い出す。
「連絡先、交換しない? あー、いいやいいや、それは違うもんな。ねえ、名前は? 魔女ってほんと? 首輪は? どこ住み? 俺さ、いっつもここら辺走ってんだけどさ、ぶっ飛ばしてたら、また来てくれる?」
にっこりと、笑ってあげた。スマホを取り出して、電話をかける……真似をする。
「──あ、警察ですか、実は暴走バイクが一台。はい、はいそうです、よろしくお願いします」
スマホをしまう。
睨みをきかせて、お兄さんに言ってあげる。
「早く逃げなよ、次同じことしてたら、警告無しで通報するからね」
「ま、魔女も、スマホ使うんだね、公権力も」
「そういうこと。じゃ、安全運転でね、ばいばーい」
手を振る代わりに、赤色灯をくるくる回して空に上った。
お兄さんは口を開けて見送って
「絶対来てくれよなー! 天使に会えるなら警察なんてどうでもいいぜー!」
と手を振っていた。
「……懲りない人」
本当に通報しようかなと思った。
箒で空に上がり、火照った息を吐いた。
「ま、本当はお巡りさんとは仲良くないんだけどね」
公権力は敵。わたしを見つけたら、暴走バイクなんて無視して追いかけてくる。
捕まったら、投獄? 監禁? 死刑?
わかんないけど、まあいいや。自由に飛べるのは、わたしの特権だもんね。
「ようし、もういっちょ正義しちゃいますか!」
箒を沈めると、青い粒子が輝いた。
「見たかー、真藤はるかは魔女をやってるぞー!」
今のわたし、夢見てたわたし。
はじまりはいつだったっけ。
確か、あの日だったか。
椅子に縛られてビデオ見せられた視聴覚室。
苦くてマズイ、思想教育用の薬の味。
そう、あれはまだわたしの力が弱かった頃――




