綺麗な花が咲きました
「んー………あ、おはよ〜」
「………おはよう。なんか、キャラ変わってないか?」
朝起きて背伸びをする。座って寝ていたから身体があちこち痛い。起きてすぐに整った顔を見ると、自信を失うよね。女としての。
「うーん。リオネルと今日も明日も一緒にいると思ったら自然体でいる方がやっぱり疲れないと思って。正直、慣れない森歩き、昨日で十分疲れたし」
「………まぁ、俺もその方が気遣わなくて楽だからいいけど」
「あ、狼さん、水浴びしてたの?」
魔狼は血で汚れた身体を地底湖で綺麗にしていた。いいな。私もお風呂入りたいな。
水浴びを終えた魔狼が近づくと、目の前で身体をふるわれ思いっきり水を浴びた。
「ひ、ひどい………」
「あんたって、転んだり水掛けられたり、実はわざとなのか?」
「そんなわけないでしょ!」
くっそー………完全に馬鹿にされている。でも、見返せる芸も何もないのが悲しいところ。私の長所って何なんだろう。
「外に小さな川あったよね? そこで顔洗いたいな」
「そうだな。そろそろ外に出るか。俺の後ろにいろよ」
「はーい」
私達は荷物をまとめて洞窟から出た。すっかり懐いたのか魔狼も後をついてくる。もはや私には大型犬にしか見えない。
「何これ?!」
「………」
洞窟の外に出ると、花畑が広がっていた。どれも水色の大きく綺麗な花だ。睡蓮のような形をしているが、水の上ではなく陸地にびっしりと生えている。昨日は暗くてわからなかったが、朝の陽の光を受け、水滴の滴る花はキラキラと光っていた。もしかして、もしかしなくとも、これは………
「ねぇねぇ! これって水晶花?」
「………………実物なんて見たことないけど、そうだと………思う」
隣にいるリオネルも唖然としていた。ベルナールさんも貴重な花だって言ってたもんね。水晶花自体が貴重なんだから、その花畑って益々貴重なものなのでは………
「すっごい綺麗だね」
「そうだな」
「リオネル、疲れてる? 大丈夫?」
目的の花がこんなに咲いているのに、リオネルは元気がない様子だ。昨日寝てないんだろうし、疲れてるのかな。
「いや………とりあえず顔洗って、少し摘み取るか」
「うん」
川の水で顔を洗い、口を濯いだ。石鹸での洗顔や歯磨きは出来ないが、それでもさっぱりすることが出来た。濡れた顔に布がかけられる。リオネルが貸してくれたようだ。
「ありがとう」
お礼に対して何も返してくれなかったが、男性にしてはよく気の利く人だと思う。私の職場にはいなかったな。
「こんなに咲いてるけれど、貴重な花なんでしょ?」
「そうだ。植物だけど、必要なのは水でも陽の光でもなく………この花に限っては魔力だ」
「………ふーん」
流石はファンタジー。よくわからない。
「じゃあ、この辺はその魔力が溢れてるってこと?」
「そうだな。この辺で取れる魔石もないから、魔力なんて全くないはずなのに………」
「あ、難しい話はいいよ。帰ってからベルナールさんにまず常識を教えてもらうから」
「?」
まだ魔石も魔力も詳しく教えてもらってないから、リオネルの話に全然ついていけない。
そういえば、未だに異世界から来た事情を説明してなかったな。いつ言おう。もう、帰ってからでもいいかな。
「よし、水晶花の採取完了だ」
「これで帰れるね!」
「こんなにあるんだ。レナも取っておけよ」
「え?」
リオネルの方を向くと、花畑にイケメンという破壊力抜群の光景だった。カメラさえあれば、ちょっと失礼してシャッター切るのに。
「おい、聞いてんのか?」
「あ、えっと………私も?」
もうちょっと口調が優しかったら完璧なのにな。
「貴重な花だし、ギルド長に持って行ったら、あんたも内部の階級で上位登録出来るかもしれねーし」
「? とりあえず、摘んでおこうかな」
採用後の初仕事がこれなので、よくわからないが、ギルド内の階級登録………もしかしたら、お給料を上げられるのかもしれない。帰ったら詳しく説明してもらわないと。
「そいつ、連れてくのか?」
「?」
帰っている途中で、リオネルは私の後ろにいる魔狼を見ていた。
実は水晶花を摘んでから、何度か道中に魔物に襲われているが、魔狼は隠れる私を守ってくれていた。確実に私の番犬になりつつある。
「だめ?」
「俺はいいけど、一応魔物ではあるから、街に入る時に止められるかもしれないぞ」
こんなに可愛いし賢いのに。私は近寄ってきた魔狼を撫でる。
「すっかりレナに懐いてるな」
「そうなんだよね。可愛い」
「………シエロウルフをそんな風に飼い慣らす女、多分前代未聞だぞ」
「そんなにシエロウルフって珍しいの?」
「そもそもこの国にいないんじゃなかったかな。俺も小さい頃に図鑑で見たくらいだから、詳しくわかんないけど」
「ちゃんと図鑑とかあるんだ!」
「? ………時々変なこと言うよな」
「!」
これは、異世界から来たことを説明する良いきっかけ………かな。
「実は………」
アオォォォォォーン
「?!」
「レナ!」
なに?! どうしたの?!
突然、大人しかった魔狼が、遠吠えし辺りが光り輝き、竜巻のような風が巻き起こった。驚いた私は自分で身動きを取る前に、リオネルが私を抱き抱え、一瞬にして魔狼から距離を取ってくれた。思いっきりタックルされたような衝撃と、たくましい腕に痛いくらいに抱き抱えられ身体がちょっと痛い。
「けほっ………」
しばらくすると輝く光は無くなったようだが、風のせいで土埃が酷い。うわ、顔を触るとざらざらする。あぁ………お風呂入りたい。
土埃もおさまると、先程まで魔狼がいたところには素っ裸の小さな子供がしゃがみ込んでいた。もう、何がどうなってんの?
「………リオネル、ありがとう。もう大丈夫」
「あ、ああ」
目の前にいる子供に駆け寄ろうと思ったが、がっちりとリオネルにホールドされていたので、開放してもらった。リオネルってば細身に見えるけど、腕は硬いし凄い力だったな。もう少し自分が若かったら惚れてたのかなー。
「あなた、大丈夫?」
「………」
怖がられないように目線を合わせる為、私は子供の前に屈み声をかける。小中学生くらいの女の子で、目がくりくりの美少女だ。髪は銀色のボブカットで、耳が………耳が………!!
「獣耳?!」
「………」
「はう!」
女の子には黒いふわふわの獣の耳が生えていた。私が獣耳の驚いているうちに、女の子は私に抱きついた。
「レナ!」
抱きつかれた際に出た私の声に反応したのか、少し離れた距離にいたはずのリオネルがものすごいスピードで私から獣耳少女を引き剥がした。
「ちょ、何するの?!」
「危ないだろ! 危機感なさすぎだ! 見た目は子供でも怪しすぎるだろ!」
「………そ、そうだね。ごめん。でも、ちょっと可哀想な気が」
引き剥がされた獣耳少女は尻餅をついている。けっこうな力だったし、素っ裸だから絶対痛いよ。というか、これ以上裸の子供が視界に入るのは耐え難いものがある。私は上着を脱いで獣耳少女にかけた。
「お、お前、その服どうしたんだ?!」
「え?」
リオネルは顔をどんどん赤らめていく。そういえば、昨晩包帯作る時にシャツを切ってたんだっけ。確かに、上手く切れなかったので酷い見た目だが、コルセット型ベストもあるし、そこまで気にする程のものでもないかと自分では思うんだけれど………
「えーと………見苦しくてごめんね」
「そういう問題じゃねー! 子供は毛布で包んで、お前は上着をちゃんと着ろ!」
「はい」
リオネルの言う通り、リュックから毛布を取り出して獣耳少女を包み、私は上着を着た。確かにこれが最善だね。
「寒くない? 大丈夫?」
「………大丈夫」
「お前、さっきの魔狼なのか?」
「………うん」
獣耳だし、髪も銀色だし、薄々そうなんじゃないかと思ってはいたけれど、本当に魔狼が人型になったんだ。この世界、すごいな。言葉も普通に通じるし。
「だって、魔物の姿だと置いていくんでしょ?」
「………まぁ、そうなるかもしれないね」
そう言った瞬間、目の前の少女の顔が歪む。
「嫌だー! 連れてって! あたしも一緒に連れてって! 一人は嫌だ! レナと一緒がいい! レナと一緒がいい!!」
獣耳少女は急に駄々っ子のように叫び出した。置いていかれるのは、よっぽど嫌なんだな。勝手に連れ帰っていいもんなのかな。私、この世界に来たばかりで、養うお金もないし。
「………どうしよう」
「連れてってやれば?」
「え?!」
リオネルは意外にも肯定的だ。絶対反対すると思ってたのに。
「街に入るときは森で保護したって言えばいい。それに、シエロウルフってだけで珍しいのに、獣人に姿を変えられる程の魔力があるのはもっと凄いことだ。あんた、世間離れして危なっかしいし、今後助けになるかもしれないぞ」
「………………世間離れ」
リオネルからは世間離れした危なっかしい女って思われてるんだ。確かにその通りだね。
「レナ………連れてって」
か、可愛い!! とりあえず、連れて帰るか。
「よし、一緒に帰ろうか」
「うん!」
こうして、魔狼から獣耳少女に姿を変え、私達と一緒に街に向かうことになった。