ゲームの参加
その声は、耳からではなく、脳の芯に直接杭を打ち込むような無機質な響きだった。
街中の人々が同時に足を止め、頭を抱え、あるいは空を見上げる。
直後、1億2千万人のうち、選ばれた「2割」の脳内にのみ、地獄への招待状が読み上げられた。
「ゲームへのご参加、誠にありがとうございます」
「これよりルール説明を行います。プレイヤーの皆様には一人 1ポイントを割り当てました。これは皆様が明日を生きるための『片道切符』です」
ざわめきがひめいにかわる。しかし、声は慈悲なく続く。
「一週間に一度、生存消費ポイントとして1ポイントを徴収いたします。もし一週間以内にポイントの変動(獲得)がない場合、来週の消費ポイントは『二倍』に増幅されます。停滞は死を意味するとご理解ください。ポイントを稼ぐ手段はただ一つ。プレイヤー同士の対戦のみ。一人撃破につき1ポイント。さらに、敗者が所持していた『ポイント』は、全て勝者のものとなります」
奪わなければ、奪われる。
誰かが呟いた「嘘だろ」という声に重なるように、声の主は「娯楽」としての側面を告げた。
「なお、基本点以外にも、素早さ、華麗さ、芸術点、そして『残虐性』といった項目で追加加点が行われます。獲得合計ポイントに応じ、翌週の生存消費ポイントも増加いたします(10pt以内の保持者は1pt消費、50pt保持者は5pt消費、100pt保持者は10pt消費……)。強者には相応の飢えを与えましょう」
「各プレイヤーには、戦うための能力と武器を完全ランダムで支給いたしました。運も実力のうち。ご了承ください」
「最後に、初参加特典として10万クレジットを配布いたします。これは現金化も、武器の購入も可能です。……説明は以上です」
一拍おいて、脳内の声は少しだけ温度を帯びた――あるいは、嘲笑を含んだように響いた。
「皆様のご武運を」
脳内の声が「スキルと武器を支給した」と告げた瞬間、それは起きた。喉の奥に熱い泥を流し込まれたような不快感と、脳を素手で掻き回されるような感覚。
「手に入れた」のではない。ずっと昔からそこにあった「使っていない筋肉」の動かし方を、無理やり思い出させられたような――そんな全能感に近い錯覚が全身を駆け抜ける。
(なんだ…?この、感覚は…)
指先を動かすのと同じ自然さで、自分の内に宿った**『十刻縮延』**の脈動を感じ取っていた。
だが、視線を自分の右手に落とした瞬間、その全能感は冷たい氷水へと変わった。
「……は?」
こびりついていた熱が、一気に引いていく。
『完全ランダム』という言葉の残酷さが、手のひらの中で鈍い銀色の光を放っていた。
握らされていたのは、戦場にはおよそ似つかわしくない、プラスチックの柄がついた小さな果物ナイフ。
「うそだろ……」
周りからは、アスファルトを断ち切る巨大な大剣の音や、空間を震わせる銃声が聞こえ始めている。
10分の1の世界を駆け抜ける速度。それに対し、与えられたのはリンゴの皮を剥くための玩具。
「この一点で……どうやって生き残れって言うんだ」
手の中の10万クレジットという「命の値段」を、俺は震える指で強く握りしめた。
「……ショップ」
震える声で呟いた瞬間、視界が歪んだ。
網膜に直接焼き付くような、青白い半透明のウィンドウ。初めて見るはずの操作画面なのに、俺の指は迷うことなく「武器カテゴリ」をタップしていた。身体が、魂が、この地獄の作法をあらかじめ知っている。
だが、そこに並ぶリストを見た瞬間、心臓が凍りついた。
• 【タクティカル・ナイフ】:150,000 Cr
• 【9mm拳銃(国産)】:500,000 Cr
• 【アサルトライフル】:800,000 Cr
「ふざけてんのかよ……」
手元にあるのは、支給されたばかりの10万クレジット。
この世界の「標準」にすら、俺は届いていない。
果物ナイフから卒業することさえ、今の俺には許されないのか。
画面の端には「現金化:1Cr=10円」という項目が不気味に点滅している。
全額を換金すれば100万円。高校生の俺にはかなりの大金が、ボタン一つで銀行口座に振り込まれるだろう。
だが、ここは日本だ。
銃刀法が牙を剥くこの国で、本物の武器を調達することのハードルは絶望的に高い。
「金があっても、武器が買えない。金がなければ、殺される……」
高額な銃火器のリストの上で止まる。
どれほど喉から手が出るほど欲しくても、今の俺には届かない。10万クレジット――100万円という大金は、この殺戮の場においては「端金」でしかなかった。
「……まともに戦えば……死ぬ……」
俺は震える指で、消耗品のカテゴリーをスクロールした。
• 【煙幕弾】:1,500 Cr
• 【閃光手榴弾】:1,000 Cr
「これだ……」
俺は合計5,000クレジットを支払い、煙幕と閃光手榴弾を2つずつ選択した。
決済が完了した瞬間、俺の足元に、まるで最初からそこにあったかのような自然さで、重みのある4つの金属が出現した。
それを拾い上げる俺の指は、自分でも驚くほど小刻みに震えていた。
つい数時間前まで、この手は教科書をめくり、スマホで動画を見ていたはずだ。それが今は、人を殺すための道具と、そのための「軍資金」を握っている。
不意に、リビングのテレビから緊急特報のチャイムが鳴り響いた。
慌てて画面を振り返ると、そこには見慣れたニュースキャスターではなく、冷徹な眼差しをした政府高官が立っていた。背後に掲げられたパネルには、禍々しい筆致でこう記されている。
『事態名称:蠱毒』
「……こどく?」
思わず溢れた俺の声をかき消すように、スピーカーから非情な公式声明が流れ始めた。
「現在、国内で発生している一部市民の異能化、およびそれに伴う戦闘行為について、政府の見解を発表します。我々はこの現象を『不可抗力の淘汰』と定義しました。今後、プレイヤー間における紛争、殺傷については、民事不介入の原則を適用し、警察権力の介入は行いません」
「……なっ……」
呼吸が止まった。
つまり、殺されても警察は助けてくれない。この部屋の扉を壊して誰かが入ってきても、それは「喧嘩」として処理されるということか。
「ただし、プレイヤー以外の一般市民に被害が及んだ場合に限り、国家治安維持の名目をもって、当該プレイヤーを即座に『駆除』いたします。……国民の皆様、どうかご安心ください。これは器の中の虫が食い合う、ただの掃除に過ぎません」
画面の中の男は、まるでゴミを見るような目でこちらを見ていた。
俺はテレビを消した。
静まり返った部屋の中で、手にした果物ナイフの銀色が、今までになく鋭く見えた。
政府は俺らを捨てた。
誰が敵で、誰が味方かもわからない。
わかっているのは、来週の今頃までに、俺は誰かを殺して『ポイント』を奪い取らなければならないということだけだ。
「……やってやるよ」
窓の外では、どこかで爆発音が響いている。




