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商店街へ

 あれから寮に帰り、リオネルがお風呂の順番を譲ってくれたので、私は魔狼少女と一緒に入った。こんな大きな子供がいる年齢ではないけれど、身体をごしごしと洗ってあげて、共に湯船に浸かると可愛く見えてくる。


「あなた、あったかいお湯に浸かったことないんだよね?」

「うん。はじめて。気持ちいい!」


 今まで狼の姿で生きてきたんだから当たり前よね。本当にお風呂って素晴らしい。最高に癒される。そういえば、この世界って温泉とかあるのかな。あるならそのうち行ってみたいな。小さい頃は温泉に全く興味なかったけれど、大人になった今では大好きだ。


 お風呂から上がった後は自室に行き、ベルナールさんからもらった服の中からワンピースを見つけ、魔狼少女に着せた。少し大きいが仕方がない。着せた後は自分もブラウスとロング丈のスカートに着替える。何の締め付けもない楽な格好だ。


「あぁー………さっぱりした」


 リビングのソファで寛いでいると、リオネルがまるでおっさんのようにお風呂から上がって来たが、濡れた黒髪に火照った頬、上半身裸で割れた腹筋と男らしい上腕二頭筋にドキッとする。おっさんなんてどこにもいない。単なるセクシーイケメンだ。


「リオネル、早く服着なさい。髪も乾かして」

「はーい」


 うわ………思わずあれこれ言ってしまったけれど、母親と息子の会話だよ。

 ちなみに、この世界のドライヤーは手持ちではなく、なんと脱衣場に据付けられている。美容室でパーマをかけるときに使うような丸い輪っかが天井にあり、髪を乾かしてくれる。もちろん仕掛けはわからないが、割と早く乾くし、頭皮も痛くない。


 しばらくすると、髪を乾かし服を着たリオネルが戻ってきた。


「よし、早速飯食いに行くか」

「うん。だけど、その前に………」

「ん?」


 そう。その前にやることがある。


「この子の名前を決めないとね。いつまでも魔狼とかシエロウルフの子供って可哀想だし、呼びにくいから」

「そもそも仲間から呼ばれてた名前とかあんのか?」

「………みんな、名前とか、ない」


 やっぱり仲間同士で名前を呼び合うとかないんだね。なんてつけようかな。狼といえば………うーん。満月? 月?


「ルナでどう?」

「レナっていうあんたの名前に被る」

「た、たしかに! ………じゃあ、ルーナは?」

「まぁ、それならギリいいかな」


 ちらっと魔狼少女を見ると、大きく頷いていたので、いいのだろう。


「今日からあなたはルーナ。宜しくね」

「うん!」

「宜しくな。ルー」

「早速略すの?!」


 こうして、私たちは街中へとくり出した。







「レナ、ルー、何か食いたいもんあるか?」


 歩いて商店街まで来たのだが、魚屋や肉屋、パン屋などが並び、各店舗でその場で食べられるような物が売られていた。商店街の出来立てコロッケを買い食いとか、昔は憧れていたな。


「ど、どうしようかな………この世界の料理全く知らないし、リオネルのおすすめは?」

「うーん………まぁ、昼だし、適当に買ってみるか」


 リオネルはそういうと、魚屋のふくよかな女性店員に声をかけた。店には新鮮な魚介類が並んでいる。すぐそこに海があるし新鮮には違いないからお刺身でも食べられるのかな。


「あら、リオ様じゃない。商店街に来るなんて珍しいわね。しかも女の子連れてるじゃない! 可愛い子供まで?! いつの間に?!」

「………………どうも。なんか美味いもんある?」

「全部スルー?!」


 思わずツッコミを入れてしまったが、聞く限りではリオネルは商店街にはあまり来ていないらしい。なんで、リオネルのこと、様付けで呼ぶんだろ。


「まぁ、リオ様に返答なんて求めないわよ」

「それでいいの?!」

「いいのいいの。リオ様は目の保養」


 目の保養か。確かにこの整った顔は………本当に綺麗。


「レナ、お腹減った!」

「ルーナ、ごめんごめん」

「あらら、お腹ペコペコなのね! じゃあ特製のパイ食べて行ってよ!」


 魚屋で………………パイ?


「俺はいらないから、レナとルーに食べさせてやって」

「ちょっと待ってなー!」

「え? リオネル、お腹減ってないの?」

「いや、空いてるけど、ここで食べたら次は肉屋でも何かつまもうと思って。俺はそっちで食うから」


 なんだか府に落ちない。どうやら色々食べさせてくれるようだが、それなら一緒にここでも食べて、肉屋でも何か食べればいいじゃないか。


「お待たせー! 今日獲れたカドニシンの特製パイよ!」


 出てきた料理に驚いた。パイ生地から魚の頭と尾が飛び出しているではないか。海外の料理として本で見たことはあったけれど、まさか、この世界に来て実物を目にするとは。それにしても、不味そう。


「商店街で食べるってことは、あちこちで色々食べるんだろう? 切り分けてあげるから、食べな!」

「………ありがとうございます」

「美味しそう!」


 ルーナは切り分けられたパイをペロリと平らげた。私は………そんなに一気に食べられないよ。初めて生臭いパイを口にした。魚屋というプロが作っているのに生臭いって………下処理してるのかな。臭いが気になって魚の味もいまいちわからないし、生地も硬くボソボソしていて味がよくわからない。単純に美味しくない。次の店も口に合わなかったら、今後は自分で料理した方がいいかも。


「………美味しかったです。ごちそうさまでした」

「美味しかったー!」

「そりゃあ、よかった! 今日はタダにしてあげるから、またおいで!」

「やったな。よし、次行こう」


 リオネルはすぐに肉屋へと向かったので、後をルーナとついて行く。一人だけ食べていないのが恨めしい。


「よく食えたな。レナはああいうの好きなのか?」


 歩いている途中でリオネルがまじまじと私を見た。よく食えたなってことは、リオネルとしても美味しくないのだろう。


「………あのお店には悪いけど、もう口にしたくない」

「? ルーナは美味しかったよ?」

「………とりあえず、肉屋で食えるのは、ただの焼いた肉だから、レナでも食えるさ」


 他の人に聞こえないように小声でやりとりする。特製のパイなんだから、この街では売れ筋の一品かもしれないし、あまり悪く言えないよね。


「リオ様じゃねーか! 商店街歩くなんて珍しいな!」

「どうも。なんか肉焼いて」

「腹減ってんのかい? せっかく寄ってくれたんだからリオ様の好きなグースの肉焼いてやるよ」


 肉屋に着いてすぐにおじさん店員に声をかけられ、あっという間にリオネルのために肉を焼き始める。リオネルって、人気者なの? ここでもリオ様って呼ばれてるし。店の奥から肉を焼く美味しそうな匂いがただよう。ここでなら美味しく食べられそう。


「そういや、リオ様が女の子と一緒にいるの珍しいな!」

「はじめまして。サザンカに勤めるレナと申します。この子はルーナです」

「お! 若いのにしっかりしてんなー!」


 若くないけど、化粧してないからかな。まぁ、私としてはいいけど。おじさん店員は店の中で肉を焼きながら会話を続ける。


「それにしても、サザンカに入るなんて、勇気あるな!」

「え?」

「やっぱり男前なリオ様に近づく為かい?」

「絶対違います。で、サザンカに入るのに勇気いると思うのは何故ですか?」

「総合ギルドなんて、何でも屋みたいなもんだからよ! それに、サザンカは受けた仕事に誰も食いつかなくても、最終的に職員で片付けるのが売りだからな。そんなギルド、他に王都にだってねーよ」


 サザンカってそんなの売りにしてるの?! 確かに依頼する側にしたら、必ず達成されるから安心かもしれないけれど………


「肉焼けたぞー! ほら、食べな!」

「うまっ!」

「美味しー!」


 差し出されたのはサイコロ状の肉が刺さった串だ。一見脂身が多く、油っぽいのかと思ったが、食べてみると、脂身はサラッととろけ、甘味が強くジューシーな肉汁が口いっぱいに溢れ出す。表面に薄くかけられた塩が甘みを引き立て本当に美味しい。


「レナ、どうだ?」

「………リオネル、これ美味しい!」

「だろ? ルーも美味いか?」

「すっごく美味しい! もっと!」

「お! おねだり上手だな! 待ってな!」


 私たちはしばらくの間、肉屋で立ったまま串肉を頬張った。何の肉なのか全くわからないが本当に手が止まらないくらい美味しかった。


「美味しかったです。ごちそうさまでした」

「口にあったようでよかったよかった! 今日はタダにしてやるから、次来たときに何か買って行ってくれよ!」

「やったな! よし、次行こう」


 なんなんだろう。魚屋も肉屋もタダにしてくれるなんて。よくわからないけれど、リオネル効果すごいな。


「次は何食べるのー?」

「ルー、次はお前の服を買うんだよ。あんだけ食ったんだから飯はもういいだろ。そこに行けば化粧道具もあるだろうし」


 ベルナールさんに頼まれた時は面倒臭そうにしていたけれど、リオネルはきちんと仕事をしてくれている。ルーの頭をくしゃくしゃに撫でながら商店街を歩く姿は面倒見の良いイケメンお兄さんって感じ。間違いなく目の保養だわ。


「ここが服屋だ。レナも化粧道具以外に必要なもんあったら買えよ。不自由なく暮すために必要な物を揃えるのは、あんたを召喚したギルド長の責任なんだから。遠慮する必要ないだろ」

「………そうだね」


 私が遠慮しないようにベルナールさんに代わって言ってくれているんだろう。私たちは店の中に入った。


「リオ様ではありませんか。いらっしゃいませ」

「どうも。化粧道具と服、買いに来た」


 店内に入ると、同世代くらいの茶髪のショートボブにそばかす顔の女性店員がニコリともせず迎えてくれた。


「………獣人とは、珍しいですね」

「ダメだったか?」


 商店街で初めてルーが獣人であることに触れられた。珍しいみたいだけど、気にしない人は全く気にならないんだな。


「いえ。たまりません! 私にお任せください」

「ふわぁ!」

「頼むなー」


 女性店員はルーを強引に奥へと連れて行った。きっと着せ替え人形にされることだろう。


「レナ、化粧道具はそこだ」

「うん。ありがとう」


 化粧品がケースの中に並べられている。必要最低限のものがあればいいんだけれど………


「きゃあ! リオ様?! 女性連れじゃないですか!」

「うわ、騒がしいのが来た」


 化粧品を見ていると奥から長い金髪をクルクルに巻いた女性店員が走ってきた。甲高い声が特徴的だ。


「リオ様、やっと彼女出来たの?」

「彼女じゃな………」

「あらあら? 素っぴんなんですね?」

「はい。色々あって化粧品が手元にな………」

「お肌綺麗ですね! 目の形もすっごく綺麗だし、なんと言っても顔が小さい! 私にお化粧させて下さいな!」


 全然話を聞いてくれないが、褒めてくれたのでチャラにしよう。


「まぁ、せっかくだし化粧してもらえば?」

「それなら、化粧してもらって、そのまま道具買おうかな」

「張り切っちゃいますわ! お任せください!」


 女性店員は折りたたみの机と椅子を出し、私を座らせ、机に化粧品を並べていく。目が合うとニコリと微笑み、手に取った化粧品を丁寧に優しく私の顔にのせ始めた。ひんやりとしたジェル状の化粧下地、リキッドタイプのファンデーション、仕上げにフェイスパウダー………


「リオ様、まだ途中ですが如何ですか?!」

「うーん。もともと肌は綺麗だったけど、やっぱり化粧すると肌が白くなって綺麗に整えられるな」

「流石はリオ様! もうちょっと待って下さいね!」


 リオネル、肌が綺麗とかサラッと褒められるあたりがすごいな。褒められ慣れてないから照れるし。

 女性店員は続いて陰影をつける為、シェーディングパウダーとハイライトをのせていく。普段自分で化粧する時は陰影をつけるとか全くやらないから新鮮だ。チークで血色感を与え、アイシャドウとアイラインで目を少し大きくし、最後に眉を整えてもらった。


「ありがとうございます」

「いえいえ! 私も楽しかったです! リオ様の彼女にお化粧出来るなんて!」

「えっと、彼女じゃ………」

「使った道具一式はプレゼント致しますわ」


 リオネル効果が服屋でも発揮されるとは………


「化粧道具はプレゼントしてくれるって言うんだから、服買おう。こっちに来たばかりで、そんなにないんだろ?」

「うん」

「まぁ! 流行りのお品をご紹介しますわ! こちらです!」


 女性店員は張り切り、今度は服が並ぶ所へ案内してくれた。そこには可愛い赤いエプロンドレスを来たルーナがいた。化粧をした私を見て驚いている。


「レナ! 綺麗になってる!」

「ありがとう。ルーナは可愛い服着てるね」

「この子、何を着ても似合うんですよ!」


 ルーナの隣にいる女性店員は興奮した様子で可愛いドレスを辺りに広げている。


「ルーは全く服がないからな。とりあえず10着な。もっと買ってもいいけど、レナの服も買うし、持って帰るの大変だから、ワンピースと着回しできるような服を見繕ってくれ」

「お任せください」

「レナ、これはどうだ?」

「うん。いいね」


 リオネルは飽きる様子もなく、率先して服を選び始める。店員と共に服を選び、私とルーナの服を購入した。会計時にサザンカに請求するよう頼んだときに、やっとリオネルの彼女ではないと誤解が解け、安堵する。こういうことははっきりさせないと。リオネルに変な噂が立ったら申し訳ないから。

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