ただいま
私達はとうとう西の森からプルメリアに帰ってきた。昨日の朝に街から出たとは思えないくらいに疲れが足腰に溜まっている。あぁ、お風呂に入りたい。この汚れた顔や身体をどうにかしたい。
「レナ、大丈夫か?」
「え?」
「いや、すげー疲れた顔してるから」
「そりゃあ、初めて森に入って色々あったし、疲れたよね」
「………本当に昨日とキャラ違うよな。昨日なら何聞いても大丈夫って言ってたのに」
「まぁ、いいじゃない。サザンカに帰ったら切り替えるから」
正直、猫被っていられないくらいに精神的にも疲れてるのよ。でもまぁ、職場に帰るんだから、ちゃんとしないとね。今も仕事中なんだけどさ。私は大きく背伸びをした。今日はちゃんとしたご飯食べたいな。そういえば朝ごはんも食べてないし。
隣には毛布に身を包んだ魔狼少女が並ぶ。この子にも早くまともな服着せたいよね。よし、サザンカに帰るか。
「もう戻ったんですか?!」
サザンカに着くと、ベルナールさんが迎えてくれた。受付には私達に全く興味なさそうなディルナさんもいる。仕事中に頬杖つくなんて………注意したい衝動にかられる。
「ただいま戻りました」
「採取終わったから戻ったぞ。ほれ」
リオネルは受付カウンターにキラキラと光る水晶花の束を出す。あら、私が見ていない隙にけっこう摘んでたんだね。束になった水晶花を見てベルナールさんは咳き込み、先程までツーンとしていたディルナさんは驚いたのか目を見開いた。
「こんなに?! 西の森からですか?!」
「すっごい綺麗! しかも大きい! ギルド長、私これ欲しい!」
「レナも一緒に摘んだから間違いねーよ」
「レナさんも?! そんなに………」
ベルナールさんは混乱しているように見える。そんなにありえないことなのかな。
「あの、お花畑になってましたよ」
「! 水晶花の花畑ですか?!」
「はい」
やっぱり貴重なものなんだ。見られてよかった〜。急に異世界に召喚されて、急に森に行けって言われて、一つくらい良いことないとやってられないよね。
「水晶花を1本見つけること自体難しいのに、花畑とは………………異変でも起きているのかもしれません。変わったことはありませんでしたか? 魔物の大量発生や変異種の出現などは………」
「あの………ベルナールさん、私に後で詳しく魔石や魔力、水晶花との関係性とか、色々ここの常識的なこと説明してもらえませんか? 全然話についていけなくて」
話の腰を折ってしまうが、大事なことなので先に言わせてもらった。花畑があることで魔物の大量発生を疑う意味もわからないし、初めての森なので、魔物が通常より多いかも強いかもわからないし。
「そういえば、そうでしたね。昨日この世界に来たばかりのレナさんに、突然面倒ごとを押しつけてしまい申し訳ありませんでした。ご無事で何よりです」
「いえいえ………お話を中断させてすみません。続けてください」
視線を感じて、隣に立つリオネルの顔を見上げた。こちらを凝視している。
「お、お前………………召喚………された………のか?」
「えーと、言うのが遅くてごめんなさい」
通りで世間知らずなわけだ………とでも言いたげな顔に変化していくが、綺麗な顔はどんな表情になっても決して不格好にはならないものだ。羨ましい。
「あ、そういえば………リオ君とレナさんは一緒の寮に住んでもらうんですけど、その辺の話はもう済んでますかね?」
「はぁ?!」
「えぇ?!」
「あ、済んでないんですね。リオ君、そういうことですから、防犯の為にちゃんと寮に帰って下さいね」
「いやいやいや! おかしいだろ?! いつ決まったんだよ?!」
「ちょっと待って下さい! リオネルってギルド職員とは違いますよね? ギルドの寮に住んでるんですか?!」
リオ君ってリオネルのことだったんだ。でも、ルームシェアタイプの社員寮に、社外の人が住むことってないよね?! 私が知らないだけ?! 有りなの?!
「旅をしている登録者が短期間滞在する際は、宿屋ではなく寮に入ることもあります。なのでサザンカの寮は職員の他に登録者も利用出来るのです」
「えぇ?!」
そんな出入りの多いルームシェア嫌だよぉ! しかも、どんな人とルームシェアするかわかんないじゃん! 自由すぎ! 怖っ! お金貯まったら絶対出てく!!
「ちなみにリオ君はもう何年もうちの寮に住んでいます。不在がちな管理人みたいなものです」
「ちがう! 勝手に管理人扱いするな!」
「もう一昨日の晩にレナさんは入寮していますから、何かあったらリオ君、宜しく頼みますよ」
「………………わかったよ」
リオネルが仕方ないなというように返事をすると、ベルナールさんは戸惑うようにリオネルを見返す。
「?」
「いや、随分と物分かりがいいですね。女性が寮に入るのでもっと反発すると思いました」
「もう荷物も運んでるんなら今更だろうが」
「いつものリオ君なら、関係なく喚くでしょう?」
「わめくか!!」
やりとりを見ていると、ベルナールさんとリオネルは親子なんじゃ………と思うくらいに息がぴったり合う。何年も住んでるって言うし、長い付き合いなのかな。
「話すっごい逸れてるけどー?」
急にディルナさんが不機嫌そうに大きく声を上げた。確かに何を話していたか忘れつつある。
「コホン。失礼、話を戻しましょう。水晶花の採取達成により、リオネル・クララベルの戦闘技能試験2級合格を認めます。おめでとうございます」
「………どうも」
「おめでとう!」
こういうことに余り慣れていないのか、リオネルは少し照れた様子だった。喜ばしいことなのにディルナさんはすっかり興味を無くしている。
リオネルの合格は私の初仕事が無事に終えたことと同じこと。はぐれたりしたけれど、私も頑張ったよね………
「たった今から、戦闘系2級の仕事も受注可能ですから、今後とも宜しくお願いしますよ」
「わかった。レナも水晶花出せよ」
「うん」
私はリオネルに言われた通り、リュックから採取した水晶花を取り出しカウンターの上に置いた。リュックの中に放置していたにも関わらず水晶花に形の崩れは全くない。
「ギルド内でも職員の技能登録あるんだろ? レナのも登録しとけよ」
「………レナさんの技能登録ですか」
ベルナールさんは水晶花を見ながら考え込む。確かに、たったこれだけで登録出来たらダメだよね。ついでみたいなもんだし。
「少し考えさせてください。レナさんは魔力が全くないので、これだけで戦闘技能登録は致しかねますから」
「は? レナに魔力がないって?」
「ええ。私が検査しましたから間違いありません」
「………は?」
リオネルは信じられないと言った様子でこちらを見る。そんなに見つめられても事実なのでどうしようもない。
「とりあえず、俺はもう帰るよ。風呂入りてーし。眠たい。あ!」
「? あ!」
静かに後ろで待っている魔狼少女の報告をすっかり忘れていた。私とリオネルの体で隠れていた為、ベルナールさんから見えていなかったようだ。私は少し横に退ける。
「おやおや、獣人とは珍しいですね。この子はどうされました?」
「えーと………森で出会った魔狼です」
「魔狼………ですか」
「今はこの姿だが、シエロウルフの子供だ。どういうわけかレナに懐いて、帰る途中で森に置いていくかどうかって話をしていたら、ついて行きたいと獣人化したんだ」
「ほほう。シエロウルフがこの辺にいるなんて珍しい。おまけにそれ程までの魔力があるとは………………君は、言葉は通じるんですか?」
ベルナールさんは魔狼少女に話しかけたが、私の後ろに隠れてしまった。可愛い。
「おや、本当にレナさんに懐いているんですね」
「はい。言葉は通じるので、会話に問題はありません。それで、勝手に連れてきて図々しいんですが、私と一緒に寮に入るのは厳しいですか?」
駄目もとでベルナールさんに言ってみた。一応、魔物だし駄目かもしれない。
「部屋ならまだ空いてますから、いいですよ」
「え?! ………いや、ありがとうございます」
ダメ元で言ってみたのに軽く承諾してくれた。せめて少しくらい渋ると思ったのに。街で暮らしたり、寮に入る手続きとか全くないんだな。
「あたし、レナと一緒………いいの?」
後ろに隠れていた魔狼少女がおずおずと顔を出し、可愛らしい小さな声でベルナールさんに尋ねた。
「君にも働いてもらうから、問題ありません。宜しく頼みますよ」
「え?! この子に何させるつもり?!」
想像と違うベルナールさんの回答に思わず敬語がどこかに飛ぶ。いくら人手不足だからって子供に一体何を………
「ただの子供ではなく、シエロウルフですから。魔力のないレナさんの護衛になって頂こうかと」
「………まぁ、確かにリオネルが魔物を蹴散らしているときに、そばで守ってくれてたか」
でも、そうなると………護衛がいるから大丈夫ってな訳で、また森に行かされそうな未来がちらつくんですけれど。
「では、レナさんも初仕事で疲れたでしょうから、今日はリオ君とその子と一緒に帰って頂いて大丈夫です。リオ君、お願いします」
「あ、でも………色々この世界のこと教えて欲しいんですけれど」
また先延ばしになるじゃないか。魔石やら魔力やらギルドのこと知りたいのに。
「リオ君、教えてあげて下さい」
「はぁ?! それは俺の仕事じゃないだろ」
「では、ギルド長である私からの依頼です。レナさんに色々教えてあげるのと、買い物にも付き合ってあげて下さい。サザンカの名前でツケで。女性2人分となると男手があった方がいいでしょうし、まだ明るいですから時間は十分でしょう」
「俺寝てねーから帰って………」
「では、頼みます」
「おい!」
ベルナールさんは強引に私達をサザンカから追い出した。人が少ないから、私への説明業務とか色々面倒なんだろうな。働かせるだけ働かしてちょっと無責任じゃないかな。外に一緒に出されたリオネルと顔を見合わせる。
「………とりあえず、帰って風呂に入るぞ。それから飯を食いに行きがてら買い物だ。化粧道具とか魔狼の服とか買うんだろ?」
「ありがとう。………………もしかして、私が素っぴんなの気になってたの?」
まさか、一番最初に化粧品を言うと思わなかったわ。
「まぁ、女捨ててるソフィアですら化粧すんだから、女にしては珍しくて気になるよな」
「ソフィアさんに失礼だよ!」
私達は寮に帰る為、そのソフィアさんのいる馬車小屋へ向かった。一昨日の晩は一人で寂しかったけれど、今日から賑やかになりそうだ。




