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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第4章:■■■■■■■■
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第四話:皐月の心情


 皐月と初めて対面した。けいから見た彼のファーストインプレッションは、なんというか──


「うさんくさいだろ?」


「うん」


「君たち二人とも酷いねえ!?」


 無精ひげにへらへらした笑み。手入れもろくにされていないぼさぼさの髪をひとまとめにして、後ろで適当に括ったポニーテール。

 顔には薄くはなっているが無数の傷痕があった。


 年齢だけ聞けば落ち着いた大人を想像するはずなのに、目の前にいる男はそんな期待を見事なまでに裏切っていた。むしろ本当はこいつが裏で糸を引いているんじゃないかと勘繰ってしまうくらい、うさんくささが全身から滲み出ている。


(……胡散臭いと言えばいいのか、頼りなさげと言えば良いのか、でも仮にも東京の難民拠点の責任者なんだ。見た目通りの筈が無い)


 けいはじっと皐月を観察する。その胡散臭さの裏側に、頼りなさげな見た目の下に隠しているものがあるのではないかとけいは考える。


(能ある鷹は爪を隠すって言うし、きっと違う筈だ)


 けいの勘が告げていた。見た目の雑な第一印象とは裏腹に、案外リーダー性に優れていて、的確な判断を下せるタイプなのではないかと。


(それになんというか、ヒョードルを思い出すんだよなあ)


 もちろん見た目が似ている訳でもない。雰囲気だって養父は豪放磊落で、皐月とは天と地ほどの差がある。

 へらへらと笑みを浮かべてはいるが、瞼の隙間から除く瞳の奥に。強い意志が秘められている気がして、その瞳が養父と重なって見える時があった。


「あ、そうだ」


 ふと、けいは思い出す。煌夜が自分を助けてくれた功労者の一人だと聞いていたが、その中には当然、この皐月も含まれているのだと。


「ごめんなさい。遅れましたが、助けて下さってありがとうございます」


 けいは姿勢を正し、頭をきっちり下げた。


 見た目はどうあれ、彼が動いてくれなければ、自分は今ここにいなかった可能性すらある。そう考えれば、この礼は遅すぎるくらいだった。


「…………」


 だが、皐月はすぐには何も言わなかった。


 沈黙が、場を覆った。


(沈黙……彼は何を考えているんだろうか)


 その間にけいは、相手の空気を探る。無視をしている訳では無いと感じる。ちらりと頭を下げたまま視線だけを皐月に向ける。そこには、ただ、どう返すべきか戸惑っている皐月の姿が見えた。


 皐月は自分の目の前できっちりと礼儀正しく頭を下げるけいに、確かに戸惑っていた。先ほどまでと同じように軽口で流せば良い。そうすれば自分の本心を隠す事が出来る。


 終末世界になってからというもの、ずっとそうやって生きてきた。


 裏切りが当たり前で、人を利用する事が当たり前な世界。

 人を見捨てる事も当たり前で、冷酷な判断が普通な世界。


 でも、自分だけそうならないようにと自分の心に言い聞かせて生きてきた。

 でも、どんどん良心は摩耗していって、最後に残った良心が無くならないように心を隠した。


 へらへらとすれば、頼りなさげにすれば、相手は勝手にこちらを軽く見る。

 軽く見られる分だけ、裏切られた時の痛みも薄くなる。

 最初から期待されなければ、応えられなかった時に失うものも少ない。


 そうやって皐月は、自分の心を守ってきた。

 誰かを信じたいと思った時ほど、その気持ちを見せないようにしてきた。

 期待した瞬間に足元を掬われる。

 差し出したものから先に奪われる。

 そんな事は、この終わった世界で嫌というほど知っていたからだ。


 だからいつも、笑って誤魔化した。

 本気ではないふりをして、傷ついていないふりをして、何も背負っていないように振る舞った。

 その方が楽だった。

 その方が、自分の中の最後の良心を、これ以上汚さずに済む気がしていた。


 なのにけいは、そんな皐月の逃げ道を、責めるでもなく塞いでくる。

 丁寧に頭を下げるその姿は、皐月が雑に扱っていい相手ではないと、無言のまま突きつけてくるようだった。


「おい、けいくんが感謝してやってるのに、アンタはなんで無言なんだ」


「おっと失敬失敬。てか、如月くん、君は相変わらずおいちゃんに当たりがキツくないかなあ!?」


 わざとらしく肩をすくめる皐月に、煌夜は冷ややかな目を向ける。


「あの女を欺くためとはいえ、ずっと俺たちを騙してきたツケだ」


 だから甘んじてこの扱いを受け入れろ、とでも言いたげな煌夜の物言いに、けいは思わず苦笑する。


「はいはい、ごもっともたい」


 博多弁混じりの軽い返し。だが、その声音には無理に明るくしている気配があった。


(煌夜くんの当たりは強いけど、憎んでいるわけじゃないんだよな)


 きっと煌夜も、すべての元凶が蛇ノ目にあって、目の前にいる元責任者にすべての責任があるわけではないと分かっているのだろう。


(だからといって、彼の立場からすれば、最愛の姉がゾンビ化されるのを止めてくれなかった人でもある)


 複雑だな、とけいは思う。煌夜の整理しきれない気持ちが、痛いほど理解できた。


 元々、皐月は東京本部の責任者だった。それなのに蛇ノ目の目的を完全には掴めず、彼女が裏で動いていたことを知りながら、決定的に止めることができなかった。その結果として、煌夜の姉はゾンビ化させられるという最悪の流れに巻き込まれた。


 誰が一番悪いのかと問われれば、それは蛇ノ目だ。だが、それで割り切れるほど人の感情は単純じゃない。止められたかもしれない人間が目の前にいるなら、ぶつけたくもなる。責めたくもなる。八つ当たりだと分かっていても、やりきれない思いは行き場を求める。


 そして皐月自身も、そのことをよく理解しているようだった。


「取りつく島もなかね。それはおいちゃんの責任ばい。本当に申し訳なか」


 軽い口調のまま、皐月は言い訳ひとつしなかった。

 煌夜は腕を組んだまま下唇を噛み、苛立ちを逃がすように足を踏み鳴らした。


煌夜こうやくん…………)


 けいは頭を上げて煌夜の顔を見る。怒っている。けれど、本気で断罪したいわけでもない。

 その不器用な感情の揺れを見て、けいはふっと笑みを浮かべながら目を細めた。


「煌夜くんは、皐月さんの謝罪をもう受け入れてるみたいですよ」


「…………へ?」


 皐月がぽかんとした顔をする。


「いわゆる、ただの八つ当たりです」


けいくん……!?」


 図星を突かれた煌夜が、目に見えて慌てふためく。耳までわずかに赤くなっているのが分かりやすかった。


 その反応に、皐月は一瞬きょとんとして、それから小さく吹き出した。だが、すぐに表情を引き締め直す。


「なら、思う存分八つ当たりしてくれてよか。君には、君たちには、その権利がある」


 穏やかな口調だったが、そこにあるのは諦めではなく覚悟だった。


「本来なら、おいちゃんが命を懸けてでも彼女を止めるべきやったと」


 ぽつりと零された言葉は、軽々しく発せられたものではないと、聞いただけで分かる声だった。


 そんな皐月の姿に、けいは胸の内で考えを改める。


 ユミルや煌夜から頼りないと言われているらしいが、少なくとも自分にはそうは見えなかった。むしろ責任感は強い。普段は昼行灯みたいにへらへらして、本心を煙に巻くくせに、いざという時には逃げない人だ。


 普段の掴みどころのない態度は、きっと処世術なのだろう。自分を誤魔化さなければ立っていられない場所で、長く立ち続けてきた人間のそれだと、けいは理解する。


 今から言う言葉が彼の矜持を傷つけないだろうかと、けいは脳内でひとしきり考える。だが、やはり言うべきだと思い、皐月の目を真っすぐ見た。


「──でも、皐月さんが彼女と戦うことに重きを置かなかったのは、良かったんだと思いますよ」


「……え?」


 皐月は、思ってもみない方向から自分を擁護する言葉をかけられ、目を丸くする。


「いや、けど、戦っていれば、おいちゃんだけでも残って戦っていれば、もっと多くの人を救えたかもしれないんだ」


 元々、救出すべきだった難民と兵士たちは、全部で千人近くいた。 それが、蛇ノ目の目的が進んだことで、ほとんどがゾンビ化の実験の駒として犠牲になった。


 現に、埼玉に逃げおおせた人数は、難民と兵士を合わせて百人ほどだった。


 だから皐月は表情を暗くし、しどろもどろになる。へらりと笑ってしまう。


 もっと良い方法があったかもしれない。だが、自分は昔からぐずでのろまで、要領が悪い。だから自分の責任だ。自分がもっと要領よく立ち回れていれば、たくさんの人たちを救えたはずだったのだと、皐月は自分の無能さを呪う。


 けれど、けいは皐月にまっすぐ告げる。以前、夏原誠一が悩み苦しんでいた姿を脳裏に浮かべながら、あの時と同じように、その行動は間違いではなかったのだと示す。


「いいえ。逃げる選択を取ってくれたおかげで、こうして生き残った人たちもいる。もし逃げずに戦っていたら、逆に全滅していたかもしれない」


「しかし……しかしだ。全部、しれん。かもしれんばかりじゃなかか……」


 皐月は苦しげに言葉を漏らす。すべて結果論だと、割り切れないのだと言う。


 そんな皐月に、けいは静かに告げた。


「そうなんです。全部、かもしれないんです」


「え?」


「どんなに最善を尽くしても、どんなに作戦を練り込んでも、すべてを完璧にはできない──ううん、そんなの無理なんです」


 けいは断言する。異世界での魔王討伐の旅で、いろんな苦難に遭遇した。 経験を積めば、数をこなせば、いつかすべてを救えるのだと思っていたこともあった。


 ──でも、そんなのは無理だ。あらゆる物事には不確定要素がつきものだから。だから──


「だから、大事なのはその後なんです。残ったもの、残せたものがあることを、あなたは認めていいんです」


「それに、皐月さんが逃げる選択を取ってくれたおかげで、現に僕も生きていますしね」


 けいは素直な気持ちのままに言った。功績まで否定されるのは違うと思ったからだ。責任を負うべき点があることと、成したことが無価値であることは、同じではない。


 皐月の息が止まり、煌夜もまた、けいの言葉に静かに耳を傾けていた。


 けいはさらに、煌夜にも顔を向ける。


「だから、必ず彼女の目的を阻止して、罪を償ってもらおう。煌夜くんのお姉さんのためにも」


 復讐の手伝いをするって約束、忘れてないからね。と、けいは煌夜に顔を向けてウィンクしてみせる。


「ッ……ああ。そうだな」


 皐月をフォローしながらも、けいが今でも自分の復讐をちゃんと覚えていてくれたことに、煌夜はありがたさを覚える。だが同時に、今の自分ではけいの足手まといにしかならないとも感じており、少し複雑そうな笑みを返した。


 皐月は息をふっと吐く。


 腕を組み、少し顔が熱くなるのを誤魔化す様に、無精ひげが生えた顎を摩りながら、けいをちらりと盗み見る。


(──まさか、こげん子だとは思わんやった)


 皐月はけいのことを前々から少しは耳にしていた。だが、実際に相対してみて分かる。


 ──この青年、いや実際は30歳の大人だが自分から見ればまだまだ青年だ。


 渡繋わたりけいは、人の心を汲むことにかけて異様なほど長けている。

 欲しい言葉を、押しつけがましくなく、当たり前みたいな顔で差し出してくる。それは媚びでもなく、計算でもなく、ただ相手のためにそうしているのだと伝わるから別の意味で厄介だった。


 そして蛇ノ目とは正反対だった。


 彼から紡がれる言の葉は、ひどく心地いい。打算がない。侮蔑もない。本気で相手を思って言葉を選んでいるのが分かる。だから聞いた側の心が勝手に緩む。


 対してあの女は違う。打算で動き、相手の弱みを言葉ひとつで握り、心を弄び、平然と踏みつぶす。甘い声で近づいてきたかと思えば、気づいた時には逃げ道を塞がれている。


 正直に言おう。皐月は蛇ノ目が怖い。

 恐ろしいのだ。


 自分の自尊心が高いか低いかなんて関係ない。蛇ノ目は、相手の中にある綻びを見つけるのがうまい。ほんの少し弱さを見せただけで、そこから入り込み、心の柔らかいところを抉ってくる。あの女の前では、気を抜くこと自体が敗北にけいがる。そう思っていたからこそ、皐月は大々的に動けなかったのだ。


 こんな不甲斐ない責任者じゃ、如月君に責められてもしょうがないと皐月は自分を戒め眉間に皺を寄せていると、思いがけない言葉が飛んできた。


「きっと、彼女の異能のせいもあって、皐月さんも満足に動けなかったんだろうね」


「ッ……」


 心の内を言い当てられ、皐月の心臓が大きく跳ねた。


 言い訳など一切するつもりはなかった。

 だが。実際にこうやって自分の気持ちを汲まれると、満ち足りた気持ちになる。


 仕方なくあの女から逃げたかったわけじゃない。ただ、何か事を動かすたびに脳裏にちらつくものがあった。見抜かれる恐怖。利用される恐怖。誰かを守るつもりで差し出した手が、逆に誰かを傷つけ、壊すきっかけになるかもしれないという恐怖。


 それを、けいは責めるでもなく、当然のように理解してみせた。


(………………見事に正反対ばい。言ってよかほど、あの女と逆やね)


 皐月の心にあった黒いわだかまりが優しく溶けていくのを感じる。


 蛇ノ目が人の心を折るために言葉を使うなら、けいは人の心を救う為に言葉を使う。その違いがあまりにも鮮やかで、皐月は思わず苦笑した。


「そして煌夜くんも、改めてありがとうね。ずっと守ってくれて」


「守ってって、俺の方こそだ。前回も今回も助けてくれてありがとう。未だに役に立ってない自分が恥ずかしいがな……」


 言葉の後半は、少しだけ苦く沈む。煌夜の中には、けいに任せきりな自分への悔しさが今も燻っているのだろう。


 けいは首を横に振った。


「そんなことないじゃない。元々の煌夜くんの反乱軍の仲間たちに加えて、皐月さんのところの兵士も束ねてるじゃないか。それは凄いことなんだよ」


 あまりにも自然に、すらすらと褒め言葉が出てくる。


 煌夜はその言葉を受けて、自分の中の自尊心がじわりと満たされていくのを感じた。認められた、と思うだけで、胸の奥の強張りが少しほどける。熱くなり始めた顔を誤魔化すように、彼はふいと横を向いた。


 皐月はその様子を見て、微笑ましそうに目を細める。


 そして理解する。なぜ彼の元に人が集まるのかを。


 強いから、だけではない。正しいから、だけでもない。


 この青年は、人が欲しいと願うものを惜しみなく与える。認めてほしい者には承認を、責めているつもりで揺れている者には理解を、罪悪感に沈む者には前を向けるだけの言葉を。そうやって、気づけば相手の孤独を薄めてしまう。


(頼りになるとは別で、きっと彼に褒められたくて、認められたくて、そして彼の優しさが欲しくて集まるんやろうね)


 気づけば自分も、その引力の外にはいなかった。


 頼りにならないと、無能と笑われ、言われ続けても、自分に出来る事をしてきた。確かに失敗も多くある。それでもやってきた四十の男が、年下の青年の言葉に少しだけ肩の荷を軽くされている。それが妙に可笑しくて、皐月は小さく息を吐く。


 自分もまた、きっと彼の虜になりかけているのだろう。


 そう思うと、苦笑いが零れた。




いつも読んで頂いてありがとうございます!

もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!٩( 'ω' )و

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