過去1
18歳の私は、「オトナ」にはまだ未熟な、かといって子どもでもない、曖昧な線を歩いていた。今思えば、自由と時間を手にした飛ぶことのできない雛のようだ。上を見るも羽ばたくことはできない、そんな焦燥感と期待を交互に目に光らせていたと思う。
中高生の時は、恋愛にあまり興味がなかった。恋愛というトピックには関心を抱いたが、そこに自分自身を当てはめることはなかった。進学校に通っていたことも相まって、色恋に全く縁がなかった。大学入学時点で経験値0の私は、たちまち花舞う青春の香りにクラクラとし、周りに出遅れないことを目標とした。
そんな時出会ったのは歳が3つも離れた先輩で、大人な男性に愛されるかもしれない、という高揚感がそのまま恋心となった。あとから思えば、その先輩は自分の交友関係から少し離れた後輩に手を出し、のらりくらりと躱しながら後腐れない関係を築きたかったのだろう。そして私も、彼が周りからの評判が良くないことを知りつつ、自ら罠にはまっていった。初めて与えられる感覚や満足感に、それが正しい物だと自分に言い聞かせ、経験を積み重ねた。冷たくされ、そっけない態度を取られても、繰り返し愛を伝えたら彼はやがて「付き合う」という縛りに同意し、私は初めて恋人ができた。
間違いなく最低な男で、今でも一発殴ってやりたいくらいの人間だったが、彼に「恋」をしていた時間が一番夢をみていたかもしれない。ふとした優しさや特別感、深夜の長電話や手を繋いだ時の感覚が、全て新鮮で目まぐるしかった。
ある日喧嘩をした。理由は覚えてもいないが、些細なことだったと思う。「距離をとる」という常套句で自分の高ぶる感情に区切りをつけた私は、それでも彼が自分のことを愛していることに疑いはなかった。だが私より恋愛を多く経験した彼にとって「距離」とはそんな甘いものではなかった。
喧嘩して、頭にもやがかかったように何をしても頭の片隅で彼のこと考えていたが、大学祭の当日であったため、忙しさで気を紛らわすことができた。出店屋台の売り子としても参加し、大学祭という一大イベントに身を投じていた私の耳に、噂が流れてくる。「あの先輩、女の人連れてきてるらしいよ」「先輩、彼女さんかな」「いきなり彼女連れてくるなんて大胆だよね」後ろを振り返ると、子犬のように他の女性の隣で尻尾をブンブンと振っているではないか。しかも、屋台の食べ物をおごっている。私はあえて興味ないです、といったふりをして、少し離れたところで友人達と無駄に盛り上がってみせた。
彼とその女性がその場を離れたあと、「あの先輩、彼女でたんだ」「遊んでるイメージ」だけどな、
と噂がまた再開する。彼にきつく自分との関係は周りに秘密にしろと言われていた私は同調する他なく、頭だけがぐるぐると回っていた。小雨が降り始め、中に入って展示物をみよう、と同期の子たちが動き始めた。飲み物を買うからと、自分は少し遠くの自販機まで歩くことにした。
同期の子たちの喧騒から離れ、独りになった途端、ずん、と心臓が固まった。心臓は切り離され、お腹や腸、子宮を通りそのまま地面に落ちたような気がした。黒く硬い心臓は、私の足の間で静かに雨に濡れ、静かに私を見上げる。そして腐っていった。




