第6話:再会
2025/8/6 加筆修正済み
2025/11/17 シグルの容姿について加筆
「くそッ! あいつは大丈夫なのか!」
ヒカルは落ち着かない様子でソワソワとキャンプ地の周囲を歩き回る。菊香が何度も「大丈夫だよ」とヒカルに声をかけていたが、ヒカルの心配は止まらなかった。
ついには、落ち着かせるように強めの声で言い聞かせると、ヒカルは菊香に「スマン・・・・・・」と小さく謝罪をした。
ヒカルたちを襲っていたゾンビ化した鹿の群れは、先ほど突如動きを止め、そのまま近くの森の奥へと姿を消していた。そして、一同は戦闘と逃走で溜まった肉体と精神疲労を癒すためにも、比較的安全そうな場所を見つけ出し野営をしていた。
「繋さんなら、間違いなく倒して無事に戻ってくるよ」
そんなヒカルに菊香は困ったように笑いながら言葉をかける。
正直、菊香自身も繋の安否が確認できない今、ヒカルと同じように心が落ち着かなかったが、自分以上にソワソワしているヒカルを見て逆に落ち着く事が出来た。
「まさか、近くにClass3が居たとはな・・・」
辺りはすっかり夜に包まれ、夏原と晴斗が焚き火の準備をしていた。薪がパチパチと音を立て、かすかな火花が闇を照らす。
「渡さん、1人で大丈夫なんすかね・・・・・・Class3に遭って生き残った人なんて、俺、今まで聞いたことないっすよ」
不安げな表情でそう漏らす晴斗に、菊香は小さく首を横に振った。
「大丈夫だよ・・・・・・繋さんは強いから」
その声は強がってはいたが、かすかに震えていた。
(分かってる。繋さんが強いことくらい、誰よりも。でも――)
菊香の脳裏に、過去の記憶がよみがえる。無理をして魔力を使い果たし、青ざめた顔で倒れ込む繋の姿を、彼女は何度も見てきた。
(以前、話しをしたとき、ある程度の敵なら倒せると言っていた)
(けど、それは”万全”の状態ならの話・・・・・・。今日一日だって、ほとんど繋さんの魔法に頼りっぱなしだった。きっと、もう魔力は残ってない。そんな状態でClass3と戦うなんて)
きっと、今回もClass3を倒す為に無理をしているに違いない。
――そしてまた、どこかで倒れているのではないか。
そんな不安が、菊香の胸の奥でじわじわと広がっていく。
(流石の繋さんも、意識を失っている状態で魔法は使えない・・・・・・)
(お願い、無事でいて。 早く――帰ってきて・・・・・・!)
祈るように、心の中で願っていたそのとき――
夜空から、聞き慣れた声が届いた。
「ただいま~」
緩い声で、でも疲労感を感じさせる、帰宅の言葉が上空から菊香達にかけられた。
「繋さん!!」
「おい!?」
ヒカルと菊香が一斉に走り出す。ふらふらと空から降り立ち、着地と同時によろける繋に駆け寄った。
ヒカル達の後ろを少し遅れて、夏原と晴斗も後を追う。
「遅くなっちゃった・・・・・・ごめん」
「それは別にいい!! 無事か?」
「うん、Class3は無事倒したから大丈夫だよ」
「そうじゃねえ!! お前が無事かってことだ!」
「おじさんの言う通りだよ! 繋さん自身は大丈夫なの?」
繋はてっきり、Class3を倒せたかという確認だと思っていたの、ヒカルと菊香に強く否定され「へ・・・・・・?」と力の無い声で、間の抜けた顔をする。
「お二人は渡さんの心配をずっとされてたんですよ」
夏原が2人のフォローに入る。繋はそう意味だったのかと気付き、少し嬉しそうな表情で「ありがとう、大丈夫だよ」と答えた。
「皆も無事でよかった」
ヒカルはため息をつくと、こっちは菊香の活躍で被害は無かったと説明する。
「おお、それはすごいね!」
「お陰で僕たちも無事でした」
晴斗が菊香がカッコよかったと言うと、照れたような仕草で自身の後ろ頭に手を当てた。
その空気に安心したように、夏原が皆に声をかける。
「さ、立ちっぱなしもなんだし、そろそろ座ろう。ヒカルさんから預かった食材で、大したものじゃないがご飯も作ってある」
その声に、皆がようやく肩の力を抜いたように焚き火のほうへ歩き出す。
(・・・・・・本当によかった、皆無事で・・・・・・)
全員の無事を確認し、繋は最後に小さく息をついた。
皆の背中を見送りながら、足を止め、残った魔力を指先に集中させる。
「さてと・・・・・・これくらいは、しておかないと」
地面に静かに魔法陣が広がり、淡い光が瞬きながら周囲に結界を張っていく。
その瞬間、視界が一気にぐらついた。
「繋さん・・・・・・?」
菊香の声が遠くから聞こえる。意識が深く沈んでいきそうになるのを、繋は必死に引き戻した。
「あ・・・ごめん。少し、ぼうっとしてただけ。すぐ行くね」
菊香が繋の名前を呼ぶ声に、なんとか意識を持っていかれないように我慢する。
その晩、繋は何とか皆と夕食を囲み、テントで眠りについた。
しかし――翌朝。繋の目は開かないままだった。
どれだけ呼びかけても、呼びかけには一切応じず・・・・・・深い眠りに沈みこんでしまったかのように、繋は静かに胸を上下させるだけだった。
◇
「着いたな」
ヒカルたちは、難民キャンプへと辿り着いた。拠点は近くの学校に設けられており、一行は車をその校門前に停めると、夏原が一歩先に立ち、校内へと足を踏み入れた。
「俺が先に中に入って話を通してくる」
そう言い残すと、夏原はさっさと校内に向かって歩き出す。
「大丈夫かな・・・・・・」
晴斗は夏原の背を見送ると、そう呟いた。
ヒカルと菊香、そして晴斗は車から降りて、夏原の帰りを待つことにした。晴斗はそわそわと落ち着かない様子で、不安そうにあたりを見回していた。
「さあ、どうだろう・・・・・・」
菊香も緊張した面持ちで答える。何が起こるか分からない状況に、自然と体が強張っていた。
しばらくして、「おーい!」と手を振りながら、夏原が駆け戻ってきた。
「うちの拠点リーダーが、このまま直接会いたいそうだ」
京都の拠点では、難民を受け入れる際に必ず事前にリーダーとの面会が必要とのことだった。あらかじめ人物を見極めてから選別し、受け入れを決める。
それを聞いたヒカルは、口角をあげ馬鹿にしたように鼻で笑う。
それはとても不機嫌そうな表情で。
「――はっ、選別だと? まるで王様気取りだなあ?」
ヒカルの皮肉に、夏原は困ったような表情を浮かべる。
「わかってます。でも・・・現実には、選別しないと問題を起こす連中が入り込んでしまうんです」
夏原は言い淀みながらも、目を伏せることなくヒカルを見つめた。
「実際、うちのキャンプではかなり”特殊”な方法で選別を行っています。その代わり、拠点内での安全は保たれている。拠店が出来てから3年近く経ちますが今の所騒動や問題も起きてないんです・・・・・・」
そこで一度言葉を切り、彼は静かに続けた。
「・・・・・・どうか理解してほしい。俺も最初は、選別という行為が納得できなかった。でも・・・・・・彼女のやり方で、本当に助けを求めていた人たちが、守られた。俺には、それが事実なんです」
ヒカルは目を細めて夏原を見つめ返した。何かを言いかけて、しかし言葉にならないまま口を閉じる。
そんなヒカルの袖を、菊香がそっと引っ張った。
「おじさん・・・・・・気持ちはわかるけど、今は争う時じゃないよ。あくまで私たちの目的は、情報収集」
ヒカルはしばらく黙ったまま、深く息を吐いた。
「・・・・・・そう、だな」
視線を落とし、やや気まずそうに「・・・・・・悪かった」とだけ呟く。
夏原はその言葉に、わずかに目を細めて頷いた。責めるような色はなく、どこか安堵したような、静かな笑みだった。
「ありがとうございます。でも・・・・・・豪打さんの気持ちも、わかるつもりです」
夏原はそう言って、ふっと目を伏せた。少しの間を置いてから、振り返りざまに声をかける。
「では、自分の後ろについてきてください」
ヒカルは意識を失ったように寝ている繋の体をしっかりと背負い直した。
菊香と晴斗がそれぞれ無言のまま、不安と緊張を纏い夏原の後ろに続く。
一行は、ざわめきの消えた学校の門をくぐり、静かに中へと足を踏み入れた。
校内を見渡すと、警備服や自衛隊のような装備を身にまとった屈強な男女が、黙々と巡回している。
彼らの視線は新たな訪問者に向けられ、どこか鋭く、油断のない警戒心が漂っていた。
「ったく、落ち着きやしねえな・・・・・・」
ヒカルがうんざりとしたようにぼやくと、菊香が眉を下げながら「仕方ないよね」と笑った。
「まぁ、私たちは“外部”の人間だからね。晴斗くんも緊張するでしょ?」
「正直、緊張よりか・・・・・・怖い感情の方が強いっす」
周りから突き刺さるような視線を向けられ、居心地が悪い以上に怖さを感じてしまう。さらに、見慣れない環境と物々しい雰囲気に、晴斗はますます萎縮してしまう。
そのとき、夏原がふと足を止めた。彼らの目の前には、「校長室」と書かれたプレートが掲げられて、夏原はヒカル達の方に身体を向ける。
「ここです」
夏原がドアに手をかけた瞬間、ヒカルが鋭く制止した。
「───待て」
戸惑う夏原に、ヒカルは低く問いかける。
「・・・・・・お前、本当に何も知らないんだな?」
「え・・・・・・? どうしたんですか?」
その質問の意味が掴めず、夏原は不思議そうに眉をひそめた。隣の菊香と晴斗も、ヒカルから放たれる威圧感に、ただただ戸惑うばかりだった。
「どけ」
夏原は戸惑うがまま、ヒカルに場所を譲る。ヒカルは繋の体を背負い直し――そして、バンッ!! と音を立てて扉を蹴り開けた。
「なっ・・・・・・!?」
予想もしていなかった行動に、三人は驚きの余り息を呑む。
「なんだあ? 面会ってのは、殺気まで込めてやるもんか?」
何時もより攻撃的で、粗野な言葉が飛ぶ。
ヒカルの視線が、室内の空気を射抜くように殺気を放つ存在に向かう。
その発生源は格式ある机の向こうに、一人の女性が立っており、その左右には、銃を構えた男女が鋭い視線をこちらに向けていた。
その光景を目にした夏原は、青ざめた顔で部屋に飛び込む。
「待ってください! これはどういうつもりですか!」
彼の怒声が、校長室に響き渡る。
「落ち着いてください、夏原さん」
夏原の狼狽えとは反対に、冷静かつ凛とした声が返ってくる。
リーダーと呼ばれる女性は、毅然とした態度で夏原をなだめ、そして、両脇に控えていた護衛たちに手を振って合図を送る。二人は無言のまま銃を下ろし、部屋の外へと退いた。
「どうぞ、中へ」
攻撃態勢が解かれ中へ招かれるも、ヒカルは警戒を解かぬまま、足を踏み入れる。菊香と晴斗も、戸惑いながらその後に続いた。
ヒカル達が仲に入るのを確認すると、女性も同じようにヒカル達の前に進み、ヒールのカツンカツンと床を打つ音が、部屋に響いた。
女性はヒカルたちの前に立つと、深く頭を下げ始める。
「まずは謝罪を。無礼な対応をしてしまい、申し訳ありません」
先ほどの冷たい態度とは一変し、丁寧な姿勢にヒカルの表情が揺らぐ。
「夏原さんにも、すみませんでした」
「い、いえ・・・・・・でも、どうしてあんなことを?」
「私が住んでていた世界で、我々と敵対していた魂と同じ気配を感じましたので」
神妙な顔でそう答える女性は、次に表情を和らげ微笑みながら続けた。
「けれど、それは私の誤解だったようですね」
光の差し込みとともに、女性の姿がはっきりと見える。
物珍しい緑色の瞳とアッシュグレーの髪色を肩まで伸ばし、ポニーテールで一纏めにしている美人がそこに居た。
見た目はか細く見えるのにも関わらず、どこか威圧感を感じる。
───そして、一番何よりなのが彼女の耳だった。
特徴的な長い耳が、ヒカルたちの目に映った。
晴斗は漫画に出てくるような、耳の形に驚きを隠せなかった。
(あれ・・・・・・あの尖がった耳、本物?)
菊香もヒカルも内心、晴斗と同様の気持ちだった。
そんな3人をよそに、女性の透き通るような声が存在感を強める。
「――“初めまして”。この拠点のリーダーを務めております、シグルと申します」
そして、ヒカルが背負う存在に目を向け、意識を失っている繋に気づいた彼女は、他の誰よりも慈愛を込めた笑みを向ける。
その笑みは、まるで懐かしい存在に出会った事に、喜びと慈しむような笑みをしていた。
「――――――――お久しぶりですね、“ケイ様”」
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