〈第24話〉灰塵の降る高度
「それじゃ……いい、アベル?」
「……あぁ。」
「3、2、1……」
カウントの終止符と共に、世界そのものが爆ぜるように書き換わった。
次の瞬間、肺に突き刺さったのは凍てつくような高度の冷気。
視界が開けると同時に、ふわりと内蔵をせり上げ、景色が勢いよく真下へと流れ始める。
「はっ……?」
指先をかすめる風切り音が、すでに高音へと変わっていた。
視線を投げれば遮るもののない。
眼下には、ミニチュアのような青々とした森。
「はぁぁぁぁぁぁっ…!?」
そう、僕たちが放り出されたのは、高度数十メートルの『空中』だった。
「ドーーーンッ!!」
すぐ隣の絶叫に近い声を聞きながら、僕もまた腹の奥から雄叫びを上げた。
そして、自由落下の加速をそのまま着弾の衝撃に変える。
僕らは鈍色にうごめく灰霊の群れを質量で粉砕しながら、大地に降り立った。
固い地面を叩き割ったような衝撃が足裏から脳天を突き抜け、視界が一瞬、白く明滅する。
「(は、はぁっ…!し、死ぬかと思った…!)」
「ハハッ……奇襲成功だね!?」
轟音の直後、舞い上がった灰のカーテンの向こう。
粉砕された灰霊の残骸が、パラパラと乾いた音を立てて降り注ぐ。
その中にアベルの荒い呼吸が混じっている。
「お、おいっ…!?今の高さは、いくらなんでも正気の沙汰じゃないだろうがっ…!?」
アベルの声色は、鼓動が透けて見えそうなほど上ずっていた。
着弾直前にアベルの場所だけ地面の強度を変えたけど、それ以上に心的外傷が上回っている様子。
中々の高さの落下の余韻に、脳を焼かれているような表情だった。
「でもさ……ヒリついたでしょ?!まさに、『生きてる〜』って、感じがするよねっ!?」
「……そうだなっ、おかげで目の前に綺麗な虹の橋が見えかけたよ…!それも三途の川に架かってる、特大のやつな…!?」
突如、空から降ってきた僕らを前に、灰霊たちはバラバラに向けていた殺意を、一点の針のように僕らへと集中させた。
それによって、周囲の気温が不自然なほど急速に静寂を伴って冷え切っていく。
「じゃあ……作戦通り、このまま別れて突き放すよ!」
「あぁ……より古城から離れるように、だな…!」
背中合わせになっていたアベルと、一瞬の視界の交差。
軽く言葉を交わした次の瞬間、僕らは同時に上がった煙を突き抜け、それぞれ正面にいる灰霊の渦へと飛び込んだ。
僕らは、フルドに灰霊たちが向かわせないために、出来るだけ遠くまで引きつける必要がある。
「ほらほら!せっかくこうして禁忌にあったんだから、早く捕まえてみなー!」
ドロリとした質量のある瘴気を纏い、灰霊たちが僕に向かってくるように仕向ける。
すると狙い通り、幽霊たちは磁石に吸い寄せられる砂鉄のように進路を変え、僕の後を追いかけ始めた。
「(あっちは……)」
チラリと横目でアベルを見ると、今まで見たことのない術印を手の甲に発現させている。
地割れと共に、血管のような黒い脈動を放つ巨大な『根』が地底から這い出してきた。
それは意志を持つ鞭のようにしなり、周囲の灰霊たちを紙細工のように薙ぎ払っていく。
「(出た!アベルの十八番、『創律』!)」
『創律』ーー自然そのものを操る術印。
質を高めれば影とかも操れるようになったはず。
本来は、古城の人間の1人が扱っているものだけど、アベル本人はかなり重宝していた。
確か扱う術印の中でも、使用率が一位だったはず?
「ぐ、ぅっ!」
まるで生きているかのように動く植物の根は、アベルの意思に合わせて次々と灰霊たちを粉砕していった。
砕かれた灰霊の肉体は、命の欠片も感じさせない無機質な石礫となって地面を転がる。
「(骸霊の特徴は……)」
骸霊の術印で操る魂は、普通ならば物理的に触れるのが不可能。
でも、さっきの落下の衝撃然り、今のアベルの攻撃然り、実際に触れられる感覚がある。
だから骸霊の長は現状、魂自体を石などの『無機物に宿す』ようにして操っているはず。
「……いいねっ!」
頬を緩ませ、木々の間を駆けながら首筋に紋様を浮かべた。
すると、走った後の地面が置き換わるように短剣が大量に現れる。
灰霊がその下を通過しようとした瞬間、瘴気を纏ったそれらは下から音を切り裂くように飛び出す。
肉を裂く音ではなく、粘土細工を抉るような鈍い響き。
それによって貫かれ、切り裂かれた灰霊の身体は砂状のオブジェのように脆く崩れた。
「『禁忌』を見つけたからって、直情的過ぎないかなっ!?」
後ろ向きになってそう声を張り上げると、崩れた灰霊たちの頭部が一斉にミシミシと音を立ててこちらを向いた。
骸骨面の剥がれた、表情のないただ空洞だけが広がる顔面。
骸霊の長の性格的に、こういう言葉には乗ってきてくれる。
「……!」
その刹那、なんの躊躇もなく今度は両サイドから灰霊たちが迫ってきた。
崩れた灰霊たちを踏み砕きながら新たな幽霊も、関節を無視した歪な動きでこちらへ殺到する。
地面を叩く音は、まるで乾いた骨を打ち鳴らすような響きだった。
まずは、目の前の灰霊たち対処。
そして、まだ物語の世界にいるフルドを戻し、援軍が来るまで存在しているであろう『骸霊の長』との戦いも済ます必要がある。
「……さぁ、おいでよ?」
一度その場で立ち止まり、片眼鏡からぶら下がる赤い宝石が爛々と輝いたのと同時、向かってくる灰霊たちを指さす。
すると、呼応するように灰霊たちから放たれる殺気がさらに鋭いものに変化した。
まずは、両サイドから押し潰してくるように押し寄せる灰霊の攻撃を避ける。
さらに、避け際に入れ違う形で無から現れた短剣を突き立てた。
「本当、元気がいいねぇ…!」
突き刺さった傷口からは禍々しい黒い瘴気。
少しずつだが、灰霊たちの身体を浸食している。
だけど、それに構う事なく、瘴気に蝕まれてもこちらに対して凄まじい物量で詰めてくる。
「(あの外装が、宿している魂を直接守ってる…)」
それを理解すると、短剣が突き刺さった灰霊の身体部分を起点に、赤黒い瘴気を爆発的に発生させる。
するとその部分から、灰霊たちの身体が消滅していくように脆く崩れた。
やっぱり、ここにいる灰霊たちはただ瘴気を掠らせるだけじゃ、完全には行動停止しない。
それを証明するように、後方の入れ替わるように霧散する瘴気を突き抜けながら向かってくる。
「いっ…!?」
その時、回避を行うためのステップが、何かに噛みつかれたように止まる。
その足元。
岩肌が剥き出ている地面と一体化していた数体の灰霊が、泥を捏ね上げたような腕を無数に生やし、僕の足首をガッチリと捕らえていた。
ゴリゴリと、骨を石で圧迫される鈍い衝撃。
石礫の指が皮膚を食い破るほどに締め上げ、逃げ場を大地に縫い止める。
「(やっばいっ…!)」
ギリギリと、骨ごと足を握り潰そうとする圧倒的な握力。
身体の自由が封じられたその瞬間、視界が影に覆われた。
見上げれば、複数の灰霊が互いを凝固させ、一抱えもある塊となって頭上から落下の加速を伴って降り注いでくる。
「っ……!」
上下、逃げ場なし。
だが、思考を加速させ、全身のバネを逆流させた。
反射的に、足首を掴む無数の腕ごと、地盤を文字通り引き剥がす勢いで宙へと跳ねる。
拘束を引きずったままの身体を捻り、上半身へ殺到する灰霊を拳で薙ぎ払う。
硬質な感触が手に走り、灰霊の顔面がザクロのように弾け飛んだ。
その反動を殺さず、空中で身体を反転。
降ってくる巨大な灰霊の質量を正面から迎え入れ、純粋な破壊の力を持つ『破落』の術印を叩きつける。
「(次…!)」
刹那、轟音と共に灰霊が粉々に砕け散り、視界が白い塵で埋め尽くされた。
着地の瞬間、さらに空中での回転を全て瘴気を纏わせた拳に一点集中させ、今度は地面に潜む群れへと叩きつける。
その瘴気を纏わせた一撃が、逃げ遅れた灰霊たちの芯を貫いた。
クレーター状に抉れた地面から、原型を留めないほどの衝撃波が伝播し、足元の灰霊は消滅。
しかし、土煙が晴れる間もなく、空間そのものを塗り潰すほどの灰色の壁が、全方位から押し寄せていた。
「痛みの、お裾分けだよ!」
クレーターの底、叩きつけた地面からどろりと溢れた瘴気の澱み。
それを起点に、『身蝕』を強制駆動させる。
心臓を素手で掴まれたような、内側から身体を押し上げる強烈な衝撃が走り、溜まった瘴気が一気に臨界を超えて爆発した。
それは爆風というより、空間そのものを塗り変えるほどの膨張だった。
逃げ場を失い、全方位から押し寄せていた灰霊たちが、その膨張に僕ごと呑み込まれる。
音を漏らすことすら許さず、石の身体が内側から腐り、魂の器が溶解し、ただの汚濁へと還っていく。
「はぁぁぁぁ…!」
息を吐き出しながらむくりと起き上がり、周りの現状を確認すると、確かに灰霊たちは綺麗に消え去っている。
けれど、やっと開けた視界に映り込んだのは、瘴気によって見るも無惨に変わった情景だった。
瘴気に触れた木々や地面は、ドロドロに腐敗するように文字通り溶けている。
「あっ、あっちゃー…」
流石は『殺戮卿』の瘴気。
『骸霊への対抗手段』のために生み出されただけのことはある。
……それによる被害が甚大すぎるけど。
古城の長に詰められる理由が、また一つ増えたのを悟って背筋が冷えた。
「……!」
すぐにその場から離れようとすると突然、自分の周りが影で覆われた。
脊髄を駆け抜ける危険信号に従い、弾かれたようにその場から横飛びに離脱した。
次の瞬間、影の部分に突き立つように黒色の槍が雨よりも速く、容赦なく降り注ぐ。
「っ……本当にっ…!」
だけど、その槍は理を外れていた。
灰霊の肉体を虚空のごとく透過し、標的である僕の元にだけ、逃げ場を奪う鈍い音を立てて突き立つ。
まるで現実と虚無の境を往来しているかのような、常識では測れない代物。
「君の術印は、この物語でも特に厄介だね…!?」
厄介なのは、岩陰に隠れようが、大木の陰に逃げようが意味を介さないこと。
仮に岩陰や木の後ろに隠れたとしても、それらを透過して襲いかかってくる特性がある。
これにより、常に気を緩めることができない状況。
「あぁ!もぅ、邪魔ぁ!!」
透過する槍を回避した先、再び質量を持った灰霊の群れが、逃げ場を塞ぐ壁となって立ちはだかる。
幻影のような槍を貫かれるのを避けつつ、実体のある灰霊たちを物理的に粉砕し続けなければならない。
一瞬の思考停止がほぼ死に直結する、並列処理。
僕は迷わず、立ちふさがる灰霊の頭部を踏み台として選択した。
踏み抜くと同時に、その頭を砕くほどの脚力で空へと跳ねると重力から解き放たれ、視界が一気にひらけた。
「……あっ。」
跳ね上がった視界の先、灰色の波がひしめくその背後。
明らかに異質な静寂を纏った一影が、そこに佇んでいた。
周囲の灰霊たちが石礫のような粗野な質感を晒しているのに対し、その霊は半透明な黒一色のローブを纏い、陽光さえ吸い込むような深い影に身を包んでいる。
細くしなだれた腕が、力なくダラんと垂れ下がった立ち姿。
顔はフードの奥、森の影に溶けて判別できない。
けれど、本能的に……というか、滲み出てる『いかにも』な雰囲気。
それだけで、アレがこの幽霊たちの『本体』なのが分かった。
「いったぁぁ!分っかりやすいね、君!?」
空中で身体を捻り、降り注ぐ槍の残光を紙一重で回避しながら、標的へバッチリと視線を固定する。
その瞬間、雨のように降り続いていた黒い槍が、ぴたりと止んだ。
僕が地面に降り立ったのと同時、森の深部へと溶け込もうとする影。
それを守るように、足元の地面が盛り上がり、無数の灰霊が壁となって進路を塞ぐ。
それでも、視界の先のどこにその霊がいるのかはしっかりと捉えることはできた。
「(逃がさない…!)」
空中で右手を一閃。
指先から溢れた短剣と瘴気が結晶化し、赤黒く濁った短剣が実体化する。
進路を塞ぐ灰霊の胸元を容赦なく貫通させ、その勢いのまま、最短距離で本体を目掛けて投げつけた。
「よっし……」
空気を切り裂く高音。
しかし、確かな手応えがあったはずの感覚は、標的に触れた瞬間に霧散した。
短剣は黒いローブを虚空のようにすり抜け、背後の大木の幹へ、深々と突き刺さる。
……これ、当たっていない。
「…あぁ、もう……分かったよ…」
物理的な透過か、それとも座標のズレか。
嘲笑うように、木々を揺らす冷たい風が吹き抜け、森のざわめきだけが耳を叩いた。
「なら、その鬼ごっこ、とことん付き合ってあげるよ!?」
もう、届いているかは知ったことじゃない。
森の奥に潜んでいるはずの長に向かって叫びをぶつける。
「(……っ、また…!?)」
けれど、返答は容赦のない殺意の加速だった。
再び天空を埋め尽くす黒い槍の雨。
だが今度は、逃げ場を潰すように地面が爆ぜ、巨大な荊のごとき黒い棘が、意志を持つ槍のようになって下からも突き上がってくる。
四方から殺到するこっちから接触不可能な針。
その一角、紙一重の隙間に身体をねじ込み、僕は目の前に立ち塞がる灰霊の肩を力任せに蹴り抜いた。
「上、に…!」
反動を利用し、そのまま垂直に近い角度で屹立する大木の幹へと飛び移る。
重力を書き換えるような速度で樹冠へと駆け上がり、一気に高度を稼いだ。
眼下を見下ろせば、そこはもはや灰色の海。
物理法則を嘲笑うように、灰霊たちが指先を楔のように尖らせ、雪崩のような勢いで垂直の幹を這い上がってくる。
「(アベルは…)」
頂上に着いてほんの少しの合間、視線を別の一角にいるアベルの方へと投げた。
あちらでは今も、黒く変質した巨大な植物の根が、うごめく灰霊の波を変わらず薙ぎ払っている。
表情には、まだ余力あり。
けれど、その集中力は目の前の群れに対処することに注がれ、森の奥で僕を嘲笑う『本体』の気配には、まだ気づけていない。
「……?」
樹上での静寂。
僕を追うように這い上がってきた灰霊たちが、重力を無視してふわりと宙に浮き、同じ視界の高さに並んだ。
骸骨面と至近距離で見つめ合う、奇妙な対峙。
一瞬だけ、風の音さえ消えたような、ひどく気まずい空白が世界を支配する。
「ど、どうもー………っ、おぉっ…!?」
思わず軽口を叩いた刹那、首筋の産毛が逆立った。
背後から迫る透過する殺気。
咄嗟に木の枝を蹴り抜き、自由落下に身を任せることで、心臓を貫くはずだった一撃を頭上でやり過ごした。
「(……!)」
だけど、落下中も決して安全圏ではない。
むしろほぼ無防備となるこの瞬間を狙われた。
上からは僕を追う灰霊と共に槍の雨、下にも灰霊と共に待ち構える荊の棘。
上下から迫る黒と灰色が、落下する僕を飲み込もうと重なる。
「(っ……こっち…!)」
空中で姿勢を制御し、反射的にすぐ隣を流れる大木の巨躯に手を伸ばした。
息を止めて一瞬のうちに覚悟を決め、指先を厚い樹皮に直接突き立てる。
凄まじい摩擦音と共に木片が散り、身体を支える腕に走る強烈な衝撃が肩を軋ませる。
それでもなんとか、落下の勢いを強引に横への推進力へと書き換え、振り子のように着地点をずらした。
「うぐっ…!」
本来落ちるはずだった地面に槍と荊が激突し、爆発的な土煙が上がる。
その衝撃波を背中に受けながら、僕は落葉と土を跳ね上げて再び大地に降り立った。
今ので肩が外れそうになったことに対して文句を言いたいけど、一息つく間などない。
塵の向こうから、進行方向を急激に変えた灰霊たちが、四方八方から包囲の網を狭めてきていた。
「……ハハッ…」
でも、落下の勢いを殺す際に使った目の前の大木。
そして、かなり自由度が高く形状を変えることができる瘴気。
組み合わせ方は、想像の中で広がっていく。
「……うん、やってみる価値はありそうだね…?!」
湧き出す灰霊の爪を、なんとか皮一枚でかわしながら再び大地を蹴る。
標的を絞らせないために、できるだけ不規則な機動。
大木の周囲を縦横無尽に駆け回り、行手を阻もうとする包囲網を逆手に取った。
背後からは、指先から溢れ出た瘴気が細く鋭い『糸』となり、蜘蛛の巣を張るように通った後を引きずられていく。
押し寄せるのは、数十体に及ぶ灰霊の軍勢。
その隙間を針の穴を通すように縫い、時には逃げ場を塞ぐ個体を物理的に、強引に打ち砕く。
「(そろそろ、かな…)」
時間にして十数秒。
一歩間違えば槍にも貫かれるかもしれない綱渡りの果てに、大木の周囲には幾重にも重なる『瘴気の檻』が完成していた。
そして、頃合いを見て大木から少し離れ、振り向きざまにパチンと指を鳴らした瞬間だった。
それを合図に、弛んでいた瘴気の糸が、張力の限界を超えて中心の大木へと向かって『爆縮』を開始する。
「はーい、一丁上がり!」
全方位から同時に絞り上げられた黒い糸は、逃げ場を失った灰霊たちの石の肉体を容易く両断しながら一箇所へと強制的に引き寄せた。
直後、凝縮された瘴気が爆発的に膨張。
「……身蝕。」
凄まじい轟音と共に、大木ごと縛り上げられた灰霊たちが赤黒い奔流に呑み込まれた。
肉を断つ音すら残さない、消滅。
舞い上がるのは、砂よりも細かな、白い雪のように無慈悲に降り注ぐ塵。
ドロドロに溶け落ちて腐敗した周囲の景観と灰のコントラスト。
その風景の中に、僕だけが命からがら着地した。
「(ふぅ……第一ウェーブは、これで終わりかな…)」
吐き出した吐息が、硝煙と灰に混じって白く消える。
片眼鏡越しに、ぶら下がる赤い宝石が、脈動するようにチカチカと光を投げかけてきた。
その赤色のフィルター越しに、森の深部、光さえ届かない暗がりに視線を固定する。
「……見てるんでしょ?」
先ほどまでの騒乱が嘘のような静寂。
陽光を拒絶する影の底で、きっと『本体』が微動だにせずこちらを観察している。
ただただ、こっちを値踏みするように。
「じゃあ、続きだね?」
消え残った瘴気の尾が、名残惜しそうに指先に絡みつく。
僕は腐敗した大地を力強く踏み締め、歩を進めた。




