第七十六話 船底の爆弾
――貨物船、甲板下。
ガンマチームによる船内制圧の完了報告を受け、ベータチームの二人は、有線ドローンの導きに従って、錆びついた二つの鋼鉄の扉の前に立っていた。
ドローンのスピーカーから、クルーザーで操作するラズベリーの、落ち着いた声が響く。
『……赤外線センサー、生体反応を確認。おそらく、こことその隣……閉じ込められている』
「「ラジャ」」
ベータチームの二人は、短く呼吸を合わせると、ロックをハリガンバーで強引に跳ね上げた。鈍い金属音と共に、扉が左右へとこじ開けられる。
右の部屋には、怯えた表情で身を寄せ合う若い女性が四人。
左の部屋には、疲れ果てた様子の若い男性が二人。
どちらの部屋も、換気口しかない息苦しい空間だった。
メンバーの一人が威圧感を与えないよう、銃口を下げて一歩前に出る。彼は、優しく語りかけるように声をかけた。
「……怖がらなくていい。もう大丈夫だ。君たちは拉致されていた、ということで間違いないかい?」
暗がりに閉じ込められていた男女は、救助者の姿を信じられないといった面持ちで見つめ返し、言葉にならないまま、ただ深く、何度も頷いた。その瞳からは、張り詰めていた緊張が解け、大粒の涙が溢れ出している。
「オーケー……よく頑張ったね。他に、誰かが閉じ込められている部屋に、心当たりはあるかい?」
左の部屋にいた一人の男性が、掠れた声で必死に答える。
「……ない、はずだ。運ばれる時に聞こえた人の気配は、この二つの部屋だけだった……他には、誰も……」
「わかった……ラズベリー、生存者六名。全員の身元を照合して……さあ、みんな。少し足元が不安定だけど、外には青い海と、君たちを待っている場所がある。ゆっくりでいい、私たちがエスコートするよ」
ベータの二人は、震える彼らの肩にそっと手を添え、暗い廊下へと導き出した。
ドローンが、自由へと続く道へと導いていた。
――船底。
有線ドローンのナビゲーションを受けたアルファチームの三人は設置された爆弾を見て愕然とした。起爆タイマーが示していた数字は「00:00:59」。
アルファチームのメンバー達は、顔を見合わせた。
「どう思う?」
「装備を捨てて、全力で逃げても無理だな」
「仮に俺達だけ助かっても、他の誰かが死ぬぞ」
「制御回路の凍結は間に合わない。被害を少なくする方向で動くしか無いか……みんなに緊急退避してもらうよう、コマンダーに伝えてくれ」
――船長室。
勝利の余韻に浸るはずだった船長室に、ドローンを通したクロサワの切迫とも沈痛ともとれる声が、立て続けに響いた。
『お嬢様、急いで退避を!』
『アルファより別れの挨拶と共に通信!』
『時限爆弾、タイマー作動――』
『残り50秒。この船は沈みます!!』
「……どういうこと? ドローンのジャミングは効いていたはずよ!?」
玲子の声がわずかに上擦る。その瞬間、ニルと一緒に縛られ、床に転がされたメモリが、唾を吐き捨てて嘲笑した。
「あはは、傑作だね、その顔! ドローンのジャミング? 何それ? 物理スイッチなら関係ないのに!」
メモリは床を這い、玲子を見上げながら勝ち誇った。
「さっきベッドに這い寄った時に、私が押したんだよ。凄いだろ? 私一人で、あんたたちの計画を全部台無しにしたんだ! 三途の川も、みんなで渡ればきっと怖くないさ!」
玲子の視線がベッドの脇を射抜く。外されたプラスチックカバーが転がり、奥から赤色の四角いボタンが顔を覗かせていた。
『アルファは最後までベストを尽くすと……カタリスト、そこにいるのならお嬢様を!』
スピーカー越しに聞こえるクロサワの声は、もはや玲子には届いていない。
視界が、薄闇に包まれたように狭まっていく。ただ一点、メモリの嘲笑う口元だけが、スローモーションのように奇妙に歪んで見えた。
玲子は、爪が手のひらに食い込むほどに拳を握りしめ、その肩が小刻みに震え出す。
「ふざけないで……」
狂ったように笑い転げるメモリを、氷嵐のごとき眼差しで見下した。一瞬で部屋の空気が凍りつく。
「私の家族は……誰一人、死なせはしない……」
カタリストは、ためらいがちに後ろから歩み寄った。しかし玲子の肩を掴もうとする、その震える指は行き場を無くし、ただ彷徨っていた。
玲子は背後のカタリストに向かって、振り返らずにただひと言、静かに、だが力強く言い放つ。
「……私を信じて。必ず全員助けるから」
その言葉に、カタリストの指の震えがピタリと止まる。カタリストは一度だけ深く頷くと、その場に泰然と立ち止まり、誇らしげに玲子の背中に微笑みを返した。
「……はい、お姉様。どこまでもお供しますよ」
玲子はカーディガンの隠しポケットから、スマホサイズの特殊端末とチタンボックスを取り出すと、端末のプラグを壁のコンセントへと力任せに突き刺した。
コンセントの前で、スカートの裾を無造作に捌く。
そのまま後ろへしなやかな腰を落とし、スラリとした足を交互に組み、胡座をかいた。
膝の上で、チタンボックスをアタッシュケースのように左右に開くと、中に収められた5つのタイピングユニットを取り出し、素早く連結する。
開いたボックスを左右に多段スライドさせ、フルキーボードの幅まで一気に拡張させる。連結したタイピングユニットを拡張したボックスにはめ込み、膝の上でも一切撓まないキーボードが完成した。
アルファチームの悲痛な叫びがスピーカー越しに響く。
『残り30秒で爆発します……全員退避を! 後は我々に任せて下さい!』
玲子は答えない。ただ端末の液晶画面を凝視し、その指先が、残像を残すほどの速度で膝上のキーボードを叩き始めた。
鼓膜を震わす打鍵音だけが、船長室に響き渡る。
代わりにカタリストが、祈りにも似た絶叫で応答する。
「お姉様……玲子様がなんとかします! 大船に乗ったつもりで待ってて下さい!!」




