プロローグ:ゾンビと魔法使い
2026/6/28 加筆修正
異世界から帰還した地球は、すでに終わりを迎えかけていた。
文明は崩れ去り、人類の八割がゾンビと化している。
「……はぁ……はぁ……っ」
人類最後の防衛拠点――京都。
その遥か上空で、地球で唯一の魔法使いである渡繋は六翼の花弁で編まれた翼を背に、ソレを見据えていた。
地上では、最終防衛ラインへ向かって、ゾンビとその進化形態たちが絶え間なく押し寄せている。
異能に目覚めた仲間たちは、満身創痍になりながらも、なお必死にそれらを食い止めていた。
極光が地上と空を奔る。
雷の矢が貫き、
氷が水平線を覆い、氷柱が大地を穿つ。
風は竜巻を生み、
炎は黒く、龍のように天へ舞い上がる。
地の底から這い上がる巨木がゾンビたちの進行を阻み、
鬼神がそれを足場にして、異形の首を次々と一閃する。
黒雲に覆われた空では雷鳴が轟き、怒りそのもののような赤雷が落ちる。
まさしく、世界の終わりだった。
その終焉の只中で。
地球でただ一人の魔法使いが、すべての元凶と対峙している。
朱に染まる花弁で形作られた、滲むように赤く発光する二本の剣。
それを背後に浮かばせ、意のままに操り、宙を覆い尽くす異形たちを風のような速度で次々と斬り伏せていく。
だが、倒しても倒しても、ゾンビと異形たちはまるで塵から生まれるかのように現れ続け、繋と仲間たちを追い詰める。
すべての元凶へ向かって、繋は一直線に突っ込む。
だが、剣は届かない。
爆ぜる紫槍も、
花の冠から放たれる光も、
異形の軍勢に阻まれ、元凶へは届かない。
繋は眉間に皺を寄せた。
魔力は、もう尽きかけている。
それでもなお、禁術によって生命力を無理やり魔力へと還元し、どうにか戦いを繋いでいた。
まさに限界だった。
「ケイよ、今のままでは厳しいぞ」
遠い世界から、女神はアストラル体となって繋を支えている。
「だね。もう、これしかないよね」
「バカモノ、喜ぶな」
女神は目を伏せる。
彼女にしては珍しく、痛ましげな表情だった。
それが少しだけ嬉しくて、繋は思わず笑ってしまう。
繋は、戦い続ける仲間たちへ視線を向けた。
「みんな必死なんだ。
僕が犠牲にならないように。
僕なんかのために」
胸が熱くなる。
生きていてよかったと。
そう思える日が来るなんて、知らなかった。
こんな絶望の最中なのに。
それでも、自分は愛されているのだと、そう思ってしまう。
「…………その術は、お前が多くの者と結んできたものの上にしか成り立たない……だからこそ、代償もまた重い。だが、安心しろ。どの世界だろうが、必ずお前を探し出す」
「ははっ……相変わらず、かっこいいこと言うんだから……でも、ありがとう……フリッグ……あのとき僕を助けてくれて、ずっと愛してくれて」
繋は穏やかに微笑む。
それは、幼い頃から作ってきた、誰かを安心させるための笑顔ではない。
自分を偽るための笑い顔でもなかった。
みんなを守るために、この身にあるすべてを使えるのなら。
すべてを捧げたっていい。
そう心を決めた瞬間。
背後の羽がほどけるように散った。
舞い散る花弁は新たな形を取り、やがて頭上でひとつの輪を形作っていく。
それはまるで、天使の輪のようだった。
「ケイ!! 何それ!? 何をするつもりなの!?」
異世界から魔法通信越しに援護していたスノトラが、焦った声を荒らげる。
「待て、待ってくれ! ケイ! 約束はどうした!異世界に帰ったら一緒に旅をするんだろ!!」
ベオウルフが、今にも泣き出しそうな張り詰めた声で叫ぶ。
「ケイよ……」
養父が目を伏せ、そしてゆっくりと目を見開いた。
「愛してる――だから、必ず戻ってこい」
「ありがとう、ヒョードル……そして、愛してる。スノトラも、ベオウルフも」
十分だ。
十分すぎる。
あのとき、死ぬはずだった自分の命。
大切な家族と仲間を救うために、その命を使う日まで生きてきた。
繋は一度、目を閉じる。
そして、見開いた。
その視線を、元凶へと鋭く向ける。
崩壊へと進む世界を、繋ぎ止めなければならない。
そのための楔が必要だった。
誰でもいいわけじゃない。
数えきれない偶然と選択の果てに、ここへ至ってしまった者だけが、それになれる。
「概念抽出魔法起動」
自分にしか使えない、オリジナルの魔法を起動する。
花の冠が光り輝き、溢れんばかりの銀色の花弁が世界へ流れていく。
黒雲が裂け、光が繋を照らす。
繋の瞳は銀色へと変わり、宙を歩くたび、足元から銀色の花弁が零れ落ちた。
その姿を、戦いながらも視界に入れた仲間たちは、焦燥に駆られたように彼の名を叫ぶ。
自己犠牲を選びがちな繋が、何か取り返しのつかないことをしようとしている。
それが分かってしまったからだ。
だから叫ぶ。
目の前のゾンビたちを全力で倒しながら。
遠くへ行ってしまわないように。
つなぎ止めるように。
「ケイッ!!」
「繋さん!!」
「繋!!」
「繋ちゃん!!」
「渡!!!」
「渡くん!!」
「けいくん!!」
「兄貴!!」
「――――ケイ!!!!」
本来なら、その声が届くはずはない。
それでも確かに、自分の名を呼ばれた気がした。
繋は仲間たちへ慈しむような視線を向ける。
それから、覚悟を決めた顔で元凶へと向かった。
片割れが、
家族と呼んでくれた人が、
幼馴染が、
友達が――
大切なみんなが、繋の名前を呼ぶ。
繋にはその声は届かない。
返すこともできない。
けれど、繋の願いは、ただ一つだった。
どうか救わせてほしい。
結んだ絆を。
家族に見放された自分が手に入れた、この繋がりを。
ほどけてしまうとしても。
どうか、守らせてほしい。
(みんな、ごめん)
すべてが始まった、あの日を思い出す。
恋しさに、胸が焦がれる。
ごめん。
また一緒に夏を迎えることはできなくて。
ごめん。
僕の片割れ。
最後まで、自分を大切にできなくて。
でも。
愛してくれて、ありがとう。
だから、僕は。
この世界でただ一人の魔法使い《奇跡を起こす者》として――
「世界を救う!!」
その瞬間、繋の魔力が空を裂くように奔った。
元凶の周囲を取り巻いていたすべての異形が一掃される。
ついに、道が開けた。
――そして繋は、一筋の朱い剣を振るう。
真っ黒な剣がそれを迎え撃つ。
両者がぶつかり合った刹那。
世界は、明滅した。
両親から愛されなかった過去を。
事故に遭い、異世界に紛れ込み、そこで過ごしたあの年月を。
両親の供養をするために、異世界から地球へ帰ることを決めた、あの日を。
友を家族を救うために、地球を救うと決めてから今に至るまでを。
光が繋を包む。
走馬灯のように、過去が脳裏を巡っていく。
これは、愛を知らなかった子供が、
愛されることを知り、
切れない絆を手に入れるまでの物語。




