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15 潜入調査

 ガブの話を聞く前に俺も風呂に入り汗を流して、一旦朝食を用意する。

 ガブも朝食を食べていないというのでガブの分も。

 内容は軽く焼いたトーストに、目玉焼き、ソーセージ、ベイクドビーンズ。

 実に一般的な朝食だ。

 俺はベイクドとは名ばかりの甘辛く煮た豆をスプーンで掬ってトーストに乗せ一口かじる。


「で、俺に話って?」


 対面に足を組んで腰を落ち着けたガブに尋ねる。

 俺と同じくトーストをもぐもぐしていたガブはしっかりと飲み込んでから口を開いた。


「んっ、ルーくんさあ、あたしの傭兵隊入らない?」

「入らない」

「即答!?嘘でしょ!?」


 逆に言下に断られないと思っていた方がびっくりなのだが。


「ああ、分かった。あたしの下につくのが嫌なんでしょ?」


 お、分かっているじゃないか。

 まったくもってその通り。

 こいつの下につくなんてどんな無茶、無理難題を吹っ掛けられるか分かったもんじゃない。

 なにを隠そう、魔王討伐の旅でガブの提案する強行軍を一番強く反対して止めていたのは俺だ。


「その辺は大丈夫だよ。ルーくんはあたしと同じ地位として迎えてあげるから。形としては副隊長としてだけど、別にあたしの命令を聞く必要はないよ。顧問アドバイザーみたいなもんだよ」

「……余計嫌なんだが」


 なにその大した実績も責任もないのに口だけ出して金を稼いでいるような取って付けた役職(偏見)。


「どうして!?このあたしとまた一緒に戦えるんだよ?」

「絶対反感買うじゃん俺。嫌だよ俺。何あいつ?ぽっと出で副隊長になりやがって、その赤い髪ケチャップまみれにしてやろうか?……とか陰口叩かれるの」

「うちの子たちはそんな陰口なんて言わないけどなー。もし、不満があるなら多分正面から言ってくると思うよ」

「正面からケチャップまみれにされるの?」

「ケチャップまみれにはされないと思う」


 言いながら、ガブがベイクドビーンズを俺のお皿に乗せてくる。

 そういえばこいつ豆系嫌いだったな。


「どっちにしろ、俺はお前の傭兵団には入らないよ」

「えー、どうしても?」

「どうしても。大体、なんで俺なんだよ。ハンスとかペトラ誘えよ。いや、ハンスは無理か」

「番長は騎士団の運営で忙しいし、トラちゃんは凱旋の後いつの間にかいなくなってたじゃん。ルーくんってトラちゃんの故郷ってどこか聞いてないの?トラちゃんってルーくんに一番懐いてたでしょ?」

「どこ情報だよそれ。知るわけないだろ」


 七年一緒にいたが、ペトラに関して知っていることはほとんどない。

 あいつは秘密主義すぎるのだ。

 知ってることと言えばあり得ないくらい魔力量が多いのと、あり得ないくらいトマトが好きなことくらいか?

 ちなみに、ガブが言ってる番長とはハンスのことだ。

 ハンスが学園に通っていたころ学園で番長と呼ばれていたという話を一時期ガブがいじりにいじっていつの間にかその呼び方が定着していた。あの時のガブは当事者じゃない俺から見てもクソうざかったのを覚えている。


「まあ、どっちにしろトラちゃんや番長を誘うつもりはないよ。久しぶりに会いたいとは思うけどね。あたしはルーくんだから誘ってるんだよ?」

「俺が突っ込んでもか?」


 戦闘で俺が突っ込みがちだったのは自覚はあるのだ。

 個々の戦闘では俺が突っ込み、ガブがフォローする。戦術面ではガブが先走り、俺が諫める。あの頃、ミクロとマクロで俺とガブの役割は真逆だった。


「前線で戦うのに及び腰になる前衛よりは100倍ましでしょ。何だかんだ言って、ルーくんは全体が見えてるからやり易かったしね」

「まっ、どっちにしろ無しだ」

「あら、残念。じゃあ、うちの傭兵隊に入らなくていいからさ、今度の仕事手伝ってよ」


 さほど残念がっていない口振りのガブは俺のソーセージにフォークをぶっ刺し自分の口へと持っていく。


「……なんでお前俺のソーセージ取ったの?」

「ベイクドビーンズあげたでしょ?対等な交換だよ交換。なにかを受け取ったならなにかを返さなきゃ」

「なるほど」


 そうか、交換か。……交換?本当に対等な交換かこれ?


「で?どう?」

「断る」

「断るのを断る。だって、あれやってんでしょ?なんだっけ?セクシャルどんなおかずでもイケる元勇者みたいなやつ」

「レンタルなんでもする元勇者だ!」


 それはただの変態だろうが!

 食事中に急に下品な下ネタぶっこんでくるのやめろ!


「まあまあ、なんでもイケるからってそんなに興奮しないで」


 ……今すぐつまみ出していいかこいつ。


「そのレンタルなんでもする元勇者ってやつをやってるからには、なんでもしてもらわないと」

「……依頼料は要相談だぞ」

「イエルナ金貨2枚でどう?」


 ほう……。


「内容次第だな」

「潜入調査」

「潜入調査?」


 傭兵が?意外だな。


「そっ、反魔族派テロ組織の疑いのある組織があるんだけど、確実な証拠はないの。だから、その証拠を掴みたいんだよね。潜入調査だから少数精鋭で行きたいんだけど、うちの部下じゃちょっと不安っていうか。一緒に潜入調査するなら今副隊長やってる子なんだけど、潜入調査場所に性格が合わないっていうか……。まあ、そこで実力があって、あたしとの連携も問題ないルーくんの出番ってわけ」


 潜入調査場所に性格が合わない……?なんだそれ。

 いや、それより、話を聞いていると益々傭兵が受ける仕事じゃないだろこれ。


「なあ、一つ聞いていいか?なんでお前のとこの傭兵隊にこんな仕事が回ってくるんだよ」

「あー、それを説明するのはちょっと複雑なんだよねー。まあ、端的に言えば、警察でできないから外部の人間にお願いしちゃおうって感じ」

「なに?警察って潜入調査できないの?」

「出来なくはないけど許可が降りるまで時間がかかるの。そんなもの待ってたらグローリア騎士団に先越されちゃうでしょ?」

「ああ……、功績争いか……」


 警察とグローリア騎士団は表向き協力関係にあるが、その実相当溝が深いらしい。

 国直属か民間かの違いだろう。

 そもそも元来魔術大国ミリシアには真面な治安維持機関が存在しなかった。もちろん、全く存在しなかったわけではない。”真面な”治安維持機関が存在しなかっただけで、”真面じゃない”治安維持機関は存在した。監護役と名のついたそれは王家によって命じられた貴族が一年ごとに交代で行うものだったが、その立派な名前に反して何か褒章があるわけでもない、王に命じられただけの役職に責任感が生じるわけもなく、また、任期が一年なのでノウハウが育つ土壌も存在しえなかった。結局、形だけの役職と成り果て、最終的には治安維持どころか賄賂や汚職の温床と化していたらしい。

 その現状を憂いたのが、魔王討伐を成し遂げ帰還したハンス・ホーベルク=ブーフヴァルトだ(ハンスの性格的に本当に憂いていたかは怪しいところだが、少なくとも世間的にはそういうことになっている)。

 ハンスは勇者としてのカリスマ性を遺憾なく発揮し、グローリア騎士団を発足。有志の集まりを統率し、僅か二年で闇夜に現れては賊を討ち、昼の広場では子供たちに笑顔を見せる「正義の象徴」として躍進させた。

 それに危機感を抱いたのが国王であり、議会だ。

 公的機関ではない組織が治安を維持し、市民の信頼を勝ち取っている状況、これを改善すべく正式な警察組織を創立。

 警察としてはグローリア騎士団は目の上のたんこぶ。

 グローリア騎士団にとっては警察は後追い組織であり、自分たちが治安を維持してきたという自負がある。

 功績争いが勃発するのは必然だった。


「まあ、そういうことだねー」


 頷きながら食後のタバコに火をつけるガブ。

 それから、深く吸い込むと、目を細めてこちらに紫煙をふうと吹きかける。

 白い霧がゆらゆらと俺の顔の前を漂う。


「どう?受けてくれる?」

「いや待て。だめだろ警察が外部の人間に潜入調査なんて依頼したら、秘密保持どうこうはどうなってんだ」

「何言ってるの?あたしたちがたまたま組織内で犯罪が行われていることを知ったから警察に告発するんだよ?」


 という建前らしい。

 まあ、俺は清濁併せ吞めないほど、正義感が強いわけでも、厳格でもないからこれ以上ツッコむのはよそう。

 俺にとってはそれよりも依頼条件の方が切実で大事だ。


「ちなみに、それって拘束期間どれくらい?」

「証拠を掴めるかどうか次第だから分かんないけど、最短一日、長くても一か月はかかんないんじゃない?」


 それでイエルナ金貨2枚か。割がいいな。


「……分かった。受けるよ」

「決まりだね」


 右手をこちらに差し出すガブ。


「じゃあ、これからよろ――」

「待った」


 その手を握ろうとして、待ったがかかる。

 居間の扉から姿を現したのはティ姉だ。


「ティ姉?」

「大体話は聞いていた。ガブリエル、イエルナ金貨2枚は少ないんじゃないか?」

「どうしてティ姉?普通に働けば4か月くらいかかるお金だよ?一か月もかからない、下手したら一日で終わる依頼としては高いくらいだと思うけど?」

「反魔族派のテロ組織なんて取り押さえたら大手柄も大手柄だ。そんなもの警察側からしたら喉から手が出るほど欲しい功績。ガブリエル、お前警察からいくら貰った?私の予想だとイエルナ金貨10枚は貰っているだろ。じゃあ、もちろん折半すべきだよな?」

「憶測で話進めないでよティ姉。さっきセクハラしたこと根に持ってるの?金貨10枚も貰ってないよ」

「その反応、10枚は貰ってなくても8、9枚は貰ってるだろ。それなら、イエルナ金貨4枚と大銀貨5枚だ」

「だから、そんなに貰ってないって。それに仮に貰ってたとしてもこっちは傭兵隊を維持するのに費用が必要なんだから」

「傭兵隊の維持はそっちの事情でこの依頼には関係ないな。というか、どうせこの潜入調査の実働ってのはお前とこいつの二人なんだろ?だったら傭兵隊を持ち出すのはそれこそお門違いだろ。ということで、イエルナ金貨4枚と大銀貨5枚だ」

「……はあ、分かった。……イエルナ金貨4枚までなら出してあげるよ。ティ姉の顔に免じてね?ほら、あたしって優しいから」

「……いいだろう。4枚だ」


 いつも自分の顧客相手にやっているんだろうと思わせるティ姉の見事な交渉術。この2分間で報酬が倍になった。

 しかし、勘違いしちゃいけない。

 決してこれは俺のためにやってくれたんじゃない。


「じゃあ、増えた2枚分は私が貰うからガブリエルから報酬払われたら持ってきてくれルーカス」


 ほらね?


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