2.計画立案
押し付ける様にして渡されたアネモネをメイドに渡し、自室に活けてもらっているのを眺めながら今後の計画を考える。
私のことを家族とも思っていないであろう両親と兄たちには頼るどころか何ら期待は望めない。
婚約者だって振り返ると直接的にしろ、間接的にしろ、私を殺しにかかってくることを考えれば、彼らと関わらないように生きるしかない。
1度目も2度目も20歳前後で死んでいることを考えれば、それまでに自立する必要がありそうだ。2年後18歳で学校を卒業するからそれまでに人生設計を立ててこの家を出ないと。
前回までを振り返るなら貴族としての生活は厳しいだろうから平民になるしかないかな・・・?
と、ソファの上で寝そべりながら考えていたところで、計画を整理するために紙に書こうと起き上がる。
せっかくメイドが梳かしてくれたサラサラな髪が、ソファに擦れて一部分だけくしゃくしゃになってしまった。
「まあ。御髪が乱れてしまいましたね。櫛を持って参りますので少々お待ちください。」
「ん?ああ・・・そうね。お願いするわ。」
見かねたメイドが髪を直してくれるという。少々、と言った通りすぐに戻って来た。
さっきまで寝ころんでいたソファにちゃんと座り、優しく梳いてくれる彼女の手つきに心が穏やかになる。
「いつ見てもお嬢様の御髪は綺麗ですね。この銀色の髪は高貴さを醸し出していますし、滑らかで触っていてとても気持ちがいいですわ。長いからアレンジも楽しいですしね。」
「みんなが手を尽くしてくれているおかげよ。私じゃこんな風にできないわ。」
にこにこと手際よく髪を梳いていく彼女に、書き物をするからうっとうしくない様にしてほしいと頼んだら、両サイドの髪を編み込んで後ろでまとめてくれた。
「では、なにか飲み物を持ってきましょうか。何がよろしいですか?」
「そうね・・・この間買った紅茶があったでしょう?あれにするわ。」
「かしこまりました。では失礼いたします。」
たとえ家族に冷遇されていても、ここで働く使用人たちは彼らのこと、私のことをよく見ているから、彼らの前で表立って仲良くはしないものの、2人の時は何かしらと気を配ってくれている。彼ら無くしてはいられない。彼らがいなければ私の性格は破綻しているんじゃないかと思う時がある。
廊下へと通じる扉の正面に置かれた机に紙を広げ、ペンを持った。
さて、どうしようか。
(家族と離れたいならこの家には住めないわね。というか家名を名乗っていれば何くれと都合のいいように使われるだろうし・・・平民として暮らすのが一番いいかしら。それに家に捨てられたとなればきっと婚約も破断になるだろうし、そうしたらあのいけ好かない男とも離れられるわね。
平民になるなら仕事をしないといけないし身の回りのことも自分で出来るようにならないと。何より住むところを探さないといけないわね。)
そうやって紙にこれからやることをリストに上げていく。
①平民の生活を学ぶ
②家を買う
③家事が出来るようになる
④仕事を探す
それぞれの項目で何をしていくかさらに細かく分けていった。
「失礼します・・・お嬢様、日が陰ってきましたし、そろそろ灯りを付けませんと。」
書くことに夢中で部屋の中が薄暗くなってきたことに気付かなかった。外は夕日で空が赤く、赤を飲み込むように黒が迫ってきていた。だが、窓を背にして机に向かっているため手元は外の明るさに合わず暗い。いつの間にこんな時間になっていたのか。
ずっと同じ姿勢だったから凝り固まった体をほぐすように背伸びをした。
「明日からまた学校に戻られるんですから、今日は早めに休んでください。夕食はこちらで召し上がられますか?」
「そうしようかな。片付けるから準備してもらえる?」
「かしこまりました。」
静々と退室していくメイドを見やってから首をぐるりと一周回して机の上を片付けた。
夕食は湯気が立つトマトのリゾットにサラダ。急に油くどい物を食べて体調がまた悪くなってはいけないとシェフが気を利かしてくれたようだ。そこまで軟弱でもないと思うんだけど・・・。
「マリ!おはよう。もう大丈夫なの?」
「見舞いに行きたかったんだけどなかなか行けなかったのよ。体調はどう?」
「ララ、ティーナ、おはよう。大丈夫、もう治ったわ。ごめんね急に休んで。」
馬車で学校まで送ってもらい、教室に入ると友人のラリアンとトルティーナが側に駆け寄ってきてくれた。
心配そうに眉を下げている顔を見ると申し訳ない気持ちと、心配してくれて嬉しい気持ちが混ぜこぜになる。
2週間も学校を休めば心配にもなるか。他のクラスの面々も伺うようにこちらを見ているのが気配で分かる。これだけ長く休んで私死亡説でも流れていたらどうしようかと思ったが、意外と大丈夫だったみたいだ。
「これね、マリが休んでいた間のノートよ。来月テストだからきっとこれも範囲内ね。はい。」
「ありがとう。・・・で、ララのその頭、どうしたの?」
渡された2冊のノートに感謝を告げ、さっきから気になっていたラリアンの髪型に言及した。
普段からウェーブがかっている髪は肩までの長さとなっているのだが、今日はトルネードと言ってもいいくらい激しい。
「そう。そうなのよ。今日の私の髪は絶不調よ。」
今日は上手く出来なかったみたいだ。指摘したことで赤い髪をクルクルと指にからめはじめた。
男爵令嬢の彼女は、周りから成り上がりと言われている。大きな商団をかかえ、財を成し、国にも貢献していることから6年前に平民から叙爵されたらしいが、元々平民だったから身の回りのことは自分でできるため、メイドを雇っていないらしい。
初めそれを聞いたときは不便そうだな、って思ったけど今はむしろ自分で何でもできる彼女はすごいと思っている。特に今後のことを考えている今となればなおさら。
そんなことを話していたら先生が教室に入ってきたため話を中断してしぶしぶ自分の席についたのだった。