第88話 待ち合わせ
ギルドの宿泊施設を利用した俺は、いつもとは違うギルドの日常を見る事になる。
冒険者たちはルル姉と話そうと、依頼の話しをしている。
戸惑いながら応じるルル姉と、それをにこやかに見守るナナさん。
ルル姉とは対照的に、ナナさんは嬉しそうだった。
ルル姉の周りに集まる冒険者どもに、ナナさんがにこやかに声をかける。
いつもの鋼鉄の微笑と違い、心からの笑顔に、何人かの冒険者がなびく。
「ふふ、いつもはこっちで食べながら、ルル姉さんをチラチラ見てるだけなのに、今日はどうしたのかしらね。」
食事を終えた俺に、テルアさんが声をかける。
「どうしたんでしょうね。」
どうもテルアさんは、俺が何か絡んでそうだと、言いたげだ。
それを肯定したら、なんか面倒ごとに巻き込まれそうな予感がするので、全力でしらばっくれよう。
「まあ、これだけ混んじゃうと、俺が依頼を受けづらいな。」
「ふふ、あんたひとりが受けなくても、これだけいれば充分よ。」
テルアさんは、俺の食べ終えた食器をかたしだす。
「今までは私とナナさんだけで対応してたけど、ルル姉さんも仕事してくれて、助かったわ。ありがとう。」
「なんで俺に、礼を言うかな。」
「そんな気分なのよ。気にしないで。」
テルアさんは食器を持って、バックヤードに消えてった。
まあ、昨日の今日であのふたりの姉妹にからんだのは、この俺だ。
ふたりに何かあったとすれば、真っ先にこの俺が、疑われるだろう。
改めて受け付けのふたりに目を向ける。
ルル姉も小慣れてきたのか、その表情にも余裕が見えてきた。
ナナさんは相変わらずの鋼鉄の微笑だが、いつもより嬉しそうに見える。
そんなナナさんと一瞬目があうと、ナナさんはこちらに手を振ってくれた。
俺もナナさんに、手を振り返す。
そんな俺に気づいたルル姉が、一瞬俺をギロりとにらんできた。
すぐに受け付けの冒険者対応に戻るルル姉だが、ここに長居は無用だな。
ルル姉に文句言われる前に、ずらかった方がよさそうだ。
俺はギルドを出ると、そのままリバルド学園に向かう。
陽の高さからして、既にお昼頃だろう。
ルル姉がいつから受け付けに立ってるのかは知らないが、その間ずっと、冒険者対応に追われてたのか。
少し悪い気がしてきたな。
つか、この世界の時間に対する意識は、どうなってるのだろう。
時計とかカレンダーとかって、あるのかな。
そんなこんなを思ってたら、リバルド学園に着いた。
昨日は閉まってた門も、今は開いている。
俺が門の中に入ると、門の横の守衛小屋のおっさんに、声をかけられる。
「サムじゃねーか、ほんとに来るとは思わなかったぜ。討伐依頼をこなしてきたのか?」
「ああ、こなしてきたぜ。」
俺に盗賊の討伐依頼を勧めたのは、このおっさんだ。
一応完了報告はするべきかな?
「ふ、まさかあの幻想旅団を倒しちまうとはな。」
「な、なんで知ってんだよ。」
俺が報告する前に、おっさんはその内容を言い当てる。
それも周りに聞こえないよう配慮して、声のボリュームを落としてる。
「嬉しそうに話してくれたヤツが、お待ちかねだぜ。」
おっさんはクイっと小屋の後ろの方を指差す。
その方向から、ミーシャの気配を感じる。
「あまりミーシャを怒らせるなよ。昨日もおまえ、ミーシャとの約束をすっぽかしただろ。」
おっさんが小声で続ける。
「えー、別にすっぽかしてないっすよ。」
俺も小声で応えながら、思わず股間を押さえる。
「ふ、おまえも押されたのか。下僕の烙印を。」
「え、何?」
おっさんが小声で呟くけど、よく聞き取れなかった。
「ここで油売ってないで、早く行ってやれ。」
「お、おう、そうするわ。」
おっさんは相変わらず小声だが、今度は聞き取れた。
「遅い!」
俺が小屋の裏に回ると、いきなりミーシャにキレられた。
「え、いや、」
「私、言ったよね。また明日って、言ったよね!」
俺の反論を潰して、ミーシャが畳みかけてくる。
「だ、だから今日中に来ればいいんだろ!」
俺もやっと反論が言えた。
「はあ?普通は朝イチに待ち合わせでしょ。もうお昼過ぎてるでしょ。」
俺の反論に、ミーシャがキレる。
「おい、あいつか。ミーシャが待ってたのって。」
「学園のアイドルと、どんな関係なんだ?」
「くそ、うらやましい!」
小屋の壁に寄りかかるミーシャを、遠まきに見てたヤツらが、俺とミーシャとのやりとりを見て、ザワつきだす。
「ほら、行くわよ。」
朝から好奇の目に晒されてたミーシャは、俺の手を引っ張って歩きだす。
そんな俺らの前に、ひとりの男が立ちはだかる。
「待ちたまえ、ミーシャ君。部外者を手引きするとは、関心しないな。」
「げ、副会長。」
神経質っぽいそいつを前に、ミーシャは会いたくないヤツに会った感じに、立ち止まる。




