第8話:魔力回復の為に
「・・・・・・んん」
テントを張り終えたあと、繋は疲れ切った身体を癒すように、そのまま眠りについた。
だが――眠っているうちに、身体の芯からじわじわと熱を帯びていく感覚が始まった。
最初は、「疲れからくる一時的な熱だろう」と、繋も軽く考えていた。
無理に気にせず眠り続けようとしたが、次第に熱は激しくなり、身体全体に広がる倦怠感と、肌を刺すような悪寒が彼を襲い始めた。
気づけば、ガタガタと震える手で自分の身体を強く抱き締めるようにして、繋は独り――原因不明の高熱と静かに、必死に戦っていた。
きつい。
(何だこれ・・・・・・風邪? いやそれよりも酷い・・・インフルエンザにかかった時と同じくらい寒気が止まらない)
余りのキツさに右に左にとゴロンと何度も寝返りを打つが、身動きする度に骨の節々も痛みキツさを吐き出すように繋は唸る。
(きつい・・・誰かたす、あ・・・・・・)
「ヒョードル・・・」
誰かに助けを求めるにも異世界に居た頃とは違って此処には誰もいない。
別れたのが昨日ばかりだというのに繋は熱が出た時には必ず傍に居て優しく頭を撫でてくれるヒョードルを思い出した。
無骨な指で優しく頭を撫でてくれた事に懐かしさを感じるのと共に繋は恥ずかしくなってしまう。
(はは・・・みっとも無いな・・・いい歳なのにも関わらず人恋しくなるなんて)
大丈夫。大丈夫だ。何とかなると、何とか朝には収まって治るはずだと繋は祈りながら朝が迎えるまで眠れない夜を過ごした。
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悪夢のような夜を越えテントのシートから薄く差し込む朝日に、繋は瞼をゆっくり開ける。
(もう悪寒はしない・・・・・・)
高熱による汗で身体も髪もべっとりしていたが、あれだけ繋の身体を痛めつけていた高熱も骨の痛みもすっかり今はしなくなった事に繋は安堵した。
(いつの間にか気絶してたんだな・・・・・・)
余りのキツさに耐え切れず何時の間にか気絶していた事を悟と同時に逆に気絶して良かったのかもしれないと繋は思った。
(薬も何もない状態であのキツさがずっと続くと思うと地獄だよ・・・)
寝袋からもそりと身体を出し、高熱による後遺症なのか少しだけ痛む身体を何とかゆっくり動かしながらテントのドアをジジっと開ける。
ちかちかと強い朝日が顔に当たるのを繋は右手で日差しを遮る。
辺りを見る。木々に田んぼ。昨日見たはずの風景だが、そして自分が改めて地球に戻ってきたのだと繋は実感をした。
無事に朝を迎えた事で、繋はテントの中に戻りゆっくりと仰向けの状態で倒れると、痛くない程度に身体を縦にぐい〜と伸ばしストレッチをし始めた。
(本当に・・・・・・地球に戻ってきたんだ)
つい昨日まで異世界に居たことが夢なのではないかと勘違いしてしまう程に実感が湧かないが、仰向けのまま右手を中に上げ杖を出現させる。
その光景を見て、繋は笑みを零す。
自分はちゃんとあの場所に居た事、仲間達が居たこと、繋がりを感じた。
(にしても何が原因だったんだろう・・・・・)
悪夢のような夜だったが朝を迎えた頃には熱も悪寒も引いていたので、結局何だったんだろうと繋は思った。
それに、幾分か”身体が軽い”気がした。
繋はよいしょ!と声を出してテントから出る。
(いい天気だ)
カラッとした天気でその陰もあるのか気持ちも妙に清々しかった。
よし!と繋はパチパチと両頬を叩き気合を入れて、今日の行動の予定を頭の中で立てながらテントをトランクケース内に収納したり、結界を片づける。
片付けが終わった後は夜中にうなされ汗ばんだ自身の身体と少し汚れた服に浄化魔法をかけ、その後は繋は祖父の家がある町までの経路を調べるために今の場所から離れて近くにコンビニでや交番でも無いか探しに行動した
「・・・あつい・・・。シャワーを浴びたい・・・。拠点を作ったらお風呂に入れるようにしたいな」
魔力量が激減した今、空を飛ぶにも長時間の飛行は難しい。
その為ある程度経路が分かった上で効率良く動きたいのと、途中で休む場所を探す為に道路地図等を繋は探したかったのである。
辺り一面緑で広がる田んぼ道をひたすら歩いたあと、そんな中ポツンと廃れかけたコンビニを見つけた。
外観はボロボロで人の気配も一切ない。中に入ると食べ物だったであろう残骸や、まだ少し使えなそうな雑貨物が残っていた。
本が陳列されてあったであろうコーナーを見つけると、繋は道路地図が無いか探す。
「おっ、あったあった」
繋は2022年版と書いてあったボロボロの道路地図を見つけ手に取る。
その横目に古い新聞紙も見つけそれも手に取った。
(なになに・・・)
見出しにはこう書いてあった。
『前代未聞!!死者蘇る!!』
続けて新聞にはこう書いてあった。
2020年の春頃から40度以上の熱が出るウィルスが流行る。
ウィルスで死んだ人間は殆どの確立で蘇り、蘇った後狂暴化し人を襲うと書いてあった。そして他に、噛まれてしまった場合噛まれた人間は熱を発症し同じように狂暴化してしまう事があると。
「4年前・・・・・・」
そこからネズミ算式で広まっていき地球は壊滅状態になった。
(・・・現状どれくらいの人達が生き残ってるんだろうか)
そこから治療薬は出たのだろうか?助かった人達は何処で拠点を置いているのか等と色々気になる。繋は更なる情報を得るため他の新聞紙や雑誌を探した。
(・・・やっぱり無いか・・・)
古びた新聞紙や雑誌には2020年以降の物は無く、これ以上の情報を得ることが出来なかった。
(しょうがないか・・・。実家に行くまでの間出来るだけ情報収集しなきゃだな)
繋は仕方ないと最初に見つけた道路地図を開く。
パラっと捲った瞬間紙がボロボロと崩れ落ちていった。
「あっ!」
下にポロポロと落ちていく紙達を見て、繋はこういう時本当に魔法があって良かったとつくづく思った。
右手に杖を出現させ「レパーラ」と唱える。
崩れていった紙がスローモーションのように繋の手に戻っていく。そしてあっという間に繋の手に元の道路地図が復元された状態で戻されていた。
復元された道路地図から現在地とある程度の経路を調べ終えると繋はトランクケースを開き道路地図を収納する。
(他に・・・使える物も持っていこう)
繋はコンビニ内を詮索しボロボロでも良いからある程度形が残って使えそうな物を探す。勝手に頂戴する事に少し罪悪感を感じつつ、繋は使えそうな物を復元したり浄化したりした後魔法のトランクケースに入れていった。
(治療薬に包帯。携帯食品に飲み水はある程度揃えたし、期限が切れている物やボロボロだったものには浄化魔法と復元魔法を使ったから大丈夫。あとは他に・・・必要な物無いかな・・・)
下に散らばった物たちを避けながら歩いていると、キラっと反射した光が目に入る。割れた鏡が下に落ちている事に気づき、足で端に寄せようとした瞬間。
「えっ!?」
繋は目を見開き、焦りながらコンビニ内のトイレに駆け込む。
鏡に映った若返った自分と目が合う。
顔や体をまじまじと触れ、現実かを確かめるようにした
「まてまて!! うそだ!」
自分の顔を身体を触って確認していく。
「・・・・・・なんで僕」
鏡の向こうに写っている「自分」に息を飲んだ。
「若返ってるの・・・」
20代頃の自分の姿だった。
「え? なんでだ。 寝てる時に魔法を自分に間違えてかけたのか?」
魔力の痕跡を調べるも自分自身や他人から魔法をかけられた形跡は無かった。
(あの発熱、もしかして・・・この身体の変化と関係ある?)
だから妙に身体が軽くなった感じがしたのだろう。
(それか、地球に戻る時に通ったあの黒い空間。もしかしてあの空間の影響で身体だけ若返ったのかな・・・?)
若返った事により旅をしていた頃と比べたら筋力が下がってしまっているのが難点だったが、現状自分の身体を元に戻す魔法など繋が知らなかったし、若返った事で年齢による身体の不調が無い分ある意味メリットだとすんなり現状の自分を受け入れた。
魔法が存在していた世界に居たのだから、ある程度の事はなんでも起きるだろうと妥協に似た感情で繋は思考を切り替えた。
「まあ。・・・・・うん大丈夫でしょ!」
この場に居ない仲間達とフリッグが聞いていたら間違いなく説教ものだが、生憎此処には繋をツッコム者が居ない。
相変わらず緊張感の無い感想を思い浮かべながら繋は何かしら使える物を探す作業に戻った。
暫くしコンビニ内で物資を集めた後、繋は誰も近くに居ない事を確認して空を飛ぶための準備をし始めた。
繋はずっと手に持っていた杖を背丈ほどの大きさに戻す。
杖を跨ぎトランクケースは邪魔にならないように杖の前に引っ掛ける。
空を飛ぶ準備は出来た。
繋は「浮け」と念じる。
すると杖が浮き始め、徐々に上昇していく。
上から見てコンビニが小さくなるぐらいに青空に向かって昇ったあと繋は目的地まで飛び始めた。
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繋は空を飛びながら本日の予定を思い出す。
(まずは、大社・・・。出雲大社まで行かなきゃだな)
祖父の家に向かう前に出雲大社があった事を思い出し、繋は一旦休む場所として大社がある所まで向かいたかった。
空を飛んでいるのだから直接、祖父が住んでいた場所まで向かえば良いのだが直接向かわないのには理由は2つあった。
1つは、魔力量が足りないため長時間の飛行移動が出来ないこと。
それなら別に出雲大社に行く必要はなく、ある程度進んだ後何処か安全な場所を探して降りて休めばいいのだが、2つ目の理由が1番重要だった。
魔力量を元の量に戻すための手段。
魔法をある程度使い消費した後、寝ると魔力が回復するとともに少し魔力量も戻るのだが、竜脈と言われる場所で休めれば戻る魔力量が増えるのだ。
(もう夕方だしな・・・大社に着いたら休む場所を探したり確保したりしたら直ぐに夜だ)
(今日も早めに休んで少しでも飛行魔法の使える時間も増やさないと。・・・・・・地球のゾンビがどのような感じなのか分からないけど、もし襲われた時を考えて他の魔法が使えるようにしておきたい・・・・・・)
空を飛び、気持ちいい風が頬を撫でるも両親の故郷まで行くのにやる事と不安要素が多く、繋はついため息をついてしまう。
特に拠点作りは重要だ。
繋の両親の件が終わっても繋はセプテネスには帰れない。
フリッグ達が頑張ってくれているが、いつ地球と異世界を行き来出来るようになるかは分からない。
それまでは、このゾンビが蔓延っている地球で生きていけるようにしないといけないのだ。
まるで異世界に来たばかりの頃と似てるなと繋は呆れたような表情で笑みを零す。
本来居た世界なのに、セプテネスに来たばかりの魔獣が蔓延っていた頃と同じように1人で生きて行くのに過酷な状況に思わず笑ってしまった。
「流石にこんな偶然、何回も起きないでほしいかなあ」
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それから30分程飛行したあと、繋は荘厳で大きな石造りの鳥居を見つけた。
「あった、出雲大社だ」
大きく特徴的な建造物を見つけ、近くまで飛んで降りようとした時繋は人間とは違う存在が目に入った。
それは、肉体は所々腐敗し、欠けていて、足を引きずるように歩いている「人」だったもの達だった。
(・・・ゾンビだ・・・。やっぱり、田舎町と違って人が多いところまで来たら流石に出てくるよな)
もしゾンビを倒すにも他の魔法を使うには現状魔力量が不足しているし、長時間飛行したあとの繋にそんな余裕は無いため、大社付近でゾンビが居なさそうな場所を探すがどこを探しても街には大量のゾンビが徘徊していた。
(仕方ない、山はちょっと苦手だけど流石に山にはゾンビは居ないはず)
竜脈が流れる本脈に本当は降りたかったが、山の方にだって十分神秘が満ちている筈だと考える。それなら、ある程度魔力量の復活は見込めるはずだと繋はしょうがなく出雲大社の裏側にある八雲山に降りる事を決めた。
上空から開けた場所を探しだして、繋はゆっくり降下していく。
地に足が付いたタイミングで繋は杖と一緒にヘロヘロと地面に尻餅をついた。
(ギ、ギリギリだった──────)
最後らへんは魔力が底をつきかけているのを感じながら空を飛んでいた為繋は降りられる場所があって良かったと思うと同時に、精神的な疲れも押し寄せてきて繋は軽く眩暈がした。
(それに常に周囲に異常が無いか感知魔法を張りながら、目視での注意も怠らないようにするのは疲れる・・・)
空が安全圏という訳ではない事を知っている繋は、空を飛んでいる間も警戒を怠らなかった。
それは繋が空を飛ぶ魔獣や魔物が居る異世界に居たからというのもある。
それに普通ではない異常が起きている地球で何が起きても可笑しくは無い今、色んな事に気を付けないといけない。
(はぁ────)
眩暈を抑えるため、繋は深く息を吸って吐く。
仲間と一緒に居た頃であれば誰かが見張りをしてくれたり、助けて貰うことが出来たが今は一人なのだ。繋はこのまま休みたい気持ちをぐっと抑え、早めにゾンビ除けの結界を準備する。
(山だし、流石にゾンビだけじゃない事もあるよね・・・)
昨日は疲労しすぎていて思いつきもしなかったが、熊等の普通の生物や生きている人に出くわすかもしれない。
勿論良い人であることを望みたいが、良い人じゃない可能性だってある。
こんな過酷な世界で生き残ろうと思ったら、心の余裕なんて無い筈だと繋は思っている。そうなるとゾンビだけじゃなく人にも用心をしないといけない。
余裕が無くなると殆どの人は攻撃的になってしまう。
他人を思いやる事が出来なくなってしまい、自分の事で精一杯になってしまう。
「ゾンビより、人間の方が怖いよな・・・・・・」
繋はやるせなさを感じつつも、念のため人除けの結界もかける事にした。
辺りを浮遊魔法を使ったりして整地し、ある程度綺麗に整理された場所にテントを出し魔法で組み立てていく。
完成したテントの中に繋はすぐさま入り込み、トランクケースを置いたあと力が抜けたように仰向けになった。
疲れた身体を手のつま先から足のつま先まで、端から端まで意識してぐい~と伸ばす。
(疲れた・・・・・・。このまま直ぐにも横になって寝たいけど・・・)
ふう。と一息ついた後、ぐうとお腹が鳴った。
そういえば、昨日から何も食べてない事を思い出した。周りの状況把握と自分の事に集中しすぎていて、食べる事よりも気を張る事に徹していたからだ。
(昨日も食べてないし、流石に今日も食べないとなると明日は持たないよね)
行儀が悪いことを承知で仰向けの体勢からうつ伏せの体勢にゴロンと変えるとそのままトランクケースを開けて地球に帰る前にヒョードルとスノトラが渡してくれた物ををごそごそ探す。
(あった)
トランクケースの中から取り出したのは茶色の布袋だった。
うつ伏せになっていた体勢を止め、繋は胡坐を組む。胡坐の上に乗せた布袋を大切そうに開けると中には中と小くらいの大きさの竹で出来た弁当箱が入っていた。
まずは中サイズの弁当箱の蓋を開ける。
箱の中には、お握りが2個と卵焼きとソーセージが綺麗に整えられて入っていた。
(・・・これはヒョードルが準備してくれていた物だ)
もう一つの箱を開ける。
そこには瑞々しくて綺麗な色のフルーツ達が敷き詰められていた。
見た目の色合いバランス良く考え敷き詰められた弁当箱を見て、これはスノトラが用意してくれたものだと分かった。
ヒョードルに関しては繋の為にたまにお弁当を作ってくれてた事があったが、スノトラはきっとヒョードルに教えて貰いながら作ったのかなと想像して繋は笑みが零れた。
この場に居ない、ヒョードルとスノトラに感謝し手を合わせる。
おにぎりを1個手に取り口に運ぶ。
塩っけが効いたシンプルで美味しいお握りだった。
お腹が空いていた事に身体が気づき始め、もくもくとご飯を食べる。
ご飯とデザートも食べ終わり、程よくお腹が膨れたあと睡魔が繋を襲う。
繋はこのまま寝てしまう前に弁当箱を浄化魔法で綺麗にしトランクの中に仕舞い込み、そして、食べた後なので身体に悪いと思いつつも繋は横になる。
ヒョードルとスノトラの弁当を食べたことで異世界の仲間達が今日は何を食べているかなんて事を繋はうとうとしながら想像する。
繋の脳内では賑やかに食べている仲間達の姿が浮かび、その姿に微笑みつつ、次第に目は閉じかかっていく。そして、地球に来てからの2日目の夜を迎えるのだった。
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