やり方
長谷川さんの、まさに「女を捨てた」魂の一撃。
再生能力を攻撃力に転換したかのような重い拳が、次女の顔面にまともにめり込んだ。
「あぐっ……!」
小さな体が木の葉のように2メートル以上も吹き飛ばされ、アスファルトの上を無様に転がる。
次女は顔を腫らし、鼻血を流しながら、子供のように泣き叫んだ。
「わ……私はファミリー幹部の……次女よ! 手を出した……からには、おに……お兄ちゃんが黙ってないんだからぁ!!」
その言葉が合図だったのか。
空気を切り裂くような重低音が響いた直後、真上から「巨大な鉄の塊」が落下してきた。
首都高の路面がクレーター状に粉砕され、その衝撃波だけで立ち込めていた毒霧が瞬時に霧散する。
「お兄ちゃん!」
砂煙の中から現れたのは、須藤さんに見せられた映像の中で、アイギスの精鋭を5分で全滅させたあの男――全身サイボーグの長男だった。
「妹が世話になったな……」
スピーカーから漏れるような、不機嫌で機械混じりの声。
長谷川さんは怯むことなく、逃がさないと言わんばかりに地面を蹴った。だが、男の反応はさらにその上を行く。
男は黒く光る鉄の指を軽く曲げると、迫り来る長谷川さんの額に向けて、黒い鉄の指を軽く弾いた。
次の瞬間、空気が破裂した。
金属バットでフルスイングされたような衝撃音が響き、長谷川さんの体が面白いように後方へ吹き飛ぶ。彼女の体は俺たちの装甲車のフロント部分に叩きつけられ、激しい音を立てて止まった。
「まだ遊ぶ時間じゃないだろ。」
会話を残し、長男は次女を軽々と脇に抱え、ブースターの轟音とともに空へ向かって飛び去っていった。
「長谷川さん! 大丈夫ですか!」
俺は慌てて車から飛び出し、彼女の元へ駆け寄った。
目に入った光景に、俺は思わず息を呑む。デコピンを受けた箇所は頭蓋骨が露出し、全身も毒の腐食でボロボロ。普通なら即死していてもおかしくない状態だった。
だが、肉体が「ミシミシ」と音を立てて盛り上がり、数秒で元の端正な顔立ちへと再生していく。
「うん、私は大丈夫……っ」
長谷川さんはふらつきながらも起き上がり、俺たちを安心させるように無理に微笑んだ。そのタフさに全員が呆然とする中、ルーフから見ていた新島さんが、堪えきれないといった様子で吹き出した。
「あはは⭐︎」
「美恵ちゃん、装甲以外、溶けてるよー⭐︎」
「え……?」
長谷川さんが自分の体を見下ろす。
そこには、再生したての美しい肌。……しかし、それを覆っていたはずの衣服は次女の毒と今の衝撃ですっかり溶け落ち、文字通り一糸まとわぬ姿になっていた。
「…………いやぁぁぁぁぁぁ!! 見んといて!!」
慌てて自分の体を隠す長谷川さん。
長谷川さんは服までは再生出来なかった。
騒がしかった空気が、一瞬にして重く冷え切った。
俺たちは、吹き飛ばされた高知部隊の装甲車へと駆け寄った。
だが、開いた扉の先から漏れ出してきたのは、血と、焦げた肉と、そして次女の毒が混じった異臭だった。
中にいたのは、さっきまで無線でやり取りをしていたはずの仲間たち。それが今は、誰が誰かも分からない無惨な肉塊に成り果てていた。
「長谷川さん、治療を……!」
俺は縋るように叫んだ。彼女のあの超速再生なら、どんな傷だって治せるはずだと。
だが、長谷川さんは血の気が引いた顔で、力なく首を振った。
「無理よ……。私の『神癒神展』は、生きてる者にしか治療を施せないのよ。……」
再生能力の限界。それは「死者」には届かない。
俺は拳を握りしめ、視線を落とした。さっきまで母さんへのメールに涙していた自分が、ひどく遠い存在に感じられた。ここは、そういう場所なのだ。
後ろから、隊長が静かな歩調で近づいてくる。彼は惨状を一瞥し、顔色ひとつ変えずに無線のスイッチを入れた。
「……こちら名古屋ラボ、稔だ。本部に報告する。移動中に『家族団欒』幹部からの急襲に遭い、アイギス高知部隊の全滅を確認した。繰り返す、高知部隊は全滅だ」
無線の向こう側で、息を呑む音が聞こえた。
「……『家族団欒』は、長男と次女。奴らは現在、空路で都心方面へ離脱。……俺たちはこれより予定通り、新宿へ向かう」
隊長はそれだけ告げると、短くなった煙草を吐き捨てた。
「夕凪。……これが、国家転覆を狙う奴らのやり方や。俺たちが一歩遅れれば、東京中がこうなる」
その言葉が、俺の心臓を冷たく突き刺した。
悲しんでいる時間は、一秒も残されていない。
新宿のビル群を背に、眼前に広がったのは、およそこの世のものとは思えない光景だった。
整然と並ぶ黒い戦闘服、重厚な装甲車、そして一人ひとりが放つ凄まじい威圧感。
かつてこれほどまでの「力」が一点に集中したことがあっただろうか。
(1万……いや、2万人はいるぞ……)
日本という国家が、これほどの異常事態の中でも崩壊せずに形を保っていられた理由。その答えが、ここにあった。
ここに集められているのは、ただの軍隊ではない。全員が過酷なゲームを生き残り、1000ポイントを超えた、選りすぐりの「化物」たちだ。
「凄い数ですね……」
俺が呆然と呟くと、隣に立った隊長も目を細め、珍しく真剣な表情を浮かべた。
「ああ。こんなに集まったのは、アイギス結成以来初めてやろうな。……それだけ、上層部もケツに火がついとる証拠や」
俺たちは本部の受付へと進むが、周囲に漂う空気は決して「勝利への自信」に満ちたものではなかった。
耳を澄まさずとも、すれ違う隊員たちの沈痛な会話が否応なしに飛び込んでくる。
「青森部隊が半壊だってよ……」
「こっちは二班が全滅だぜ。……たった一人の敵にな」
その言葉に、背筋が凍った。
高知部隊だけではなかったのだ。日本各地から集められる道中、多くの部隊が「家族」の刺客によって削られ、散っていった。
この2万人という軍勢すら、敵にとっては「迎え火」に過ぎないのかもしれない。
「……夕凪、顔を上げろ。数が多けりゃええってもんやない。最後に立ってた方が勝ちや」
隊長が俺の肩を叩き、本部テントへと促す。
そこには、今回の殲滅作戦の総指揮を執る人物たちが待っているはずだ。




