第1話:帰省
「ごめん・・・みんな」
「僕さ・・・・・・元の世界に帰ろうと思ってるんだ」
とある世界。
長い旅路の果てに魔王を打倒した勇者パーティーは各々ボロボロになりながらも足取りは軽く、達成した喜びを仲間と分かちあいながら国に帰る途中だった。
国に帰ってから何をしようと各々やりたい事を口に出していたそんな中。
仲間の一人である男の言葉により、賑やかだった雰囲気は一変し、重苦しい空気が場を包んだ。
最初に言葉を発した男の名前は渡 繋。
くせっ毛のある髪で、元々黒髪だったが前髪の一部が赤くメッシュが入っており、童顔とまでは言いすぎだが30歳にしては柔和な顔立ちもあいまって少々若く見えた。
繋の突然の言葉に、仲間たちは、・・・え?と戸惑い始める。
1人だけ、他の仲間達の歩くスピードより遅く歩き、次第に歩みを止め、佇ずむ。そんな繋を仲間たちは歩くのを止めて、繋の方向へ振り向いた。
予想だにしていない繋の言葉に、仲間達はどのような言葉を出せば良いか、戸惑い少しの沈黙が場を支配した。
「・・・・・・どうしていきなり」
沈黙を破り、初めに切り出したのは彼の育ての親である老エルフだった。
老エルフの名前はヒョードル・ニコラウス。
本人は200歳過ぎの老エルフと言うが、見た目は人間で言うと50代近くであり、オールバックした灰色の髪に浅黒い肌の美丈夫だった。
繋は口を噤み、足元を見つめた後、眉を下げながら「地球でやるべきことがある」とヒョードルに告げた。
繋の口から出た言葉にヒョードルはハッとする。
やりたい事とは恐らく死に別れた両親についてだろうとヒョードルは気づいた。
繋は前々からヒョードルにだけ両親の墓を建てたいと言っていた事を思い出し、ヒョードルは何も言えずに沈黙する。
「・・・本当に帰るのか?・・・それにどうやって」
次に切り出したのは繋が居るパーティのリーダーであり、勇者の名を冠する男だった。
彼の名前はスヴィグル・ハーキュリー。
髪型はサイドを刈り上げ、後頭部の髪は紐で結んでおり、顎下に綺麗に揃えた髭は歴戦の英傑らしいワイルドな風貌で、体の方は厚みがあり、顔や身体の色んな所に傷跡が有った。
彼は繋より4歳年上だが魔王討伐のパーティを組んでから9年間苦楽を共にした戦友であり、かけがえのない親友だ。
親友からの憂いた問いかけに、繋は言葉を聞き一瞬息が詰まりそうになるも、本当だと答える。
「帰る方法は、フリッグの力で地球へ送ってくれるらしいんだ」
スヴィグルは消え入りそうな声でそうか・・・。と声を絞り出した。
スヴィグルの沈んだ様子に、繋は胸が締めつけられた。なんとか励まそうと口を開いたが、出てきたのは根拠のない、弱々しい言葉だった。
「また・・・。こっちにも遊びに帰って来るよ」
繋本人も何の確証も無いことは分かっているからなのか、掠れるような声でしか言葉に出来なかった。
「そんな・・・っ!」
「 そんなっ、簡単な事じゃない・・・!・・・簡単にあっちこっちと他の世界に行けないわよ」
爆発しそうになる感情を抑えるかのように、震える声で何とか言葉を発したのは魔族の女性だった。
彼女の名前はスノトラ。
見た目は20代後半で身長は168cmとパーティ内では小柄で、燃えるような真っ赤な髪をハーフアップしていて、すらりとした身体に紫色に輝く瞳が特徴的な女性だった。
繋の魔法使いとしての能力を更に向上させた師でもあり、共に魔法の道を切磋琢磨した仲であり、兄妹のような関係性だった。
スノトラの言葉に、その通りだと繋は言葉も出なかった。
スノトラの言う通りに簡単に世界の行き来など出来ない事など繋も知っている。
重苦しい空気を破るように、明るい声が飛び込んできた。
「まあまあ!可能性はゼロじゃないってこった、そんなに悲観することじゃねえって!」
「なあ。元の世界に戻ってやりたいこと事ってなんだ?」
半獣人の戦士が繋の肩を組み、柔らかい声で問いかけた。
戦士の名前はベオウルフ。
逆立てた焦げた金色に輝くの髪の横から生えているのは人間のような耳ではなく狼のような耳が生えており、半獣人特有の大きな体躯の男性だった。
パーティの中では一番年若く、繋とは10歳近くも離れてはいたがスノトラと同じように繋の事を兄弟のように思っており、繋もベオウルフの事を弟のように接していた。
繋はベオウルフが無理に場を明るくしようとしてくれている事に気付き、隠す筈だった目的を「実は」と繋は静かに語りだす。
「両親の供養をしたいんだ」
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繋は、こちらの世界に来るきっかけとなった出来事を思い出していた。
──あれは、中学生だった頃。
夏休み中、両親と県外へ旅行に出かけた帰り道だった。
確か、車同士の衝突事故だった。
その夜は、真っ暗な海岸通りを走っていた。
夜の海に、月明かりが静かに映っていた。
繋は車の窓を開け、生温い夏風が頬を撫でるのを楽しんでいた。
肺いっぱいに吸い込んだ、あの夏の空気。
──今思えば、繋にとってそれは、とても懐かしい記憶だった。
楽しい一日で終わるはずだった。
家へ帰る前、両親と些細なことで喧嘩をしてしまった。
それでも──
帰ったら寝て、次の日には、何事もなかったかのように仲直りして。
いつも通りの、変わらない日々が続くと、信じていた。
(そう・・・・・・信じていたんだ)
帰路を急ぐ車の中、父にまた電話がかかり、それに母が何故か怒っていた・・・気がする?
直後、両親の怒鳴り合うような、ヒステリックな声が繋の耳を突き刺した。
驚いた繋は、窓の外を向いていた顔をフロントへと向けた。
──彼が覚えているのは、そこまでだった。
あのとき、繋たち家族は、衝突事故に遭い、車ごと海へ投げ出された。
そして、家族三人とも──本来なら、命を落とすはずだった。
だが、偶然にもその日は、世界と世界の境界線が緩んでいた。繋だけが、海の底ではなく、「世界の狭間」へと落ちたのだった。
運良く急死は免れたものの、身体には大きな傷を負った。
死にかけていた繋を、空間の歪みを察知した女神が偶然発見し── 彼の異世界での新たな人生が始まった。
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繋は、ヒョードルと兄弟の盃を交わしたスヴィグル以外の誰かに、自分の過去を話すのはこれが初めてだった。
しばしの沈黙のあと──
「・・・・・・それは」
「帰らないといけないじゃない」
スノトラが、言葉を溜めながら、悲しそうに呟く。
その言葉に、スヴィグルもベオウルフも、静かに頷いた。
名残惜しんでくれる仲間たちに、繋は嬉しいような、悲しいような顔をして、「ありがとう」と、心からの言葉を伝えた。
そして、少しでも雰囲気を明るくしようと、繋は笑顔を浮かべる。
きっとまた会えると思うし、そんなに寂しがらないでよ。だって、死に別れるわけじゃないんだから──と明るく軽やかに言おうとした。
だが、思わず本音が漏れてしまった。
「・・・・・・みんなと離れるのは寂しいな」
繋は無意識にその言葉を口にした。
それは思いのほかぎこちなく、悲しそうな響きだった。
思わず口を片手で覆ったが、もう遅かった。彼の言葉を聞いた4人は、顔を上げて繋の周りに集まってきた。
「はあ、本当にまったく・・・・・・。気を付けて帰るんだぞ」
ヒョードルはため息をつきながら、優しく繋の頭を撫でた。
「ケイ・・・」
「スヴィグル・・・」
スヴィグルが静かに繋に声をかける。
この2人はヒョードルとはまた違う形で”兄弟”として絆を結んだ2人だった。
スヴィグルは本当は沢山言いたい事があるが、それをグッと我慢する。
この隠し事が普段は下手な癖に、ここぞという時には一切悟らせてくれない、ずるくて、大切な魂の片割れに本当は文句を言いたい。
しかし、魔王を討伐した時のあの”時”。他の仲間達も恐らく気付いているだろうが、繋は魔王との関係を隠してる。隠してると言っても繋の事だいつものお人好しが発揮して、何とかしようとして───
(何とか出来なかったんだろうな・・・・・・)
掠れる意識の中で見えたのは絶望する繋の表情だった。
(あんなもの二度と見たくねえよ・・・ケイ)
魔王との間で何があったかは分からない。
でも何かを背負っているのは確かで。心を壊す程の何かがあったのも確かだ。
でも、この兄弟は切り替えてみせるのだ。
何事もなかったかのように、傷も心の痛みも全て見ない事にしてしまうのだ。
ならスヴィグル自身出来る事は隣に寄り添う事だけだった。
───なのに。
(馬鹿野郎って本当は言いたい。だが、お前が昔俺に聞かせてくれた親の事も知っている)
(本来はお前の心を見つめ直す機会だったのに、魔王を殺した事でお前の自罰行為が酷くならなきゃいいんだが・・・)
ああ!くそ!っとスヴィグルは舌打ちを内心する。
ケイの事になると20代の頃の粗暴な自分に戻ってしまう。
リーダーとして丸くなった筈なのに、こうも自分の片割れの事になると心穏やかにはいられないのだ。
だが、今は他の仲間達もいる。
そんなみっともない姿を見せられない。
スヴィグルは深呼吸をして、息をゆっくりと吐く。
2人だけの旅じゃなくなった時に決めた時のように。
頼れるリーダーとしての自分を。
「───まったくよ」
「せっかく魔王を討伐したのに・・・・・・」
「お前は気を使って言わなかったんだろうけど、長い旅が終わって喜んでいるはずなのに、今度は寂しくなって感情がぐちゃぐちゃだぜ」
スヴィグルは腕を組み、困ったように微笑みながら続けた。
(・・・なあ、どうかこれだけは約束してくれ)
(地球ってとこだっけな。そこに俺は一緒に行けないから)
「約束しろ、あっちでもちゃんと自分を大切にしろよ」
そう言いながら、スヴィグルは繋の背中を少し強めに叩いた。
次にスノトラが、繋に優しく声をかけた。
「大丈夫よ・・・・・・うん。大丈夫。」
最初の「大丈夫」は繋に向けて、2度目の「大丈夫」は自分自身への励ましだった。
「何年かけても、あんたを迎えに行くための魔法を開発するから、気長にあっちで過ごしてて」
スノトラは目を潤ませながら、決意を込めてそう宣言した。
「違う世界でもよ」
彼は繋の肩を軽く叩いた。
「俺たちは兄弟だよな!」
ベオウルフはニッと笑いながら言った。
「ああ・・・・・・もちろんだよ」
繋は、滲んでしまう涙をこらえつつも嬉しそうに頷いた。
仲間たちも互いの寂しさを紛らわせるように、短い言葉を何度も交わし合った。
「はーー!! よし、湿っぽいのは取りあえず止めた! 止め!!」
「国に帰ったらたくさん祝おうぜ! 次の日にはお互い笑って見送れるようにしよう!」
スヴィグルは大きな声で言い、その声に、繋を除いた4人は「そうだそうだ!」と意気込んだ。王国に帰ったら、たくさん美味しいものを食べ、酒を飲んで思い切り楽しもうと宣言するスヴィグルは、繋の手を引いて歩き出した。
「程々にね」と繋は微笑みながら嗜めたが、嬉しそうな顔をしていた。仲間たちとともに、地球に帰る間際の幸せな時間を感じながら、5人は国へ向かった。
しかし、繋にはもう一つ仲間に内緒にしていた重要なことがあった。
両親と共に暮らした場所に墓を建てるために元いた世界に帰る際、女神から忠告を受けていたのだ。
時は少し遡り、魔王と戦う数日前。
女神は真剣な表情で言った。
「本当に帰るのか?」
「そう・・・・・・だね、僕の心残りだから」
女神は眉間に皺を寄せる。
「・・・・・・そうか」
「やっぱり帰るのは難しい?」
繋は個人的な理由では、世界の行き来はできないと思っていた。
「・・・・・・いや。元の世界に戻ること自体は問題ない」
「それにお前を無事に地球へ送るには、今のタイミングが星の流れ的に良い」
彼女の言葉にほっと胸をなで下ろしていると、女神の表情は険しいものになっていた。
「お前を何度も危険な目に遭わせたくない。」
真剣な眼差しで女神は言う。
繋は戸惑いを覚えた。
「危険って、流石に大袈裟じゃないか?」
だって。地球には、この世界のように魔物や魔獣、そのような類の怪物は存在しないのだから。
そんな繋の心を読み取ったのか、女神はため息をつきながら告げる。
女神の口から語られる内容に繋は衝撃を受ける。
「お前のいた世界では、ほとんどの人類が死人になっているんだ」
そう、かつて暮らしていた地球は、今やゾンビに覆われていた――。
2025/7/1 番外編:スヴィグルを公開するにあたって、スヴィグルの独白を加筆してます。本当は過去編のプロットにあった内容だったけど過去編を書こうとしたら大分先になっちゃいそうだったので、加筆しました。
にしても、第一話って実は昨年の1月ごろに書いたんですけど、今は何回も推敲と校正をしているので読みやすくなったけど、昔のは読み辛かったんだなあとしみじみ思いました。
ちなみに、スヴィグルとベオウルフでは”兄弟”の意味合いが違ってたり。
スヴィグルはケイを自身の「魂」の片割れとして思っていて。
ベオウルフはケイを「兄」として敬愛。
スノトラは「友愛」で、どちらかというフィリア(友人同士の深い愛)に近い。
ヒョードルは「家族愛」だけど、長寿であるエルフで王として孤独だった自分に降ってきた「星」。
みたいな感じです。
あ、もし良かったら、ブックマークかスタンプでも押して貰えると更にやる気が出ます・・・!