トゥメルト
メリーは憂鬱そうな顔で馬車に揺られている。
トゥメルト家への帰還。
嫌だった。
心の底から。
夏休みはあと数日。学園に帰るときには二学期の始まる日の早朝だと知らされメリーの顔はさらに曇る。
「到着いたしました」
馬車のドアが開けられた。
大きな屋敷の門をくぐり、屋敷に上がる。
そして、真っ先に顔を見せたのは銀髪で片目を隠したメリーの妹。
「やっ、お姉ちゃん!おかえり!」
「……ただいま」
メリーは家の奥に入っていく。
妹はそんなメリーの顔を見るなり笑いだす。
「あはは!いやそーな顔!トゥメルトにあるまじき顔だよー!」
そして、メリーの背中をポンポンと叩いた。
「ボクと一緒だね」
少し低くした声で囁くように言う。
瞬間、メリーの表情が怒りに変わった。
「わたしは、あんたなんかとは違う!!」
「丁寧に話せよ。本性出てんぞ、おねーさま♡」
妹にそう言われ、メリーは不機嫌そうにこめかみを抑える。
「あっ、そうそう。あいつが呼んでるよ。すぐに来いって」
「……分かりましたわ」
メリーは階段へ向かい、二階へ上がる。
そして、書斎の部屋のドア前に立った。
「…………」
コンコン
少しためらってからノックをする。
「入れ」
メリーがドアを開けた。
窓から差す光のみが部屋を照らす暗い部屋だ。
正面の書斎には、メリーの父親が座っている。
「なぜ遅くなった?」
「……妹に、絡まれました」
「なぜ反応した?」
「申し訳ございません」
父親の質問に、メリーが頭を下げる。
「なぜ扉の前で少し止まった?」
「……申し訳ございません」
「未熟だな」
父親の語り口は平坦で、感情を感じない。
まるで怒っているかのような内容なのに、一切の感情がない。怒りも、呆れすらも。
ただ疑問を聞いただけのようだった。
「学園はどうだ?楽しいか?」
「……いえ。魔法騎士団に入ることが目的ですので」
「そうか。随分楽しんでいるそうだな」
「……申し訳ございません」
メリーは頭を上げることができない。
「いいか?お前は魔法だ」
父親は椅子から立ち上がる。
「我がトゥメルト家を繫栄させるためだけの魔法。親である私がそう思っているし、お前もそう思うべきだ」
「全てはトゥメルトのためなんだ」
「……存じております」
「やはり、メリーと言う名前は邪魔か?」
「……いえ」
「そうか……なら、邪魔だな」
「罰はいるか?」
メリーの体がビクッと反応する。
「……いえ、遠慮します」
「そうか……必要かもな……」
メリーの父親はメリーの隣まで歩いてきた。
「なぜ恐怖する?」
「なぜ喜ぶ?なぜ笑う?なぜ怒る?なぜ照れる?なぜ泣く?なぜ希望を持つ?なぜ絶望する?それはお前に必要か?」
「……必要、ありません」
バチンッ
メリーの父親がメリーに雷魔法を放った。
「あ゛!!あ゛ぁ……!!」
メリーが地面に崩れ落ち、うめく。
その目に涙が浮かんだ。
「なぜ返事をためらう。なぜ痛む。なぜ泣く」
メリーの父親がメリーの髪を掴み、その顔を見た。
「感情はいらないんだ。感情は感じなくていい。理解すればいいんだ。こうすれば喜ぶ、こうすれば笑う。こうすれば痛む、こうすれば悲しむ、こうすれば泣く、こうすれば悲しい。覚えるんだ、全部」
「お前は覚えたか?」
「……はい」
バチンッ
さらに強い電気が流れた。
「あああああああ!!!!」
「なぜ痛む。なぜ泣く。なぜ感情を持っているんだ、お前は」
「私は感情を覚えているが、教えた記憶はないぞ?」
「もうしわけ、ございませっ……」
メリーの父親が目を見開いた。
「なぁ」
「なぜ謝る?」
メリーの顔が恐怖に染まる。
「なぜ謝意を感じるんだ?お前は。理屈は分かる。が、感じる方法が分からない」
「私は教えたはずだ。子供の頃、よく笑うお前に」
「感情の、殺し方を」
感情を殺す魔法。
トゥメルト家の相伝魔法。
「いらないんだよ。トゥメルトの繁栄以外」
父親は書斎の窓の外を見た。
「人間は、暗い方が怖いらしい。人間は、殴られると痛いらしい。人間は、自分を守るために謝るらしい」
「全部、お前にはいらない」
父親は一呼吸置く。
「そういえば、ドラン家の息子からの誘いを断ったらしいな?」
「……はい」
「ドラン家の息子とお前の婚約が決まった。これは、喜ばしいことである」
「…………」
メリーは、姿鏡に映った自身のウェディングドレス姿を思い出す。
そんな自分を見たヒューマの顔も。
「…………やだ」
メリーは張り裂けんばかりの声を出す。
「嫌!嫌です!!」
バチッ!!
「あああああ゛あ゛あ゛!!!」
メリーが地面をのたうち回る。
「ダメだな。やはり出来損ないだ」
「思い出せ、感情の殺し方を」
「あ!あ゛あ゛!!」
「痛いのは嫌らしいな、人間は。望まれない婚約も嫌らしい」
「そして、嫌なことからは逃げたいそうだ」
「感情を、殺せ」
「いやだ!わたしは!絶対に!!!」
「人間は、苦しみから逃げたいらしい」
バチィッ!!!
「あああああああああ!!!!」
メリーの動きが止まる。
「覚えたか?」
「……はい」
メリーの目が、少し閉じた。
「それは、魔法が使えてるという現象だ。偉いぞ」
父親がメリーの頭を撫でる。
「人間は、褒めるときに頭を撫でるらしい」
「そうですか」
「嬉しいか?」
「はい」
「完璧だ」
メリーの父親は書斎の椅子まで歩き、座る。
「これが、愛と呼ばれるものらしい。覚えておけ」
「はい」
「よし、完璧だ。出ていけ」
ギィ
バタン
メリーが書斎を出る。
一人残った書斎。
「これが、間違ってるというものらしい」
「しかし、私には分からない」
メリーの父親は、自身の左腕に電撃を与えた。
「やはり、分からないな」
「なぜトゥメルトを繁栄させるのかも、分からない」
「生きるのに理由はないそうだ。しかし、人間は生きないといけないらしい」
トゥメルト家当主ベラグリェル・トゥメルト。
幼少期は、よく笑う子供だったらしい。
数日後
感情を殺す魔法。
わたしは、何も感じないまま馬車に揺られる。
しかし、得体のしれない喪失感のみがあった。何かを失った感覚。
しかし、何を失ったのか、なぜそれが虚しいのか、それらを単語でしか理解できない。
今までの出来事も、笑ったことも、泣いたことも、全て。
全て言語化し、覚えている。しかし、その感情を思い出せない。
どうでもいいことだ。
どうでもいいことの、はずだ。
「到着いたしました」
時刻は早朝。
朝からいる学園の事務員に話を通し、学園に入る。
自室へ向かうとしよう。
学園の土地に入ってしばらく。
視界の隅に、一人の男が居た。
人気のない場所で座ってうたたねをしている男。
ヒューマ・スノーベル。
……そういえば、魔法祭が終わってからも毎日早朝に走り込みをしているんだったか。
偶然、そこに居ただけかもしれない。
でも、わたしを、待っているような、気がする。
ずっと、そうだったから。
あっ、ダメだ。
言葉でしか説明できなかったはずの思い出がすべて熱をもって頭の中に蘇る。
お昼ごはんも、サークルも、花火も、魔法祭も、手を握ったことも、遊びも、夏休みも、ドレスも、海も。
全部全部全部全部全部全部全部。
「ヒューマあぁあああ!!!」
気付けば、足が動いていた。
あそこに居たい。
ヒューマと、一緒に。
「メリーさん!?どうし……」
わたしはヒューマに抱き着く。
誰も来ない、中庭の端。
ふたりきり。
「わぁ!え!?なに!?」
「ヒューマ!ヒューマヒューマヒューマ!!」
ヒューマ。
ヒューマヒューマ!!!
「ど、どうしたんですか!」
好き。
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。
ずっと一緒に居たい。隣を歩いてほしい。愛してる。
「……とりあえず、落ち着きましょう」
ヒューマが言う。
優しいね。
好き。
「ヒューマぁぁぁあぁああ!!!」
フーッ……フーッ……
やがて喉がつぶれ、荒い呼吸だけが残る。
なんか、恥ずかしいなぁ。
「大丈夫ですよ、僕は心配にしか思いません」
そうなんだ。
好き。
わたしはヒューマに抱き着いたまま離れたくない。
ずっと、ずっと。
陽が昇ろうと、壁一枚隔てた先に生徒の声が聞こえようと。
絶対にやだ。
離したくない。
離したら、いなくなっちゃうかも。私が、いなくなっちゃう。だから、
やだ。
キーンコーンカーンコーン
授業の予鈴が鳴った。
まだ動きたくない。
「もう五分前ですね。そろそろ行きますか」
ヒューマが立ち上がろうとする。
やだ。
ふたりっきりがいい。
「……ャダ」
わたしが掠れた声で言う。
「そうですか。じゃあいいです」
ヒューマは再び座りなおした。
どうして授業なんて行こうとしちゃったの?
せっかく一緒なのに。
「……ねぇ」
「なんですか?」
「ヒューマはわたしが好き?」
知ってることを聞いた。
答えなんて分かってる。でも、聞いた。
優しい声が聞きたくて。
「それは……」
ヒューマが少しためらう。
ダメ。
「答えて」
不安なんてない。
ずっと知ってるから。
「……好きですよ。大好きです。心の底から、愛してます」
「そう」
沈黙。
わたしは言わなくてもいいよね。
好きだよ、ヒューマ。
でも言わない。
きっと分かってくれるよね。
……あはは。面倒だなぁ、わたし。
照れちゃうのがやだって素直に言えばいいのに。
「わたしは教えない」
「そうですか」
また沈黙が流れた。
…………なんで、愛してくれるんだろう。
なんで好きって言ってくれるんだろう、なんで受け入れてくれるんだろう。
なんで一緒に居てくれるんだろう、なんで隣を歩いてくれるんだろう。
何で頑張ってくれるんだろう。
一緒に居る時も、一緒に居ないときも、わたしのことを思ってくれてるっていう確信がある。
きっとどんなわたしでも愛してくれる。
でも、それに甘えたくはない。
わたしも頑張って好きになってもらえるような女の子になる。
けど、今だけは。
今だけは、いいよね。
「わたしって、ずるいんだ」
「弱くて、卑怯で、逃げ続けてる。情けなくて、どうしようもないクズ」
ごめんね。ヒューマが好きな女の子は最低なんだ。
でも、今だけは許して。
あとで頑張るから。
「違いますよ」
ヒューマが言う。
「誰よりもメリーさんのことを知ってる僕が言うので、間違いないです」
……ふふっ。
そっかぁ。
知ってるんだ、わたしの頑張り。
でもね、きっとそれじゃ足りないの。
まだあなたの隣に立てないの。
「……あのね、わたしからのお願い」
わたしはさらに強く抱き着く。
離さないために。
「わたしを、助けて」
あれ。
なんか、涙出てきた。
なんでだろう。悲しいの?痛いの?わたし。
……あれ。
なんか、安心しちゃってるの?
どうして?
「分かった」
ヒューマもわたしを抱きしめる。
「……ありがとう」
声を出して泣くことはしない。格好がつかないから。
キーンコーンカーンコーン
朝のチャイムが鳴る。
「ドレスアップ」
ヒューマが呟いた。
ドレスアップ……?
あれ?何か、服の感触が違うような……。
わたしは自身の肩を見る。
これは……
オレンジの、黒を基調としたドレス。
子供の頃好きだったドレスだ。
私が選んだ、最初で最後の……。
キーンコーンカーンコーン
また鐘が鳴る。授業開始の合図。
結婚式の鐘みたいだね。
「二人っきりで話そう。全部投げ出して」
ヒューマの言葉に、わたしはヒューマに抱き着くのをやめる。
そして、少し歩いた。
これで全身が見えるかな。
「うん!」
そして、満面の笑みを見せる。
泣き跡、残っちゃってるかな。
頬を撫でる風は熱い。朝だと言うのに空気は茹だり切っている。
そして、空は嘘のように晴れ渡っていた。
「遅刻、なっちゃったね」
こんなの初めて。
でも、どうってことないや。
「そうですね」
ふたりだけの時間。
ふふふ。
ふたりだけ、えへへ。ふたりだけ……。
えへへへへ。
「なんか人数足りねぇけど、二学期最初のホームルーム始めんぞー」
ナヅが教室に入りながら言う。
「今日はなんと、このクラスが十一人になりまーす。転校生、どうぞ」
教室がざわめく。
バンッ!
ドアが勢いよく開いた。
入ってきたのは、赤い目、少し褐色の肌、少し高い身長に短い銀髪で右目を隠している少女。
その少女は教卓前まで歩く。
そして、くるっと生徒たちの方を向いた。
「どうも!この学校へ転校してきた、ユーレー・トゥメルト!こんななりだけど女の子だよ!」
少女は、にっこりと笑う。
「ぜひ、ボクと仲良くしてね!」
ユーレー・トゥメルト。
ラリエル王国立魔法学園、一年A組へ侵入。
最後まで作品を読んで下さりありがとうございました!
面白かったらぜひブックマーク、高評価、感想をよろしくお願いします!
次話もお楽しみに!




