〈第10話〉敵か味方か
「ゴホン…とりあえず、さっきの質問の続きからだな?」
「いやいや、よくあんな大騒動手前まで行って淡々と始めようと思いましたね!?僕らからしたら一瞬本当にこの世の終わり見えたんですからね!?」
特に何の捻りもなく再び僕らに対しての質問が始まろうとしたため、ギリアに対して思わずツッコミを入れる。
しかし僕が何か言っても周りの古城の術印使いたちは、もう反応せずにグッタリとしきっていた。
僕らがこの古城に来てから様々なことがあり過ぎた。
「はは…僕らからしたらこれが当たり前の光景なんだよね…?ギリアさんとフィリアさんの言い合いはいつものことだから僕ら自身あまり気に留めないんだよね…?でも今回は僕も術印をふんだんに使ったからね…ちょっと疲れたかな…?」
あの優しく輝かしい笑顔が売りであろうシャゼルが疲れ切った表情のままで僕たちに対して説明をした。
今のような騒動がこのメンバーが集まるたびに起こるのならば、確かにシャゼルの立ち位置は一番大変なものになっているのであろう。
「我から見ても、どんな風にしていればいいかよく分からない時間だったな?…とりあえずは貴様がいればある程度はあの騒動の滑り止めになるということ、そして古城の術印使いたちは皆やはり我の想像以上の力を持っていることは確認できたな…?」
「確かに、この古城内の力関係が目に見えて分かったね?実力で言ったら他の人の態度的にギリアさん、そして多分フィリアさんとリリスがこの中でもずば抜けているのかな?でも普段の生活面から見たらフィリアさんとシャゼルがこの中でも隔てなく、いろんなことを言える立場なのかなっては思ったよ。」
「カッハッハ!呪霊だけでなく禁忌、お前も面白いことを言う奴だな!確かに実力はこの私が一番と言っても過言ではない!…だが、私の愛娘のリリスにも目をつけるとは流石は禁忌の長というだけあるな!」
「……チッ…」
「(おっと?ギリアさんは強制排除ですか…?)」
僕の予想に対してフィリアは机を袖で叩きながら笑う。
声の調子には変化が見られず、一人だけ陽気で本当にどこか掴めない様子のままである。
しかしながらリリスを『愛娘』と言っている辺り、やはりただ物事を楽観視している人物ではないらしい。
「…さてさ〜て?それでは年長者だけでなく私からもいくつか質問をさせてもらおうか!…まず初めに禁忌、呪霊よ…『お前たちの名は何という』!?」
…そして、本当に…行動が全く読めない…
「…えっと…ん?それだけですか?その…他に諸々のこととかは…?」
「ああ…まずはそこから聞くのが普通であろう!?私は誰かを呼ぶときは名で呼ばないと気が済まないのでな!ほらほら、早く名前を言うんだな!」
フィリアは自分なりの価値観を持っており、それを曲げないで生きているいわば『自由人』である。
だがその価値観が他人とは少し『ズレている』のが、このフィリアという人物である。
その証拠に現在僕らに最初に要求したのは『名前を教える』ということであり、長い目で見ても明らかに必要ないと思えてしまう要求である。
「把握しているとは思うが…我の名はウルネリスだ。……いや、こんなこと聞いてなにか意味はあるのか?」
「なーに、言ったはずであろう?私が今知りたいのは名前だとな。ほれほれ!禁忌の方はどうなんだ?」
「いや、名前くらいならあなた方全員知ってると思うんですけど…?まあそれじゃあ…僕の名前はヴォルティート…いや、ディオスだったか……で……あっ…」
名前だけを言っただけだが、何故か口元が意思とは関係なく動こうとしていた。
何をされているのかは理解できたが、その意思とは別に口元が勝手に動き始めた。
「…禁忌の術印使いで術印の色は赤。使うことができる術印は『崩落』、『殺戮卿』、それから…」
「いや、待て!もしかして今自分が持っている術印全部言おうしたか?…別にそこまで言わなくてはいいんだぞ?」
僕が術印を話している途中でアベルが横から口を挟んできた。
…しかしこれは自然と口から出て来たもの…ここで目の前にいる人物が『フィリア』だということを改めて認識させられた。
「いやいや、違うって!これは僕の意思とは関係なしで勝手に動いたわけで…」
僕がそう言いかけるとアベルを含め他の術印使いは何か察したかのようにフィリアの方を見たが、当の本人は机を指で一定間隔で叩いている。
しかしギリアが「おい、まさか…」と言いかけるとその動作をやめて僕の方を見てきた。
当のフィリアは仮面の下で何となくだが、ニヤついている表情をしているのが想像できた。
「カッハッハ!やはり物は試しようだな?私はいつも言っているはずだぞ?『自分の目で見ない限り物事を判断したくない』…とな?!ククッ、まあ全員死なないように気をつけるんだな!」
「おい!これはいくら何でも急すぎ…」
そうフィリアが言った瞬間に意識が霞かかったように一瞬に覆われて朦朧としてきた。
頭の中に何か異物が入ってきているような感覚に陥る。
似たような光景を思い出すとすれば、炎天下の中を走り続けた後に感じる気持ちの悪い違和感に似ていた。
「う……ん…?…あれ…」
…しばらくその感覚が自分の中で続いていたが一瞬の夢から覚めたように気がつくと再び景色は古城の中に戻っており、あの不快感も消えていた。
しかし、明らかに先程より古城内の空気は変わっていた。
「どーだ?これで証明はされたのではないか?カッハッハ!禁忌はもう本当に殺しを行うつもりはないらしいな?やはり私の術印はかなりよいものではないか?どうだ?皆のものよ?」
何かが割れて壊れるような音が聞こえ、白昼夢から目が覚めるような感覚を覚える。
気がついて最初に目に入ったのは、頭の後ろに手を組んで椅子を揺らしているフィリアであった。
目の前にいる古城の術印使いたちは再び緊迫した表情を作ってこちらの顔を覗き込むようにして見ていた。
しかし、僕が目を覚ましたのと同時にその表情は崩れて、安堵の声を漏らす者やため息をつく者で溢れ返った。
「…フィリアさん!本当に術印を使うときは僕らにも分かるようにしてくださいよ!?また僕らにも被害が来る可能性もあったんですよ!…って言うか、貴方が急に厄印にもその術印を使うのはやめてください!」
「カッハッハ!元気になったではないか、青二才!お前はヴォルティートを信用して共に行動してたんだろ?!それならばこの程度のことで喚く必要もないだろう?」
「…フィリアさん。…確かにそうですけど…フィリアさんの術印は『本心』を炙り出して行動させるんですからね…?…もしかしたら本当に…この古城が消え去るほどの術印が飛んできた可能性もありますよ…」
「まあ、心配する必要はないんじゃないか?小心者よ?飛んできたらそれはそれで全て年長者に任せれば良かっただろう?」
「たっ…確かにそうですけど…」
「全責任を俺に任せようとするな!お前は術印を使うのはともかく、とりあえずその『透明化』させるのだけは本当にやめろ…!こっちからすれば『仮面が現れるまで見ることができない』んだぞ!?」
「ひあっ…!ご…ごめんなさい…!!」
「…いや…フルドはそこまで怯えなくても…」
僕を置き去りにして会話を続けていくため完全に置いてけぼりの状態となってしまっていたが、アベルがそんな僕を察して目を擦りながら歩み寄ってきた。
「…はあ焦った…お前自身、この騒いでる状況が分かってないだろ?でも多分横を見ればその原因が分かると思う…ほらそこだ。」
アベルは固く笑った後に僕の横にいるウルネリスを指さした。
…確かに周りがこのような状態であるにも関わらず、ウルネリスは口を閉じたままであった。
アベルに促されて隣を見ると、一瞬にして何故周りがざわついているのかについて理解できた。
横に座っているウルネリスの顔にはフィリアと同じような黒色の仮面が被せられており、ウルネリス本人は魂が抜けたかのように全く動いていなかった。
呼吸をしているのかと疑うほど静かになったウルネリスを見ていたが、アベルが横から再び僕の考えていることが分かっていたかのような口調で話してきた。
「これがフィリアさんの術印だ。名前は『道化劇』……はあ…おかげで疲れが飛んじゃったな…」
「これがフィリアさんの…術印?それに『道化劇』って…この世界でも『禁令指定の中でもさらに危険』とされている術印だよね!?…いや、そんな大事なこと僕に言っちゃっていいの?」
「(…やっぱりこれももう知ってんのか…)確かに本来はダメだが…お前が知っていたみたいにフィリアさんの術印は禁令指定の中でも結構名が知れている術印だからな?結局いくら隠そうが確実に後々に絶対バレるんだ。…ギリアさんも結局諦めてるしな…」
「…確かに聞いたことはあるよ。厄印の力に対抗できるほどの力を持つ禁令指定の術印使いがいるってことはね?まさか…それが『信仰者』じゃなくて古城の術印使いだったとはねぇ?」
この世界には三大厄印のほかに危険視されている術印が存在しており、その名も『禁令指定』というものに分類されている術印である。
これは厄印のような『禁忌』や『呪霊』といった正確な分類をするための呼び名は存在しない。
この術印はその名の通り、ある一定の条件下でない限り使用することが禁止されている術印であり厄印を信仰する敵対組織が扱うものとしても認知されている。
だが、この条件というものは古城のように国に属している術印使いに限られた話である。
フィリアはそんな特殊な枠組みの禁令指定の術印の中でも、群を抜いて危険とされている術印を使うことができる。
この術印を使うことができる条件は様々あるが、フィリアには周りに同等に強力な術印を使うことができる人物たちがいるため心置きなく使えるのである。
「確かにフィリアさんのこの術印は禁令指定されているものだ。でもフィリアさんはこの術印を自分が信用したい相手、もしくは絶対に抹殺するためにしか使わないって決めている。万が一暴走したとしても、俺たちが抑止力になるから使用することができている。」
「…でも、条件はそれだけじゃないんでしよ?国に所属する禁令指定の術印には『絶対的な制限』をする必要があるんだからね?あと使うことができるのは、そんな制限をものともしない無法者たちでしょ?」
「いや〜確かにそうなんだけど…フィリアさんにはその制限がないんだ。…まあ、理由は結構簡単でフィリアさん自身がこの術印をほぼ完璧に使いこなしているってことだな。だから他の国の術印使いたちからも結構この術印を使っていても何も言われないんだよな。」
「…さすが禁令指定の中で『唯一の赤の術印使い』だね…?しかも、あんな危険とも言われている術印を思いっきり自由に使っていいなんて…本当に実力は本物なんだね…?」
「…でもフィリアさん自身かなり気まぐれな人だから、いつどのタイミングで術印を使うか分からないんだよな…?今だって突然意識飛んだだろ?…お前に使ったのは数ある力の中でも『思考を強制的に行動に移す』。詳細はかなりややこしいから省くが、お前が俺たちに敵意があるならすぐにでもこっちに襲いかかってきたっていうことだけは言える。」
「はは…だから僕に術印を使った時にあんなに焦ってたんだねぇ?それで、フィリアさんの術印の力は他に一体何…ッ…!?」
僕が質問している途中で背中に痛みが走ったが、一点に痛みが走ったため殴られたか蹴りを入れられたかということだけは理解できた。
しかし、自分の中で問題になったのは『誰に攻撃されたか』と言うことである。
「…!?マズイ…早くそこから離れろ!」
「…うっ…これは本当にまずいね…!」
「はあ…だから急に術印を使うなと言ったんだ…!こうして逆にこっちの反応が遅れるんだぞ!」
他の術印使いたちの声が古城内で反響しながら広がる。
振り返ると先程まで空っぽのようになっていたウルネリスが獣のように四つん這いになり、明日の背もたれの部分に乗っていた。
呼吸をしている感じは全くなく、まるで空っぽになり何かに操られているような雰囲気を醸し出している。
「マズイ…!ウルネリスはディオスに対してまだ『憎悪』が…!?…早く離れろ!ディオ…」
そうアベルに言われるや否やウルネリスから距離をとったが、それに反応してウルネリスはアベルを押しのけて目にも止まらぬスピードで向かってきた。
流石にこちらもマズイと考え始め術印を使おうとしたがそれよりもウルネリスの拳のスピードの方が早く、目の前までその攻撃が届きそうになっていた。
僕自身完全に拳が顔面にめり込むことを覚悟したが、ウルネリスはその拳を僕に届くギリギリで止めた。
拳の先だけでなくウルネリスの身体全体がプルプルと震たまま動かなくなっていた。
「…嘘?…これってまさか…」
「ハハ、コイツ…まさか私の術印に反抗しているのか?ほぉ〜?ありえないがこの状態になっても耐える者があの年長者の他にもいるとはな?!」
フルドが驚きの声をあげると、それに答えるかのようにフィリアも驚きを隠せていない声のままこの状況を見ていた。
ウルネリスは拳を引っ込めると地面に仮面を打ちつけた。
その殴打は地面を通過することなく鈍い音を響かせて古城内に響いた。
何度も唸り声をあげるウルネリスであったが、近づこうにも今のような攻撃を受けそうであったため、今はある程度距離を取ることしかできなかった。
「フゥーー…っア"ア"ア"ア"ァァッ!!」
「…アベル!これがフィリアさんの術印の力なの!?ウルネリスはどうしたら元の状態になるの!?それと発動の条件は!?」
「解除条件は術印の対象者が自分で解除するしか方法がない!発動の条件は…名前の通り対象にウルネリスが今している仮面を対象につけさせることで発動することだ!力の詳細は僕たちの中でも知らない人の方が多いが、僕らの知る限りの主なこの術印の力のことを説明すると『精神操作』…つまり『対象者を操ることができる術印』になる!」
「…精神操作?じゃあフィリアさんは、この仮面をつけた相手のことを操ることができるってこと?…ということは…別にフィリアさんにお願いすれば何とか元に戻るってことは?」
「…いや、『思考を行動に移す』この術印に関してはフィリアさん自身でもどうすることができな…」
こんな会話をしている間にも突然ウルネリスは再びこちらに掴みかかってきた。
一瞬の出来事であったため僕は身構えることが出来ずそのまま地面に押し倒されてしまった。
首まで伸びてきた両手を掴みなんとかギリギリのところでウルネリスからの攻撃を耐えているが、だんだんと力が強くなっていることが伝わってくる。
「うわわっ!幽霊なのになんでこんなに力が強いの!?(…これは術印が無かったら触れることすら出来ないのかな?)」
「ギリアさん!僕の術印で…!」
「チッ…あの野郎……あとで絶対に締める…!」
シャゼルが椅子を手にとって空中に投げると椅子は形を変えて木製の鎖に形を変えた。
ギリアはそれ手に取ると鎖はギリアが触れたところから黒く変色していった。
そして目で捉えることができないスピードでウルネリスに鎖を巻きつけると一気に僕からウルネリスを引き剥がし、そのまま暴れようとするウルネリスをガッチリと脇腹に抱えた。
「コイ…ツ…そんなジタバタ動くな…!」
「…はあ、危なかった…もう少しで本当に首根っこを掴まれてたよ〜…」
「本当にギリギリだった…それにしてもさすがギリアさんとシャゼルさんのコンビネーションですね…?一瞬にして呪霊の術印使いであるウルネリスをこんな行動不能まで追い込むなんて…」
「本来なら僕のところをアベルにやってもらいたかったんだけどね?…とりあえずギリアさん、ウルネリスのことどうしますか?」
「あのバカが勝手にしでかしたことだから、本当はあいつにどうにかしてほしいが…こうなった以上呪霊自身がどうにかするしかないからな……全く…本当に厄介な術印だな…!おら!」
ギリアはそう言うと鎖に縛られたウルネリスを空中に投げ上げた。
すると鎖は天井にぶら下がっているシャンデリアに絡み、そのままウルネリスは宙吊りとなった。
ウルネリスは変わらず僕の方をみて縛られても尚こちらに向かって来ようとじっと見ている。
「…改めて聞きますけど…フィリアさんの術印である『道化劇』。他には一体どんな力があるんですか?…というかフィリアさんとリリスは?」
フィリアにこのようになった詳細を聞こうとしたが、肝心のフィリアと正面に座っていたはずのリリスの姿がそこにはなかった。
「くっそ…!あいつ…またリリスを連れてどこかに行きやがったか…!…仕方ない…俺たちで説明をするか。とりあえずアベル、フルド!…なんとかお前たちで探してきてくれないか?探索はお前らの得意分野だろ?」
「僕は大丈夫ですけど…アベルはもう結構、疲れが溜まっています。軽く押しただけでも、多分倒れてしまいますよ…?」
フルドがそう言われアベルの方を見ると本当にすぐにでも倒れそうなほどフラフラになっていた。
それを見てギリアがため息を漏らすとフルドを正面から見て話し出した。
「…頼む…おぶっていってもらえないか?」
「はは…でも確かに…二人の方が多分すぐに見つかると思うのでそうします…」
そう言うとフルドはアベルのことを背中で抱えると軽々とした足取りで階段を登っていった。
姿が完全に見えなくなったところでギリアとシャゼルが僕の方を見て話し出す。
「はあ…もうあのバカが自分から術印を使ったなら、お前にも隠す必要はなくなったな?…フィリアの術印の能力はアベルが言ったように『精神操作』に近いものだ。この術印は発動した対象に仮面をつけ、その対象者の『感情の動くがまま』に死ぬまでさせると言ったものだ。」
「感情の…動くがまま?」
「そう…術印の対象者がこの術印を受けたときに持っている『誰かに対する殺意』によって対象者を動かすのが一つの能力だよ。この子はどうやらまだ君に対して心のどこかに殺意があったらしいね…?でも抵抗してくれて助かったよ。本来なら加減をせずに殺意の対象を本気で消しに来るからね…」
今聞いたことを簡単に解釈すると、この仮面をつけさせられると自分の殺したいと思っている相手を永遠に攻撃し続けると言ったものなのだろう。
しかし…この術印の本当に厄介なところはやはり、このような精神操作の能力がまだ他にもあると言うことなのだろう。
「なるほど…だから僕にこの術印が使われた時も全員焦っていたんですね?でもこれは僕自身別に驚くべきことではありませんよ。僕自身、これくらいじゃ足りないくらいヤバいことを先祖たちはやらかしているのは知っていますしね?ウルネリスを助けた時、本当に僕に対する殺意が消えたとは言い難かったですし。」
そう言いながら僕は見上げながらウルネリスに近づいていく。
向かい合って見ると、不思議と黒色の仮面の奥でこちらをどういう表情をしているのかが分かった。
なんとなくだが…どこか悲しさがあるものであると自分の中で解釈してしまった。
「この術印…力ずくで剥がすことってできますか?」
「正直無理だな。壊せたとしてもこの術印は対象の心を写しとったようなものだ。…この仮面を壊したとしても、術印の対象者の心を壊すということになるな。…これも厄介な所だな…」
「うーん…どうしたら良いのかな?僕の術印は痛みつけることにしか特化していないから完全に使い物にならないね…」
呪陣を使うことができれば正直この世界の術印の力を全て消すことは難しいことではない。
しかし、罪人の本体がどこにいるのか分からない状態かつ、この呪陣の反動で当分行動に支障をきたす可能性もあるため迂闊には使えなかった。
「本来はどうしたら外れるんですか?もちろん、殺意の対象を殺さないで済む場合ですけど。」
「これは呪霊の心の中にある憎悪を鎮静化なせない限り、この仮面が外れることはない。だからこいつ自身がどうにかするしかないが……まあ実際、そろそろだな?何故か呪霊は禁忌でお前に対してそこまで憎悪の感情を抱いてなかったからな?」
ギリアがそう言いかけた時に不意にウルネリスの顔を覆っていた仮面に音を立ててヒビが入った。
これはおそらく、ウルネリスが自身の中にある憎悪を消したと言うことなのだろう。
「やっとか…これで安心はできるな?」
「ふふ、でもこれでも結構早いほうじゃないですか?やっぱり厄印の術印使いたちは結構肝が座っているんですね。」
「…ということは本当に?」
ギリアとシャゼルが立て続けにそう言うと、鎖が空中に溶け込むように消えていきウルネリスが地面を通過した。
そして顔を出すのと同時に黒い仮面は完全にバラバラに砕け散り、瞳を閉じたウルネリスの顔が現れたが、表情には特に変化が見られずにいた。
「おお!お帰り、ウルネリス!気分はどうかな?」
ウルネリスの顔を覗きながらそう言うと、ウルネリスは寝起きの表情を作ったままこちらを見つめた。
仮面の力で支配されている間に何を見ていたのかは分からないが、気分が良くなるものではないのはよく分かった。
「…ああ、最悪だな。…とりあえず我が自我を失っている間に何があったのか教えろ。いやな夢を見た気分だ…」
口調も元に戻ったのを確認したところで僕は初めて安堵の息をこぼした。
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「…なるほどな…それは悪いことをしたな禁忌よ。いくらその術印で操られていたといい、完全に意識が飛ぶくらいまでに飲み込まれたのは我の実力不足だな…不甲斐ない…」
「いやー…君は普通にすごい方だよ?フィリアさんの術印に対抗するなんて…今まで見てきた中で対抗したのはギリアさんだけだったから本当に驚いたよ?あなたもそう思いましたよね?」
「…確かに驚いたのは事実だな?あのバカの術印を受けてきたやつはほぼ確定で完全に意識を持ってかれてたからな?」
ウルネリスに対して僕が何があったのかについて説明をしたが、次にウルネリスに対して贈られたのは賞賛の声であった。
僕自身、確かにあの気分が悪くなった瞬間はあまり意識の外の光景がどうなっているのかが分からなかった。
そういうことを踏まえるとウルネリスの強さが伺えた。
「とりあえずはアベルとフルドからこちらに連絡が来るまではこの場所に留まっておけ。…あと一つ『気になること』があったが…」
ギリアの口から疑問の声が発せられた。
しかし僕はこの疑問の詳細が何なのか分からなかった。
「…気になることですか?それは僕らに対してですか?」
「ああ。お前たちと会ってから何か違和感を感じていたが、やっとはっきりした。…特に呪霊、お前はどうやって『この古城を見つけた』?」
疑問は思ったより小さいと感じるものであった。
この答えは単純で単に自分の目に映り、尚且つアベルたちに連れられたからである。
「…どうやって古城を見つけた?…我にはその質問の意味が理解できんぞ?我からしてみれば単純に話を聞き、この古城の姿を捉えたから来たのだからな…」
「うーん…それが僕らからしたらおかしいんだよね?実はこの古城の周りには巨大な結界みたいなものがあるんだよね?そこから厄印や禁令指定の術印使いが結界の内を通ると、森の中を彷徨うようになってその森の反対側に繋がるはずなんだけどね…?近くに古城の術印使いがいればその条件はなくなるんだけど…」
「…あっ…」
シャゼルの言葉によってやっと思い当たることが生まれた。
…が、僕自身このことは正直この瞬間になるまで頭に残っていなかった。
そしてこれは…二人に対して一気に僕の信用を下げてしまうレベルの事実になってしまうだろう。
「あの…それってもしかして…『神木』のことですか?」
僕がそう言うとギリアとシャゼルは一斉にこちらを見つめたてきたが、どちらも何か嫌な予感を感じ取っているような表情であった。
「…ああ、その通りだが…おい、その言い方は…まさか?」
「えっと…あまり怒らないでください?本当にわざとじゃないんですが…神木……『蹴り折っちゃった』んですよね…?」
その瞬間にギリアは心にあったとっかかかりが分かったかのようにため息をつき、シャゼルは困り顔を作って頭をかいた。
「なるほどな……何か違和感があると思ったがこのことだったか…」
「はは…『蹴り折った』って…一体どれくらいの力であったんですかね?確か術印の力を無効化出来るから、本当に力技じゃないと神木にダメージを与えることは出来ませんよね…?」
「いや…まずはこれをどうにかしないとな……おい禁忌!本当にわざとやったわけではないんだよな!?」
「はい!勿論です!…と言いますか…そうなった原因の九割くらい僕の死神のせいなんです!」
誰かに頭を叩かれたような気がしたが、それを気にする暇なく現在僕は今までで一番焦っていた。
単純にこの瞬間に二人からの信用を失ってしまえば、完全にそれは古城の術印使いの力を手放してしまうということを意味する。
この世界にいるはずであろう、罪人の行方を探るための仲間を減らしてしまうということになってしまうのだ。
「シャゼル、あの場所にいた時間から今まで何分くらい経った?」
「おそらくあと少ししたら一時間は確実に過ぎます。それに気づかれて尚且つ恨みを持っている者ならおそらく…『もうすぐそこまできてしまっている』でしょう…」
「…そうか……禁忌!!お前が本当に俺たちに何の敵意がないことを証明させてもらう!呪霊と共にこれから特別な命を下す!!」
「…クッ…我も巻き込まれるのか…」
ウルネリスはそう呟きながら溜息を零した。
おそらくこれが、これからのこの世界での自分の立場の分岐点になるだろう。
禁忌の術印使いとして生きている以上、古城の術印使いたちの不利になる状況を作り出すということは、それで一気にこちらの評価を下げることにつながる。
つまり、これは絶対に成功させなければいけないミッションである。
「…緊急…事態です…!」
突然この緊迫した空気にさらに一つの声が扉の先から響き渡って聞こえてきた。
そうしてアベルが階段を使わずにそのまま上の階層から飛び降りてきたような落下音の後に扉を蹴破って入ってきた。
重力に逆らうことなく地面に着地しさらに中々重さがある扉を蹴破って入ってきたのにも関わらず、身体の心配は一切せずにこちらを向いて口を開いた。
「…はぁ…はあ…っ!古城より北の森の奥から異質な気配を確認しました!…あの気配からしておそらく禁令指定ですが…全員黒以上の力を使ってきます…!」
「…はあ…このタイミングでやはりきたか。…まずはお前が落ち着け……とりあえず数は一体どれくらいだ?そしてその場所はさっき禁忌たちを捕まえた場所なのか?」
確実に緊迫した状況であるにも関わらず、ギリアは落ち着いた様子で状況の確認を行なっていた。
シャゼルも手袋をきっちりとはめ直して軽く身体を伸ばしたのを見て雰囲気は完全に戦闘態勢に入っていた。
「数はおそらく4…場所はギリアさんの言った通りの場所です…!フルドの術印の精度で見ればもうすぐ森を抜けます…!」
「4か…なかなか多いな…?もし厄印や恨みを持っている術印使いならこちらを本気で潰しにきたらしいが成程…丁度いい!それでは…命令を下すぞ!禁忌、呪霊!…とは言っても、この状況ならどうするか分かっているよなぁ?」
不敵に笑うギリアを見てこの世界に来てから一番の重大な局面を迎えているのを実感した。
先程も言ったようにここが運命の分岐点と呼べるべきであろうが、正直心配する気はさらさらなく、むしろ僕からしたらかなり嬉しいと感じる報告である。
何故ならこれは既に『原作にはない展開』……一気にそこに罪人がいる可能性が高まったからだ。
「これよりこの国に侵入した術印使いの対処にあたる!アベルとシャゼルは神木の修復を、禁忌と呪霊は禁令指定をこれ以上近づけるな!アベル!お前の術印でそれぞれの場所へ転送しろ!」
「…急いで行きますよ!」
命令が下るのと同時にアベルは地面に術印を作り出した。
次の瞬間には身体が光に包まれ、古城の景色は一変しあの森のすぐ目の前まで来ていた。