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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第七十一話 クルージングデート

 ――アパートの地下室。ヌルの指先は、闇の狂奏曲を奏でるようにキーボードを叩いていた。


 『おい、あの女(Reiko)の状況を詳しく教えてくれ。裏は取れているんだろうな』

 画面に浮かぶKaiからの問いかけに、ヌルは口角を歪める。

 『当然だ。本人確認は済ませた。正真正銘、世間知らずの箱入り娘だ……証拠を送るぞ』


 ヌルが送信したのは、玲子から受け取った、完璧な偽造身分証のデータ。さらに、彼は追撃の嘘を打ち込んだ。


 『ちなみに、彼女のスマホの通信ログをみた限りじゃ、クルージングの件をSNSに上げたり、他言したりした形跡はない……ただ、妹の方とはその話で持ちきりだったようだがな。二人揃って、相当楽しみにしているようだぞ』


 画面の向こう側で、Kaiが舌なめずりをする気配が伝わってきた。

 『……上出来だ。妹も纏めて「商品」として確保するとしよう。情報をこちらに回せ。二人まとめて(さら)う』


 ――土曜日の早朝。入り江に備え付けられた、波止場。

 澄み渡る青空の下、玲子とカタリストは、少し傾けて被った平らな円形のトーク帽――お揃いのデザインが、二人の仲睦まじい姉妹像を強調していた――を揺らしながら、波止場の先端へと歩を進める。


 質素だが、一目見て高級とわかる素材のワンピース。その「控えめな富」の演出こそが、略奪者の欲望を最も刺激することを知り尽くした、メリーたちお勧めのスタイリングだった。


 波止場の中ほど、白いスーツを涼しげに着こなした二人の青年が立っていた。

 すらりとした体躯に、端正で爽やかな容貌。けれど、カタリストの鋭い感性は、彼らの笑顔の裏にどろりと沈殿する、腐ったヘドロのような邪悪な思考を瞬時に捉えた。


 (……最低。こいつら、私たちと「やること」と、「いくらで売れるか」しか考えてないわ)

 心の中で毒づくカタリスト。けれど、彼女の顔には「期待に胸を膨らませる妹」の無垢な笑顔が貼り付けられている。


 青年たちがゆっくりと歩み寄り、一人が余裕のある仕草で片手を上げた。

 「――君たちが、玲子さんと彩香さん?」


 玲子とカタリストは、同時にペコリとお辞儀をした。

 「はい。私が玲子で、こちらが妹の彩香です。はじめまして」

 「はじめまして。妹の彩香です。今日はよろしくお願いします!」


 「俺は(カイ)。隣にいるのが(ヨウ)。今日は最高のクルージングとランチを約束するよ」


 玲子は両手を組んで瞳をキラキラさせた。

 「すごく楽しみ。私、海の上でのお食事って初めてなんですの」


 櫂の案内に導かれ、玲子とカタリストが豪華なキャビンへと足を踏み入れたその刹那。

 背後にいた陽が、流れるような動作でドアを施錠し、厚手の遮光カーテンを勢いよく閉め切った。外光が遮断され、室内は一気に密室の緊張感に包まれる。


 「――さて、お姫様方」


 櫂が顔に張り付けていた「爽やかな青年」の仮面を剥ぎ捨てる。そこには、獲物を追い詰めたハイエナのような、嗜虐的な笑みが浮かび上がっていた。


 「身体検査の時間だ。余計な抵抗で傷物になりたくなかったら、着ているものを全て脱いでもらおうか」

 櫂はポケットから手錠を、陽は無造作に縄をちらつかせる。


 二人は玲子たちの見せた警戒を、露ほども感じていない様子で、品定めするように下劣な視線を()わせた。


 「陽、お前はどっちが好みだ? 悪いが俺は、この姉の方に一目惚れしてしまってね」

 「俺は背の高い妹ちゃんの方かな。姉に負けず劣らずの上玉だ。市場でも滅多にお目にかかれない……」


 吐き気のするような会話を、カタリストは氷のように冷めた瞳で睨みつけていた。

 (……この男たち、思考が腐りすぎていて読むのも不快です)

 「お姉様、私達ってモテているのでしょうか……あまり嬉しくないのですが」


 玲子は慌てる素振りを微塵も見せず、むしろ魅惑的で(つや)やかな微笑を青年たちに向けた。

 「ねえ、あなたたち……商品を傷付けたら、価値が下がるんじゃないかしら?」


 その妖艶な一言に、櫂と陽は不覚にも唾を飲み込んだ。

 櫂は玲子にねっとりと視線を()め回す。

 「ほう? 察しが早いな。それに度胸もある。ますます気に入った」


 陽はじりじりと距離を詰め、邪悪な笑みを深く刻んだ。

 「そこら辺の一般人だったら確かにそうだろうな。だが、喜べよ。俺たちが直々にその価値を認めてやったん……」


 男が言葉を言い終わるより早く、カタリストの姿が視界から消えた。

 ――ガッ、ドガッ!!

 直後、室内に乾いた打撃音が二つ、立て続けに響く。


 大きく後ろにのけぞった青年二人の顔面は、見る影もなく崩れていた。高く誇らしげだった鼻は無残に潰され、鮮血が噴水のように吹き出す。


 「文字通り、その高い鼻をへし折ってやりました」

 カタリストは、ワンピースの袖から覗く両手に、血に濡れたタクティカル・ナックルを装備していた。彼女はそれをゆっくりと降ろし、ゴミを見るような視線を転がす。


 数秒遅れて、鼻骨を砕かれた激痛が二人の脳に到達する。

 「あ……ぎゃあああああああああっ!!」

 キャビンの静穏な空気を、苦痛に満ちた絶叫が切り裂いていった。


 カタリストは悶絶する陽のポケットから無造作に鍵を抜き取ると、キャビン後部のドアへと向かった。

 カチャリ、と解錠の音が響き、ドアが勢いよく開け放たれる。


 そこに立っていたのは、不敵な笑みを浮かべるイカロス、泰然自若(たいぜんじじゃく)としたクロサワ、そして銃火器を携えた完全武装のウルフパックの隊員たち10名。


 ――そして、あろうことか、そこには「もう一組の櫂と陽」が立っていた。

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