第1話:別れを告げる (圧縮推敲版)
2026/6/18 圧縮推敲版投稿
2026/8/30 加筆修正
「ごめん……みんな……僕さ……元の世界に帰ろうと思ってるんだ」
長い旅の果てに魔王を討ち倒した勇者パーティーは、傷だらけの身を引きずりながらも、ようやく終わった戦いの余韻に包まれていた。
国へ帰ったら何をするか。そんな話で賑わっていた空気は、その一言で止まる。
言葉を発したのは、仲間の一人――渡 繋。
くせっ毛のある髪で、元々黒髪だったが前髪の一部が赤くメッシュが入っており、童顔とまでは言いすぎだが30歳にしては柔和な顔立ちもあいまって少々若く見えた。
他の仲間たちより少し遅れて歩いていた繋は、その場に立ち止まった。振り向いた四人の間に、短い沈黙が落ちる。
「……どうしていきなり」
最初に口を開いたのは、見た目は人間で言うと50代近くであり、オールバックした灰色の髪に浅黒い肌の美丈夫だった。
彼は繋の育ての親である老エルフ、ヒョードル・ニコラウスだった。
繋は少しうつむき、足元を見つめてから答える。
「地球で、やるべきことがあるんだ」
その言葉で、ヒョードルは察した。
繋は以前、自分の過去に区切りをつけるためにも、生まれ育った場所に両親の墓を建てたいと話していた。
ヒョードルは何か言いかけて、結局なにも言えずに黙った。
「……本当に帰るのか。それに、どうやって」
次に問うたのは、このパーティーを率いる勇者スヴィグル・ハーキュリーだった。
ライオンのたてがみを思わせる、荒々しく跳ねた金の髪。
無精ひげを生やし歴戦の英傑らしいワイルドな風貌。厚みのある身体には特徴的なワインレッドの刺青が首筋まで伸びていた。
出会ってから十年を共に戦い抜いた繋の半身である。
繋は一瞬息を詰まらせながらも、うなずいた。
「帰る方法は、フリッグの力で地球へ送ってくれるらしいんだ」
「……ッ……そうか……」
スヴィグルは絞り出すように言った。
その沈んだ声に胸を締めつけられ、繋は無理にでも明るく言おうとする。
「また……こっちにも遊びに帰って来るよ」
だが、自分でも根拠のない慰めだと分かっているせいか、その声はか細いものだった。
「そんな……っ!」
「そんなっ、簡単な事じゃない!! 簡単にあっちこっちと他の世界に行けないわよ!!」
爆発する感情を抑えきれず、手を震わせながら声を荒げたのは、魔族の魔法使いスノトラだった。繋の妹弟子であり、兄妹のように過ごしてきた仲だ。
繋はすぐに言い返せなかった。
世界の行き来が簡単ではないことなど、彼自身が一番分かっていたからだ。
そんな、重い空気を裂くように、別の声が割って入る。
「まあまあ、可能性がゼロってわけじゃねえだろ」
「それで、元の世界でやりたいことってなんだ?」
そう言って繋の肩を抱いたのは、半獣人の戦士ベオウルフだった。年の離れた弟のような存在だ。
無理にでも場を和ませようとしてくれているのが伝わって、繋は隠すつもりだったことを静かに口にする。
「両親の供養をしたいんだ」
その一言で、四人は息を呑んだ。
繋は自分がこの世界に来た日のことを思い出す。
中学生の頃、両親と出かけた旅行の帰り道だった。車の中で“両親が喧嘩をし始め”、息が詰まるような空気が流れた次の瞬間、強い光が視界を貫いた。
事故だった。
本来なら家族三人とも死ぬはずだったが、その日だけは世界の境界が緩んでいた。瀕死だった繋だけが「世界の狭間」へ落ち、そこを通りかかった女神に拾われた。
それが、彼の異世界での人生の始まりだった。
自分の過去をここまで話したのは、ヒョードルとスヴィグル以外には初めてだった。
しばしの沈黙のあと、スノトラが低くつぶやく。
「……それは」
「帰らないといけないじゃない……」
ベオウルフも、黙ってうなずいた。
名残を惜しんでくれる仲間たちに、繋は憂いを含んだ表情で小さく「ありがとう」と言う。何も言葉を発さない仲間たちに、みんなの気持ちを重くさせてしまった事に申し訳なさを感じ、繋はいつものように笑おうとした。
だが、口をついて出たのは取り繕わない本音だった。
「……みんなと離れるのは寂しいな」
自分でも驚くほど、ぎこちなくて、弱い声だった。
繋が「あっ」と口元を押さえるより早く、四人分の足が傍まで駆け寄った。
「はあ、本当にまったく……気を付けて帰るんだぞ」
ヒョードルはため息をつきながら、優しく繋の頭を撫でた。
「ケイ……」
「スヴィ……」
スヴィグルは繋を見つめる。
こいつは昔からそうだ、と彼は思う。普段は隠し事が下手なくせに、本当に大事な傷だけは決して見せない。
魔王を討ったあの時もそうだった。繋は何かを抱え込み、何事もなかったように立っていた。
あんな顔は、二度と見たくないし、今も正直両親の供養とは言っているが、本当にそれだけが理由だとは思っていない。
だから、本当は帰したくない。だが、繋の”両親との確執”を知っているからこそ、供養をする事が繋にとって区切りになるかもしれないとも分かっている。
分かっている。頭では理解している。
しかし、スヴィグルは繋が母親にされた事を思い出し、一瞬だけ狂化を解除しかけようとした。暴れ狂う破壊衝動と殺意が腹の底から溢れ出す。しかし、そうはならない。
目の前には自分の楔であり、錨である魂の半身である繋がいるからだ。
ダメだとスヴィグルは心の中で首を振る。
繋を困らせたくない。でも、本当は行かせたくない。
相反する感情を抑え、何とか繋の気持ちを尊重する。
スヴィグルは小さく息を吐くと、表面だけはいつもの頼れるリーダーの顔に戻った。
「まったくよ。せっかく魔王を討伐したってのに、今度は別れ話か」
困ったように笑ってから、繋の背中を少し強めに叩く。
「約束しろよ。これ以上、自分を傷つけるなよ」
繋は目を見開き、それから静かにうなずいた。
次にスノトラが言う。
「大丈夫……うん、大丈夫」
一度そう言ってから、念を押すように、自分に言い聞かせるかのように続けた。
「何年かかっても、あんたを迎えに行くための魔法を作るから。あっちで気長に待ってなさい!」
ベオウルフは繋の肩を軽く叩き、いつもの調子で笑った。
「違う世界でもよ! 俺たちは兄弟だよな!」
「ああ……もちろんだよ」
繋は涙をこらえながら笑った。
しんみりした空気を振り払うように、スヴィグルが大きな声を上げる。
「よし、湿っぽいのはここまでだ!」
「国に帰ったら盛大に祝おうぜ! 次の日には笑って見送れるようにな!」
その声に、繋を除いた4人は「そうだそうだ!」と意気込んだ。
王国に帰ったら、たくさん美味しいものを食べ、酒を飲んで思い切り楽しもう。
そう宣言したスヴィグルは、繋の手を引いて歩き出した。
「程々にね」
繋はそう言って微笑んだ。
仲間たちと過ごせる残りわずかな時間を噛みしめながら、五人は国へ向かって歩き出す。
だが、繋にはまだ一つ、仲間たちに隠していることがあった。
時は少し遡る。魔王との戦いを前に、女神フリッグは厳しい表情で繋に言った。
「本当に帰るのか?」
「うん……」
「元の世界へ戻すこと自体はできる。むしろ世界の制約が緩い今が一番いい時期だ」
そこまで聞いて、繋は安堵しかけた。だが女神の顔は晴れない。
「ただし、お前をまた危険な目に遭わせることになるかもしれない」
「危険?」
地球には、この世界のような魔物も魔獣もいない。
そう思った繋に、女神ははっきり告げた。
「お前のいた世界では、ほとんどの人類が死人になっている」
繋は言葉を失う。
なぜなら、かつて自分が生きていた地球は、すでにゾンビに覆われていたのだ。
ちなみに、スヴィグルとベオウルフでは”兄弟”の意味合いが違ってたり。
仲間から見たケイとの関係性。
スヴィグルはとある儀式を経てケイと「魂の片割れ」となっていて、
ベオウルフはケイを「兄」として敬愛し、
スノトラは「友愛」で、どちらかというフィリア(友人同士の深い愛)に近く、
ヒョードルは「家族愛」だけど、長寿であるエルフで王として孤独だった自分に降ってきた「星」。
みたいな感じです。




