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次女再来

「……?」

 

「春瀬くん……ここは?」


唐突な空間の歪みに翻弄され、地面に膝をついた小森さんが、周囲の異様な静寂に声を震わせる。


テレポートの残響が鼓膜の奥で鳴り止まない中、春瀬さんは即座に彼女を背後に庇い、視線を前方へと固定した。

 

二人の行く手を塞ぐように立っていたのは、ファミリー幹部の一角――次女。

 

「あのクソ女じゃなくて良かったぁ」


次女は、本来そこに現れるはずだった「長谷川」という脅威がいないことに、心底から安堵したような溜息をもらした。その瞳には、獲物を前にした余裕と、どこか残酷な光が混じり合っている。


「春瀬くん……あれって……」

 

「はい、隊長の言ってた次女……でしょうね……」


二人は一瞬たりとも視線を逸らさず、全身の神経を研ぎ澄ませて次女を睨みつける。

 

「そんなに警戒しなくてもいいのに〜、ただの子供だよ?」


次女はあどけない声を出しながら、楽しげにステップを踏んで近づいてくる。その足元からは、見るからに禍々しい、紫がかった半透明な毒の霧がじわりと広がり、二人を包み込もうとした。

 

しかし、その刹那。耳を劈くような突風が吹き荒れた。

 

「悪いけど、毒の霧は意味ないよ」


【能力:空流層送エアロ・センデ


春瀬さんの能力によって制御された烈風が、忍び寄る毒を跡形もなく吹き散らす。


それと同時に、隣の小森さんが静かに、しかし力強くその能力を解放した。

 

【能力:聖霊召喚スピリッツ・スポーン

彼女の周囲に眩いばかりの白光が走り、虚空から一体、二体と鎧を纏った光の兵士たちが次々と受肉していく。その数は瞬く間に数百体へと膨れ上がり、無機質な軍勢が次女を包囲するように整列した。

 

「わぁ……綺麗。でも、数で押せば勝てると思ってるの?」


光の兵士たちに囲まれながらも、次女は顔色一つ変えず、むしろおもちゃを見つけた子供のような無邪気な笑みを浮かべている。

 

光の兵士たちは、小森さんの号令と共に一斉に槍を構え、次女目掛けて突撃を開始した。白銀の鎧が放つ輝きが周囲を圧倒し、数にして数百。暴力的なまでの物量が少女を飲み込むかに見えた。


しかし、次女の笑みは消えなかった。それどころか、獲物が罠にかかった瞬間を楽しむような、邪悪な無邪気さがその瞳に宿る。


彼女が指をわずかに動かした瞬間、先ほど吹き散らされたはずの「毒」が、より濃密、かつ広範囲な霧となって爆発的に噴出した。


「あはっ! 溶けちゃえ!」


ジィィィ……ッ! という、耳を劈くような腐食音が戦場に響き渡る。


次女の放った高濃度の毒霧に触れた瞬間、聖霊たちの強固な鎧も、握りしめた槍も、飴細工のようにドロドロと溶け崩れていった。光の粒子が、毒によって無残に汚染され、消えていく。

 

「いっ……!」


小森さんが短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちそうになった。

 

「大丈夫ですか! 小森さん!」


春瀬さんが咄嗟に彼女の肩を支える。小森さんの左手首から二の腕にかけて、まるで陶器が割れるような、痛々しい「亀裂」が走り、そこから血が滲んでいた。

 

聖霊召喚スピリッツ・スポーンの代償:指揮者の責任】

• ペナルティ:100体程度の喪失なら無傷だが、300体を超えると召喚者に物理的なフィードバック(亀裂)が発生する。

• 現在の損失:635体。

 

「このくらい……大したことないよ……っ」


強がる小森さんだが、その顔は苦痛に歪んでいる。

もし、このまま手持ちの兵士が全滅すれば、彼女の肉体はその負荷に耐えきれず、修復不能なダメージを負うことになる。

 

(守るか、攻めるか……どっちかに絞らないと詰む…!)


春瀬さんは歯噛みした。


毒の霧は、ただ風で吹き飛ばすだけでは防ぎきれない。次女の能力は、空気そのものを「死」へと変質させている。


「ねぇ、お兄さん。そのお姉さんの腕、ボロボロになっちゃう前に降参したら? 私、壊れかけのお人形はあんまり好きじゃないんだよね」


次女は溶け残った光の破片を踏みつけながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。


(どうする……隊長なら、ここをどう切り抜ける……!)


焦燥感に駆られ、ふと自分の右手の小指に目をやった春瀬さんは、息を呑んだ。先ほど毒の霧を吹き飛ばしたはずなのに、その指先がどす黒く変色している。空気中に残留していた微細な粒子として、肌から直接侵食を始めていたのだ。

 

「あれれ〜、バレちゃった?」


次女は無邪気に首を傾げ、勝ち誇ったように笑う。その姿には一分の隙もない。近づけば即座に溶かされ、留まれば毒に侵される。文字通り「詰み」の状況。

 

迷い、足が止まりかけた春瀬さんの前に、突如として二人の光の兵士が割り込んだ。

 

「隊長ならどうするって、今考えたでしょ? ……逃げるよ!」


小森さんの鋭い声。兵士たちは春瀬さんと小森さんを軽々と抱え上げると、凄まじい脚力で戦場を離脱し始めた。

 

「あーあ、逃げちゃうんだ。……はぁ、仕方ないなぁ。これやると気分悪くなるから嫌なんだけどね」


背後で次女の、湿り気を帯びた声が響く。


彼女の周囲に、逃げ場を塞ぐような巨大な毒の球体が形成され、さらにその外側を、どろりとした黒紫色の液体が覆い尽くしていく。

 

冥毒羅解放ヒドラモード

 

爆発的な毒気の噴出。


そこには、複数の蛇の頭を持ち、両腕にはドラゴンのような鋭い爪を宿した、異形の半人半獣が顕現していた。下半身はまだ形を成さず、地面に毒の泥を撒き散らしているが、その威圧感は先ほどまでとは比較にならない。

 

「なにあれ……! 化け物やないか!」


背後を振り返った春瀬さんが戦慄する。その異形は、逃げる二人を追う道中で、味方であるはずのファミリーの下っ端や、逃げ遅れたアイギス隊員を等しく飲み込み、一瞬で骨も残さず溶かし去っている。

 

「知らない! とにかく逃げるよ! あの毒に触れたら一瞬で終わりだよ!」


小森さんの腕の亀裂がさらに深く刻まれる。兵士たちに全力疾走を命じている負荷が、彼女の限界を削っていた。

 

逃がさない。地の果てまで腐らせてやる。

そう言わんばかりに、未完成の「冥毒羅」が毒の泥を跳ね上げ、猛スピードで背後に迫る。

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