最終話:祈り
ここまで番外編(過去編)を読んで頂きありがとうございます!次からは第4章になります!
「ね、ヒョードル」
「ん、なんじゃ?」
「僕の家族になって、親になってくれてありがとう」
「ふっ。それを言うなら儂の方こそじゃな」
そう言って2人は満面の笑みを浮かべた。本当の親と子の様に。似たような笑みで。
ヒョードルは目を開ける。
女神にケイの地球での状況を伝えられ、そして久しぶりにスヴィグルが家にやってきたあの日――
あの日から数日後、地球に行くための転移門を作るため、エルフ国の城前広場で作業を行っていた。
ヒョードルは噴水の台座で足を組み、ぼんやりとその作業を眺めていたのだが、連日の王代理の仕事による疲労で、つい居眠りしてしまっていたらしい。
にぎやかな声が響く。ふと周囲を見渡すと、そこには弟子のスヴィグルとスノトラ、ベオウルフ。
そして女神と、多くの種族の者たちが集まっていた。
──けれども、そこにケイの姿はなかった。
何度目を瞬かせても、どこを見ても、ケイはそこにいない。
ヒョードルは胸の奥に小さな不安をずっと感じながら、ゆっくりと噴水の縁に座りなおした。
(懐かしい過去を思い出した)
(あの子は、この世界を救った。様々なもの抱えこんで休む事もなく地球に帰ったというのに、今度は地球で大変な事が起きとる)
そして、ケイの事だ。なんだかんだ考え、思い悩みながら他人を救い、そして世界を救うのだろう。
出来る出来ないの話ではない。この血に流れている直感が告げている。
(あの子は世界を救う。きっと自分を犠牲にしてでも)
セプネテスでの旅ではスヴィグルも居た。そして運よく自分もその旅に参加する事ができた。そして何より仲間にも恵まれた。しかし、地球ではどうだろうか。
一人で戦ってはいないか。いい仲間に出会えただろうか。無理に一人で抱え込んだりしていないか。
気がつけば、そんなことばかり考えている。
盛大に見送ったはずなのに、自分の感情にも区切りをつけたはずなのに、どうしてこうも心が苦しいのだろう──そんなふうに自問しながら、それはたぶん、自分が本当の意味で「親」になったからなのだと理解する。
(嬉しい半面、世の親はこんな事を経験するのだな)
自分の子が遠い地に旅立っていく。その背中を見送る時、親としての誇らしさと寂しさが同時に押し寄せてくる。
(まあ、あの子の場合は別の世界なのだから、余計に心配も増すよな)
ましてや、まさか再び死地に向かっているなんて知らなかったのだから。
(まったく! あの子は大事な事を隠す時はとことん隠すから、流石の儂でも分からん!)
そんな思いを胸に抱えつつ、今は女神、スノトラ、それに自分。そして魔導学院の総力を挙げて、スヴィグルをケイの住む地球へと送るための装置を準備している真っ最中だった。
(もしケイが無事に戻ってきたら、拳骨の一発でもお見舞いしてやらんとな。……そして、最後は思い切り抱きしめてやりたい)
そんなふうに親心を巡らせていると、ふと城前広場の方から喧噪が聞こえてきた。
突然にぎやかな声が耳に飛び込んできた。
「いーや、俺たちの方が先にケイと友人になったんだ!! いくらアイツがにぶちんでもな!」
「はん! ならオレはあいつと兄弟の契りを交わしてんだから関係ねえな!」
「な、おい! それはズルだろ!!」
「ナハハハ!!」
ケイをめぐって騒いでいるらしい面々のやりとりに、思わずヒョードルの口元が緩んだ。
スヴィグルの挑発めいた笑い声にグリンブルスティが地団太を踏む。
(ふはは。まったく、何を競い合ってんるだか)
やれやれと視線を向けるとそこには騎士団長となったグリンブルスティと同じく副騎士団長となったイングリッド、そして筆頭秘書官となったフレイズ。
ヒョードルを慕う幼馴染3人組の内、グリンブルスティがスヴィグルに噛みついていた。
喧嘩。というよりかはただ文句。いい歳をした大人がケイの第一友人が誰かに対して言い争っている事に、ヒョードルはくっくっと思わず笑い声を漏らしてしまう。
「まったく、うちの息子は人気者だわい」
思わず漏らした独り言に、遠目で喧噪を見守るヒョードルの目がやさしく細められる。
男女問わず、種族の垣根を超えてケイは誰からも慕われていた。
(あの子の実の両親が、あの子を愛さなかった理由が分からん)
繊細で、相変わらず利己的でもありながら、どこか自己犠牲の癖もある。それでも心根は優しく、気立ても良い。表立つことは苦手なくせに、いざというときは誰よりも強く、そして誰かのためなら本気で動ける、そんな熱い一面を持っている。
ヒョードルはそんなケイを思い起こし、苦笑しつつも少し誇らしそうな気持ちになる。
(そんなケイに、誰もが惹かれていくのもしょうがない)
遠くの賑やかなやり取りを眺めながら、ヒョードルは静かに思う。
「そして、あの子に出会った連中はみな不思議と“何か”を見出す」
スヴィグルはケイを魂の片割れと呼び、
幼馴染みの三人衆は良きライバルにして親友とした。
スノトラとベオウルフは兄のように慕い、
ある者は唯一の理解者とし、
またある者は祈りを捧げる対象だと感じている。
(儂は、あの子を“星”だと例えたものだ)
復讐のために生き、大戦の英雄となり、国を動かし、終わり、永くつまらない人生に沈んでいた――そんな、星」。
ふと、女神のことが思い浮かぶ。
(御上が弟のように接しているのも、不思議な話だ)
本来なら人に干渉しない古き女神が、珍しく人間の枠を超え、まるで姉弟のような距離感でケイに接していた。それだけ、ケイという存在が多くの者たちに変化をもたらしたのだと実感する。
……ところで、いつもならスヴィグルを諫める役回りだったケイが今は不在で、その代役としてスノトラがエルフ国の王宮前広場で、多くの人と共に地球に通じる転移門の開発に打ち込んでいる。資材の運搬にはベオウルフと、その村の仲間たちが手伝いにやってきていた。
魔王討伐の長い旅を経て、今や世界のあちこちで種族の垣根を超え、再生と復興に向けた協力の輪が広がっている。
ヒョードルは、そんな変化の只中であの子が残したものの大きさを改めて感じていた。
(そして今。お前の為に手を組んで転移門を作っている)
シグルが亡くなってから、次の王が任命されるまでの間代理として久しく王の役目をしている。シャールヴィも先の戦いからずっと忙しく大量の書類で忙殺されている毎日だ。
「っくしゅ!」
「シ、シグルさん、大丈夫ですか? 風邪でしょうか?! なら、訓練を終えないとですね!!」
「誠一さん、大丈夫ですよ。誰か噂でもされているのでしょうか。それよりお二人とも動きが止まっております! 誠一さんも、晴斗さまも止まらない! 考えながら、口を動かしながら動く動く!」
「といっても、シグルさんのゴーレムが怖すぎ!! うへえ、地面がめり込むレベルのパンチしてきた!」
「くそっ、風邪なら少し手加減してくれると思ったのにな!」
閑話休題。
ヒョードルは王宮前広場にそびえ立つ、作りかけの四メートルを超える転移門をふと見上げる。
この門が完成しても、向こうの世界――地球へ行けるのは一人だけ。
さらにケイとの「縁」が強い者でなければ、たとえ地球に辿り着けても、存在の証明が維持できず、弾かれるようにセプネテスへ強制送還されてしまう。
つまり、地球へ行ける資格のある者は限られていた。
まずは養父である自分。
兄弟の契りを交わしたスヴィグル。
兄として慕ってくれているスノトラとベオウルフ。
それに、ライバル兼友人のグリンブルスティたちもいる。
だが、この中でも縁が強いのはヒョードルとスヴィグルだ。
(だが、肝心の儂は王の代理として、そして各国勇者たちのその後を見守る責務もある)
自然とため息がこぼれる。
つまり、自分はこの場を離れられない。
最後に手を挙げられるのは、やはりスヴィグルだけだ。
もっとも、スヴィグル本人はヒョードルに譲る気など、さらさらないようだが。
行けないのなら、託すしかない。
自分の思いもすべて、スヴィグルに乗せて。
(その気持ちは、きっと“繋”のもとへ行けずに悔しがっている年少組も同じなんだろう)
お前に会いたい。
お前が恋しい。
あの頃のように、平和になったこの世界で、もう一度お前を抱きしめたい。
(きっと、お前は三十になって、おじさん呼ばわりされる歳だから、抱きしめるなんて嫌がるかもしれん。だが関係ない)
(儂はエルフだ)
人の三十など、長命のエルフにとってはまだまだ子ども同然。
むしろ、やっと青年期にあたるのではないかと思う。
あの日――女神を介してお前と初めて出会った日。
小さなその手を握り、一緒にこの家に帰ったあの日から、全てが始まった。
不器用だった家族ごっこも、紆余曲折を経て本当の家族になれた、かけがえのない思い出。
振り返るとその過程こそが、何より愛しい。
──けれど。
(お前は、どう思っているのだろうか)
自分のことを親と思い、敬い、大切にしてくれていた。その思いは、ちゃんと伝わっていた。
それでも――
(お前の空いた心の穴を、埋めるには……世情が世情だけに、時間が足りなかった)
もっと穏やかに、もっと長く一緒にいてやれたなら。
ケイは両親のために、わざわざ地球へ戻ってまで供養する必要なんて、本当はないのに。
(ケイよ……お前を傷つけた親の元など、放っておけばいいものを)
ヒョードルはふと過去を思い出し、眉間に深く皺を刻む。
それは焼きもちと、ケイの心を縛り続ける実の親への憤りだった。
自分の身体にまで手を入れて魔法を得て、両親に謝ろうとした。
自分だけが生き残ったことへの贖罪。
許されたい一心で、身体を犠牲にした。
(どうか。せめて――)
地球へ帰ることで、供養という儀式を通し、ケイに本当の安息が訪れるように。
心から、そう祈っている。
同時に、願わずにはいられない。
(また、元気で無事な姿を見せてほしい)
そのとき。
「大丈夫」
ザッと噴水の台座に、ヒョードルの隣へとどっしり腰を下ろすものが現れる。
向日葵色のたてがみが、ふわりと風に揺れた。
「スヴィグルか」
ケイが旅立って以来、ヒョードルはずっと浮かない顔をしていた。
今まで気安く慰めるような言葉をかけることはなかったスヴィグルだが、今回はそっと寄り添うように声をかける。
「心配は当然だけど、アイツはいざという時、誰よりも強くなる。それはオレたちが一番知ってるだろ?」
あまりに自信たっぷりな物言いに、ヒョードルは呆れてしまったが、同時に、心のどこかで納得している自分もいた。
「そうじゃな。なんだかんだ言って、あの子は戦うことが苦手じゃが、やると決めたときには誰よりも力を発揮する」
スヴィグルが口元をにやりと上げる。
「だろ?」
二人の間に一瞬だけ軽い笑いが流れる。
「ナハハハ」とスヴィグルが陽気な声をあげると、すぐに表情を引き締めた。
「オレが行く。任せてくれ。──それに、あの時とは違う。この血に流れる古い力も馴染んだし、ばあさんからの鍛えもあった。もう、あのときのオレより遥かに強くなってるぜ」
ヒョードルもまた、かつての戦いでいかにケイに救われてきたかを思い出し、口角を上げて呟く。
「ふっ。結局、先の魔王との戦いでは最後はケイ頼りじゃったしの」
「うっせ」とスヴィグルが苦笑混じりで返す。
ヒョードル自身も思い返せば、負傷した仲間たちの回復や、年少組の世話に追われ、手助けのひとつもできなかったことが悔やまれる。
「だが、まあ――お前が行くのなら安心して任せられる」
魔王との会合を経て最終覚醒したスヴィグルに、この世界で敵う者はもういないだろう。
ケイの世界へ挑むのは、この男なら申し分ない。
「スヴィグルよ。あの子を頼む。そして無事に、二人で帰ってこい」
ヒョードルはすっくと立ち上がり、静かにスヴィグルを見下ろした。
王の勅命にも似た、重みのある声だった。
スヴィグルは立ち上がり、ヒョードルの前で片膝をつくと、犬歯を見せて堂々と笑う。
「おう! 任せとけ!」
金色の獅子が、自分の胸を力強く叩く。
普段のスヴィグルなら絶対にしない真面目な所作に、やっとヒョードルも心の底から笑うことができた。
◇
「……ヒョードル?」
魔法使いはまた、見知らぬ天井で目を覚ます。 懐かしい夢――過去を見ていた。嬉しくて、少し苦くて、優しい時間。 幸せな微睡みの中から、繋は養父の名を呟き、ゆっくりと意識を取り戻したのだった。
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